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英文法とイントネーション:基本的な音調パターン(第3回)

はじめに

お詫び

第2回の記事からだいぶ時間が経ってしまいました。マガジンを購入いただいている方は申し訳ありませんでした。おそらくまたこんな感じで続けると思いますので,マガジンに関してはそれを了解した上で購入していただけると幸いです。第2回の記事「英文法とイントネーション:アクセント構造を意識する」では単語を引用形で発音した場合のピッチ変化の構造についてお話しました。今回は,引用形での発音を元に,いくつか基本的な音調パターンについて紹介しようと思います。ちなみに,この空白期間で句点の書き方がピリオドを使わず「。」を使うようになりました(色々と変わってすみません)。

Tune Editorの導入

その前に,前回の記事までで扱った表記方法の若干の修正をしたいと思います。執筆空白期間であった2年3年の間にも,第2回目までの記事で扱った2本の平行線の間にピッチを表す方法を使って英語の発音を教えてきましたが(この表記はinterlinear tonetic transcription(行間音調表記)といいます),表記の方法をできるだけわかりやすいものにしようと努めてきました。今まではiPadのGoodnotes 5というアプリを使って手書きで行間表記を作成していましたが,Tune Editorと呼ばれる素晴らしい行間表記作成アプリの登場によりこの作業が飛躍的に容易になりました(作成者の村上雅章さんには大変感謝しております)。今後の記事の作成にあたっては,このTune Editorを使って作図をしていこうと思っています。まず,記事とマガジンの見出しのサムネイルの"grammar and intonation"という語句のイントネーションを,Tune Editorを使って作成したものに差し替えました。以前の表記と異なる箇所は,真ん中に点線を入れてあるところです。これは*Daniel Jonesが著書『An Outline of English Phonetics』の中で採用している長瀬慶來先生がイントネーション表記に採用されている表記(長瀬線:Nagase line)です。また,音調核のある音節には下線を引いてあります。今後も以前の記事で使っていた以前の表記はこの新しい表記に修正していくかもしれません。

基本的な音調パターン

さて,前回の記事で紹介した核音調ですが,いくつかの形が存在します。ピッチ変化は,理論上,下降,上昇,平坦の3種類が考えられますが,ピッチ幅が広かったり,狭かったりするもの,また,複合的に下降と上昇が組み合わさっているものなどを合わせると,3種類以上は見出すことができます。ここでは,O'Connor & Arnold (1973),『Intonation of Colloquial English』に従い,以下の7つの音調に基づいて話を進めていきたいと思います。

図1 7つの音調

下降調は総じて「最終性」があり,平叙文などではとりわけ特別な理由がない限りはこの音調が用いられます。下降調からは「自信」や「明瞭性」や「遠慮ない率直さ」などが感じられます。ここでは,下降調を低下降調と高下降調の2種類に分けています。一方,上昇調は,yes-no疑問文や短い応答で使われることがあり,相手に「発言を促す」ニュアンスが生まれます。ここでは,上昇調を高上昇調と低上昇調の2種類に分けています。また,上昇下降調と下降上昇調という複合的な音調もあります。上昇下降調は,高下降調をさらに強調した形と考えてよく,稀な形といえるかもしれません。一方,下降上昇調が現れる頻度は高く,一見平叙文などで発言が終わったように思える構造でも,下降上昇調を使うことで,まだ表現されていない「含み」が生まれます。平坦調は,感情が欠落したような形で,比較的若い人たちによって頻繁に使われると言われます。


それでは,これらの音調を実際に使用されうる文脈に当てはめ,それぞれのニュアンスを見ていきましょう。ひとりがDid you do your homework?と尋ねて,それに対してYes.と答える会話を想定します。

1. 低下降調(low fall)

下降調は総じて「完結性」を表しますが,中くらいのピッチからかなり低いピッチまで落ちる低下降調(low fall)はピッチ幅が狭く,良くも悪くも「事務的」な響きがあります。このやり取りの中でAが母親だとするならば,Bは極めて完結に色をつけずに応答をしている,という風に見ることができます。行間表記を使用せず簡易的に表記をする場合,音調核のある音節(=下線部が引かれた音節)の左下の位置に 小さく \ の符号をつけます。

2. 高下降調(high fall)

低下降調よりもピッチ幅が広く,かなり高いピッチから一気に低いピッチまで落とします。このやり取りでは,「宿題は終わったのか?」という問いかけに対して,肯定の意味がはっきりとした応答になっていて,発言に対する自信や明朗さが感じられます。行間表記を使用せず簡易的に表記をする場合,音調核のある音節の左上の位置に 小さく \ の符号をつけます。

3. 上昇下降調(rise-fall)

上昇下降調は,上昇調と下降調の2つのピッチ変化を兼ね備えた複合的な音調ですが,基本的には2の高下降調の強調形と考えて差し支えありません。肯定の意味がさらに明確になり,自信に溢れている様子も同様にうかがえます。場合によっては,相手の発言に対する「驚き」さえも垣間見えるかもしれません。やや極端な態度を表している音調で使い方が難しいので,一般の英語学習者は余程のことがない限り使わないほうがいいかもしれませんが,英語劇などに取り組んでいる人は使う場面はあるかもしれません。行間表記を使用せず簡易的に表記をする場合,音調核のある音節の左上の位置に 小さく /\の符号をつけます。

4. 低上昇調(low rise)

上昇調は下降調と異なり「非最終性」があるのが特徴です。文構造が完結していない境界線の直前などで使われます(e.g.  項目列挙のイントネーション:one, | two | and threeの太字部分)。中でも低上昇調は頻繁に用いられ,ピッチ幅は狭く,かなり低いピッチから少しだけ上げるのが特徴です。また,一見構造上は平叙文で完結しているような発話においても,上昇調が使われることで,含みを持たせることができます。このやり取りでも,「宿題は終わったのか?」という問いかけに対し,「うん。(終わったけれど,それで?)」というように,相手に継続する説明を促しているニュアンスが生まれます。英語では相手の話を聞く時に,uh-huh,yes,okなどの相槌を打ちながら聞くことがありますが,相槌の表現にも低上昇調が使われることがほとんどです。行間表記を使用せず簡易的に表記をする場合,音調核のある音節の左下の位置に 小さく / の符号をつけます。

5. 高上昇調(high rise)

高上昇調は比較的高いピッチからさらに上がりかなり高いピッチまで上昇します(声が裏返るくらい高いピッチまで上がることもあります)。相手が言ったことをそのまま繰り返して尋ねる「おうむ返し疑問文(echo question)」などにも使われる音調で,このやり取りでもDid I do my homework (, did you say)?と言ったようなニュアンスが出ます。行間表記を使用せず簡易的に表記をする場合,音調核のある音節の左上の位置に 小さく / の符号をつけます。

6. 下降上昇調(fall-rise)

下降上昇調は,下降調と上昇調が複合的に合わさった音調です。一見すると高下降調と形が似ていますが,下降が終わった後で少しだけピッチが上がります。ピッチの変化に要するピッチ幅はかなり長く,文字の上で表されていない「言外の含み」が表現されることになります。このやり取りでは,例えば,I DID finish the math homework, but still haven't even started the English one.というような状況を想像することも可能です。上昇調であるので,「非最終性」があるため,文の切れ目でも用いることができます(e.g.  In Japan, | many people eat rice.の太字部分に下降上昇調)。行間表記を使用せず簡易的に表記をする場合,音調核のある音節の左上の位置に 小さく \/ の符号をつけます。

7. 中平坦調(mid-level)

中平坦調は中くらいのピッチから高さを変えずに同じピッチを持続させる音調です。感情が欠落したようなニュアンスが出るのが特徴で,このやり取りでは,「宿題をやったか?」という問いかけに対して「心ここに在らず」というような感じに響いています(もしかしたら,テレビゲームか何かに熱中しているのかもしれません)。平坦調もまた「非最終性」があるので,文の切れ目で使うことが可能です(e.g.  Even if I did, | nothing would change.の太字に中平坦調)。行間表記を使用せず簡易的に表記をする場合,音調核のある音節の左上の位置に 小さく > の符号をつけます。

表記に関する注意

音調を表記するにあたっていくつか注意点がありますので,紹介します。

滑落の有無

第2回の記事「英文法とイントネーション:アクセント構造を意識する」で音調核に続く音節は尾部(tail)と呼ばれるということを説明しました。上で見てきた音調パターンはyesという1音節の語に当てはめたものですが,音節が2音節以上である発話では,音調核の後に尾部を伴う可能性が出てきます。例えば,waterやcottonという2音節の語は,第一強勢がひとつ目の音節にあるため,下降調で読んだ場合はその後の音節が尾部ということになります。以下に,2音節以上の語を高下降調で発音した場合(図2)と低上昇調で発音した場合(図3)を見てみましょう。

図2 2音節以上の語を高下降調で発音した場合の音調表記

yesのような1音節の語を高下降調で発音した場合,1音節の中で高下降調を表すためのピッチ変化を表現しなければならないため,行間表記では音調核のある音節(= 大きな●)に尾をつけてピッチに滑落(gliding fall)があることを示します。同様に,waterのような2音節語においても,音調核のあるはじめの音節<wa>で滑落が起こり,<ter>は滑落した後のピッチであることを表現します(図2)。しかし,cottonを高下降調で発音した場合を見てみると,はじめの音節<cot>では滑落がないことがわかります(図2)。

これは,音調核のある音節の性質によって生じる違いです。waterの第一強勢(つまり音調核)のある音節は,/wɑː | wɔː/と比較的長い音節を形成しているのに対し,cottonの第一強勢のある音節は/kɑt | kɒt/と比較的短い音節を形成しているため,滑落が起こりづらい環境になっています。そのため,行間音調表記では,cottonのような語を高下降調で発音したものを表記するには,通常は滑落の尾はつけず,ピッチが跳躍(jump)して下降する表記をすることになります。

尾部の動き

下降調で発音した場合,音調核のある音節で下降が起こり始め,下降は滑落してその音節自身の中で終了するか,跳躍して直後にある尾部の音節で終了します。音調核の後に尾部の音節が2つ以上ある場合は,尾部の音節はすべて下降が終了したかなり低いピッチを維持したまま発音されることになります(e.g. 図2のHilarious.)。では,これらの語を上昇調で発音した場合はどのような表記になるか見てみましょう。

図3 2音節以上の語を低上昇調で発音した場合の音調表記

図3は図2で示した語を低上昇調で発音した場合の音調表記図です。上昇調はyesのような1音節語で発音した場合には,下降調の滑落の場合と同様,滑るようにその音節の中で上昇しますが,図3のwater, cotton, hilariousのように尾部の音節がある場合は,音調核から最後の尾部の音節まで徐々に上昇していくことになります(実際は,音節の性質によっては連続的に上昇することも多々ありますが,便宜上図3のように段階的に上昇する表記を採用します)。guitarのような語は尾部がありませんので,第一強勢のある<tar>で上昇し,その音節の中で上昇が終了することになります。では,同じ語を下降上昇調で発音した場合はどうなるか見てみましょう。

図4 2音節以上の語を下降上昇調で発音した場合の音調表記

下降上昇調は,いわば高下降調と低上昇調が合わさったような音調で,高→低→中といったピッチ変化をします。下降部分の滑落の有無は前述の表記方法に準じますが,上昇部分は少し注意が必要です。yesのような1音節語を下降上昇調で発音する場合,そのその音節内で下降と上昇を連続的に表します。しかし,尾部がある場合(図4のWater. Cotton. Hilarious.)は最後の音節で上昇部分を表すことになります(ただし,尾部に強勢を伴う音節がある場合は,最後の強勢音節から上昇)。行間表記での上昇部分は強勢を受けない音節(=小さな●)に上昇を表す尾をつけて表記することになります。最後に,2音節以上の語を上昇下降調で発音した場合を見てみます。

図5 2音節以上の語を下降上昇調で発音した場合の音調表記

上昇下降調は高上昇調と高下降調が合わさったような音調で,中→高→低というピッチ変化をします。yesのような1音節語ではその音節内でこのピッチ変化すべてを起こすことになりますが,音調核の後に尾部を伴う場合は下降部分を尾部のどこかで表さなければなりません。尾部が1つしかない場合,図5のWater.とCotton.のような形が考えられますが,waterの音調核のある<wa>の音節は,比較的長い音節であるので,上昇部分をこの音節内で完結させることも可能です(図6)。

図6 waterの上昇下降調の発音で,上昇部分を<wa>で起こした音調表記

cottonを上昇下降調で発音した場合も一見同じように発音することができるように思えますが,前述の通り,cottonの第一音節は比較的短い音節になるため,このような形の発音はwaterに比べて起こりづらいかもしれません。また,図5のHilarious.のように,尾部が2つ以上ある場合は,音調核のある音節で中くらいのピッチで強めに発音し,次の音節で高いピッチまで跳躍させ,その次の音節で下降させます(表記上では跳躍していますが,実際の音は連続的です)。

まとめ

音調核に現れうる基本的な音調のパターンについて見てきました。行間音調表記は,実際の発音のピッチの動きを科学的に観察したものに基づく詳細な記述ではなくかなり簡略化されたものです(実際の音節間のピッチの変化は,細かいわたり(glide)が頻繁に現れるため,このような簡易的な表記で実態を詳細に表すことは限界があります)。あくまでも,外国語として英語を学ぶ人が英語のイントネーションを学習する際のガイドと考えていただければ幸いです。とはいうものの,イントネーションの核となる様々な音調パターンを正確に表現できることは,英語を話す上で大きなメリットになります。現在まで1語の発話のみを見てきましたが,今後はより長い発話を見ていこうと思います。

参考文献(参考URL)

・Jones, D. (1960). An Outline of English Phonetics (9th ed.). Heffer/Maruzen
・O'Connor, J. D. & Arnold, G. F. (1976, 1980). Intonation of Colloquial English (2nd. ed.). Longman
・O’Connor, J. D. & Arnold, G. F. (1973). Intonation of Colloquial English,(2nd ed.). Longman(片山,長瀬他(共編訳)(1994)『イギリス英語のイントネーション』南雲堂)
・Wells, John C. (2006). English Intonation: An Introduction. Cambridge: Cambridge University Press.(長瀬慶來(監訳)(2009)『英語のイントネーション』研究社.)

・村上雅章. (2022. August 8). Tune Editor [英国式イントネーション描画ツール]. Retrieved from https://mmurak.github.io/tuneEditor/index.html


追記:
「表記に関する注意」の「尾部の動き」における,下降上昇調の上昇部分の開始位置の説明に,「(ただし,尾部に強勢を伴う音節がある場合は,最後の強勢音節から上昇)」を加筆。(2022年8月29日)

行間表記(Interlinear Transcription)で,真ん中の点線を「Daniel Jonesが著書『An Outline of English Phonetics』の中で採用している表記」と書いてしまっていましたが,Daniel Jonesが採用している表記は点線ではなく実線でした。点線を用いたのは長瀬慶來先生であった旨,訂正させていただきます。(2022年11月25日)

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