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【過去問】債務免除益と所得税法44条の2
1.問題
Aは、自宅の近くに店舗を借りて日本料理店を経営するとともに、別に一棟の建物内に複数の区分建物(以下、併せて「本件各賃貸物件」という。)を所有し、本件各賃貸物件を賃貸して賃料を得ていた。Aは、B銀行から、上記日本料理店の事業資金、本件各賃貸物件の購入資金及び自宅の購入資金として、約3億円の借入れを行っていた。借入れに際しては、本件各賃貸物件及びAの自宅に抵当権が設定されるとともに、Aの配偶者であるCが連帯保証人となっていた。
Aの営む日本料理店は、マスコミにも取り上げられたことのある著名な店舗であったが、平成20年頃からの景気の悪化に加え、平成22年冬にA自身の過失により店舗内で火事を発生させたことから経営状態が悪化した。Aは、上記日本料理店の食材を納入しているD社から、平成24年末までに支援の趣旨で融資を受け、その後も細々と営業を継続していた。AのD社から受けた融資の合計額は約600万円となっていた。また、本件各賃貸物件についても、老朽化が進み、賃借人が相次いで退去したが、一物件のみ賃料を大幅に減額した上で賃貸を継続している状況にあった。AとCの生計は、市役所で非常勤職員として働いているCの月額15万円程度の給与収入により維持されていた。
Aは、平成24年からは、B銀行と交渉して借入金について元本の返済の猶予を受け、利息部分のみの支払を続けていたが、平成25年末からは利息の支払も滞るようになった。
平成27年12月1日、B銀行のAに対する貸付金元本及び利息合計の残高は、①本件各賃貸物件の購入資金に係るものにつき1億円、②日本料理店の事業資金に係るものにつき6000万円、③自宅の購入資金に係るものにつき4000万円の合計2億円であった(以下、これらの債権を併せて「本件債権」という。)。これを踏まえて、A及びCはB銀行との間で、同日、Aが、その所有する本件各賃貸物件及び自宅を売却するなどし、本件債権につき上記①から③までの各残高に応じて案分して充当することとして1億円を弁済することとし、これを停止条件としてB銀行が残りの1億円の債務を免除する旨の和解契約(以下「本件和解契約」という。)を締結した。A及びCには、本件各賃貸物件及び自宅以外にめぼしい財産はなかった。Aは、平成27年12月10日にB銀行に上記1億円を弁済し、B銀行は、残りの1億円について債務を免除した(以下、Aに対するこの債務の免除を「本件債務免除」という。)。
その後、Aが営む日本料理店は、外国人旅行者の間で評判となり、平成28年夏以降、経営状態が好転した。
以上の事案について、以下の設問に答えなさい。
〔設問1〕
本件債務免除により受ける経済的な利益の価額を、Aの各種所得の金額の計算上、総収入金額に算入すべきであるかについて、具体的な事実を評価した上で所得税法第44条の2の適用の有無を検討し、算入すべきとする場合には各種所得ごとにその金額を明らかにしなさい(ただし、同条第3項の要件は充足しているものとする。)。
なお、Aの日本料理店に係る事業及び本件各賃貸物件の賃貸業について、平成27年分の各種所得の金額の計算上生じた損失として、それぞれ500万円が発生していたものとする。
2.出題趣旨
設問1においては、まず、Aは本件和解契約により債務免除益という経済的利益を得ているものであり、原則として所得税法第36条第1項により総収入金額に算入すべきものとなるが、これを総収入金額に算入しない場合である同法第44条の2第1項の「その他資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難である場合」に該当するか否かにつき、同項の趣旨や解釈を示した上、具体的な事実から、事業の状況、弁済の状況、物的・人的担保の状況、Aの資力等に係る有意な事情を抽出し、これらを総合的に評価して当てはめることを求めるものである。
3.採点実感等
設問1について、多くの答案が所得税法第44条の2第1項の適用を認めていた。債務免除により経済的利益が生じ、原則として課税されるところ(同法第36条第1項)、実質的な担税力を考慮して総収入金額に算入しないとする同法第44条の2第1項の趣旨を明らかにし、流れ良く論じている答案も一定数見られ、良好な水準にあるものと解された。設問では、具体的な事実を評価した上で検討することを求めているが、多くの答案は、日本料理店の経営状況、本件各賃貸物件の賃貸業の状況、Aの収入状況(配偶者であるCの収入状況)については的確に摘示・評価しており、一応の水準に達していた。これらの事実に加えて、弁済の状況、人的物的担保の状況、平成28年以降の日本料理店の経営の好転等についても論じている答案は、丁寧な分析をしている印象を受けた。ただし、同項の解釈を示した上、そこで定立した要件や考慮要素に沿って事実を整理して評価した答案は極めて少なかった。事実を評価するに当たっては単に羅列するのではなく、要件や考慮要素との関係を踏まえて整理すべきであろう。なお、具体的な事実の摘示・評価を全く欠いている答案が散見されたが、設問の要求に応えているものとは言い難い。
所得税法第44条の2第1項の適用を認めなかった答案も少数見られた。これらの答案の中には、同項が経済的な利益の価額を例外的に総収入金額に算入しないことを定めた規定である点を捉え、厳格な要件を定立して、説得力のある論述を展開するものも見られたが、自説の評価の障害となる事実について十分な評価がされていない印象を受けるものもあった。また、各種所得ごとに所得税法第44条の2第1項の適用の有無を論じる答案が一定数見られた。
しかし、Aの弁済能力を検討するに当たっては,Aの資力全般について検討することが必要であり、これを各種所得ごとに分断して論ずることは考え難い。
所得税法第44条の2第1項の適用を認めた答案の多くは、日本料理店に係る事業及び本件各賃貸物件の賃貸業につき損失が発生していることにつき、同条第2項についても的確に検討しているものが多く、良好な水準にあるものと解された。ただし、各種所得ごとに総収入金額に算入すべき額が問われているのであるから、ストレートに「…円が算入される」と答えるべきところ、総収入金額に算入されない金額を答える答案が多かった。そのような答案の中には、そもそも債務免除された額を1億円ではなく2億円と誤解するものも見られ、事案と設問の正確な把握に問題があるように思われた。また、設問は、本件債務免除により受ける経済的な利益のうち各種所得ごとに総収入金額に算入する額を明らかにすることを求めているところ、結論部分に各種所得の金額として損失との差額を答えているものも散見された。
なお、書き出し部分で所得区分を詳細に論じている答案が散見されたが、これらの答案は所得税法第44条の2の適用の有無についての論述が手薄となりがちであり、バランスを欠く印象を受けた。
4.解答例
設問1について
1.原則
まず、Aの本件各賃貸物件の賃貸業は、1棟の建物内の複数の区分建物を賃貸するものであり、事業的規模に至っていないと認められるため、不動産所得に分類すべきである(所得税法26条1項)。この点、債務免除によりAは経済的利益を得ており、免除額が享受する利益の額である(同法36条1項、2項)。このため、B銀行による賃貸業関連の債務免除は、Aの不動産所得に分類され、その収入金額は5000万円となる。
次に、Aの日本料理店に係る事業は事業所得に分類すべきである(同法27条1項)。なぜなら、自己の計算と危険において営利を目的とし対価を得て継続的に行う経済活動として行われているからである。このため、B銀行による日本料理店の事業資金の債務免除は、Aの事業所得に分類され、その収入金額は3000万円となる。
そして、Aの自宅の購入資金の債務免除であるが、利子所得以下のいずれの所得分類にも属さないため、雑所得に分類すべきである(同法35条1項)。このため、B銀行による自宅購入資金に係る債務免除は、雑所得に分類され、その収入金額は2000万円となる。
2.同法44条の2第1項の適用による例外
しかし、同項の適用を受けると、債務免除による経済的利益額は、総収入金額に算入しないため、同項の適用が問題となる。
⑴ Aは破産手続または民事再生手続の開始決定をうけていない。このため、「その他資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難である場合」(同項)の意義が問題となる。
同項の趣旨は、債務免除により純資産の増加があるため課税されるべきところ、担税力が低いときにまで課税すると、納税資金がなく、債務者の経済的更正を妨げることとなることを考慮し、限定的な場合に、債務免除による所得を非課税とすることにある。このため、上述の場合とは、破産手続等の開始決定はうけていないが、これらの手続を申し立てれば、開始決定がなされる場合に限定されると考える。
⑵ 本件和解契約は、返済負担を軽減し、Aの経済的な再生を図るための合意であるから、民事再生手続の要件を満たしているのかを検討する。開始要件は、支払不能となるおそれの有無であると考える(民事再生法21条1項、破産法15条1項)。そして、支払不能とは、債務者が、支払能力を欠くために、その債務のうち弁済期にあるものにつき、一般的かつ継続的に弁済することができない状態である(同法2条11項)。以下、Aがこのような状態となるおそれがあるのかを検討する。
⑶ まず、Aは、平成24年から元本の返済の猶予を受け、利息部分のみの支払を続けていたが、平成25年末からは利息の支払も滞るようになった。このため、Aの日本料理店業と賃貸業の収入から元利金を返済できない状態にあると認められる。また、配偶者であり、連帯保証人でもあるCの収入は月額15万円程度の給与収入であり、AとCの生活費に充てられており、連帯保証人による返済もできない状況と認められる。
そして、債務免除の行われた平成27年時点では、日本料理店業が好転し、返済能力が回復する兆しは認められない。つまり、もともとは著名な料理店であったが、火災等の結果、現在は、細々と経営しているに過ぎず、食材の納入業者から新たに600万円を借入れて経営している状況である。
また、本件各賃貸物件は、いずれも老朽化が進み、賃借人が相次いで退去したが、一物件のみ賃料を大幅に減額した上で賃貸を継続している状況である。Aは、ビル一棟の複数の区分を所有しており、ビル全体の大規模修繕の実施などを主導して、収益力をあげるといった施策をとることは難しそうである。さらに、大規模修繕のための資金がなく、現状、Aが借入れを起こすことも容易ではない。
したがって、短期的に、日本料理店業と不動産賃貸業からの収入を増やして、返済原資とすることも困難である。
さらに、本件各賃貸物件と自宅を売却し、返済原資とすることも考えられるが、収益力が低下しており、借入金の元本をすべて返済するには足りないと認められる。実際、本件和解契約の下、それらを売却しているが本件債権を完済するのは足りていないようである。いずれの不動産もB銀行のための抵当権が設定されており、自由に売却することもできない。
なお、平成28年夏以降、Aの日本料理店業は、経営状況が好転しているが、上述の要件への該当性は、免除時点で判断すべきであると考える。
⑷ 以上より、Aは、債務免除時点において、支払能力を欠き、その債務のうち弁済期にあるものにつき、一般的かつ継続的に弁済することができない状態となるおそれがあったと認められる。このため、所得税法44条1項に基づいて、債務免除による経済的利益額は、Aの所得の計算上、総収入金額に算入されない。
3.総収入金額に算入される金額
Aの不動産所得の総収入金額に算入されるべき金額は、本件債務免除に係る5000万円のうち500万円である。また、Aの事業所得の総収入金額に算入されるべき金額は、本件債務免除に係る3000万円のうち500万円である。なぜなら、不動産賃貸業と日本料理店業のそれぞれについて発生した損失500万円については、同項が適用されないからである(同条2項1号、2号)。
5.ケースブック租税法〔第6版〕との関係
記憶に頼ることになるが、所得税法44条の2について、ケースブック租税法では、正面から問われていないと思う。このため、この問題については、出題趣旨と採点実感を踏まえて記述してみたところである。「あてはめ」のために問題文中の事実をいかに拾うのかが重要ということのようである。事例は、興味深く、読ませていただいた。
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