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【過去問】アスベスト調査・除去作業費用の取扱い

1.問題

 A(居住者)は、住所地の市内に甲、乙及び丙の3棟の建物を建てることにし、建築施工をH株式会社(以下「H社」という。)に請け負わせた。3棟はいずれも昭和49年中に竣工した。Aは甲を自身及び家族の住居として使用し、乙を自身が営む小売業の店舗の1つとして使用してきたが、丙は竣工の直後、自身が代表取締役社長を務めるB株式会社(年を事業年度とする内国法人。以下「B社」という。)に売却し、B社は丙を本店の建物として使用してきた。
 Aは、平成24年に、甲にはまだ十分に資産価値があったものの手狭になったことから、甲を建て替えることにし、P社に解体工事を請け負わせた。P社は、解体工事の過程で、甲の建築部材の一部にアスベストと思われる物質が使用されていることが判明したため、Q社にアスベストの使用の有無に関する事前調査を実施させたところ、アスベストの使用が確認されたので、Q社にアスベスト除去作業をも実施させ、Aから解体費用の一部として当該事前調査及び除去作業に要した費用(以下「甲費用」という。)の支払を受けた。
 Aは、甲、乙及び丙の建築に当たりH社に対し、アスベストの使用の可否に関する指示を全くしていなかったことから、H社に乙及び丙に関するアスベストの使用の有無を照会したところ、「弊社では、昭和50年4月1日から開始した事業年度以降はアスベストは全面的に使用しておりませんが、それ以前は建築施工を請け負った建物の全てにアスベストを使用しておりましたので、御照会のありました乙及び丙にもアスベストが使用されております。」との回答があった。Aは、この回答を受けて両建物の扱いについて検討したが、両建物はまだ十分に使用可能であり減価償却に係る未償却残高も少なくなかったので、あれこれ迷った末に、乙については、同店舗での売上げがずっと不振であったことや乙の敷地は更地にした方が高く売却することができると前々から聞いていたことから、乙を取り壊した上で、その敷地を更地にして売却することにし、他方、丙については、B社の取締役会に諮ることにした。B社の取締役会では、「当社の業績が好調な今のうちに建て替えておくべきだ。」との意見が多数を占めたため、丙は建て替えられることになった。
 乙及び丙についても解体工事はP社が請け負ったが、P社は、アスベスト除去作業をQ社に実施させ、平成24年末に、A及びB社からそれぞれ解体費用の一部として当該除去作業に要した費用(以下「乙費用」、「丙費用」という。)の支払を受けた。乙の解体工事は乙費用の支払の10日前に完了したが、床面積が乙の10倍ほどあった丙については、Q社によるアスベスト除去作業は丙費用の支払の10日前に完了したものの、解体工事は平成25年3月末までかかった。P社は、その翌月、A及びB社から解体費用の残額の支払を受けた。
 Aは、乙の敷地であった土地を、乙の取壊しの前よりもかなり高い額で売却する契約を、乙の解体工事完了の翌日に締結することができ、平成24年中に当該土地の引渡しを行い,その売却代金を小売業の借入金の返済に充てた。
 アスベストは、甲,乙及び丙の建築当時は、法的規制の対象とはされておらず、これを建築部材として使用することは何ら違法ではなく一般に行われていたが、その後アスベストに対する法的規制が段階的に強化され、平成16年には製造、使用等が法令上原則的に禁止され、平成17年には、建築物等の解体等の作業を行う事業者に対して、作業員の健康被害を防ぐために、アスベストの使用の有無に関する事前調査、アスベストが使用された建築物等の解体等の作業を行う場合におけるアスベストの除去等の作業などが、法令上義務付けられた。
 以上の事案について,以下の設問に答えなさい。
〔設問〕
1 Aは甲費用について雑損控除の適用を受けることができるか。雑損控除制度の趣旨に言及しつつ、検討しなさい。
2 乙費用は、Aに対する所得税の課税上、どのように取り扱われるか。

(参照条文)所得税法施行令
(災害の範囲)
第9条 法第2条第1項第27号(災害の意義)に規定する政令で定める災害は、冷害、雪害、干害、落雷、噴火その他の自然現象の異変による災害及び鉱害、火薬類の爆発その他の人為による異常な災害並びに害虫、害獣その他の生物による異常な災害とする。
(雑損控除の対象となる雑損失の範囲等)
第206条 法第72条第1項(雑損控除)に規定する政令で定めるやむを得ない支出は、次に掲げる支出とする。
一 災害により法第72条第1項に規定する資産(以下この項において「住宅家財等」という。)が滅失し、損壊し又はその価値が減少したことによる当該住宅家財等の取壊し又は除去のための支出その他の付随する支出
二 災害により住宅家財等が損壊し又はその価値が減少した場合その他災害により当該住宅家財等を使用することが困難となった場合において、その災害のやんだ日の翌日から1年を経過した日(大規模な災害の場合その他やむを得ない事情がある場合には、3年を経過した日)の前日までにした次に掲げる支出その他これらに類する支出
イ 災害により生じた土砂その他の障害物を除去するための支出
ロ 当該住宅家財等の原状回復のための支出(当該災害により生じた当該住宅家財等の第3項に規定する損失の金額に相当する部分の支出を除く。第4号において同じ。)
ハ 当該住宅家財等の損壊又はその価値の減少を防止するための支出
三 災害により住宅家財等につき現に被害が生じ、又はまさに被害が生ずるおそれがあると見込まれる場合において、当該住宅家財等に係る被害の拡大又は発生を防止するため緊急に必要な措置を講ずるための支出
四 盗難又は横領による損失が生じた住宅家財等の原状回復のための支出その他これに類する支出
2 法第72条第1項第1号に規定する政令で定める金額は、その年においてした前項第1号から第3号までに掲げる支出の金額(保険金,損害賠償金その他これらに類するものにより補てんされる 部分の金額を除く。)とする。
3 法第72条第1項の規定を適用する場合には、同項に規定する資産について受けた損失の金額は、当該損失を生じた時の直前におけるその資産の価額を基礎として計算するものとする。

(司法試験平成26年第2問設問1・2)

2.出題趣旨

 設問1は、雑損控除制度の趣旨を最高裁昭和36年10月13日判決(最高裁判所民事判例 集15巻9号2332頁)等に基づき正確に理解しているかどうか、参照条文として掲げた所得税法施行令第9条に照らして「災害」の意義、必要に応じて同施行令第206条に照らして「政令で定めるやむを得ない支出」の意義を適切に解釈することができるかどうかを問う問題である。解答に当たっては、少なくとも、H社によるアスベストの使用や事後のアスベスト規制が「人為による異常な災害」に該当するかどうかを検討する必要がある。参考となる裁判例として、大阪高等裁判所平成23年11月17日判決(訟務月報58巻10号3621頁)がある。
 設問2では、個人が事業用土地を更地として譲渡するために事業用建物を取り壊す場合における解体費用の取扱いについて、乙の敷地が譲渡所得の基因となる資産であるという資産分類に関する基本的理解に基づき、乙の取り壊しやその敷地の譲渡に関する具体的事情を考慮して、適用条文を選択することが、まず問われている。その際、乙の取り壊しがその敷地の譲渡に関連して行われたこと、Aが乙の敷地は更地にした方が高く売れると前々から聞いており、実際にもかなり高く売れたこと、乙を取り壊しその敷地を更地にするにはアスベスト除去作業が法令上義務付けられていたこと等の事情をどのように評価すべきかも問われている。

3.採点実感等

 設問1では、雑損控除制度の趣旨について、多くの答案は、雑損失が納税者の意思に基づくものでないこと、いわば「災難」に基因すること、納税者の担税力を減殺することといった点を述べていたが、雑損失が家事費的性格を持つことを述べる答案はさほど多くなかった。また、設問1は、雑損控除制度の趣旨それ自体を問うものではなく、Aが甲費用について雑損控除の適用を受けることができるかどうかを検討するに当たって、同制度の趣旨に言及することを求めているのであるから、何よりもまず所得税法第72条並びに「参照条文」として掲載された同法施行令第9条及び第206条の各要件を文言に則してしっかり検討し、要件や文言の意味を明らかにするために必要に応じて雑損控除制度の趣旨を参照しつつ、それらの規定の解釈適用を行う、という順番で問題の検討を進めるのが、法曹教育を受けた者としてこの種の事例問題に臨む場合の最も基本的な所作というべきである。にもかかわらず、関係法令の文言を一切(又は,ほとんど)顧慮せず、専ら雑損控除の趣旨だけから雑損控除の適用の可否を論じようとする答案が少なからずあった。しかし、上記の基本的な所作は、租税法に限らず、他の法分野においても、実務法曹を目指す上では基本ともいうべきものであるから、適用条文の文言を一切顧慮せずに雑損控除の適用の可否を論ずる答案については、その論証の説得力の有無や結論の当否とは別の次元の問題として、法律学の基礎的能力に問題であるのではないかという疑問を禁じ得なかった。
 「出題の趣旨」にも書いたように、設問1の解答に当たっては、少なくとも、H社によるアスベストの使用や事後のアスベスト規制が「人為による異常な災害」に該当するかどうかを検討する必要があるが、その検討において、特に「Aは、甲、乙及び丙の建築に当たりH社に対し、アスベストの使用の可否に関する指示を全くしていなかった」及び「アスベストは、甲、乙及び丙の建築当時は、法的規制の対象とはされておらず、これを建築部材として使用することは何ら違法ではなく一般に行われていた」という事実から、H社によるアスベストの使用や事後のアスベスト規制がAの意思に基づかない、Aが関与したものでない、あるいはAにとって予見可能でなかったと判断し、「人為による異常な災害」該当性を肯定する答案がかなり多かった。それらの答案では、甲費用の災害関連支出該当性の判断において、参照条文として掲げた所得税法施行令第206条第1項各号への当てはめについて、様々な理由付けが見られた。他方、「人為による異常な災害」該当性を否定した答案の中には、上記事実から、アスベスト使用が異常でなかったと判断したものもあったが、アスベストの「鉱害」(所得税法施行令第9条)類似性を論じるなど理由付けに苦心したことがうかがわれるものもあった。
 設問2では、乙費用を譲渡所得に係る譲渡費用(所得税法第33条第3項)とする答案が多かったが、事業所得に係る資産損失(同法第51条第1項)とする答案も少なからずあった。それらの答案は、乙が事業用建物であることから、乙費用をその取壊しによる損失に関連する費用と見たものであろうが、乙の取壊しがその敷地の譲渡に関連して行われたものであることを検討する必要がある(同法第51条第1項括弧書参照)。そのことの検討は、乙費用を譲渡所得に係る譲渡費用とする答案においても必要であるが、そのような検討をすることなく、「乙費用が譲渡所得に係る譲渡費用に当たるか検討する。」といった書き出しで解答を始める答案もかなりあった。また、乙費用を事業所得に係る必要経費(同法第37条第1項)と見る答案も予想外に多かった。それらの答案は、乙の敷地が事業用土地であることから、その譲渡による所得を事業所得に分類し、乙費用をその所得を得るための必要経費と見たものであるが、事業用固定資産も譲渡所得の基因となる資産であること(同法第33条第1項、第2項参照)を再度確認しておく必要があろう。なお、いわゆる二重利得法を念頭に置いたものと考えられるが、乙の敷地の譲渡による所得を乙の取壊しの前後で譲渡所得と事業所得とに区分する答案も散見された。
 乙費用の譲渡費用該当性については、最高裁平成18年4月20日判決(訟務月報53巻9号2692頁)等を踏まえ、適切に判断している答案もあったが、譲渡費用の意義に関する理解が不正確あるいは曖昧である答案が多いように見受けられた。なお、Aが乙の敷地であった土地を乙の取壊しによってそれ以前よりもかなり高い額で売却することができた点を捉えて、乙費用を取得費(同法第38条第1項)のうちの改良費と見る答案も散見された。

4.解答例

1.設問1について
⑴ まず、甲費用は、納税者であるAの有する甲という居住用不動産について発生した費用であり、「居住者の有する……資産」(所得税法72条1項)の要件を満たす。
⑵ ただ、同項の「災害」による損失にあたるのかが問題となる。つまり、アスベストの使用が、「人為による異常な災害」(所得税法施行令9条)にあたるのかが問題となる。
 雑損控除の趣旨は、災害、盗難、横領による異常な損失が生じたことにより納税者の担税力が減殺されたとき、納税者の税負担を緩和することにあると考える。雑損は、純資産の減少ではなく家事費的性格を有すると考えられており、法律の範囲で政策的に控除を認める制度である。
 同条で例示された内容を考慮すると、「人為による異常な災害」というためには、納税者の意思に基づかないことが客観的に明らかな、納税者が関与しない外部的要因を原因とすることが必要であると考える(「災難」事件判決、下級審裁判例を参照)。
 まず、Aは、甲、乙及び丙の建築に当たりH社に対し、アスベストの使用の可否に関する指示を全くしていなかった。また、アスベストは、甲、乙及び丙の建築当時は、法的規制の対象とはされておらず、これを建築部材として使用することは何ら違法ではなく一般に行われていた。このため、アスベストの使用が、Aの意思に基づかないことが客観的に明らかな、Aの関与しない外部的要因を原因とすると考える。
 このため、アスベストの使用は「人為による異常な災害」であると認められる。
⑶ 甲にはまだ十分に資産価値があったのであるが、手狭になったことから甲を建て替えることとし、甲費用を支出している。この支出は、所得税法施行令206条1項各号の「政令で定めるやむを得ない支出」にあたるのか問題となる。
 まず、アスベストの使用により甲が滅失、損壊、または減価したものではないため、同項1号には該当しない。また、アスベストの使用により甲を使用することが困難となった場合でもないため、同項2号に該当しない。さらに、甲費用は、アスベストを使用した建物について解体作業員への健康被害を防止するための規制に伴うものであり、解体をしなければ被害は生じないのであるから、甲費用は、緊急に必要な措置を講ずるための支出とは考えられず、同項3号にも該当しない。なお、同項4号は、盗難または横領に関するものであり、災害に関するものではないため、同号にも該当しない。
⑷ したがって、甲費用は、同法72条1項の損失には該当せず、雑損控除の適用を受けることはできないと考える。前述のとおり、雑損が、家事費的性格を有しており、法令の範囲内でのみ控除が認められていることを考慮するとやむを得ない結論と考える。

2.設問2について
⑴ 乙の売却に伴って発生する所得は、Aが乙で営んでいた小売業に係る事業所得に分類すべきではないと考える(所得税法27条1項)。なぜなら、乙の売却に伴う所得は、不動産販売業ではなく小売業からの所得だからである。
 このため、乙の売却に伴って発生した乙費用は、Aの事業所得に関する必要経費(同法37条1項)とすべきではなく、かつ、Aの事業所得に関する資産損失(同法51条1項)とすべきでもないと考える。
⑵ 乙の売却に伴って発生する所得は、Aの譲渡所得に分類すべきである(同法33条1項)。なお、乙はAの小売業に使われているが、事業用固定資産の売却も譲渡所得の起因となり得ると考える(同法33条1項、2項参照)。
 そこで、乙費用は、「譲渡に要した費用」(同条3項)として、乙の譲渡所得から控除できないのかが問題となる。
 この点、譲渡費用にあたるかの判断は、一般的、抽象的にその費用が必要であるかではなく、現実に行われた資産の譲渡を前提として、客観的にみてその費用が必要であったかどうかによって判断すべきである(土地改良区決済金事件判決)。
 本件では、Aは、乙の敷地出会った土地を、乙の取壊し前よりもかなり高い額で売却する契約を締結している。この売買契約上、乙の取壊しに伴う乙費用は、客観的にみて売買契約に基づく乙の敷地の譲渡を実現するために必要であった費用にあたると考える。
⑶ したがって、乙費用は、Aの所得税の課税上、乙の譲渡所得から譲渡費用の一部として控除される。

5.ケースブック租税法〔第6版〕との関係

 ケースブック租税法〔第6版〕325頁で勉強した「災難」事件判決に絡む出題である。設問1については、さらに進んで、アスベストの除去費用が雑損控除の対象となるのかを、下級審判決を参考にして問うている。雑損控除の趣旨に触れながら解答することが求められているが、ケースブック租税法では、雑損控除が純資産の減少ではなく、消費(家事費)を政策的に控除することを認めた制度であるということを学んだので、そのあたりにも触れてみた。採点実感でも家事費的性格に触れることが望ましいとも読める記述があった。そのうえで、「災害」にアスベストの使用が含まれるのかという問いを立て、含まれるという調子で書いてみた。次に、アスベストの使用という「災害」からアスベスト除去費用が発生した損失であるのかということが問われているのではないかと考え、その点については、所得税法施行令206条1項のやむを得ない支出なのかというかたちで問題を提起してみた。アスベストの使用と、アスベスト除去費用の発生が、直接的な因果関係で結びにくい理由は、おそらく、「甲にはまだ十分に資産価値があったのであるが、手狭になったことから甲を建て替えることとし、甲費用を支出している」ことにあると感じたので、その点に言及しながら問題提起してみた。そのうえで、同項のいずれにも該当しないという結論を導いた。最後に、雑損控除の趣旨からは、純資産の減少ではなく、家事費的性格の費用を恩恵的に控除しているのだから、法令を適用して、控除できなければ控除できないという結論で問題ないことに改めて言及した。
 所得税法37条、51条のどちらなのかと検討していたが、譲渡費用なのであったかと思い、勉強になった。譲渡費用については、以前、まとめノートでまとめた論述をアレンジして作成した。
 本問は、いろいろと考えさせられ、難しいと感じる問題であった。

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