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【過去問】代償分割と譲渡所得・所得税法64条2項


1.問題

《問題》

 平成20年1月1日、A及びAの長男Bは、隣接する同様の二筆の土地(更地である甲土地及び乙土地)を代金合計3000万円で(Aが甲土地を1500万円で、Bが乙土地を1500万円で)購入した。A及びBは、甲土地及び乙土地を更地のまま月極駐車場として賃貸していた。
 平成22年1月1日、Aが死亡した。Aの相続人はBと次男Cのみであった。Aからの相続財産でめぼしいものは甲土地のみであった。BとCは、相続を単純承認し、遺産分割協議を行った。平成22年4月1日、Bが甲土地を単独で取得し、BがCに対して代償金900万円(当時の甲土地の時価相当額の半分)を支払う旨の遺産分割協議が成立した。遺産の額が基礎控除額以下であったため、Aからの相続について相続税の納税義務は発生しなかった。Bは、代償金900万円のほか、相続登記費用として16万円を支払い、同日、甲土地の相続登記手続を完了した。
 Bは、平成23年1月1日、税理士であるDと法律婚をし、生計を一にして暮らしていた。Dは、自らが営む税理士事務所のために使用している複数の自動車の駐車場を探していたが、甲土地がDにとって好都合であったので、甲土地を借りたいとBに申し込んだ。Bは、平成23年末までに甲土地の利用者との契約を終了させ、平成24年1月1日から、Dに甲土地を適正賃料で賃貸した。
 Bは、会社勤めのサラリーマンとして働く傍ら、甲土地及び乙土地を駐車場として賃貸し、その賃料を得ていたが、Bの大学時代からの友人Eから、土地売買の相談を受けた。Eは、小売業を営む株式会社F(以下「F社」という。)の代表取締役である。Eは、甲土地をF社の店舗用地としたいと考えた。Bは、親しくしていたEからの依頼を断ることもできず、平成28年4月30日にDとの甲土地賃貸借契約を終了させ、同年5月1日、甲土地をF社に当時の時価相当額である2000万円で売却した。
 F社は、平成28年6月1日、金融機関G(以下「G社」という。)から3000万円を借り入れ、甲土地上に店舗を新築した。
 Bは、平成29年3月31日、それまで勤務してきた会社を退職し、同年4月1日、F社の取締役に就任した。
 F社の経営状態は次第に悪化した。Bは、Eから懇願されて、平成30年4月1日、G社とは別の貸金業者H(以下「H社」という。)からの借入金1000万円の連帯保証人となった。その後、F社はH社からの借入金の返済が困難になったため、Bは、令和2年4月1日、乙土地を当時の時価相当額である2600万円で第三者に売却した上、その売却代金のうち1000万円をもって連帯保証債務を履行し、H社からの借入金の残債務1000万円を全額弁済した。Bは、F社に対して1000万円を求償することも検討したが、当時、F社は債務超過の状態にあり、求償債務の弁済が不可能であったため、求償権の行使を断念した。
 以上の事案について、以下の設問に答えなさい。ただし、租税特別措置法の適用は考えなくてよい。
〔設問〕
1 (略)
2  平成28年分のBの甲土地に係る譲渡益の計算に関し、代償金の取得費算入の可否について争いがあり、民法第909条本文に沿った法律構成で計算する説(以下「P説」という。)と、P説に反対する説(以下「Q説」という。)がある。なお、設問2では判例がP説かQ説かについては説明しなくてよい。
⑴  P説を前提として、平成28年分のBの甲土地に係る譲渡益がどのように計算されるか、また、どのようにBの課税総所得金額に算入されるか、説明しなさい。
⑵  Q説を前提として、平成28年分のBの甲土地に係る譲渡益がどのように計算されるか、また、どのようにBの課税総所得金額に算入されるか、説明しなさい。
⑶  P説とQ説とで場合分けした上で、平成22年にCに甲土地に係る譲渡益が生じるか、生じるならば幾らか、説明しなさい。なお、⑴⑵と異なり、仮に譲渡益が生じるとしても、どのようにCの課税総所得金額に算入されるかについては説明しなくてよい。
3  令和2年分のBの乙土地に係る譲渡益がどのようにBの課税総所得金額に算入されるか、その根拠規定の趣旨及び適用関係を、説明しなさい。

(司法試験 令和4年第1問設問2・3)

2.出題趣旨

 設問2⑴は、民法第909条本文の遡及効を重視するので、Bが相続開始時より単独で甲土地を取得したと考えることになる。すると、代償金を取得費に算入する余地はなくなる。所得税法第60条第1項第1号の趣旨は課税の繰延べであり、Aの取得費1500万円がBに全額引き継がれる。実務上は相続登記費用16万円がBの不動産所得に係る必要経費として扱われることもあるが、ゴルフ会員権贈与事件(右山事件)・最判平成17年2月1日判時1893号17頁及び支払利子付随費用事件・最判平成4年7月14日民集46巻5号492頁を勉強した受験生は付随費用として取得費に算入される可能性も考えるであろう。相続登記費用16万円が不動産所得に係る必要経費に当たる場合、譲渡益は500万円となり、必要経費ではなく取得時の付随費用に当たる場合、譲渡益は484万円となる。所得税法第33条第3項及び第4項に従い、譲渡益から特別控除額50万円を控除して譲渡所得を計算し、所得税法第22条第2項第2号により長期譲渡所得(第33条第3項第2号)の半額が課税総所得金額に算入される(225万円又は217万円)。なお、第1問では、租税特別措置法の適用は考えない、としている。
 設問2⑵は、Q説に従った場合の譲渡益等の計算を問うている。Q説について、代償金を取得費に算入できるという理解だけでは不十分である。代償金の取得費算入が合理的であるというための法律構成は、甲土地の半分のCからBへの譲渡という法律構成である、ということに思い至るかが鍵である。Q説とP説との違いは、代償金の取得費算入の可否の違いである、という理解は表面的であり、根源的な違いは、Aに生じていた甲土地に係る含み益を、BとCとで半分ずつ引き継がせるか、B単独で引き継がせるかという違いである。Q説なのにAの取得費の全額を引き継ぐとしてしまうと、代償金の取得費算入と合わせ、譲渡損失が生じてしまい、値上がりしている事案なのにおかしい、ということからも、Aの租税属性の半分をBが引き継ぐということに思い至ってほしい。
 設問2⑶は、P説を前提とすると、甲土地のBの単独取得が想定されるので、Cに譲渡益は生じない。設問2⑵で甲土地の半分のCからBへの譲渡という法律構成が理解できれば、Q説を前提とした場合にのみCにも代償分割の際に甲土地に係る譲渡益が生じる、という理解に達するであろう。
 設問3は、所得税法第64条第2項の理解を問うている。同項は、保証債務を履行するために資産を譲渡した場合で、求償権を行使できなかった部分がある場合、同条第1項に準じて、その部分はなかったものとみなすと規定している。その趣旨は、資産の譲渡による所得をBが実質的に使うことができない、という担税力減殺要因を課税所得算定に反映させることである。
 所得税法第64条第2項の適用の有無に関し、札幌高判平成6年1月27日判タ861号229頁を重視し、本件でもBはF社の取締役であって債務不履行を予見できたであろうから、同項は適用されないと論じても、又は、さいたま地判平成16年4月14日判タ1204号299頁を重視し、Bが主債務者たるF社の取締役であるといえどもF社の判断とBの判断は同 一視される訳ではないので、同項は適用されると論じても、どちらでも設問3では説得的に論じることができるであろう。

3.採点実感

<設問2(1)>
 設問2に関わる最判平成6年9月13日判時1513号97頁に触れたことがなくとも論理を展開できるように、民法第909条本文というヒントを記した。この狙いは奏功し、多くの答案が、設問2⑴において代償金の取得費不算入、⑵において取得費算入という計算を導くことができていた。また所得税法第60条第1項第1号によるAからの租税属性の引継ぎについても多くの答案が理解できていた。差が付いたのは、所得税法第33条に書かれているとおりに計算できるか、前提として第33条の用語を理解できているか、という単純なところであった。譲渡総収入金額−取得費等=「譲渡益」(第33条第3項柱書)であり、譲渡益−50万円=「譲渡所得」(第33条第3項、第4項)であり、長期譲渡所得については第33条第3項第2号、第22条第2項第2号により半額が課税総所得金額に算入される、という手順であるところ、譲渡総収入金額−取得費等を譲渡所得と呼んだり譲渡総収入金額−取得費等−50万円を譲渡益と呼んだりする答案が続出した。また、令和3年の採点実感でも注意したが、第22条第2項第2号で半額にしてから第33条第4項の50万円を控除している答案も無視できない割合で存在した。第33条の条文どおりの計算手順を改めて確認していただきたい。相続登記費用16万円については、不動産所得の必要経費に当たると考えるか否かで取得費算入の可否が変わる(実務上の扱いもゴルフ会員権贈与事件・最判平成17年2月1日判時1893号17頁を機に変わったところである)ので、結論では差が付かないところ、ゴルフ会員権贈与事件及び支払利子付随費用判決・最判平成4年7月14日民集46巻5号492頁における取得費の画し方を再現できている答案が期待より多かった。
<設問2(2)>
 最判平成6年9月13日判時1513号97頁を批判する説(別の文脈で判例は最判平成21年12月10日民集63巻10号2516頁のように必ずしも民法第909条本文の遡及効を重視していないという事情もある)は、遺産分割協議によりCの相続に係る共有持分が代償金を対価としてBに移転したという法律構成を採用する。しかし、遺産分割協議により甲土地全体の移転が起きた、という誤解に基づいた答案が少なからず存在した。Q説の肝は、BがAから引き継ぐ租税属性が半分だけであり、取得費1500万円のうち75 0万円だけを引き継ぐというところにある。ここは条文だけからは読み取れないので難しいし、半分ほどができていなかったが仕方ないところである。不思議なのは、設問2⑶の租税属性引継は理解できているのに設問2⑵の租税属性引継が理解できていない答案が無視できない割合で存 在したことである。
<設問2(3)>
 P説に関してはほとんどの答案が完答できていた。逆にQ説に関しては半分ほどの答案が900万円の譲渡益と答えてしまっていた。設問2に関しては、P説とQ説との違い、すなわち、Aからの租税属性の引継ぎ方の違いを理解できている答案が「優秀」と評価され、その理解は危ういが所得税法第33条の計算手順は条文に忠実に書けている答案が「良好」と評価され、第33条の計算手順が怪しい答案が「一応の水準」と評価され、代償金の取得費算入の可否と民法第909条との関係が理解できていない答案が「不良」と評価された。
<設問3>
 設問3は所得税法第64条第2項の理解が前提となるところ、期待していたよりも多くの答案が理解できていたし、更に、期待していたよりも多くの答案が札幌高判平成6年1月27日判タ861号229頁又はさいたま地判平成16年4月14日判タ1204号299頁の着眼点を再 現できていた。残念なことに、所得税法第64条第2項についての論述でストップしてしまい、問題文の「譲渡益がどのようにBの課税総所得金額に算入されるか」を論じてない答案が続出した。設問3に関しては、所得税法第64条第2項の当てはめも譲渡所得の計算もできている答案が「優秀」又は「良好」と評価され、譲渡所得の計算はできていない答案が「一応の水準」と評価され、第64条第2項に思い至らなかった答案が「不良」と評価された。

4.解答例

設問2⑴について

 P説を前提とすると、相続人Bは遺産分割により遡及的に被相続人Aから甲土地を取得したこととなる。このため、BからCに支払われた代償金は、「資産の取得に要した金額」(所得税法38条1項)に含まれない。したがって、取得費は、同法60条1項1号に従い、被相続人Aの取得費が相続人Bに引き継がれた1500万円となる。また、「資産の取得に要した金額」(同法38条1項)には付随費用も含まれるため、相続登記費用も取得費に含まれる(借入金支払利子付随費用判決)。以上より、甲土地に係る譲渡益は、収入金額2000万円から取得費1500万円と相続登記費用16万円を控除して計算される484万円となる(同法33条3項柱書、38条1項)。
 そして、課税総所得金額は、譲渡益484万円から特別控除額50万円を控除(同法33条3項、4項)し、平準化措置により2分の1(同法22条2項2号、33条3項2号)した217万円となる。

設問2⑵について

 Q説を前提とすると、Bは遺産分割によりCから甲土地の共有持分2分の1を取得したこととなる。このため、BからCに支払われた代償金900万円は、甲土地の共有持分2分の1の取得費に含まれる。また、BはAから甲土地の共有持分2分の1を相続しており、同法60条1項1号に従い750万円の取得費はAからBに引き継がれる。また、相続登記費用も付随費用として取得費に含まれる(借入金支払利子付随費用判決)。以上より、甲土地に係る譲渡益は、収入金額2000万円から取得費1650万円と相続登記費用16万円を控除して計算される334万円となる(同法33条3項柱書、38条1項)。
 そして、課税総所得金額は、譲渡益334万円から特別控除額50万円を控除(同法33条3項、4項)し、平準化措置により2分の1(同法22条2項2号、33条3項2号)した142万円となる。

設問2⑶について

 P説からはCに譲渡益は生じない。なぜなら、Cは甲土地の共有持分をそもそも取得しておらず、平成22年の代償金の受領は、譲渡所得に係る収入金額とはならないからである。
 Q説からはCに譲渡益が生じる。なぜなら、Cは相続により取得した甲土地の共有持分2分の1の対価として代償金を受領しているからである(同法33条1項)。そして、Cは甲土地の共有持分2分の1を相続により取得しており、その取得費は750万円となる(同法60条1項1号)。このため、譲渡益は、代償金900万円から取得費750万円を控除した150万円となる(同法33条3項柱書、38条1項)。

設問3について

⑴  Bは、乙土地を第三者に売却しており、譲渡益を発生させる。すなわち、売却代金2600万円から取得費1500万円を控除した1100万円が譲渡益となる(所得税法33条3項、38条1項)。なお、BはAから乙土地を相続しており取得費を引き継いでいる(同法60条1項1号)。この点、Bは売却手取金の一部を連帯保証債務の支払に充当し、支払金額の求償を断念している。このため、同法64条2項により、求償できない金額について譲渡所得がなかったものとみなされないかが問題となる。
⑵  同項の要件は、①保証債務を履行するため資産の譲渡があり、②その履行に伴う求償権の全部または一部を行使することができなくなったことである。
 この点、Bは、F社のG社に対する借入を連帯保証し、保証債務を履行するために、乙土地を売却し、その手取金から1000万円を返済にあてており、①の要件を満たす。また、BはF社に対して求償することを検討したものの、F社は債務超過状態にあり、求償債務の弁済は事実上不可能であったため、②の要件を満たす。
 よって、Xは、本件土地の売却に係る譲渡所得につき、同法64条2項の適用をうけることができる。
⑶  ただ、同法64条2項の趣旨は、通常、保証人は保証債務を履行することとなっても、主債務者に対して求償権を行使することで最終的負担を免れ得るとの見通しのもとに保証契約を締結するものであるが、保証債務履行のため資産を譲渡しても、これに反して求償権を行使できなかった時には、その限度で資産譲渡に係る所得に対する課税を差し控えようとすることにある。
 このため、保証人が、保証契約締結時に、既に主債務者に対して求償権を行使することが不可能であることを確実に認識していたときには、その実質は主債務者に対し一方的に利益を供与するものにほかならず、同項の適用をうけることはできないと考える(下級審裁判例に同旨)。
 この点、F社は、H社から3000万円を借り入れている状況下でG社からの借入を行ったため、求償権行使が不可能であったとの認識があった可能性がある。しかし、G社からの借入後、支払いが困難となったのは2年後であり、相当期間、営業を継続したことから、そのような認識が確実であったとは断じ難い。また、BはF社の取締役に就任しているが、Bの判断がF社の判断と同一視される訳ではない。このため、同項の適用を受けることができると考える。
⑷  このため、Bの課税総所得金額は、譲渡益1100万円から求償不能となった1000万円を控除し、特別控除額50万円を控除した上(同法33条4項、5項)で、2分の1した額(同法33条3項2号、22条2項2号)である25万円となる。

以上

5.ケースブック租税法との関係

 設問2については、「§222.07 譲渡所得の応用問題」の「3.代償分割と譲渡所得課税」における出題とほぼ同じ内容となっている。代償金を取得費に含めるか否かについては、P説とQ説にわけてきいているが、相続登記費用を取得費に含めるかについては、各自、判断することとなっている。譲渡所得については、令和3年第1問設問1で、計算順序が問われたが、今回の出題は、譲渡益、課税総所得金額に分けて、計算することを求めている。
 設問3については、平成19年第1問で所得税法64条2項の総合問題が出題されており、今回は、その出題とほぼ同じ内容がきかれている。ただ、設問2と同様、計算手順がきかれており、この点において、前回の出題よりも問われている範囲は、拡大していると言える。
 解答例の作成にあたっては、設問2と設問3の分量が同じになるように注意した。

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