なぜ車なのか

旅行・家・車の3本立てでお送りしているnoteですが、なぜ旅行を取り上げるのか、なぜ私はクルマ好きになったのかをまずご説明です。

まぁ、男子たるもの子供の時からクルマには興味を持つものだと思いますが、弟などはそうでもないのでたまたま私の琴線に触れたという感じでしょうか。私の両親は母親が若くして免許を取っており、父親は私が子供の頃に仕事上の必要で取った、という感じで、最初は母親の車しか家には無かったわけです。当時の車はカローラ。まぁ本当に一番無難な車でした。母親は運転歴が長いせいでマニュアルを好むタイプで、そのカローラもマニュアル。小学生の頃は母親とドライブなんか行った記憶も結構あります。

トヨタカローラ

で、その後父親が免許を取得します。父親は外資系のIT企業にいたのですが、当時は自動車メーカーのホンダがお客さんでした。和光や宇都宮の研究所まで頻繁に出張があったようなのですが、免許を取得して車で行くことを選択していて、車もホンダのアコードを購入。ホンダ車だと構内に入れる、みたいなルールがあったと聞きました。当時は都区内だというのにたまたま自宅の庭に2台分の駐車場があったので、両親の車が2台並ぶという田舎の家みたいな状態でした。

ホンダアコード

このアコード、父親もまたマニュアルを購入し、自宅の車が2台ともマニュアルという状況となり、家族で出かける時も自然とクルマの会話が増え、ますます私の自動車熱は増していくのでした。ちなみに父親は仕事で宇都宮と東京を頻繁に往復していたため、最初の3年目の車検の時には10万キロを走行してしまい、車検を取らずに買い替え。なんとアコードはまだモデルチェンジすらしておらず、今度は後期型のアコードCAという車が我が家にやってきました。

ホンダアコードCA

内装などは全く同一、リトラクタブルヘッドライトは失ってしまったのですが、フォグランプが内蔵されていて多少の違いがある感じです。確かなぜかリアワイパーがついていましたが、子供はそういう可動部がとても好きで興味持てました。ちなみに私はこの車の世代の時に免許を取得していて、私が最初に載った親の車もこのアコードCAでした。FFなのでマニュアルシフトの感触はあまり良くないし、ボディ剛性も圧倒的に不足していて高速道路で料金所でブレーキ踏むとボディが震えるくらいでした。確かに当時は今と違ってドイツ車と日本車に圧倒的な差があった時代です。

ホンダオデッセイ

そして次の親の車は、新発売されたホンダオデッセイでした。既に父親はホンダとは仕事上のつながりは無くなったものの、なぜかホンダを乗り継いでいました。3列シートで室内も広く、6人乗りモデルだったので2列目もキャプテンシートと呼ばれる1列目と同じシートが付き、もうこの親の車は最大限活用して友人と遊びに行ったり、スタッドレスタイヤを勝手につけてスキーに出かけたり、フル活用させてもらいました。一応最上級モデルのLというグレードで、写真と同じアルミホイール履いていて、とても良いクルマでした。

このあたりで私は実家を出たので親の車とは縁が無くなります。まぁ、ホンダの影響は大きかったですね。父親もホンダのオフィスに行ってくると、色々とホンダグッズをもらってきたり、家のカレンダーもすべてホンダになったり、当時はF1でも活躍していた時代で私の車好きも加速したというわけです。

親クルマの紹介メインの経緯はこんな感じで、次回は自分の車を紹介していこうと思います。

#たけぽん車

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