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§222.05 譲渡所得の計算方法
1.事案の検討
⑴ 本件判決が、「資産の取得に要した金額」に「資産を取得するための付随費用の額」が含まれると判断した際の考慮要素は何か。それはどのような論理で、上記の結論と結びつくと考えられるか。
設問前段について
本件判決は、所得税「法33条3項が総収入金額から控除し得るものとして、当該資産の客観的価格を構成すべき金額のみに限定せず、取得費と並んで譲渡に要した費用をも掲げていることに徴すると」、「資産の取得に要した金額」(所得税法38条1項)には、「当該資産の客観的価格を構成すべき取得代金の額のほか、登録免許税、仲介手数料等当該資産を取得するための付随費用の額も含まれるが、他方、当該資産の維持管理に要する費用等居住者の日常的な生活費ないし家事費に属するものはこれに含まれないと解するのが相当である」と判示した。
本件判決の引用部分より、譲渡費用の控除が認められていることを、「資産を取得するための付随費用」を控除することを認める上での考慮要素としたと考える。
なお、「付随費用が取得価額に算入される理由として、支払利子付随判決が、譲渡所得の計算上、取得費に加えて譲渡費用を控除しうることをあげている点……などを考えると、付随費用の範囲を考える際には、その支出を譲渡人が負担した場合に譲渡費用に算入されるか、という点も加味して考えることが有益であろう。」(佐藤〔第3版〕121頁)とされている。
設問後段について
まず、譲渡費用の控除の趣旨は、投下資本の回収部分を課税対象から除外することにあると考える。そして、取得費控除の趣旨も、投下資本の回収部分を課税対象から除外することにあると考える。したがって、譲渡費用と同じく、取得費の範囲を画定するにあたっても、投下資本の回収部分に相当する付随費用も、取得費に含めた上で、増加益(譲渡所得)の算定にあたって控除すべきである。
問: 「資産の取得に要した金額」(所得税法38条1項)には、資産を取得するための費用は含まれるのか。(なお、伊川正樹「譲渡所得課税における取得費および付随費用ならびに譲渡費用」(立命館法學2013年6号(352号)2645-2672頁)の分類に従った。)
甲説: 客観的価値構成説(東京地判昭和54年3月28日・東京地判昭和52年8月10日参照)
結論: 「資産の取得に要した金額」には、資産の客観的価額を構成する費用、つまり、資産取得のために直接必要とした費用が含まれる。
理由: ① 譲渡所得に対する課税は、資産の値上りにより所有者に帰属している増加益について、その資産が所有者の支配を離れて他に移転するのを機会に、これを清算して課税する趣旨のものである。換言すると、当該資産の取得の時における客観的価額と譲渡の時における客観的価額との増差分を値上り益として課税の対象としているものということができる。譲渡所の金額の計算において、資産の譲渡による収入金額から「資産の取得に要した金額」を控除するのは、右の客観的価額の増差分を算出する意味をもつ。したがって、資産の取得に関連してなんらかの費用を要した場合であっても、それが一般的に右取得の時における当該資産の客観的価額を構成する費用と認められないものであるときは、これを「資産の取得に要した金額」として譲渡による収入金額から控除することはできないものというべきである。(東京地判昭和54年3月28日参照)
② そして、この「当該資産の客観的価額の一部を構成する費用」とは、資産「取得のために直接必要とした費用、すなわち、その資産の購入代価及び購入手数料、登録費用等購入に直接付随する費用」と考えるべきである。(東京地判昭和52年8月10日参照)
③ なお、借入金の支払利子は、取得のために直接必要とした費用には含まれない。
乙説: 因果関係説(東京高判昭和54年6月26日参照)
結論: 「資産の取得に要した金額」には、資産の交換取得と相当因果関係のある支出が含まれる。
理由: ① 購入代価が資産取得のための反対給付物として、交換取得との間に相当因果関係があるのと同様、「資産の取得に要した金額」には、交換取得との間に相当因果関係のある費用は含まれる。
② なお、有償取得の通常手段である買受代金支払に引き当てるべき金額を入手するための対価としての相当額の支出もまた資産取得との間に相当因果関係が認められる。このため、借入金の支払利子は、「資産の取得に要した金額」に含まれる。
批判: 相当因果関係という概念は、刑事責任法あるいは民事責任法の分野で使われてきた概念であり、それは「原因と結果」の関係を表すものである。そして、資産を取得するための資金の借入れと資産の取得の関係は、むしろ「手段と目的」の関係と呼ぶべきであって、ここでは因果関係という概念を用いることは適切ではない。
丙説: 付随費用包含説(最判平成4年7月14日)
結論: 「資産の取得に要した金額」には、資産を取得するための付随費用も含まれる。
理由: 「資産の取得に要した金額」には、(客観的価値構成説と異なり)資産の客観的価格を構成すべき取得代金の額のほか、登録免許税、仲介手数料等当該資産を取得するための付随費用の額も含まれる。なぜなら、所得税法33条3項が譲渡所の金額の計算上、控除しうるものとして、取得費のみならず譲渡費用をも掲げているからである。
⑵ ①本件判決によると、資産の取得に要した費用とされるのは支払利子のうちどの部分か。また、その判断にはどのような理由が示されているか。②不法占拠者がいることを知って借入金により居住用不動産を取得し、不法占拠者を退去させた後に使用開始したため、借入れから使用開始まで2年間近くかかったという事例において、本判決の考え方を当てはめると、取得に要した金額に算入される支払利子はどのように考えられるか。N&Q 6.を勉強した後でも、再度検討せよ。
設問①について
本件判決によると資産の取得に要した費用とされるのは、支払利子のうち、居住用不動産の使用を開始するまでの期間に対応する利子である。
その判断の理由であるが、まず、原則として「不動産を取得すための借入金の利子は、個人が他の種々の家事上の必要から資金を借り入れる場合の当該借入金の利子と同様、当該個人の日常的な生活費ないし家事費にすぎないものというべきである」とする。その上で、例外的に、「右借入れの後、個人が当該不動産をその居住の用に供するに至るまでにはある程度の期間を要するのが通常であり、したがって、当該個人は右期間中当該不動産を使用することなく利子の支払を余儀なくされるものであることを勘案すれば、右の借入金の利子のうち、居住のため当該不動産の使用を開始するまでの期間に対応するものは、当該不動産をその取得に係る用途に供する上で必要な準備行為ということができ、当該個人の単なる日常的な生活費ないし家事費として譲渡所得の金額の計算のらち外のものとするのは相当でなく、当該不動産を取得するための付随費用に当たるものとして、右にいう「資産の取得に要した金額」に含まれると解するのが相当である。」と判示している。
設問②について(N&Q 6.を検討する前の考え方)
本件判決は、個人が居住目的で購入した不動産について、居住前の支払利子を「資産の取得に要した金額」に含まれるとした。その過程で、「個人が当該不動産をその居住の用に供するに至るまでにはある程度の期間を要するのが通常」であることを説示している。設問②では、不法占拠者がいる不動産を居住目的で購入しているが、そのような物件を購入するのであれば、退去までの期間が長期化することは通常であろうし、その期間に対応する支払利子も、居住に向けた準備行為といえなくもない。しかし、2年間という期間はあまりに長期に及ぶため、「通常、使用を開始しうる時までの期間に対応するものに限定」すべきと考える。
※ 佐藤〔第3版〕123頁は、支払利子付随費用判決が「借入れから居住開始までには『ある程度の期間を要するのが通常』であることをこの期間に対応する支払利子が使用開始のための準備費用である理由としてあげているが、個別事案の特殊事情により、資金の借入れや資産の取得から実際の使用開始までが特に長くかかった、というような場合に、資金借入れから使用開始までの全期間に対応する支払利子を付随費用として取得費に算入しうるのか(通常、使用を開始しうる時までの期間に対応するものに限定されないか)、という問題を提起することができる。」と指摘する。上述の回答は、この問題意識を反映した。
設問②について(N&Q 6.を検討した後の考え方)
N&Q 6.で問題となっている土地改良区決済金事件の最高裁判決は、譲渡所得課税の性質につき増加益清算課税説をとることを判示した上で、「所得税法上、抽象的に発生している資産の増加益そのものが課税の対象となっているわけではなく、原則として、資産の譲渡により実現した所得が課税の対象となっているものである。そうであるとすれば、資産の譲渡に当たって支出された費用が所得税法33条3項にいう譲渡費用に当たるかどうかは、一般的、抽象的に当該資産を譲渡するために当該費用が必要であるかどうかによって判断するのではなく、現実に行われた資産の譲渡を前提として、客観的に見てその譲渡を実現するために当該費用が必要であったかどうかによって判断すべきものである。」と判示した。
借入金支払利子を「資産の取得に要した金額」に含める理由が、譲渡費用との平仄を取ることにあるのであれば、上述の考え方は、付随費用に含める借入金支払利子の範囲を画定する上でも参照されるべきである。このため、一般的、抽象的ではなく(上述の考え方のように「通常、使用を開始しうる時までの期間に対応するものに限定」するのではなく)、個別の事案において客観的に見てその資産を取得するためにその費用が必要であるかどうかで判断することとなる。設問②の事案では、居住の用に供するためには、不法占拠者を退去させる必要があるため、退去までの借入金利子は、客観的に、資産を取得するために支払う必要であったと考えられる。したがって、使用開始までの2年間近くの借入金利子は、居住用不動産の取得価額に算入されるものと考える。
⑶ ①「資産を取得するための付随費用の額」に該当する支出として、本件判決はどのような具体的な支出を挙げているか。②ゴルフ会員権贈与事件判決(§222.06)において、このような「付随費用」に該当するとされたのは、どのような支出か。③これらの2件の判決から、どのような支出が「付随費用」に当たるかを判断する基準は明らかにされているといえるか。
設問①について
本件判決は、登録免許税と仲介手数料を、その資産を取得するための付随費用として例示した。
設問②について
ゴルフ会員権の贈与に伴う名義書換手数料である。
設問③について
これらの2判決に加え、支払利子付随費用判決を加えると、居住用不動産については居住開始までの支払利子が含まれることが明らかとなっている。これらの4種類が、付随費用に含まれる共通する判断基準は、示されていないように思われる。佐藤〔第3版〕120-121頁において述べられているように、支払利子付随費用判決が、付随費用を「資産の取得に要した金額」に含める考慮要素として、譲渡費用を控除できることをあげていることを踏まえると、「その支出を譲渡人が負担した場合に譲渡費用に算入されるか」という点を踏まえて考慮すべきである。
2.譲渡所得の計算方法
⑴ (省略)
⑵ 所得税法における長期譲渡所得と短期譲渡所得の計算方法を、根拠条文とともに述べよ。
長期譲渡所得の計算方法について
その年の総収入金額(売却代金)から取得費と譲渡費用を控除する(所得税法33条3項)。その上で、特別控除額50万円を控除する(同条3項4項)。この結果、算出される金額を他の所得の金額と合計した総所得金額が課税標準となる(同法22条2項)。
短期譲渡所得の計算方法について
その年の総収入金額(売却代金)から取得費と譲渡費用を控除する(所得税法33条3項)。その上で、特別控除額50万円を控除する(同条3項4項)。この結果、算出される金額の2分の1を他の所得の金額と合計した総所得金額が課税標準となる(同法33条3項2号、22条2項2号)。
⑶ 所得税法を読み、以下の①②③に該当する適切な用語を述べよ。
![](https://assets.st-note.com/img/1690615118311-5OjORdYSJm.png?width=1200)
設問①について
「総収入金額」
設問②について
「資産の取得費」
設問③について
「資産の取得に要した費用」
※ 佐藤〔第3版〕111頁参照。
⑷ 本判決によると、以下の④にはどのような用語が適切か。
![](https://assets.st-note.com/img/1690615071883-qmpGlnDgd1.png?width=1200)
設問④について
「資産取得のための付随費用」
※ 佐藤〔第3版〕111頁参照。
⑸ ある年に1人の納税者が短期譲渡所得と長期譲渡所得の両方を有していた場合、譲渡所得の計算上控除される特別控除は、まず短期譲渡所得から控除し、さらに残額がある場合には長期譲渡所得から控除することとされている(所法33条5項)。これは納税者に有利な規定か、それとも不利な規定か。また、そのような控除を行う趣旨についても考えてみよ。
短期譲渡所得について、総収入金額から取得費と譲渡費用を控除した残額が100万円であったとする。長期譲渡所得についても、同様に、残額が100万円であったとする。この前提で、課税標準を計算すると、短期譲渡所得の100万円から50万円の特別控除をした後の50万円を、長期譲渡所得を2分の1にした50万円と合計して、100万円が課税標準となる。これが、現行法の規定に沿った計算方法である。これに対して、長期譲渡所得から特別控除を優先的に控除すると、課税標準は125万円となる。
これを一般化し、短期譲渡所得をx、長期譲渡所得をyとすると、これは以下の算式の比較で表現できる。すなわち、(x - 500,000) + 1/2 y(短期譲渡所得から優先的に特別控除する)とx + (y - 500,000) 1/2(長期譲渡所得から優先的に特別控除する)である。このことから明らかなように、長期譲渡所得の平準化措置の結果として、後者の場合は、特別控除額も2分の1となってしまう。このため、短期譲渡所得から特別控除した方が、納税者に有利となる。このような控除を行う趣旨は、おそらく、少額資産の譲渡所得が複数発生したときに、特別控除の効果を極力効かせることで、少額な申告が生じないように配慮してものと思われる。
3.収入金額
⑴ 譲渡所得の収入金額は、いくらのものを手放したかではなく、いくらのものを手に入れたかによって決まる。なお、参照§242.02。
① 時価1,000万円(取得価額800万円)の土地を、現金950万円を対価として譲渡した場合の収入金額はいくらか。
② また、この土地を時価1,100万円のダイヤモンドと交換した場合の収入金額はいくらか。
設問①について
榎本家事件の最高裁判決は、「資産の値上りによりその資産の所得者に帰属する増加益を所得として、その資産が所有者の支配を離れて他に移転するのを機会に、これを清算して課税する趣旨のものと解すべきであり、売買交換等によりその資産の移転が対価の受入を伴うときは、右増加益は対価のうちに具体化されるので、これを課税の対象としてとらえた」としている。つまり、有償譲渡のときは、その対価の額が収入金額となる。設問の場合は、時価が1,000万円ではあるが、譲渡所得の収入金額は対価として支払われる現金950万円となる(所得税法36条1項)。
設問②について
この場合も、対価の額が、収入金額となる。すなわち、対価であるダイヤモンドの時価が収入金額となるの(所得税法36条2項)であって、土地の時価が収入金額とはならないのである。
※ 佐藤〔第3版〕109-110頁、119頁参照。
⑵ 浜名湖競艇場用地事件(§222.08)の判決は、どのような負担付贈与が行われた場合に譲渡所得課税が行われると解しているか。その場合の収入金額は、どのように決められるか。
AがX1に甲土地の共有持分2分の1を、AがX2とX3に乙土地の2分の1の共有持分を無償で贈与し、特約によってX1はAが第三者に負っていた1,000万円の債務を、X2とX3は、同様にそれぞれ800万円の債務を、Aに代わって支払う契約が行われた。
この判決は、土地の価額と負担債務額との間に大きな隔たりがあるため、対価関係はないと判示した。そして、「負担付贈与においては、贈与者に同法36条1項に定める収入すべき金額等の経済的利益が存する場合があ」るとしている。調査した範囲内で、はっきりとしなかったが、おそらく、純資産増加説を前提とすると、免れた債務額に対応する収入金額があったと判断したのではないかと思われる。このため、収入金額は、免れた債務額によって決められ、2,600万円となる。
4.物価変動と取得費
⑴ 現行法の下では、特に立法がなされなければ、単純承認による相続や単純な贈与によって親子代々引き継がれてきた資産については(§222.06 N&Q 2.参照)、その取得価額も非常に昔の価額が引き継がれることになりうる。そのような制度にはどのような問題があると考えられるか。たとえば、明治30年に1,000円で取得した土地を平成25年に譲渡した場合を例にとって考えよ。
このような制度の問題としては、取得価額が極めて長期間にわたって引き継がれるため、インフレーションに考慮を払う必要が生じうるということを指摘することができる。つまり、譲渡所得は、資産の値上がりによりその所有者に帰属する増加益であるが、譲渡所得の計算方法をそのまま適用すると、保有期間が長期にわたったとき、貨幣価値の下落(インフレーション)による名目的な増加益も、増加益として捉えられてしまう。このような名目的な増加益は、資産の値上がりによる増加益ではないため、極力、取り除くための考慮が必要なのではないかと指摘することができる。
日銀のホームページによると、明治34年(1901年)の物価水準(0.469)と平成25年(2013年)(711.1)の物価水準を、簡便的に比較すると、約1516倍(711.1/0.469)となる。つまり、貨幣価値の低下による名目的な増加益が約1,516,000円は含まれているという試算となる。仮に、現在、この土地が、2,000,000円で有償譲渡できたとき、貨幣価値の下落による増加益を考慮に入れないと、1,999,000円の譲渡所得が認識されるが、かかる増加益を考慮に入れると約483,000円の譲渡所得が認識されることとなり、大きな違いが生ずる。
⑵ ⑴で検討した問題に対応するため、現行制度には所得税法61条が置かれ、さらにその特則として租税特別措置法31条の4の規定がある。これらの規定が意味するところを検討せよ。また、所得税法61条2項の2つ目の括弧書や租税特別措置法31条の4第1項但書が意味するところを、譲渡所得課税の趣旨に照らして説明せよ。
所得税法61条は、戦後のインフレが異常であったことから、昭和27年末までの物価変動に対応し、取得費を引き上げるための調整規定を設けている。例えば、同条2項は、有価証券以外の非償却資産を念頭に置いて、昭和28年1月1日における価額として政令で定めるところにより計算した金額へと調整する方法を採用している。租税特別措置法31条の4も、同様の趣旨の規定であるが、「土地等又は建物等」については、所得税法61条にかかわらず、収入金額の100分の5を取得費とするかたちで調整する方法を採用している。
ただ、所得税法61条2項の2つ目の括弧書や租税特別措置法31条の4第1項但書は、反証可能性について定めている。譲渡所得課税の趣旨からは、投下資本部分を確実に回収できるようにすることが重要であるところ、取得費の計算に当たって、上述の調整方法で計算した取得費が、実際の取得費よりも少ないときには、反証を許し、実際の取得費で計算する余地を残しているのである。
※ 佐藤〔第3版〕112-113頁、121-122頁参照。
5.減価償却資産の取得費
譲渡所得が発生する原因となった資産が家屋や機械のように、時間の経過や使用などによって価値が減少するものである場合には、その譲渡所得の計算上控除する取得費については特別な計算手順が定められている(所法38条2項)。それは、大雑把にいえば、その資産が事業所得などを生む業務に使われていたものであればその資産について事業所得などの計算上、すでに必要経費に算入された減価償却費の総額を取得費から控除し、業務用に使われていなかったものであれば、業務用のものに準じて計算した「減価の額」を取得費から控除するという手順である。
⑴ 業務用の固定資産の譲渡に当たってこのような計算を行う合理性はどのように説明することができるか。たとえば、2,000万円で取得した家屋を1年間240万円の賃料で4年間賃貸し、その間に計400万円の減価償却費を不動産所得の計算上必要経費に算入した後、1,800万円で譲渡したという場合に、この400万円を取得費の2,000万円から差し引かなければどのような不都合が生じるか。この家屋の取得から譲渡までの期間の不動産所得および譲渡所得がどのようになるか、また、最初に支払った2,000万円がどのような所得と対応させられているかという観点から検討せよ。
設問前段について
償却資産である家屋を1月1日に取得し賃貸したとする。1年目から4年目まで、不動産所得として、収入金額240万円(累計960万円)、必要経費100万円(累計400万円)の控除が、毎年おこなわれ、毎年の課税標準は140万円(累計560万円)となる。そして、5年目の1月1日に、家屋を2,000万円で売却し、取得費に4年間にわたって控除した償却費400万円を控除しないと、譲渡損失200万円となり、譲渡所得は発生しない。これは、4年間にわたり400万円が、不動産所得の控除に使われ、さらに、譲渡所得の際、取得費としても譲渡所得の控除に使われていることを意味する。つまり、二重に控除されているということができる。業務用の固定資産の譲渡に当たって、取得費から減価償却費を控除し、計算する方法は、このような二重の控除という不都合を排除する上で合理性があると説明することができる。このような計算方法の結果として、上述の例における譲渡所得は、200万円となる。
設問後段について
減価償却費は、不動産所得と期間対応させられている(所得税法37条1項「その年における販売費、一般管理費その他これらの所得を生ずべき業務について生じた費用」)。そして、譲渡所得との関係では、増加益を正確に把握するために、投下資本のうち減価した部分を取得費から控除させられる。結果として、家屋の取得から譲渡までの期間の不動産所得は低く抑えられ、譲渡所得は、引く抑えられた分だけ高くなる可能性がある。
別の角度から見ると、最初に支払った2,000万円のうち、減価償却された400万円は、賃貸収入960万円を得るための必要経費とされ、1,600万円は、増加益を算定する上での取得費(投下資本の部分)とされたことになる。
⑵ ⑴で検討した結果と対比すると、業務用でない固定資産の譲渡に当たってこのような計算を行う合理性をどのように説明することができるか。なお、§211.03 N&Q3.、および、§222.05 N&Q 7.を参照せよ。
業務用でない固定資産、例えば、居住用不動産の場合は、帰属所得について課税されないため、減価償却費を控除することも想定されず、二重の控除という不都合も生じない。ただ、所得税法38条2項2号は、そのような場合であっても、減価償却費に相当する額を、取得費の計算にあたって控除することとしている。これは、課税されない帰属所得すら発生しない期間(つまり、空き家として放置している期間)に対応する減価償却費も控除するため、合理的な説明は難しい。ただ、帰属所得に対応して控除しているという説明は一応、可能である。なお、所得税法施行令85条により、耐用年数を伸ばして計算することとされており、業務用固定資産の場合と比較して、控除額は少なくなる。
※ 佐藤〔第3版〕113-117頁参照。
6.譲渡費用に関する判決
本件判決が言及している譲渡費用については、次に引用する判決がある。この判決を読み、以下の点を検討せよ。
⑴ この判決が判示している「ある支出が譲渡費用に当たるか否かを判断するための基準」はどのようなものか。
この判決が判示している基準は、「一般的、抽象的に当該資産を譲渡するために当該費用が必要であるかどうかによって判断するのではなく、現実に行われた資産の譲渡を前提として、客観的に見てその譲渡を実現するために当該費用が必要であったかどうかによって判断すべき」というものである。
⑵ 「一般的、抽象的に当該資産を譲渡するために必要か否か」という判断基準と「現実に行なわれた資産の譲渡を前提として、客観的に見てその譲渡を実現するために当該費用が必要であったかどうか」という判断基準で、具体的にどのような差異が生じるか。
本件判決の事案では、本件土地(農地)の譲渡にあたり、農地以外の用途に使用することができる土地として売り渡すことが契約の内容となっていた。そして、Xは、農地を転用するために法令等にしたがって協力金等として合計113万円を支払ったが、これが譲渡費用に含まれるのかが問題となった。
この点、控訴審判決は、譲渡費用にあたるか否かの判断にあたって、本件土地の譲渡を実現するために直接必要な支出ではないこと、かつ、譲渡に際しての増加益のために必要な支出として合理的関連性がないことを指摘し、譲渡費用にあたらないとした。
例えば、農地を売買するためには、農業委員会の許可が必要とされている(農地法3条1項)。そして、その許可を受けないでした行為は、効力を生じない(同条6項)。このため、本件土地に限らず、およそ農地を譲渡するためには農業委員会の許可が必要となる。つまり、一般的、抽象的に、本件土地のような農地を譲渡するために農業委員会の許可が必要となり、そのための費用は譲渡を実現するために直接必要な支出である。
譲渡の効力発生要件とされている農業委員会の許可と異なり、本件のように農地を農地以外のものとすることは、一般的、抽象的に、譲渡を完結する上で直接必要な行為ではない。しかし、本件土地の売買を交渉し、合意した内容を前提とすると必要な条件となっている。つまり、個別具体的な事案においては、客観的に見て、転用が達成されないと譲渡は実現できないのである。
このように、一般的、抽象的に資産の譲渡のために必要かという基準(以下、便宜上「一般説」という)と現実に行われた資産の譲渡を前提として、客観的に見てその譲渡を実現するために必要であったかという基準(以下、便宜上「個別説」という)の差異は、上述のように、一般説であれば除かれる費用が、個別説からすると譲渡費用に含まれるというかたちで現れることになる。
具体的には、増加益を、その事案において発生させるために、客観的に、必要な支出についても、個別説では、譲渡費用に含まれる可能性が生ずるのである。
7.異なる考え方の検討
居住用不動産取得のための借入金に対する支払利子が当該不動産の譲渡時に、どの範囲で取得費に含まれるかという点について、以下の文献を読み、ここで示されている考え方と本件最高裁判決との考え方の差異を検討せよ。なお、§211.03 N&Q3.参照。
この文献の考え方について
純所得課税の見地から取得費は、資産の取得との間に「実質的関連性」があり、かつ、資産の取得のために「合理的に必要」であったと認められる支出を含めるべきであるとする。そして、その支出の発生時期について、取得後であっても、取得費に含めることに理論上の問題はないと考える。そして、居住用不動産の借入金の支払利子は、そのような「実質的関連性」と「合理的な必要」があるから、原則として、取得費に含めるべきであるとする。
ただ、租税理論上は、居住用不動産に居住すると帰属所得が生ずる。本来であれば、居住用不動産の帰属所得に課税し、そこから必要経費として借入金の支払利子を控除することが認められるべきである。しかし、現行法上、把握や金額の認定が容易ではないという技術的・実際的理由から、これを課税の対象としていない。このような法制下で、借入金利子のみを取得費に含めて譲渡所得の計算にあたって控除を認めることが合理的かという問題が生ずる。業務用資産の借入金利子の取扱いと居住用不動産を含む非業務用資産の借入金利子の取扱いについて、前者は所得に課税するので控除を認め、後者は帰属所得に課税しないので控除を認めないと考えるのが公平である。このため、居住用不動産の借入金利子については、帰属所得の発生する前、つまり、居住開始前の部分についてのみ控除を認めることとなる。
本件最高裁判決との考え方の差異について
本件最高裁判決は、居住用不動産の借入金利子は、原則として、家事費にあたり取得費に含めるべきではないが、例外的に、使用開始までの期間に対応して付随費用として取得費に含まれると考えている。これに対して、この文献は、居住用不動産の借入金利子は、原則として、取得費に含めるべきであるが、帰属所得が非課税であることから、例外的に、使用開始後の借入金利子は、取得費算入を否定すべきであると考えている。すなわち、原則と例外が逆となっているという差異がある。
増井〔第2版〕158-160頁参照。
8.関連裁判例
(略)
9.相互参照
(略)
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