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【過去問】 バイク事故の損害賠償金


1.問題

1 甲株式会社(以下「甲社」という。)に会社員として勤務するXは、かねてからのギャンブル好きが高じ、甲社からの給与収入だけでは生活費にすら事欠く状態となり、消費者金融会社等から借金をしては、これをギャンブルや利息の返済に充てることを繰り返す自転車操業状態に陥っていた。
 Xは、そのような折りのある日、大金をつぎ込んだギャンブルに失敗し、腹いせに酒を飲んだ後、自動車を運転して帰宅途中、ハンドル操作を誤り、バイク及びトラックと相次いで衝突する交通事故を起こした(以下「本件事故」という。)。
 本件事故により、バイクを運転していたAが怪我をしたほか、A所有のバイク及びB株式会社(以下「B社」という。)所有のトラックが破損する被害が生じた。
2 Aは、取引先から仕入れた弁当をバイクで宅配する事業を個人で営んでおり、本件事故時はその日の弁当の配達を全て終えて事務所に戻る途中であった。
 Aの宅配用のバイクは、本件事故当日に修理が完了し、翌日からの弁当の配達に使うことができる状態となったが、Aは、通院して治療を受けるため完治までの間に合計5日間にわたり弁当の宅配業を終日臨時休業せざるを得なかった。
 Aは、通院治療の費用として10万円、宅配用のバイクの修理費用として10万円をそれぞれ支出した。また、Aの1日当たりの平均的な利益を基に算出した5日分の休業補償として相当な金額は10万円であった。
 Aは、Xとは以前からの知り合いであったことから、Xのためを思い、人身事故よりも行政処分や刑事処分が軽い物損事故として警察に届け出ていたが、損害賠償金は多めにもらってやろうと考え、Xに対し、「30万円払ってもらえば実費の弁償としては足りるのだが、怪我のことを警察に黙っていてやったのだから、後はそっちで考えてほしいな。」と告げた。
 Xは、物損事故として届け出てくれたAに恩義を感じていたことから、慰謝料を考慮に入れても損害賠償金としては明らかに多いとは思いつつ、Aに対し、「100万円払おう。」と申し出たところ、Aがこれを承諾したので、「Xは、Aに対し、本件事故の損害賠償金として100万円を支払う。」と明記した示談書をAと取り交わし、100万円をAに支払った。
(省略)

〔設問〕
1.Aの精神的苦痛に対する慰謝料としてはせいぜい15万円が相当であったとした場合、AがXから損害賠償金として受け取った100万円について、所得税法における所得の概念を踏まえつつ、Aが所得税を課税される範囲を説明しなさい。


(参照条文)所得税法施行令
(非課税とされる保険金,損害賠償金等)
第30条 法第9条第1項第17号(非課税所得)に規定する政令で定める保険金及び損害賠償金(これらに類するものを含む。)は、次に掲げるものその他これらに類するもの(これらのものの額のうちに同号の損害を受けた者の各種所得の金額の計算上必要経費に算入される金額を補てんするための金額が含まれている場合には,当該金額を控除した金額に相当する部分)とする。
一 (前略)心身に加えられた損害につき支払を受ける慰謝料その他の損害賠償金(その損害に基因して勤務又は業務に従事することができなかつたことによる給与又は収益の補償として受けるものを含む。)
二 (前略)不法行為その他突発的な事故により資産に加えられた損害につき支払を受ける損害賠償金(これらのうち第94条(事業所得の収入金額とされる保険金等)の規定に該当するものを除く。)
三 心身又は資産に加えられた損害につき支払を受ける相当の見舞金(第94条の規定に該当するものその他役務の対価たる性質を有するものを除く。)

(司法試験平成30年第1問設問1)

2.出題趣旨

 本問は、Xが起こした交通事故(本件事故)により被害を受けたA及びB社をめぐる課税関係を問うものであり、具体的には、AがXから損害賠償金として受け取った100万円について、Aが所得税を課税される範囲(設問1.)と、B社がXに対して有する400万円の損害賠償請求権について、これを貸倒損失として経理処理した場合に、B社の法人税の計算上、その全額を損金の額に算入することの可否(設問2.)をそれぞれ問うものである。
 設問1.においては、まず、所得税法第9条第1項第17号が一定の損害賠償金を非課税所得として定めていることを指摘した上で、Aが損害賠償金として受け取った100万円の内訳ごとに、同号を受けて非課税所得とされる損害賠償金を具体的に定める同法施行令第30条への当てはめ等を行う必要がある。
 すなわち、通院治療費の補填としての10万円、慰謝料としての15万円、通院に伴う休業補償としての10万円については、心身の損害に対する賠償金について定める同条第1号の適用が、また、バイク修理費用の補填としての10万円については、資産の損害に対する賠償金について定める同条第2号の適用が、それぞれ問題となるが、Aが弁当の宅配に用いているバイクの修理費用はAの事業所得に係る必要経費に当たるから、これを補填するための金額は、同条柱書きにおいて非課税所得の範囲から除外されていることに注意が必要である。
 また、Aが損害賠償金として受け取った100万円のうち、その余の55万円については、安易に所得税法施行令第30条第3号の「相当の見舞金」に当たると結論づけるのではなく、所得税法が一定の損害賠償金を非課税所得として定めている趣旨に遡り、そもそも非課税所得とされる損害賠償金とはいかなるものであるかを明らかにした上で、非課税所得該当性について説明することが期待されている。
 この点に関しては、当事者間で損害賠償のためと明確に合意されて支払われたものであってもそのことをもって直ちに非課税所得となるわけではないとしたいわゆるマンション建設承諾料事件判決(大阪地裁昭和54年5月31日判決・判例時報945号86ページ)の判示が参考となろう。
 本設問においては、非課税所得該当性について条文の正確な理解と当てはめが求められることは言うまでもないが、それにとどまらず、問題文に明記したとおり、「所得税法における所得の概念を踏まえつつ」Aが所得税を課税される範囲を説明することが求められているから、同法が包括的所得概念を採用していることや、一定の範囲の損害賠償金は、損害の回復、補填の性質をもち、純資産の増加をもたらさないことを意識した解答が求められる。

3.採点実感等

 公表済みの「出題の趣旨」の中で述べた主要な論点について、所得税法及び法人税法の基本的な概念、規定、判例を正しく理解した上で、本問の事実関係に即しつつ、設問が求める事項について的確に検討と当てはめがされ、設問に正面から答えているかという観点に立って採点した。
 設問1.においては、AがXから損害賠償金として受け取った100万円について、所得税を課税される範囲の説明が求められているところ、ほとんどの答案が、一定の損害賠償金を非課税所得として規定する所得税法第9条第1項第17号を指摘した上で、当該100万円の内訳ごとに同法施行令第30条各号への当てはめを行っていた。もっとも、所得税法第9条第1項第17号を指摘しない答案も少数ながら見られたが、まずは上位規範である法律の規定を指摘した上で下位規範へと検討を進めていくのは法規範の解釈、適用に当たって当然のことである。
 当該100万円の内訳ごとに見ると、通院治療の費用の補填としての10万円が所得税法施行令第30条第1号に該当して非課税とされることはほとんどの答案が、また、通院に伴う休業補償としての10万円が同号の最後の括弧書きに該当して非課税とされることは多くの答案が、それぞれ正答していた(念のために付言すれば、括弧書き内の文言を指摘したり、括弧書き内の文言に当てはめたりする場合、その文言が括弧書き内に規定されていることまで明示しなければ正確に条文を摘示したことにならないことは銘記すべきである。)。これに対し、バイク修理費用を補填するものとしての10万円が非課税とされないことについて正答する答案は少なかった。所得税法施行令第30条柱書きの最後の括弧書きにおいて必要経費に算入される金額を補填する性質の損害賠償金が非課税所得から除外されていることを理解していないと思われるものが予想に反して多く、この点は、損害賠償金は非課税との原則に対する重要な例外の一つであるから、十分な理解が望まれるところであった。他方、少数ではあるが、必要経費を補填する性質のものが非課税所得から除外されている趣旨をも含めて丁寧な論述をする答案もあり、正確な理解をうかがわせて好印象であった。
 なお、Aが支出したバイクの修理費用10万円を資産損失として捉えた上で、資産損失は所得税法第51条第1項により必要経費に算入されるからその補填としてAがXから受け取った10万円は非課税とならないとする答案も散見されたが、本問の事案を素直に読む限り、そもそも当該10万円はAの資産損失を補填するものではなくAが支出した事業所得に係る必要経費であるバイクの修理費用を補填する性質のものであるし、(本問の事案では想定されていないが)仮に資産損失の補填として10万円を受け取ったのであれば、同項の第2括弧書きにより資産損失としては必要経費に算入されない一方、当該10万円は同法施行令第30条第2号により非課税とされるのであるから、条文の操作そのものとして見ただけでも誤りと言わざるを得ない。
 その余の70万円については、そのうち慰謝料として相当な15万円が所得税法施行令第30条第1号に該当して非課税とされることを指摘した上で(なお、当該15万円が同条第3号の「相当の見舞金」に該当して非課税とされるとする答案も一定数あったが、同条第1号が「心身に加えられた損害につき支払を受ける慰謝料」と明示している以上、同号に該当するものと解するのが相当であろう。)、残額の55万円につき、一定の損害賠償金が非課税とされる趣旨や非課税とされる損害賠償金の意義を明らかにしつつ、その非課税所得該当性の有無を説明する必要があるが、その論述が十分と評価できる答案は多くなかった。その一方で、いわゆるマンション建設承諾料事件判決(大阪地判昭和54年5月31日・判例時報945号86頁)を指摘して論述し、あるいは、同判決の指摘はなくとも説得的に論旨を展開した答案も少数ながら見られ、このような答案は「優秀」の評価を受け得るものであった。
 そもそも、設問1.においては、所得税法における所得の概念を踏まえつつ、当事者間で損害賠償金と明確に合意して授受された金員の非課税所得該当性を説明することが求められているのであるから、所得税法が純資産の増加を全て所得として捉える包括的所得概念を採用していることから説き起こし、一定の範囲の損害賠償金が損害の回復、補填の性質を持ち、純資産の増加をもたらさないことから非課税とされることを指摘し、ひるがえってそのような性質を持つもののみが当事者間での名目にかかわらず非課税とされる損害賠償金に当たることを説明すべきであるが、このような論旨が十分に展開できている答案は多くなかった。むしろ目に付いたのは、このような論旨を答案の冒頭ないし前半部分で総論的に述べているにもかかわらず、後半部分で各論的に55万円の非課税所得該当性を述べるに当たり、当該論旨を全く踏まえない答案が少なくないことであった。このことからは、「論点」であるからとりあえず答案に書くという意識がうかがえるが、法令の解釈は、目の前の具体的事案を解決するために必要であるから行うのであり、司法試験における答案作成に当たっても、何のためにその「論点」に関する論述をするのかを常に意識する必要がある。

4.解答例

設問1について
1.AがXから損害賠償金として受け取った100万円の課税の範囲は、どのようになるのであろうか。
2.所得税法は、純資産(担税力)を増加させる利得のいかんにかかわらずすべて所得を構成する包括的所得概念を採用している。なぜなら、譲渡所得(同法33条1項)、一時所得(同法34条1項)などの所得の種類を設けて、反復的、継続的な利得のみならず偶発的、一時的または恩恵的な利得についても一般的に課税対象とし、かつ雑所得(同法35条1項)を設けて、同法23条から34条までに列記する各種所得のいずれにも該当しない利得についてもすべて課税の対象としているからである。ただ、政策的な理由から一定の所得について非課税としている(同法9条から11条)。
3.本件で、AはXから100万円を一時的な経済的利益を得ており、包括的所得概念の下、所得があるようにも思われる。しかし、この100万円は、損害賠償金として受け取っていることから、非課税規定のうち、同法9条1項18号、同法施行令30条に該当し、非課税とならないかが問題となる。
 この点、同号が「損害賠償金」と「見舞金」を非課税とする理由は、これらの金員が受領者の心身、財産に受けた損害を補てんする性格のものであって、原則的に受領者に純資産の増加をもたらさないからである。
 このため、「損害賠償金」または「見舞金」といえるためには、厳密に民法上の不法行為の成立に必要な故意過失の要件をみたす必要はないが、損害が現実に生じ、または生じることが確実に見込まれ、かつ、その補てんのために支払われるものでなければならない(マンション建設承諾料事件判決参照)。
4.以下、AがXから受け取った100万円の内訳を検討する。
⑴ まず、通院治療の費用として10万円は、Aにおいて実際に実費を負担しており、損害が現実に生じ、その補てんのために支払われたものであり、「損害賠償金」(同条1号)に該当し、非課税となる。
⑵ 次に、宅配用のバイクの修理費用として10万円も、前述の要件を満たし「損害賠償金」(同条2号)に該当しそうである。しかし、Aは、その危険と計算において、取引先から仕入れた弁当をバイクで宅配する事業を営んでいる。その収入は、事業所得(同法27条1項)に区分されるところ、宅配用のバイクの修理費用として10万円は、必要経費として控除できると考える(同法37条1項、27条2項)。したがって、修理費用10万円は、所得税法施行令30条柱書の2つ目のかっこ書により、非課税所得とはならず、事業所得として課税される。
⑶ また、Aの1日当たりの平均的な利益を基に算出した5日分の休業補償10万円については、休業による逸失利益という損害が現実に発生し、それを補てんするものと認められ、「損害賠償金」(同条1号かっこ書参照)に該当し、非課税所得となる。
⑷ そして、Aの精神的苦痛の慰謝料に相当する15万円は、現実に被った精神的苦痛を補てん(慰謝)する意味を有するものであるから、「損害賠償金」(同条1号)に該当し、非課税所得となる。
⑸ 100万円から以上を除いた55万円は、AとXとの間では、Aが物損事故として警察に届け出て、人身事故であったことを申し立てないことの対価として、黙示的に合意されている金額であると考える。かかる金額は、Xによるバイク事故から発生した損害を補てんする性質のものではなく、Aにおける純資産の増加をもたらすものである。このため、同法施行令30条1号から3号の「損害賠償金」または「見舞金」にあたらず、課税される。

5.ケースブック租税法〔第5版〕との関係

 「§211.01 包括的所得概念」の設問で勉強したことを中心に、設問における「所得の概念」の意味を探究してみた。出題趣旨と採点実感を読むと、包括的所得概念に触れることが求められているようである。ただ、その後のマンション建設承諾料事件判決との関係で、所得の内実としての純資産増加という側面も触れたほうがよいのではないかと考え、冒頭で、これらの観点に触れた。
 そこから、100万円という「一時的」な「経済的利益」を得ており、「純資産の増加」があり、包括的所得概念の下での所得があるというかたちで繋いでみた。
 「§211.05 非課税となる損害賠償金等」で勉強した、マンション建設承諾料事件判決の規範を、すべての損害の内訳に適用した。これは純資産の増加の有無を意識したあてはめという趣旨でやってみたところである。問いの応えるのであれば、残額55万円の取り扱いだけ、規範にあてはめて、「見舞金」への該当性を否定すれば足りたのかもしれない。
 書き方を悩んだ箇所としては、宅配用バイクの修理費と残額の取扱いがある。この修理費は、必要経費であると論証するうえで、宅配事業の収入の所得区分を述べるべきであると判断し、事業所得に区分すべきことを論じた。これに対して、残額の55万円については、所得区分は、問われていないため、どの所得となるのかは論じていない。なお、これまで勉強してきたところを踏まえると、一時所得になるのではないかと思った。

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