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読書感想文 3 学力喪失

学力喪失 認知科学による回復の道筋 今井むつみ

140字感想文

「学力喪失」とは、学力低下ではなく、本当の意味の学ぶ力の喪失という筆者の問題提起。子どもたちが「生きた知識」を遊びを通して仮説を立てて、失敗を繰り返しながら、知識を創り出し、組み合わせていく。誤ったスキーマは修正されずより大きな誤りを生むことで学習性無力感に繋がる恐れがある。


記号説地に関しては、

「抽象的な概念を生活で経験できる具体的な事例に結びつけ、そこから学習者が自分で抽象化をしていく必要がある。」と本の中でもあり、

子どもたちが遊びやゲーム、自然や暮らしの中での発見など、日々の生活で経験したことが、新しい学習をする上でのヒントとなっていることを教科においても繋げてあげられるかどうか。

日常の生活と教科は別物ではなくて、繋がっているだと感じる機会を、発問やワークシートで設定してあげることで、点と点がつながって子どもたちが「意味がわかった!」という瞬間が生まれるのではないかと思います。

そんな瞬間を生んであげたいと切に思います。

ただ、子どもたちの中での生活と、私たちの中での生活が違うかもしれない。例えば、私たちが誰でもわかるだろうというような例えを出しても、それは子どもたちにとっては常識ではなくて、理解ができない。逆に子どもたちの世界に入って、子どもたちの文化を理解することで、日常と教科とのつながりを意図的に生むことができるのではないかなという気づきを得ました。(普段ゲーム🎮は全くしませんが、ゲームにチャレンジしてみようかな)

○小学校現場で、子どもたちに多くのトライアンドエラーの機会を作って、「日常ヒント」の袋を大きくしてあげたい。

○その「日常ヒント」から取り出して、教科との繋がりを実感し、「意味がわかった!」「もしかしてこういうことかもしれない」という瞬間をつくってあげたい。

認知科学(Cognitive Science)は、人間の認知プロセスを研究する学際的な分野です。これには、知覚、記憶、学習、思考、言語理解、意思決定などが含まれます。認知科学は、心理学、神経科学、人工知能、哲学、言語学、人類学など、多くの学問分野からの知識を統合して、知識の処理や知覚のメカニズムを理解しようとします。

特に、認知科学は「人間の心がどのように情報を処理し、環境に適応していくのか」に焦点を当てており、現代の技術(例:AIや脳科学)の発展とも密接に関連しています。

予想  学力喪失を認知科学によって回復していく。つまり今は学力が喪失していると主張している? 

流れ予想 学校現場の現状から学力喪失を指摘し、その問題点を認知科学によって解決できると述べていく?

今井むつみさんは、認知科学、言語心理学、発達心理学の専攻。「ことばと思考」「算数の文章題が解けない子どもたち〜ことば・思考の力と学力不振」など。





学習性無力感  学習者がいくら学習を続けても自分はわかるようにならない、だから学習しても時間の無駄だと思ってしまうこと


大人こそが学力=学ぶ力を喪失させてしまっているのではないか


なるほど、学力喪失とは、子どもたちが本来持っている学ぶ力がなぜ十分に発揮できないのか 喪失しているのか、を解き明かすための本だったのか


「大人の側が、学ぶ内容を子どもが理解できない原因の本質を捉えず、局所的な対症療法のみが繰り返し試みられてきたことに尽きる。」

局所的な対症療法とはどういうこと??


問題点四つ述べている
①全国学力テストのような高得点を取ることが学力だと捉えられてきたこと
②「知識」について誤解していること
本当の知識って??
③人間の記憶と思考のしかたについて誤解していること
④子どもの躓きの本質を理解しないまま、わかりやすく教え、その問題を繰り返せば知識が定着するという教育を続けてきたこと


筆者の伝える「知識」とは
覚えるものではなく、
学び手が創り上げていくもの

「死んだ知識」を「生きた知識」に変えること。最終的には、達人のように、必要なときに取り出せて「使える」知識、さらにそれを組み合わせ、拡張させることで新たな知識を自分で創造できるように子どもを教育する。(
QNKSと繋がる!)
それこそが教育者の仕事なのである。」




感想 言葉一つ一つが子どもたちにとってのスキーマになっていく。教師が誤った言葉や不適切な言葉を使っているとその子どもたちはこれからそれらが当たり前として、スキーマとなって、判断を間違えてしまう。

教師が発する言葉はいかに重要か感じさせられた


「正しい答えを教えてもらっても、すぐ忘れてしまい、誤ったスキーマは修正されない。そもそも多くの子どもは「正しい答え」を自分の誤ったスキーマに合うよう都合よく解釈して覚えてしまう。」ここが何より怖い


「プレイフル・ラーニングの考え方は、名前の通り、遊びを通じて学ぶことである。オランダの歴史学者のヨハン・ホイジンガは人間のことを「ホモ・ルーデンス」(遊ぶ人)と呼んだ。人間は遊びから学ぶ。なぜか?遊びは楽しいからである。  人は楽しいから遊ぶ。学ぶために遊ぶわけではない。そこに功利的な目的はない。功利的でないから、遊びに子どもは夢中になる。」

勉強が遊びだと思うくらいの教材をどう設定するかが教師の見せどころっすね!


「人間の知識を拡張させる推論がアブダクションだということに立脚すれば、遊びが学びになるということ」どういうこと?

「遊びが学びになる」というのは、子供や大人が遊びの中で新しいことを発見したり、体験を通じて自然に学んだりする現象です。遊びは自由な発想を促し、予測できない状況に直面したときに新しい考え方や仮説を生み出すきっかけになります。

この考えをアブダクションに関連づけると、「遊びの中では予測不能な状況や体験に触れることが多く、それに対して人はアブダクティブな推論を使って新しい知識やアイデアを作り出す」ということです。つまり、遊びの中で自然に推論し、未知の問題に対する仮説を立てることで、知識が拡張され、結果的に学びが生まれる

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なるほどな、仮説を立てながら知識を創り出して、またその知識と知識が組み合わさって拡張されていくってことか!


「遊びから学ぶ」体験を通じて新たな概念を自分で記号接地できるようになり、その喜びを知って「学びが遊び」というエピステモロジー(知識に対する認識)を学び手がもつことができたら何が起こるだろうか。


「問題が解けた!」「答えが合っていた!」ではなく、「意味がわかった!」という瞬間、「学びは遊び」が実現するのである


「先生は、教科書の内容を完璧にわかりやすく説明することで自分の仕事に満足するべきではない。自分の伝えることを子どもがどのように受け止め、解釈しているか、子どもがほんとうに概念の本質を自分の推論によってつかんでいるか、自分勝手に誤解をしていないかということにこそ、注意を向けなければならない」


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