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【過去問】 債務免除益と所得概念


1.問題

 A建設株式会社(以下「A社」という。)は、毎年3月末日を事業年度末日とする大手の建設会社であり、個人で建設用機械の修理業を営んでいるBと取引関係にあるが、Bが独自の技術を有し、修理代金も割安であったことから、その依頼に応じて何度か同人に融資をしてきた。しかし、Bは、経営がはかばかしくなく、融資を受けた債務の元本について弁済の猶予を受けており、利息についても最近2年間はA社に支払えない状態であって、めぼしい財産もなかった。そのような折の平成20年3月、A社は、Bから、新たに500万円の運転資金の融資を依頼された。これに対し、A社は、その依頼を断ったが、その時点でBに対して有していた元利合計で2000万円の債権の全額を放棄することとし、同月中に書面でその旨をBに伝えるとともに、放棄した債権につき貸倒損失として経理処理を行った。
 これらの事実を前提として、以下の設問に答えなさい。
〔設問〕
2.⑴ 「債務者が資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難である場合において、当該債務の免除を受けたときは、当該免除に係る債務の金額に相当する金額については、所得税法第36条第1項に規定する収入金額とすべき金額又は総収入金額に算入すべき金額に算入されないと解すべきである。」とする見解があるとした場合、それはどのような根拠に基づくものと考えられるかについて論じなさい。
⑵ 前記⑴の見解を前提とした場合において、Bの所得税の課税関係がどうなるのかを論じなさい。

(司法試験平成20年第2問設問2)

2.出題趣旨

 設問2は、小問⑴の問題文に示された見解について、「収入金額」ないし「所得」といった所得税法の基礎的な概念を踏まえつつ、その根拠付けを論理的に展開し、具体的事案に当てはめる能力を試している。

3.採点実感等

 設問2⑴は、論述の順序として、まず、債務免除益が所得税法第36条第2項の経済的利益に当たることに触れた上で、その例外として、問題文にある場合にこれを非課税にする理由として考えられる根拠を示す必要がある。非課税の根拠としては、幾つかの考え方があり、それぞれに難点もあるので、こうした問題を踏まえ、説得的に自説を論じることが求められた。設問2⑵は、Bの所得税の課税関係を問うものであるが、Bの所得区分、資力を喪失して債務の弁済が著しく困難な状態にあるかの当てはめが問われている。設問2⑴と⑵では、⑴に比重を置いている。(中略)
 設問2⑴は、相当に難問だったように思われる。非課税の根拠については、結論のみを述べる淡泊な答案がほとんどで、いろいろな考え方を模索し、悩みながら一定の結論を導くというような答案はほとんどなかった。設問2⑵でも、その所得区分が事業所得か、一時所得かについて触れていない答案も少なくなく、基本的な部分の論述を欠くものが散見された。

4.解答例

設問2⑴について
1.まず、債務の免除を受けると純資産は増加することとなる。所得を純資産の増加であると捉えると、法令上の除外規定(所得税法9条参照)のないかぎり、債務免除益は、課税所得と考えられる。そして、債務免除益は、経済的利益にあたり、「収入すべき金額」(36条1項、かっこ書き参照)として額面額(同条2項)の所得が発生すると考える。設問の見解は、法令上の非課税規定なく、その例外を説くものであり、その根拠が問題となる。(なお、平成26年税制改正で、上述の見解に従い、所得税法44条の2第1項が設けられている。)
2.この点、返済原資が限られていることに着目し、債務弁済が著しく困難な状態下での債務免除では、債務者に経済的利益は発生せず、免除しなかった他の債権者の回収可能性を高めるため、その債権者らに経済的利益が発生するという考え方がある。しかし、債務免除をされた債務者に経済的利益が発生していることは否定できないであろう。
3.次に、債務者が資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難であるということは、債務超過であろうことに着目し、マイナスの状況での資産状況の改善は、経済的利益に当たらないという考え方もあり得る。しかし、債務超過状況下でも、純資産額の増加は発生することは否定できず、この考え方も難しい。
4.さらに、免除の時点で、その債権は回収が困難であることから経済的利益の額がなく、経済的利益はゼロであると考えることもできそうである。しかし、借入時には、借入金と債務額を額面額で相殺することで、純資産の増加はなく、借入金を「収入すべき金額」としていないことを考えると、免除の時点で、額面額による純資産増加を計測すべきであろう。
5.さいごに、計算上の数額に捉えわれずに考えたとき、債務超過状況の債務者が債務免除を受けたとき、額面額を経済的利益とみて課税すると、その納税資金を確保できないという実情に着目し、担税力がないことを根拠とする考え方がある。ただ、納税資金を確保できないという実情は、純資産額の増加を否定するものではなく、理論的には難しい根拠づけである。
6.したがって、いずれの根拠づけも難しいため、法令改正し、設問の場面では非課税とする規定を設けるべきであると考える。

設問2⑵について
1.まず、Bは、自己の計算と危険において営利を目的とし対価を得て継続的に行う経済活動として行なっている建設用機械の修理業に従事している。そして、債務免除益は、この事業に関連して、A社からの融資債務の免除益である。このため、債務免除益は、Bの事業所得に分類されるべきである(所得税法27条)。
2.そして、前述のとおり、原則として、債務免除益は、Bの純資産を増加させるため課税所得として扱うべきであり、経済的利益として、収入すべき金額に算入される(同法36条1項、2項)。このため、Bの事業所得として元利金合計2000万円が認識される。
3.しかし、Bは、①融資を受けた債務の元本について弁済の猶予を受けており、②利息についても最近2年間はA社に支払えない状態であり、かつ、③めぼしい財産もない状態である。このため、Bは、資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難であると認められる。そして、設問の見解に従うと、このような場合は、例外的に、債務免除益は、収入金額に含まれない。このため、Bの事業所得の計算上、債務免除益である2000万円の所得は例外的に認識されない。

5.ケースブック租税法〔第6版〕との関係

 設問1は、増井良啓「債務免除益をめぐる所得税法上のいくつかの解釈問題(上)」(ジュリスト1315号192頁以下)の197頁以下にインスパイアされた出題なのではなかろうか。(なお、この論稿の前半部分は「§231.01 収入金額の意義」で引用されている。)増井先生による検討を踏まえて、解答例を作成してみた。設問の見解は、従来の通達の規定を踏まえたものである。その理論的な背景を明らかにすることを求める出題ではなかろうか。その後、所得税法44条の2第1項が設けられて、通達は廃止された。設問2は、出題趣旨と採点実感等に従って、解答例を作成してみた。

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