§241.01 損益通算
1.その後の改正
(略)
2.総合累進所得税における損益通算
設問①について
総所得金額、退職所得金額又は山林所得金額を計算する場合において、不動産所得の金額、事業所得の金額、山林所得の金額又は譲渡所得の金額の計算上生じた損失の金額があるときは、これを他の各種所得の金額から控除する操作をすることである。なお、所得額の2分の1だけが総所得金額に算入される長期譲渡所得や一時所得からの控除の順序によって、納税者に有利となったり、不利となったりするので、所得税法施行令198条は、損益通算の操作の順序を詳しく定めている。(なお、佐藤〔第4版〕334-335頁参照。)
設問②について
損益通算の対象となる損失は、不動産所得、事業所得、山林所得または譲渡所得の金額の計算上生じた損失に限定される。それ以外の所得分類から生じた損失は無視される。
わが国の所得課税の制度は、包括的所得概念(人の担税力を増加させる利得のいかんにかかわらずすべて所得を構成するという概念)の下では、もともと1種類しかない所得を、さまざまな理由から10種類にわけている。このため、所得分類にかかわらず、担税力の減少が発生したとき(純資産の減少が発生したとき)は、それを差し引き計算すべきこととなる。他方、この制度がないと、担税力の増加のないところに課税をしてしまうという不都合を招くことになる。(佐藤〔第4版〕331頁参照)
3.通算される損失の範囲
「立法政策の問題と言いうるか」との問いは、憲法上、立法裁量に属する問題と言いうるのか、すなわち、財産権の侵害として違憲とならないかという問いと理解した。
この点、憲法29条による財産権の保障について、「現在では、『財産権は、これを侵してはならない』という1項は、①私有財産制度の保障(制度的保障)と、②各人が現に有する具体的な財産上の権利(既得権)の保障(現存保障)という独自の意味をもつと考えられている。そうなると、国会は、2項で付与される内容形成権によって、基本的には、動態的かつ柔軟に財産権の内容をデザインしていく(デザインしなおしていく)ことができるが、1項によって、①私有財産制度の核心を侵すような立法、②既得権を侵害するような立法については、その定立を憲法上厳しく制限されているということになろう。」(青井未帆=山本龍彦「憲法Ⅰ 人権」(有斐閣ストゥディア)139頁)。そして、森林法共有林事件判決(最判昭和62年4月22日)は、森林法186条が、共有森林の分割請求権を原則として否定していることは、①と②に違反しないものの、不動産の単独所有が憲法上保障された法制度であり、森林法が分割請求権を否定し、単独所有となることを妨げることは立法裁量の範囲外にあることを、前提として、財産権を侵害するものとして違憲と判断された。判例の考察として、「日本国憲法は、明治民法が『法制度』として選択した単独所有制(ローマ法的な一物一権主義)を追認したため、それが憲法上も保障されると考える見解(法制度保障論)」あるいは、「単独所有は、法律家集団によって、憲法の想定する所有形態の『ベースライン』とみなされているため、そこからの逸脱には憲法上強い正当化が要求されると考える見解(ベースライン論)」などが紹介されている(同144頁)。
翻って、本問をみてみると、暦年中に発生した費用であるところの借入金利子を控除して税額を計算すること、すなわち、所得税法24条2項による控除が、憲法上(14条ではなく29条の下)、保障された制度なのかが問われているのではなかろうか。
ところで、この問題は、(い)借入金利子を含む必要経費を控除することが、憲法上、保障された制度であるのかという問いと、(ろ)保障されているとして、本問の提案する、各課税年度の計算において控除することではなく、取得費に含めて、譲渡時に控除することが、許容されるのかという問いに分けることができる。
上記(い)の点については、「このように、必要経費控除は、担税力に即した公平な課税を実現するために、所得課税の本質的要素となっていると考えられる。すなわち、ドイツにおいて純所得課税の原則が応能負担原則の現れとして考えられていたのと同様の理解が成り立つといえる。そしてこのような理解は、上記の最高裁平成24年1月13日判決における『所得税法……の計算方法は、個人の収入のうちその者の担税力を増加させる利得に当たる部分を所得とする趣旨に出たものと解される』との判示部分にも当てはまると考えられる。つまり、最高裁も担税力を増加させる利得に当たる部分が『所得』、すなわち純所得として課税対象になると理解しており、必要経費控除は応能負担原則の現れであると考えられる。」(奥谷健「必要経費控除の意義と範囲」税法学575、234頁)との指摘がある。このため、必要経費控除は、担税力を適切に捕捉し、応能負担を徹底し、公平な課税を実現するための制度として、憲法29条に下で、単独所有制度と同様に保障されていると考えることができそうである。
それでは、かかる理解の下、各課税年度に必要経費を控除するのではなく、取得費に参入して譲渡時まで、控除を繰り延べることが認められるであろうか。賃貸用不動産について、借入金利子を、賃料収入に対応させず、取得費に含めて譲渡時まで控除を繰り延べることは行われていないと思う。このため、賃貸用不動産の賃料収入と比べると提案されている制度は、やや違和感がある。しかし、提案された制度の下であっても、譲渡時に借入金利子相当額は控除され、かつ、譲渡時期は納税者の裁量に委ねられており、(純)所得のないところに、課税することで、応能負担の原則に反するわけではない。そもそも、費用収益対応の原則から捉えた時、賃貸不動産の事例は、借入金利子が賃料収入に対応すると考えているのに対して、提案された制度は、借入金利子が譲渡収入に対応すると考えているという差に過ぎず、必要経費控除制度の枠内の裁量の範囲の問題とも捉えられる。
以上の考察を踏まえると、提案された制度は、立法政策の問題と言いうるのではないかと思われる。
賃貸不動産についても、負債利子は、譲渡所得と不動産所得に対応すると、理論上、考えられそうである。そうすると、負債利子が、譲渡所得にも対応することが、損益通算を認めない理由となるのであれば、不動産所得についても、損益通算を認めるべきではないことになりそうである。しかし、不動産所得については損益通算が認められている。このため、株式取得のための負債利子が、配当所得だけではなく、譲渡所得に対応することは、配当所得について損益通算を認めない理由とはならないのではなかろうか。
なお、そもそも、包括的所得概念の下では、一定期間における資産増加と消費の合計が所得と観念されるのであり、これは所得分類にかかわらず、計算されるべきであるから、より積極的な(政策的)理由が論証されなければならないと思われる。
配当のない株式を負債によって取得する者とは、どのような納税者像をイメージすればよいのだろうか。貸付は規制業務であり、銀行あるいは貸金業者などの限られた者が従事できる。これらの規制された者は、配当のない株式を取得するための貸付にあたり、慎重な信用状況の審査が求められる。
通常は、借入人に対して、①取得した株式の担保提供、②その他の資産の担保提供、③担保資産の価格が減少した時には、追加で担保提供する義務、④追加での担保提供が行われないときは、担保処分による回収を認める、といった条件の受け入れが、求められるのではなかろうか。
このような条件に応ずることができるか否かも審査され、相応の収入があり、かつ、相応の余裕資産を保有していることも求められるのではなかろうか。
このように考えると、配当のない株式を負債によって取得する者は、類型的に、担税力の高い納税者であると捉えられそうである。
しかし、個人事業主が取引先法人の株式の取得を迫られて、取得するような場合は、上述の事例にはあてはまらなさそうである。このため、類型的に担税力は高いと言えるが、例外があることは認めざるを得ない。
「雑所得においては、多くは余剰資産の運用によって得られる」ため、納税者の担税力が大きいという事実認識も、例外があることを認めるならば、間違いではないと考える。しかし、納税者全体に占める例外の割合が大きくなったときには、立法事実に変化があったこととなり、課税方法の合憲性が問題となり得るのではないかと思われる。
4.相互参照
(略)