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【過去問】財産分与と譲渡所得課税


1.問題

 Aは、平成元年1月からBと婚姻し同居していた。婚姻中は、Aが専ら収入を得ており、Bは家事に従事していた。
 Aは、平成12年12月31日付けの契約で、不動産業者である株式会社P社から、土地(以下「本件土地」という。)を4000万円の対価により取得した。この金額は、この時の本件土地の時価と等しいものであった。Aは、この金額を、婚姻中に蓄積した貯蓄から支払った。
 平成18年3月1日、AとBは離婚することになった。同日、財産分与として、Aは本件土地をBに引き渡した。この時点において、AとBとが婚姻中に形成した資産の時価相当額は約1億円であり、本件土地の時価は5000万円であった。
 平成20年3月1日、Bは、本件土地を個人Cに5500万円の対価により譲渡した。
〔設問〕
1 平成18年3月31日に、Aが本件土地をBに引き渡したことは、財産分与の額として適正なものであったとする。このとき、
⑴ 上記の財産分与に関して、Aの所得税の課税関係はどうなるか。
⑵ 平成20年3月1日に、Bが本件土地をCに譲渡したことに関して、Bの所得税の課税関係はどうなるか。

(司法試験 令和3年 第1問 設問1)

2.出題趣旨

 設問1⑴では、分与をした者に対する課税について。所得税法33条の規定に即して譲渡所得の基礎を踏まえた上で、最判昭和50年5月27日民集29巻5号641頁の趣旨を正確に理解しているかどうかが問われている。
 ここは特に、譲渡所得の総収入金額が問題となる。この総収入金額は、原則として、資産の譲渡により実際に得た対価の額となる。これを財産分与に当てはめると、財産分与による分与義務の消滅が、その対価に当たる。この分与義務の価額は、通常は分与した資産の分与時における価額と等しいと考えられる。この点を丁寧に論じる必要があり、分与した資産の分与時の価額を、当然に総収入金額とするのは適当ではない。
 この点に注意しつつ、譲渡所得の金額の計算、長期譲渡所得と短期譲渡所得のいずれに当たるか等を説明することが求められる。
 なお、上記判例に対しては、学説上は反対論も少なくないので、それらに基づいて論述をすることもできるが、その場合でも、上記判例を正確に理解していることが前提となる。
 設問1⑵では、分与を受けた者について、分与された資産を譲渡した場合の課税関係が問われている。ここでは特に、当該資産の取得費(所得税法第33条第3項、第38条)が問題となる。ここでも、⑴と同様に、財産分与を受けることにより消滅した財産分与請求権の価額が「その資産の取得に要した金額」となり、その価額は、通常は分与された資産の分与時における価額と等しいと考えられる(東京地判平成3年2月28日行集42巻2号341頁参照)ことを丁寧に論じる必要がある。

(司法試験 令和3年 第1問 出題趣旨より抜粋)

3.採点実感

 設問1⑴は、財産分与時の譲渡所得課税についての問題であり、名古屋医師財産分与事件(最判昭和50年5月27日民集29巻5号641頁)がそのまま当てはまる事例である。本問については、多くの答案が、財産分与の義務の消滅が、分与者Aにとっての経済的利益に当たることを回答していた。しかし、その経済的利益の金額が5000万円である点については、その理由を述べていない答案や、甲土地の時価が5000万円であることしか述べていない答案が少なくなかった。これは譲渡所得における総収入金額(譲渡対価)の認定に関わるものであり、丁寧な論述が求められる。
 また、長期譲渡所得が2分の1課税となることの意味を、正確に理解していない答案が少なくなかった。金額が2分の1とされるのは特別控除額適用の前か後か、また2分の1とされるのは譲渡所得の金額なのか総所得金額に算入される金額なのか、条文を読んで欲しい。
 設問1⑵は、財産分与によって資産を取得したBが、その資産を譲渡した場合についての問題である。ここではBにとっての土地甲の取得費が問題となる。⑴が出来ていた答案は、この問題もおおむね適切に回答していた。設問1に関しては、上記最高裁判例を理解していない答案が「不良」と評価され、上記判例を理解しているが5000万円という金額が導かれる理由を述べていない答案が「一応の水準」と評価され、金額の理由について⑴及べ⑵を通じて述べている答案が「良好」又は「優秀」と評価された。

(司法試験 令和3年 第1問 採点実感より抜粋)

4.解答例

設問1小問⑴
1  Aによる財産分与が、本件土地という資産の「譲渡」(所得税法33条1項)に該当し、譲渡所得を課税されるのかが問題となる。
 この点、譲渡所得は、譲渡差益に対する課税ではなく、資産の値上がりによりその所有者に帰属する増加益に対する課税であると考える。そして、未実現の資産の増加益に対して、資産が所有者の支配を離れて他に移転することを機会に課税するものである。このため、資産に対する所有などの支配を他人に引き継がせるあらゆる行為が「譲渡」にあたると考える(榎本家事件判決)。Aによる財産分与は、本件土地の所有権をBに移転しているため資産の「譲渡」にあたると考える。
2  次に、この財産分与によりAの「収入すべき金額」(同法36条1項)をどのように考えるべきかが問題となる。
 この点、離婚によりAはBに対して財産分与義務を負う(民法768条)。そして、本件土地をAからBに譲渡することでAはこの義務を免れる。問題文より、本件土地は、財産分与の額として適正であったことから、免れた債務は時価相当であったと考える。Aは、本件土地をBに譲渡することで、時価相当額の経済的利益を得たと考える。このため、Aの「収入すべき金額」は、5000万円であったと考える。(名古屋医師財産分与事件判決参照)
3  さいごに、Aは本件土地を5年超保有している。このため、財産分与に関しては、5000万円から取得費4000万円と譲渡費用を控除し、さらに、特別控除額50万円を控除した950万円の2分の1である475万円が課税標準となる(同法33条3項2号、4項、22条2項2号)。この平準化措置は累進税率による税負担を軽減するために採用されている。
設問1小問⑵
1  Bは本件土地をCに譲渡しているため譲渡所得が課税される(同法33条1項)。この点、Bの本件土地の「取得に要した金額」(同法38条1項)がいくらかが問題となる。前述の通り、Bは、Aに対する財産分与請求権の履行として本件土地をAから受け取っている。このため、財産分与請求権の額が取得費となるところ、その額は本件土地の時価相当額であったと考える。なぜなら、問題文より、本件土地は、財産分与の額として適正であったからである。
2  そして、Bは本件土地を5年超保有せずにCに売却している。このため、5500万円から取得費5000万円を控除し、さらに、特別控除額50万円を控除した450万円が課税標準となる(同法33条3項柱書、4項)。

5.ケースブック租税法との関係

 まず、財産分与と譲渡所得については、ケースブック租税法〔第5版〕§222.02の「4.財産分与と譲渡所得課税」で出題されている。ここで問われていることは、財産分与が「譲渡」(所得税法33条1項)に該当するのかという点よりも、名古屋医師財産分与事件判決を踏まえて、いくらの収入金額を、どのようなロジックで認めるべきなのかというところに焦点があたっているように思われる。解答例でも書いたが、同判決は、財産分与義務を免れたことが、収入金額に当たると考えているため、財産分与による譲渡は、代物弁済としての譲渡であると考えているものを思われる。(このため、§222.02「2.代物弁済と譲渡所得課税」において代物弁済の検討も求めている。)一番の問題は、結局、いくらなのかであるが、財産分与により免れる債務額は問題文で明示されず、ただ、小問の方で、財産分与の額として、本件土地を譲渡したことが適切であったとされているにすぎない。題意は、本件土地の時価が、免れた債務額として適切であったと考えているものと推測され、このため収入金額は5000万円と考えた。
 今後、§222.02「3.共有と譲渡所得課税」を絡め、財産分与として本件土地の全体ではなく、2分の1の共有持分を分与したときも「譲渡」に当たるのかといった出題が考えられる。
 また、財産分与の性格のうち、夫婦共通財産の清算の性格を強調し、共有財産の分割であって、「資産の譲渡」に当たらないと考えるべきであるとする説について問うことも考えられる。§222.02「4.財産分与と譲渡所得課税」⑵を参照。
 さいごに、譲渡所得の計算については、§222.05「2.譲渡所得の計算方法」⑵で問われている。


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