1.問題
2.出題趣旨
3.採点実感等
4.解答例
設問1について
1.AがXから損害賠償金として受け取った100万円の課税の範囲は、どのようになるのであろうか。
2.所得税法は、純資産(担税力)を増加させる利得のいかんにかかわらずすべて所得を構成する包括的所得概念を採用している。なぜなら、譲渡所得(同法33条1項)、一時所得(同法34条1項)などの所得の種類を設けて、反復的、継続的な利得のみならず偶発的、一時的または恩恵的な利得についても一般的に課税対象とし、かつ雑所得(同法35条1項)を設けて、同法23条から34条までに列記する各種所得のいずれにも該当しない利得についてもすべて課税の対象としているからである。ただ、政策的な理由から一定の所得について非課税としている(同法9条から11条)。
3.本件で、AはXから100万円を一時的な経済的利益を得ており、包括的所得概念の下、所得があるようにも思われる。しかし、この100万円は、損害賠償金として受け取っていることから、非課税規定のうち、同法9条1項18号、同法施行令30条に該当し、非課税とならないかが問題となる。
この点、同号が「損害賠償金」と「見舞金」を非課税とする理由は、これらの金員が受領者の心身、財産に受けた損害を補てんする性格のものであって、原則的に受領者に純資産の増加をもたらさないからである。
このため、「損害賠償金」または「見舞金」といえるためには、厳密に民法上の不法行為の成立に必要な故意過失の要件をみたす必要はないが、損害が現実に生じ、または生じることが確実に見込まれ、かつ、その補てんのために支払われるものでなければならない(マンション建設承諾料事件判決参照)。
4.以下、AがXから受け取った100万円の内訳を検討する。
⑴ まず、通院治療の費用として10万円は、Aにおいて実際に実費を負担しており、損害が現実に生じ、その補てんのために支払われたものであり、「損害賠償金」(同条1号)に該当し、非課税となる。
⑵ 次に、宅配用のバイクの修理費用として10万円も、前述の要件を満たし「損害賠償金」(同条2号)に該当しそうである。しかし、Aは、その危険と計算において、取引先から仕入れた弁当をバイクで宅配する事業を営んでいる。その収入は、事業所得(同法27条1項)に区分されるところ、宅配用のバイクの修理費用として10万円は、必要経費として控除できると考える(同法37条1項、27条2項)。したがって、修理費用10万円は、所得税法施行令30条柱書の2つ目のかっこ書により、非課税所得とはならず、事業所得として課税される。
⑶ また、Aの1日当たりの平均的な利益を基に算出した5日分の休業補償10万円については、休業による逸失利益という損害が現実に発生し、それを補てんするものと認められ、「損害賠償金」(同条1号かっこ書参照)に該当し、非課税所得となる。
⑷ そして、Aの精神的苦痛の慰謝料に相当する15万円は、現実に被った精神的苦痛を補てん(慰謝)する意味を有するものであるから、「損害賠償金」(同条1号)に該当し、非課税所得となる。
⑸ 100万円から以上を除いた55万円は、AとXとの間では、Aが物損事故として警察に届け出て、人身事故であったことを申し立てないことの対価として、黙示的に合意されている金額であると考える。かかる金額は、Xによるバイク事故から発生した損害を補てんする性質のものではなく、Aにおける純資産の増加をもたらすものである。このため、同法施行令30条1号から3号の「損害賠償金」または「見舞金」にあたらず、課税される。
5.ケースブック租税法〔第5版〕との関係
「§211.01 包括的所得概念」の設問で勉強したことを中心に、設問における「所得の概念」の意味を探究してみた。出題趣旨と採点実感を読むと、包括的所得概念に触れることが求められているようである。ただ、その後のマンション建設承諾料事件判決との関係で、所得の内実としての純資産増加という側面も触れたほうがよいのではないかと考え、冒頭で、これらの観点に触れた。
そこから、100万円という「一時的」な「経済的利益」を得ており、「純資産の増加」があり、包括的所得概念の下での所得があるというかたちで繋いでみた。
「§211.05 非課税となる損害賠償金等」で勉強した、マンション建設承諾料事件判決の規範を、すべての損害の内訳に適用した。これは純資産の増加の有無を意識したあてはめという趣旨でやってみたところである。問いの応えるのであれば、残額55万円の取り扱いだけ、規範にあてはめて、「見舞金」への該当性を否定すれば足りたのかもしれない。
書き方を悩んだ箇所としては、宅配用バイクの修理費と残額の取扱いがある。この修理費は、必要経費であると論証するうえで、宅配事業の収入の所得区分を述べるべきであると判断し、事業所得に区分すべきことを論じた。これに対して、残額の55万円については、所得区分は、問われていないため、どの所得となるのかは論じていない。なお、これまで勉強してきたところを踏まえると、一時所得になるのではないかと思った。