1.問題
2.出題趣旨
3.採点実感等
4.解答例
1.設問1について
⑴ まず、甲費用は、納税者であるAの有する甲という居住用不動産について発生した費用であり、「居住者の有する……資産」(所得税法72条1項)の要件を満たす。
⑵ ただ、同項の「災害」による損失にあたるのかが問題となる。つまり、アスベストの使用が、「人為による異常な災害」(所得税法施行令9条)にあたるのかが問題となる。
雑損控除の趣旨は、災害、盗難、横領による異常な損失が生じたことにより納税者の担税力が減殺されたとき、納税者の税負担を緩和することにあると考える。雑損は、純資産の減少ではなく家事費的性格を有すると考えられており、法律の範囲で政策的に控除を認める制度である。
同条で例示された内容を考慮すると、「人為による異常な災害」というためには、納税者の意思に基づかないことが客観的に明らかな、納税者が関与しない外部的要因を原因とすることが必要であると考える(「災難」事件判決、下級審裁判例を参照)。
まず、Aは、甲、乙及び丙の建築に当たりH社に対し、アスベストの使用の可否に関する指示を全くしていなかった。また、アスベストは、甲、乙及び丙の建築当時は、法的規制の対象とはされておらず、これを建築部材として使用することは何ら違法ではなく一般に行われていた。このため、アスベストの使用が、Aの意思に基づかないことが客観的に明らかな、Aの関与しない外部的要因を原因とすると考える。
このため、アスベストの使用は「人為による異常な災害」であると認められる。
⑶ 甲にはまだ十分に資産価値があったのであるが、手狭になったことから甲を建て替えることとし、甲費用を支出している。この支出は、所得税法施行令206条1項各号の「政令で定めるやむを得ない支出」にあたるのか問題となる。
まず、アスベストの使用により甲が滅失、損壊、または減価したものではないため、同項1号には該当しない。また、アスベストの使用により甲を使用することが困難となった場合でもないため、同項2号に該当しない。さらに、甲費用は、アスベストを使用した建物について解体作業員への健康被害を防止するための規制に伴うものであり、解体をしなければ被害は生じないのであるから、甲費用は、緊急に必要な措置を講ずるための支出とは考えられず、同項3号にも該当しない。なお、同項4号は、盗難または横領に関するものであり、災害に関するものではないため、同号にも該当しない。
⑷ したがって、甲費用は、同法72条1項の損失には該当せず、雑損控除の適用を受けることはできないと考える。前述のとおり、雑損が、家事費的性格を有しており、法令の範囲内でのみ控除が認められていることを考慮するとやむを得ない結論と考える。
2.設問2について
⑴ 乙の売却に伴って発生する所得は、Aが乙で営んでいた小売業に係る事業所得に分類すべきではないと考える(所得税法27条1項)。なぜなら、乙の売却に伴う所得は、不動産販売業ではなく小売業からの所得だからである。
このため、乙の売却に伴って発生した乙費用は、Aの事業所得に関する必要経費(同法37条1項)とすべきではなく、かつ、Aの事業所得に関する資産損失(同法51条1項)とすべきでもないと考える。
⑵ 乙の売却に伴って発生する所得は、Aの譲渡所得に分類すべきである(同法33条1項)。なお、乙はAの小売業に使われているが、事業用固定資産の売却も譲渡所得の起因となり得ると考える(同法33条1項、2項参照)。
そこで、乙費用は、「譲渡に要した費用」(同条3項)として、乙の譲渡所得から控除できないのかが問題となる。
この点、譲渡費用にあたるかの判断は、一般的、抽象的にその費用が必要であるかではなく、現実に行われた資産の譲渡を前提として、客観的にみてその費用が必要であったかどうかによって判断すべきである(土地改良区決済金事件判決)。
本件では、Aは、乙の敷地出会った土地を、乙の取壊し前よりもかなり高い額で売却する契約を締結している。この売買契約上、乙の取壊しに伴う乙費用は、客観的にみて売買契約に基づく乙の敷地の譲渡を実現するために必要であった費用にあたると考える。
⑶ したがって、乙費用は、Aの所得税の課税上、乙の譲渡所得から譲渡費用の一部として控除される。
5.ケースブック租税法〔第6版〕との関係
ケースブック租税法〔第6版〕325頁で勉強した「災難」事件判決に絡む出題である。設問1については、さらに進んで、アスベストの除去費用が雑損控除の対象となるのかを、下級審判決を参考にして問うている。雑損控除の趣旨に触れながら解答することが求められているが、ケースブック租税法では、雑損控除が純資産の減少ではなく、消費(家事費)を政策的に控除することを認めた制度であるということを学んだので、そのあたりにも触れてみた。採点実感でも家事費的性格に触れることが望ましいとも読める記述があった。そのうえで、「災害」にアスベストの使用が含まれるのかという問いを立て、含まれるという調子で書いてみた。次に、アスベストの使用という「災害」からアスベスト除去費用が発生した損失であるのかということが問われているのではないかと考え、その点については、所得税法施行令206条1項のやむを得ない支出なのかというかたちで問題を提起してみた。アスベストの使用と、アスベスト除去費用の発生が、直接的な因果関係で結びにくい理由は、おそらく、「甲にはまだ十分に資産価値があったのであるが、手狭になったことから甲を建て替えることとし、甲費用を支出している」ことにあると感じたので、その点に言及しながら問題提起してみた。そのうえで、同項のいずれにも該当しないという結論を導いた。最後に、雑損控除の趣旨からは、純資産の減少ではなく、家事費的性格の費用を恩恵的に控除しているのだから、法令を適用して、控除できなければ控除できないという結論で問題ないことに改めて言及した。
所得税法37条、51条のどちらなのかと検討していたが、譲渡費用なのであったかと思い、勉強になった。譲渡費用については、以前、まとめノートでまとめた論述をアレンジして作成した。
本問は、いろいろと考えさせられ、難しいと感じる問題であった。