インタビューしあうのカンペ(その1)
この投稿は インタビューしあうAdventCalendar2020 にエントリーした投稿です。
インタビューしあうの中ではインタビューしてみた感想(ふりかえり)を語る時間を設けています。その中で「聞き手としてどんなことを聞いたらいいか迷う」という声があります。
今回はなぜ迷うのか、主催者が「聞き手」をするときはどうしているのかをふりかえってみました。長くなったので数回に分けて投稿します。
主催者の想いがこじらせてるから迷う
インタビューしあうの体験者は「会話すること自体」には抵抗はなさそなので、たぶん普段の「雑談」や「意見交換」をする場では迷わず「会話」できていると思います。でもインタビューしあうで「聞く」となると迷う。
それは「インタビューしあう」のことを理解して、インタビューしあうの主催者の想いを汲んで参加しようとしてくれているからだと思います。
インタビューしあうの主催者の想いはアドベントカレンダーの概要(いいだしっぺのつぶやき)にあるとおりですが、実はそれが聞き手を迷わせていました。
「認知、理解」+「解決しようとしない」ってことがこのスタイルの便利な所だなとは思いつつも、も少し特徴をつかみたい。
解決する方向を向かずに「聞く」姿勢ってどんな姿勢なんすかね?それがつかめない(知らされない)状態でインタビューしあうの聞き手をしても、戸惑ってしまうのも当然ですね。
私は、普段の「雑談」や「意見交換」の場では大抵は無意識に解決や分析をする方向を向いていて、解決や分析をフィードバックしようとする責任が聞き手に生まれていると感じています。
もし、ヘビーなテーマで話し手に語られて、聞き手が無意識に解決や分析の責任を負っていたとしたら、聞き手に大なり小なりプレッシャーやストレスがかかるでしょうね。
※もし話し手が解決策や分析のフィードバックを期待するなら、適切な相手に話した方が良いと思います。話し手の立場としてどっちを向くのかと言う話はまたいつか書いてみます。
ここは普段の雑談や意見交換をする場でなく「インタビューしあう」をする場なので参加者は「せっかくだから」と「認知、理解」+「解決しようとしないこと」に取り組んでみようとしてくれます。そして前述したとおり「何を聞いていいか迷う」そして「無言」になってしまうこともある。
インタビューの時間が聞き手の負担になるのは望むところじゃない。
聞き手が好奇心もって嬉々として問いが湧いてくるといいな。
「アドバイス」や「助言」というソリューションに着地しようとせず、のびのびふわふわゆるゆるが理想。
方向も明かさずに少し難しい期待をしているにもかかわらず「聞き手の負担になるのは望むところではない」という主催者の想いもあります。はい、矛盾してます。
つまり、難しい期待をしているとわかっているので、できなくてもかまわない、それよりもまずは聞き手自身の好奇心や無責任な会話を楽しんでみてほしいと言っています。
※参加者の経験段階に応じたインタビューしあうも今後やってみたいと考えています。
さて、結局どこを向くのがインタビューしあうなのか。それは次回の投稿の「何を聞くのが「インタビューしあう」なのか」で書いてみます。
今回はここまで。次回はこんな内容を予定しています。
・何を聞くのが「インタビューしあう」なのか
・既に聞いた話をもう一度聞いてみるとき
・沈黙の種類を確認するとき
・断片的な聞き方になるとき
ここまで読んでいただきありがとうございました。
#インタビューしあう #インタビューしあうアドベントカレンダー