見出し画像

「強形のthe」,「3のルール」など

久しぶりの更新です。有料記事「英文法とイントネーション」の執筆の方が進んでいなくてすみません。「Winter Holiday Joke」に続き,こちらも「筆休め記事」のような感じになってしまいますが,英語のリズムに関して個人的におもしろいと思ったことを少し記したいと思います。

アメリカでは大統領選が盛り上がっており,民主党のサンダース候補(Bernie Sanders)の支持率が上昇,勢いづいているとのことです。同氏の勢いを報じるあるテレビ番組が彼のスピーチの一部を放送した際に,以下の英語が耳に残りました。

Our campaign is about two fundamental issues. Number one is the need is to defeat Donald Trump, the most dangerous president in the modern history of this country.

該当箇所は太字の部分。基本的に英語の文強勢は内容語に強勢が置かれるとされていますが,サンダース候補のこのスピーチでは機能語のtheに強勢が置かれていました。定冠詞theは,後ろに母音で始まる語が続く場合(e.g.  the apple  /ði æpl/)を除いて,強勢のない[ðə]のように発音されることが知られていますが,それ以外にも強調した言い回しでtheに強勢を置き,the place /ðiː pleɪs/のように発音されることがあります(この場合は「特別な場所」のような意味になります)。

安藤貞雄著『現代英文法講義』でも,「theがいわゆる典型冠詞(typical article)として,'the best','the typical'の意味を表す時は,普通[ðiː]と強形で発音され,書き言葉では斜字体で印刷されることが多い.(p452)」としており,次のような例も載せています。

He is the [ðiː] pianist of the day. (彼は当代きっての名ピアニスト)
                   *原典では太字のtheは斜体表記

サンダース候補のスピーチにあるthe most dangerous president(もっとも危険な大統領)は,それぞれ内容語であるmost, dangerous, presidentの第1アクセントの部分に強勢が置かれthe ˈmost ˈdangerous ˈpresidentのように発音されることが予想されます。

ここで以下の動画でサンダース候補が実際に発音した英語を聞いて確認してみたいと思います。かなりemphaticな話し方になっていて,theにも強勢が置かれて[ðiː]と発音されているのがわかると思います。

先ほど言及した「もっとも危険な大統領」の部分の発音だけ取り出して見てみると次のようになっています。

ˈthe   most    ˈdangerous    ˈpresident
[ˈðiː  moʊst   ˈdeɪndʒərəs   ˈprezɪdənt]

先ほど見たthe ˈmost ˈdangerous ˈpresidentとは異なり,この例では強勢が置かれるべき内容語のmostに強勢が置かれていないように聞こえます。つまり,ˈthe most ˈdangerous ˈpresidentのようになっているのがわかるかと思います。

また,サンダース候補のジェスチャーにも注目してみると,彼は話す時に特有のジェスチャーをするのが癖のようで,リズムを取りながら話しているようにも見えます。彼の話し方を簡単に一般化はできませんが,この動画ではどうやら強勢のある音節や特別強調したい語の音節のところで振り上げた腕を下ろすジェスチャーをしているように見えます(実際こういうことはよくあるようで,私も英語を話すときにこうしたジェスチャーなどをしていると指摘されたことがあります)。the most dangerous presidentと発音しているところで彼がどのように腕を振り下ろしているかにも注目してみると,the,dan-,pres-のところで振り下ろしており,mostのところでは振り下ろしていないのがわかるかと思います。

では,どうして本来強勢が置かれるmostに強勢が置かれていないのでしょうか。[ˈðiː  ˈmoʊst   ˈdeɪndʒərəs]のように強勢を置いて発音することも考えられますが,3つの強勢が連続して起こることになります。英語のリズムは強勢が連続して起こるよりも弱勢を挟んだ強弱リズムの方が発音しやすいということもあり,真ん中のmostの強勢を失ったほうが「都合がいい」ことになります。

また,このような現象はrule of three(3のルール*)という規則が関係していることも考えられます。J. C. Wells著のEnglish Intonation(2006)はこの規則をThank you very much.という発話を例に説明しています。

ˈThank you ˈvery ˈmuch.  →        ˈThank you very ˈmuch.
                                                   (Wells 2006, p229)

右の例では本来強勢を持つとされているveryは強勢を失っており,3つの強勢のうちの真ん中の位置であることがわかります。この例に見られるように,3つの強勢が隣接または近くにある場合,真ん中の強勢は失われやすいというのです。また,このルールはdowngradingとも呼ばれ,このような強勢が3つあるような発話では真ん中の強勢のある音節が強勢のない音節にdowngradeつまり「降格」しやすい,としています(とりわけ素早く話した時に起こりやすいとのことです)。こうしたルールがあることを考慮しても,サンダース候補の例も,theに強勢が置かれたことでthe most dangerousのうちmostが「強勢のない音節に降格」したと考えることもできます。**

以上,サンダース候補のスピーチから,「強形のthe」,「3のルール」(またはdowngrading)などについて書いてみました。

余談になりますが,今回のサンダース候補のスピーチを聞いて,「強形のthe」の例に初めて接した時のことを思い出しました。やや記憶が定かでありませんが,高校3年の時から数年間聞いていたNHK『ラジオ英会話』(マーシャ・クラッカワー先生の時代)のスキットの中で,次のような英文が使われていたように記憶しています。

This is the [ðiː] place to be and live in.
(この場所こそくつろいだり暮らしたりするのに最適な場所だ)

何年放送の何月号のスキットだったかもしご存知の方がいたら,教えていただけると幸いです(もしかしたら少し表現が違うかもしれません)。今回はこんなところで。

【註】
* 「3のルール」はオリジナルの訳語ですが,Wells(2006)の訳書『英語のイントネーション』(2009,長瀬慶來訳)では「三連規則」という訳語が使われています。(2020年2月4日(火)加筆)
** the ˈmost ˈdangerous ˈpresidentのように弱形のtheで発音した場合は,3のルールによってthe ˈmost dangerous ˈpresidentのようにdangerousの強勢が失われて発音されることも十分に考えられます。(2020年2月5日(水)加筆)

記事を書き続けるのはモチベーションとの戦いです.書きたい内容はたくさんあります.反応を示していただくのが一番の励みになります.よろしくお願いします.