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【過去問】 非課税所得・一時所得・給与所得・雑所得


1.問題

 S市に住むAは、S地方裁判所から、裁判員候補者として呼出しを受けた。Aは、職場の上司であるBに対し、「このたび、裁判所から呼出しがありました。休暇を取らせてください。」と依頼した。Bは、「了解しました。大事なことですから、安心して行きなさい。」と応じた。
 裁判員を選任する手続の期日は、平成25年1月21日(月曜日)に指定されていた。同日の朝、Aは、自宅からバスと電車を乗り継いで、S地方裁判所に出頭した。当日の手続によりAは裁判員に選任され、直ちに翌日から公判が開始されることになった。Aの自宅からS地方裁判所まではかなりの距離があり、交通機関の乗換えの便も悪かったため、帰宅はかなり遅くなったが、Aは何とかその日のうちに自宅に戻った。
 Aは帰宅後、裁判員に選任されたことをBに電話で説明し、さらに休暇を取得した。S地方裁判所でAの合議体が取り扱うこととなった事件は、連日開廷の下で審理が行われ、平成25年1月25日(金曜日)に判決が言い渡された。この間のAの裁判員としての職務従事日数は計4日である。Aは、自宅とS地方裁判所の間を連日往復することに体調面で不安があったこと、期日が連続していたこと、及び、同居する老親の同意を得られたことから、裁判員としてS地方裁判所に通っていた間、S地方裁判所付近のビジネスホテルで3泊し、ホテル代を支出した。
 裁判員の参加する刑事裁判に関する法律(以下「裁判員法」という。司法試験用法文を参照。)の下で、裁判員候補者及び裁判員は期日に出頭する義務を負い、裁判員は審理に立ち会う職務を担う。裁判員は、特別な知識、能力、経験等を要件とせず国民一般から無作為に抽出された者の中から選任され、一定の事由に該当しない限りは、その辞退を申し立てることができない。正当な理由がなく出頭しないときは過料に処することとされている。また、裁判員は、独立してその職権を行うこととされている。
 裁判員候補者や裁判員である者には、裁判員法において、旅費、日当及び宿泊料を支給することとされている(裁判員法第11条,第29条第2項)。Aは、平成25年2月に、裁判員法に基づき、裁判員候補者として出頭したことにつき旅費及び日当の支給を、裁判員として出頭し計4日間職務に従事したことにつき旅費、日当及び宿泊料の支給を、それぞれ銀行振込によって受けた。
〔設問〕
 Aが裁判員候補者及び裁判員として支給を受けた旅費、日当及び宿泊料、並びに、Aが支出したホテル代は、所得税法の適用上、どのように扱われるか。所得税法の根拠条文を摘示して説明しなさい。

(司法試験平成25年第1問)

2.出題趣旨

 国民の誰しもに密接な関わりのある裁判員制度を素材としつつ、旅費、日当及び宿泊料(以下「旅費等」という。)の支給を受けた場合の所得税の課税関係を問う事例問題である。裁判員の参加する刑事裁判に関する法律(以下「裁判員法」という。)の仕組みを問題文に現れた範囲で読み取った上で、裁判員候補者及び裁判員が支給を受ける旅費等の性質を所得税法の適用のために必要な範囲で検討し、その課税関係を事案に即して説明する事例解析能力と論理的思考力を試している。実務取扱いに関する知識の有無を問うものではない。
 大きな論点としては、Aが支給を受ける旅費等がAの課税所得を構成するか、また、課税所得を構成するとしてどの各種所得に区分されるか、という点が問題となる。これらの点を検討するに当たっては、裁判員候補者及び裁判員に対して裁判員法に基づき支給される旅費等がどのような性質を有するか、より具体的には、労務の対価であるか実費弁償的なものであるか、というような点を意識した上で、給与所得、一時所得、雑所得などへの該当性を判例の基準に照らして検討する必要がある。さらに、Aの支出したホテル代の扱いについては、旅費等をどの各種所得に区分するかに応じて控除の枠組みが異なってくることを正確に認識しつつ、控除の可否を検討することが必要である。いずれも基本的な論点であり、法科大学院で学んだ基本的な知識を基に、法解釈と適用の過程を過不足なく答案に表現することが重要といえよう。

3.採点実感等

 公表済みの「出題の趣旨」の中で述べた主要な論点に即して、事例解析力と論理的思考力を重視して採点した。採点に当たっては、所得税法の基本的なルールの説明に対しても一定の基礎点を与えたが、より多くの点数について当てはめで評価した。当てはめについては、結論によって差を付けるのではなく、問題文に記載されている裁判員候補者及び裁判員の職務の理解、旅費、日当及び宿泊料の支給の性質の検討、事実摘示及び事実評価の適切さ、所得税法の基本ルールの当てはめにおいて法律の適用順序に誤りはなく、論証の論理性に問題はないか、という観点から見て、その結論を導き出す論証の部分にどれほどの説得性があるかを重視した。昨年までと同様に、論証の質を重視したのである。
 全体的な印象としては、基本的な条文について、その趣旨までをも含めた正確な理解ができているかどうかが、論述の正確性と分析の的確性を決めている。すなわち、法律の趣旨内容の理解の程度が、適用対象となる事実関係を観察する場合の「目のつけどころ」に影響し、最終的に論述の説得力に反映する。その意味でも、試験場に来る前に行っておくべきは、租税法の基本的な考え方と基本条文の定めの背後にある趣旨の正確な理解に努めることであろう。
 支給を受けた旅費、日当及び宿泊料が課税所得を構成するかについては、所得税法が所得概念を包括的に構成しており、法令上の非課税規定がない限り、原則として純資産の増加を課税の対象としていることを明示的に指摘するものは必ずしも多くなかったものの、多くの答案はこのことを暗黙の前提としていた。問題は、これらの支給のうち実費弁償的な性格を有するものについて,それが本当に課税所得であるといえるかである。この点については、後述する所得分類の論点についてこれらの支給を給与所得と解する答案のほとんどは、支給された旅費を「通勤手当(これに類するものを含む。)(所得税法第9条第1項第5号)」に当たるとしていた。中には、支給された宿泊料もこれに当たるとするものも散見されたが、「通勤手当(これに類するものを含む。)」という文理の範囲を超えている。なお、旅行費(所得税法第9条第1項第4号)や制服等(所得税法第9条第1項第6号)に関する非課税規定の類推適用を論ずる答案もあった。
 所得分類については、多くの答案が、各種所得への該当性の判断基準を、判例の準則に依拠しつつほぼ正確に述べていた。これに対し、当てはめの結論としては、給与所得に当たるとするもの、一時所得に当たるとするもの、雑所得に当たるとするものに大きく分かれた。また、裁判員候補者として受けた支給と裁判員として受けた支給で区別するものや、日当、旅費及び宿泊料のそれぞれについて区別するものなど、幾つかのパターンに分かれた。この点については、余り機械的に個別まちまちの取扱いとすることが果たして適切かという問題がある。しかし、先に述べたように、結論それ自体によって評価に差を付けるのではなく、論証の質を重視して評価を与えた。例えば、給与所得の該当性判断に際して、労務の提供の対価であるか、空間的・時間的拘束があるかなどの考慮要素を説得的に摘示しているか否か、あるいは、一時所得の該当性判断に際して、役務の対価としての性質の有無などを説得的に示しているか否か、というような点である。また、雑所得に当たるのはあくまで他の各種所得に該当しない場合であることから、所得分類を論ずる順序としても、先に給与所得等への該当性を論じたのち、それらについて消極の結論に至って初めて雑所得について論ずるというステップを踏んでいるか、というような点である。
 所得分類に関連して付言すれば、最初に給与所得とか雑所得とかに結論を「決め打ち」してしまい、問題文の中から「決め打ち」した結論に合うところがけを拾ったのではないかと思われるような記述になっている答案が散見された。これでは説得力のある答案になりにくい。これに対し、相反するようにみえる事実関係をもうまく評価して結論に至っている答案には、なかなか説得力があった。中には、裁判員法をよく読んで、この事例で問題になっている裁判員候補者及び裁判員のみならず、補充裁判員も旅費、日当及び宿泊料を受けると法定されていることに触れる答案もあった。このような点にまで気が付いた人は、裁判員が受ける日当等の性質の評価において、過度に裁判員候補者や補充裁判員が行うことのない職務(審理への参加)の意味を重視することには、疑問が湧くのではないだろうか。
 支出したホテル代の扱いについては、受けた支給の所得分類について給与所得とする答案のほとんどが、給与所得については必要経費の実額控除が認められておらず、法定概算控除としての給与所得控除が認められることを正確に指摘していた。さらに、特定支出控除に触れる答案も見られた。これに対し、雑所得とする答案の多くは必要経費控除の可否を論じており、その中には事実関係に即して丁寧に当てはめを行うものがあった。なお、問題文では、支出したものを「ホテル代」と記述し、支給を受けたものを「宿泊費」と記述している。従って、必要経費控除が問題になるのは「ホテル代」であり、収入金額への計上が問題になるのは「宿泊費」である。多くの答案は問題文を正確に読み取ってその用語法に忠実に従いつつ当てはめを行っていたが、少数ながら両者を混同する答案も見られた。
 第1問の採点の結果、全体を通してみると、ほぼ想定通りの分布となったが、「良好」よりも「一応の水準」に該当する答案の割合のほうがやや多かった。

4.解答例

1.旅費、日当及び宿泊料(「旅費等」)について
(1)非課税所得への該当性
 この点、旅費等は、所得(所得税法7条)に該当しないとの考え方もありえる。しかし、旅費等は、支出額にかかわらず支給されており、純資産増加があるものと認められる。このため、非課税所得として同法9条1項に列挙されたいずれかの事由に該当しないかぎり、所得と考える(中高年齢者雇用開発給付金事件判決)。
 この点、旅費については通勤手当(同項5号)に該当すると考えることもできそうである。しかし、同号は、給与所得者が、勤務先に通勤することを念頭においた規定であり、AがS地方裁判所に裁判員候補者あるいは裁判員として出頭したことを通勤と捉えることは難しいと考える。したがって、旅費は、同号に該当しない。
 また、旅費等について、それが、裁判員法上、過料の制裁の下で強制された支出であることから、給与所得者に係る旅費(同項4号)あるいは給与所得者が使用者から受ける金銭以外の物(同項6号)を類推することも考えられなくもないが、文理から離れており、困難であると考える。
 したがって、旅費等は、非課税所得に該当しないと考える。
(2)所得分類
 そこで、旅費等が、いずれの所得区分に分類されるべきかが問題となる。
 まず、旅費等は、給与所得(同法28条1項)に該当しないかを検討する。この点、何が給与所得に該当するかは、法文上、必ずしも明らかにされていない。裁判例の基準を踏まえると、給与所得は、非独立性と従属性を有する労働への対価とされる。
 この点、裁判員候補者と裁判員は期日に出頭する義務を負い、裁判員は審理に立ち会う職務を担うが、その期日の設定、裁判員の職務は、裁判官などの指示に従うため、従属性を有する。また、裁判員は、特別な知識等を要件としておらず、その責任(危険)と計算において職務を遂行するものではなく、独立していない。
 しかし、前述のとおり、旅費等は、裁判員候補者あるいは補充裁判員にも支給され、職務の対価という性質は希薄である。このため、そもそも労務の対価とは認められず、給与所得にあたらないと考える。
 これに対して、旅費等は、一時所得(同法34条1項)には該当すると考える。なぜなら、旅費等は、「営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外」であり、かつ、審理に参加する裁判員に限らず、審理に参加しない裁判員候補者あるいは補充裁判員にも支給される(裁判員法11条1項、29条2項)ため、「一時の所得で労務その他の役務……の対価としての性質を有しないもの」(所得税法34条1項)にあたるからである。
2.ホテル代について
 ホテル代は、旅費等の支給を得るために支出している。そして、自宅とS地方裁判所の間を連日往復する体調面での不安、平成25年1月22日から24日まで期日が連続し、審理への立ち会いが求められており、同居する老親の同意を得られたことから、S地方裁判所付近のビジネスホテルに3泊し、支出したホテル代である。このため、ホテル代は旅費等に関し、「その収入を生じた原因の発生に伴い直接要した金額」(同法34条2項)にあたると考える。したがって、ホテル代は、旅費等の収入金額から控除される。

5.ケースブック租税法〔第6版〕との関係

 出題趣旨と採点実感が、解答例を想定して記載されていたので、それに沿って、解答例を作成してみた。いずれもケースブック租税法で勉強した知識を応用することで対処できたと思われる。旅費等が、労務の対価ではないということから給与所得ではなく、一時所得であるという結論を導いた。これは、出題趣旨と採点実感で指摘されている点に従ったものである。
 なお、所得分類の検討順序については、平成28年の採点実感において、「この場合、最初に検討すべきは譲渡所得や給与所得であり、これらに該当しないとした場合に一時所得該当性を検討し、その結果一時所得に該当しなければ雑所得になるという検討順序になるべきであるが、この検討順序をきちんと意識できていない答案が少なからず見受けられた。」との記述がある。この教えにしたがって順番に検討を加えた。

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