1.問題
2.出題趣旨
3.採点実感等
4.解答例
設問1について
1.源泉徴収制度の概要
(省略)
2.源泉徴収の必要性
(1)所得分類
本件では、A、Bら、Cに支払われる金員について源泉徴収の必要性を判断するうえで、その金員の所得分類が問題となる。
そして、事実関係を踏まえると、それらが給与所得(同法28条1項)にあたるのか否かが問題となる。そもそも、給与所得とは、非独立的に、従属的な労務提供の対価として稼得された所得である(弁護士顧問料事件判決)。なお、従属性の要件は一般に外形的に明らかであるため、手がかりとして機能するが、従属性が決め手とならない場合には、非独立性の要件が重要となるという関係にある。また、裁判例においては、報酬支払いの基礎となる法律関係の性質によって、給与所得への該当性をストレートに判断する枠組みは採用されていないと考える。以下、A、Bら、Cへの金員の支払が給与所得への該当性を検討する。
まず、Aは、Y社の代表取締役としての立場で金員を受け取っており、Y社との法律関係は、委任関係である(会社法330条)。AはY社を設立しており、一人株主であると認められる。このため、Aは、誰に対しても従属的な立場には立たない。しかし、Aは、Y社のために業務執行しており、Y社への労務提供の対価として毎月定額の金員を受け取っている。受け取る金員の額は、Aの業績などによって変動せず、Y社の計算と危険に依存している。このため、Aの非独立的な労務提供の対価であると考えられ、給与所得に該当するものと考える。
次に、Bらは、Y社の雇用契約に基づいて、金員を受け取っている。雇用契約の下では、Bらは、従属的な立場に置かれている。また、Bらは、雇用契約で決められた給料の支払いを受けていたものと認められ、Bらは、自己の計算と危険により、給料を受け取っていない。したがって、Bらは、従属性と非独立性の要件を満たし、支払われた給料は、給与所得に該当するものと考える。
そして、Cは、Y社との間の顧問契約は、委任関係に基づく法律的助言を提供である。この点、AがCの事務所を訪問し、相談しており、CがAの指揮命令下に入るなど、従属性は認められない。また、法律的助言に間違いなどが認められれば、Cは、その金銭的・社会的責任を問われる立場にあり、自己の計算と危険において独立的に行われている業務と認められる。このため、Cによる法律的助言は、Cの弁護士業務の一部として提供されており、従属性と非独立性の要件を満たさず、給与所得に該当しないと考える。そして、Cが自己の計算と危険で、反復継続して提供する業務であるから、事業所得(同法27条1項)に該当すると考える。
なお、委任関係という法律関係からストレートに所得分類を決めるべきではなく、従属性と非独立性の要件を、事実関係に照らして検討し、給与所得への該当性を決めるべきであるから、AとCは、ともに、Y社と委任関係であるものの所得分類は異なると考えた。
(2)Y社による源泉徴収の要否
まず、AとBについては、給与所得の源泉徴収義務がY社に課される(同法183条1項)。そして、Cについては、弁護士に関する報酬の源泉徴収義務がY社に課される(同法204条1項2号)。
設問2について
Y社は、Dに対して支払う金員について給与所得に係る源泉徴収義務を負うのか(同法183条1項)。Dに対する支払いが給与所得となるのか問題となる。
なお、DとY社との法律関係は、請負関係であると考える。なぜなら、Y社は、X社が甲社から請け負った開発案件を、X社からのスケジュールどおりに終了をすることを厳命されており、DとY社との業務委託契約書には、報酬がY社の作業終了時点で支払うこととされており、仕事の完成が約束されているからである(民法632条)。ただ、前述のとおり、法律関係からストレートに給与所得への該当性を判断すべきではないため、以下、Dの業務提供態様を踏まえ従属性と非独立性を検討する。
Dは、AとBらと共に、甲社を訪問し、意見収集、意見調整に関与している。また、Dは、AとBらと共に、Y社の会議室で連日打ち合わせを行い、資料作成、仕様書の作成等の作業に従事している。Dは、この際、Y社のデスクトップパソコンを利用している。また、Dは甲社に訪問する際は、Y社の自動車に同乗している。これらの事実関係に照らすと、Dは、Y社のチームの一員として、Y社の指揮命令の下、従属的な立場で、業務に従事しているようにも思われる。
他方で、Dは、甲社での意見収集にあたっては、自分のタブレットパソコンを利用しており、Y社までの移動には自分の自動車を利用していた。このため、Y社のチームの一員として行動したことは、Dが仕事を完成するうえで、効率的な方法を、Dの意思で選択した結果であり、Dの従属性を示すものではないとも考えられる。このため、従属性の要件が決め手とならない事案であり、非独立性の要件を精査する必要がある。
Dは、自らの名義で、Y社以外から業務委託を受けて収入を得ている。また、Y社との業務委託契約書でも兼業は禁止されていない。さらに、Dは事務所を自らの名義で賃借している。これらのことを踏まえると、Dは、自己の計算と危険により、Dワークスという名称で独立した事業を営んでおり、Y社への業務提供も、その一部として行われていると認められる。したがって、Dは非独立性の要件を満たさないと考える
以上より、Y社からDに対する金員の支払いは、給与所得ではないため、給与所得に係る所得税の源泉徴収の必要はないと考える。
5.ケースブック租税法〔第6版〕との関係
採点実感等において、かなり具体的な解説が行われており、勉強になった。勉強したところでは、「少なくとも裁判例においては、報酬支払いの基礎となる法律関係の性質によって、給与所得に該当したりしなかったりする、というストレートな判断枠組みは採用されていないと考えるべきであろう」との指摘がある(佐藤〔第3版〕161頁「▶︎給与所得発生の基礎となる法律関係」参照)(「§223.01 給与所得の意義⑴ ––––– 事業所得との区別」「2.給与所得の意義」⑷(ケースブック租税法〔第6版〕219頁))。このため、法律関係にふれることを問題文が要求する理由を、十分に汲み取ることができなかった。解答例では、なるべく、関連性をもたせながら、ふれようとしてみた。
また、勉強したところでは、「給与所得とは、従属的な労務提供により、非独立的に稼得された所得である」と考えられる。そして、従属性の要件が必ずしも決め手とならない場合には、非独立性の要件が重要となってくる。(佐藤〔第3版〕161-164頁参照)なお、「この説明からは、従属性の要件は不要であるように見えるが、非独立性よりも従属性の方が、一般に外形的に明らかであるという事情を考えると、思考の節約という点では、「従属性」の点も、なお、有益なメルクマールだというべきである。」とされる(佐藤〔第3版〕166頁参照)。(「§223.02 給与所得の意義⑵ ––––– 雑所得との区別」「4.給与所得の判断要素」(ケースブック租税法〔第6版〕228頁))
これらの点を踏まえて、Dについて、従属性は決め手にならないとしたうえで、非独立性の検討を行うかたちをとった。
なお、源泉徴収制度は、「§250.01 源泉徴収の法律関係」と「§250.02 支払いの無効と源泉徴収義務」で勉強する予定であるため「(省略)」とした。