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【過去問】 和解金の帰属年度


1.問題

【注】 本問は、問題文中において特許法上の規定を引用しているが、同法の解釈を問うものではない。なお、特許法については、平成二十八年一月二十二日政令第十七号「特許法等の一部を改正する法律の施行期日を定める政令」に基づいて、平成二十八年四月一日付けで「特許法等の一部を改正する法律(平成二十七年法律第五十五号)」が施行されているが、問題文中で引用しているものは、同改正前の規定である。
 Aは、平成2年4月に食品メーカーであるB株式会社(以下「B社」という。)に入社し、平成3年4月からB社のC研究所に研究員として勤務し、食品の研究開発に従事していた。
 Aは、C研究所にいた平成17年に健康食品に関する甲という発明を行った。甲は、その性質上B社の業務範囲に属し、その発明をするに至ったAの行為はその現在の職務に属するものであった(特許法(司法試験用法文を参照。)第35条第1項参照。)。
 B社は、平成5年6月1日付けで、同日以降に従業員がした職務発明について、職務発明取扱規程(以下「本件規程」という。)を定めており、その主要な条項は下記のとおりであった(その後の改訂はなかった。)。

第1条 職務発明に関する特許を受ける権利(以下「特許を受ける権利」という。)は、会社がこれを承継する。ただし、会社がその権利を承継する必要がないと認めたときは、この限りでない。
第2条 会社は、従業員がした発明が職務発明であるか否かの認定をし、職務発明であると認定した場合は、その発明について特許を受ける権利を会社が承継するか否かの決定をすることとする。
第3条 発明を完成した従業員(以下「発明者」という。)は、前条の規定によりその発明者の発明について特許を受ける権利を会社が承継すると決定したときは、その権利を会社に譲渡することとする。
第4条 会社は、発明者から特許を受ける権利を承継したときは、速やかに出願することとする。
第5条 特許を受ける権利の承継につき、会社が発明者に対して支払う報償金の時期及び額は以下のとおりとする。
1 出願したとき
  出願報償金  1万円
2 特許権を第三者に実施許諾し又は譲渡して収入を得たとき
  実績報償金  第三者から受領した額の5パーセント

 B社は、平成18年3月、本件規程第1条本文及び第3条に基づき、Aから、甲に係る特許を受ける権利を承継し、同月中に特許の出願をしたため、本件規程第5条第1号に基づき、同月中にAに対し、出願報償金1万円(以下「本件出願報償金」という。)を支払った。
 平成22年8月、甲に係る特許の設定登録がされた。B社は、平成24年10月、食品メーカーであるD株式会社(以下「D社」という。)との間で甲に係る特許権の譲渡契約を締結し、同月中に代金1億円の支払を受けたため、本件規程第5条第2号に基づき、同年12月、Aに対し実績報償金として500万円(以下「本件実績報償金」といい、本件出願報償金と併せて「本件各報償金」という。)を支払った。Aは、平成25年7月にB社を退社した。Aは、平成26年4月、B社を被告として、本件規程第5条により特許を受ける権利の対価を支払うことは不合理である旨主張し、特許法第35条第3項及び第5項に基づき、「相当の対価」から既に支払を受けた本件各報償金合計501万円を差し引いた残額として4000万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める訴えを提起した。B社は、同訴訟において、本件規程第5条により特許を受ける権利の対価を支払うことは不合理とは認められず、また、仮に不合理と認められるとしても「相当の対価」の額は既払い額501万円を上回ることはない旨主張し、全面的に争った。その後の平成27年12月1日、裁判所の和解勧告に基づき、AとB社との間で、「相当の対価」の残額として2000万円(以下「本件和解金」という。)を支払う旨の訴訟上の和解が成立し、平成28年1月20日、B社はAに対し同額を支払った。
 他方、D社は、B社から取得した甲に係る特許権を利用して乙という健康食品を製造し、平成26年3月から1箱1万円での販売を開始した。D社の創業者であり、その発行済株式総数の70パーセントを所有し、いわゆるワンマン社長として同社の実権を掌握していた代表取締役社長Eは、同年4月、自ら及び家族が使用する目的で、部下に命じて乙50箱(以下「本件食品」という。)を無償で入手し、これを自宅に持ち帰って、その後家族とともに費消した。
 以上の事案について、以下の設問に答えなさい。

〔設問〕
1.(2)本件和解金は、所得税法上、いつの年分のいかなる所得に分類されるか、自説を述べなさい。

(司法試験平成28年第1問設問1⑵)

2.出題趣旨

 設問1(2)においては、まず、本件和解金の帰属年度について、いわゆる権利確定主義(所得税法第36条第1項の「収入すべき金額」、最二判昭和49年3月8日民集28巻2号186頁等)の趣旨及び内容を説明した上、本問への当てはめをすることを求めたものである。具体的には、「相当の対価」の支払請求権が発生したのはAがB社に特許を受ける権利を承継させた平成18年であろうが(特許法第35条第3項参照)、その残額に係る権利の有無及び金額に争いがあり、平成27年の和解成立によって初めてその点が確定し、平成28年に実際に支払われたことを踏まえ、いつ権利の確定(所得の実現)があったといえるかを問うものである。次に、本件和解金の所得の種類については、和解金一般の所得の種類についてはその法的性質に基づいて判断すべきことを説明した上で、本件出願報償金及び本件実績報償金の所得の種類と整合性のある解答をすることを求めたものである。

3.採点実感等

 さらに、本件和解金については、そもそも所得の帰属年度の論点のみを論じて、その所得分類の検討が抜け落ちてしまった答案も散見されたが、まずは問題文をよく読んで解答すべき論点を確認することが重要である。たとえ他の論点で良い解答をしていても、1つの論点の解答が完全に抜け落ちてしまった場合にはそれだけで大きな失点となることは避けられない。本件和解金の所得分類についても、譲渡所得、給与所得、一時所得、雑所得など結論が大きく分かれた。なお、ここで退職所得(所得税法第30条第1項)を検討した答案(あるいは退職所得を自説とした答案)もあった。しかしながら、本件和解金が「退職」という事実によって初めて給付される性質のものでないことは明らかであるから(最二判昭和58年9月9日民集37巻7号962頁等参照)、退職所得を検討する必要は全くない。本件和解金の所得分類については、その基となる請求権の法的性質を検討しないまま、単に、「訴訟上の和解により発生したもので、営利目的の継続的行為から生じたものでもなく、対価性もないから、一時所得である。」と形式的に一時所得と結論付けた答案も多かったが、これでは和解金は全て一時所得となりかねず、説得力に乏しい。他方で、本件和解金の所得分類については、その基となる請求権が、特許を受ける権利の「相当の対価」の支払請求権(特許法第35条第3項参照)であり、本件各報償金との類似性があることを前提とした上で、両者との異同を含めて所得分類を説得的に論じた答案は当然に評価が高くなった。
(中略)
 本件和解金の所得の帰属年度については、ほとんどの答案が、いわゆる権利確定主義の趣旨、内容をおおむね正確に説明した上で、その当てはめとして、訴訟上の和解が成立した平成27年であると結論付けていた。他方で、実際に本件和解金が支払われた平成28年とした答案、「相当の対価」の支払請求権が発生した平成18年とする答案なども散見された。平成27年に帰属するとした答案についても、簡単に「訴訟上の和解が成立して初めて権利が確定したから」との理由付けのみを記載しているものが多かった。他方で、特許を受ける権利の「相当の対価」を一義的に金銭で評価することは難しいことや、訴訟においてB社が「相当の対価」の残額の有無及び額を争っていたことなど、本件の事実関係に即して丁寧に当てはめをした答案もあったが、このような答案は当然に評価が高くなった。

4.解答例

設問1⑵前段について
1.本件和解金を何年の所得として取り扱うべきか。「その年において収入すべき金額」(所得税法36条1項)の意義が問題となる。
 「その年において収入すべき金額」とは、現実の収入がなくても、その年に収入の原因たる権利が確定的に発生した金額のことと考える(権利確定主義・雑所得貸倒分不当利得返還請求事件判決)。
 これは、常に現実収入のときまで課税できないとしたのでは、納税者の恣意を許し、課税の公平を維持できないので、徴税政策上の技術的見地から、収入すべき権利の確定したときをとらえて課税することとしたものである。また、同項は「収入した金額」と規定していないこととも整合する。
2.本件和解金の2000万円は、Aが発明した甲に係る特許を受ける権利の「相当の利益」(特許法35条4項)から本件各報奨金を除いた額として、AとB社の間で合意されたものである。
 この点、AはB社に、甲に係る特許を受ける権利を、平成18年3月に譲渡しており、「相当の利益」の請求権、つまり、本件和解金の原因たる権利は発生していると認められる(同項)。ただ、この請求権の金額は2000万円と合意されておらず、同額にかかる権利が確定的に発生したとは考えられない。このため、平成18年分の所得とは認められない。
 また、甲について特許権の設定登録のあった平成22年、あるいは、実績報奨金の支払いのあった平成24年においても、上述した状況に変化はなく、本件和解金2000万円の請求権が確定的に発生したとは認められず、平成22年、平成24年分の所得とは認められない。
 そして、平成27年12月1日に、本件和解金の支払について、AとB社との間で合意された。これにより、AはB社に対して、「相当の利益」として2000万円を請求する権利が確定的に発生したと認められる。したがって、本件和解金は、平成27年分の所得とすべきである。
 なお、本件和解金は、平成28年1月20日に支払われているが、前述のとおり、現実の収入時まで課税できないとすると、納税者の恣意を許し、課税の公平を維持できないため、平成28年分の所得することは適当ではないと考える。

設問1⑵後段について
 本件和解金の所得区分は、どのように考えるべきであろうか。この点、本件和解金は、「相当の利益」から本件各報奨金を控除した残額を請求するAのB社に対する訴訟の和解において合意された。このため、本件各報奨金と同様、甲の発明というAのB社に対する労務の対価である。このため、本件各報奨金と同様、給与所得(同法28条1項)に区分すべきである。

5.ケースブック租税法〔第6版〕との関係

 本問については、「§232.01 権利確定主義⑴ ––––– 基本的な考え方」(ケースブック租税法〔第6版〕293頁)の解答を参照した。裁判例の基準では、「対価の額」についての権利が確定的に発生したときに、収入金額と認識する。つまり、「対価の額」を抜きにした、権利だけが確定的に発生しただけでは、収入金額として認識するのは足りないと考える。このため、「相当の利益」の請求権は、特許を受ける権利を譲渡した時に発生するが、この時点では2501万円という「対価の額」が定まらず、確定していない。和解の合意があった時に、「対価の額」が定まり、確定したことになると考えた。なお、所得区分については、本件各報奨金と本件和解金を合わせて「相当の利益」であったことから、いずれも、甲を発明するという労務の対価であったと捉え、給与所得と区分してみた。

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