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フリー朗読シナリオ『汝、雷鳴の如く駆け抜けよ』

 朗読にご利用いただけるフリーシナリオ『汝、雷鳴の如く駆け抜けよ』を投稿します。
 よろしければ一読・ご利用お願いいたします。

 ご利用のお願い事はシナリオのあとに記載しておりますので、ご覧ください。


『汝、雷鳴の如く駆け抜けよ』本文


「ようやくできましたわー!」
暁(あかつき)の空に夜の帳(とばり)が落ちるころ、屋敷にお嬢様の声が響く。
私は広間に飾られた絵画の手入れを中断し、足早に階段を昇る。

「ふーちゃん、ふーちゃんはおりますのー!?」
 
呼び掛けが終わると同時に、二階のドアをノック。
声をかけてお嬢様の部屋に入室する。

「来たわねふーちゃん。あなたに重要な任務を与えるわ!」

縦に巻いた輝く髪と、気品溢れるドレスを翻(ひるがえ)し、私に指先を突きつける。
人に指をさしてはいけないと、何度かお伝えしたのだが……せめて成人するまでにやめてほしい。
あとふーちゃん呼びもやめてほしい。

お嬢様は私に一枚の封筒を差し出した。
封蝋(ふうろう)には我が家の紋章が刻印(こくいん)されている。

「これを隣国のディアナに届けてほしいの」

私はお預かりした手紙を懐にしまう。

ディアナ様はお嬢様と幼少の頃からのご友人。
懇意(こんい)にしていたが、何かと物騒になってからは交流が絶たれて久しい。

「この密書を今日中に届けて頂戴。一秒たりとも遅れては駄目よ」

お嬢様の言葉に、私は窓の向こうを見やる。
夕日は半分以上が山波に隠れた。
ディアナ様のお屋敷は、ここから西の国境都市を越えた先。
距離はあるが……早馬を飛ばせば、日が変わる前には到着できる。

任務遂行は他の使用人でも可能だろう。
それでも私を指名するとは、よほど肝要(かんよう)な案件なのか?
……だったらもっと早く準備できなかったのだろうか。

「ちょっと、顔に出てますわ! しょうがないでしょ、大切な内容だからいっぱい時間がかかったの!」

お嬢様はぷんすかと両腕を振る。
私の前ではやや子供っぽい素振りが多い。
気を許してくださるのは身に余る光栄だ。

容姿端麗。品行方正。洽覧深識(こうらんしんしき)。
次期当主として申し分ない器だからこそ、仕えるに値する。
唯一絵の才能だけはある意味『画伯』と言わざるを得ないが、そこはご愛嬌。
素晴らしき主のため、私は命を賭して遂行(すいこう)しよう。

「いいこと? これは信頼関係に関わる重要な手紙よ。
 我が家の家訓は『絆を財産とせよ』。
 金(きん)より価値あるもののため、他の者に中身を知られず、直接渡して。
 さあお行きなさい! 汝、雷鳴の如く駆け抜けよ! ですわ!」

イエス、マイロード。
私は踵(きびす)を返して、部屋を出た。

……最後の言葉は何だ? 初めて言われた。
また異国の物語小説に影響を受けたのだろう。
ちょくちょくそういうところがある。
読むのは構わないが、口には出さず楽しんでほしい。

厩(うまや)へ行くと、馬たちがみな藁(わら)の上に横たわっていた。
世話係に聞くと、数刻前から具合が悪くなり動けなくなったという。
こんなときに……。

一頭の身体に触れると、普段よりも体温が高く感じる。
流行り病か、それとも数日続いた長雨(ながあめ)で体が冷えてしまったか。

仕方ない、予定は変更だ。
私は西へと足を速めた。

流れていく街道の景色を横目に計算する。
このペースで走り続ければ、どうにか日が変わる前に間に合いそうだ。
長距離移動は久しぶりだが、問題はない。
毎朝、山の頂(いただき)まで走り込みを十七往復。
有事の際にものを言うのは日々の鍛錬だ。

……と、あれは?

私は足を緩め、道端で停まっている馬車に近づく。
どうやらぬかるんだ地面に車輪がはまり、立ち往生しているようだ。
馬と屈強な男一人が押し出そうとしているが、脱出には至らない。

慌てている小柄な男は、屋敷によく出入りする商人だ。
話を聞くと、仕入れで遅くなり、急いで帰路に向かう途中だったという。
夜道なら視界も悪い。
不運だった……が、放っておくわけにもいかない。

私は泥に浸かった車輪の前で腰を下ろし、一気に馬車を持ち上げた。
そのままぬかるみの外へと脱出させる。
やはり筋肉はすべてを解決する。
薪割り斧を使った育て上げた私の広背筋(こうはいきん)と脊柱起立筋(せきちゅうきりつきん)は、いかなる困難も打ち砕くのだ。

商人たちは目を丸くしていたが、すぐに頭を下げ、お礼と言って袋を渡してきた。
なんでも国境都市で仕入れた物品の一部らしい。いろいろと詰め込んでくれた。
礼など不要だが、商人という職業は貸し借りを嫌う。
ここは素直に受け取っておこうか。

失った時間を取り戻すため、私は夜の森を突っ切り距離を短縮する。
夜目(やめ)は効く方だ。夜間戦闘と夜襲(やしゅう)では負けなしだった昔を思い出す。

今や過去を知るのは当主様のみだが、おかげで身分を隠し、屋敷のいち使用人として平穏な人生を送っている。

恩義(おんぎ)に報いるためにも、お嬢様のためにも、与えられた使命の一切を完遂する。

私は速度を上げてディアナ様の屋敷に向かう。
長雨の影響で氾濫した大河を飛び越え、道をふさぐ大岩を砕き、ようやく国境都市にたどり着いた。

ここまで来ればあと少し。
なんとか今日中には任務を遂行できそうだ。

安堵の息を吐くと、鼻につく湿った空気。
また降るかもな……急がねば。

火急の件だと説明し、防壁の東門(ひがしもん)を開けてもらう。
市街を突っ切り西側の門にたどり着くと、鎧に身を包んだ兵士たちが門の前に整列していた。

聞けば、西からオークの軍勢が向かっているらしい。
都市防衛のため、門は厳重に封鎖されている。

さて、どうするか。
北門を抜けて山道を迂回するか……いや、それでは間に合わない。
私の使命は「『今日中に』手紙を届ける」こと。
いかなる理由も例外にはならない。

兵士たちのやり取りが耳に入る。
オークの軍勢、その数、数百。

……問題はない。

私は混乱に紛れて防壁を駆けのぼり、門の外へと降り立つ。

遠方に響く雷鳴。
品性のない足音、不快な息遣いと獣の匂い。
宵闇(よいやみ)に浮かぶは、醜くぎらついた幾百(いくびゃく)の瞳。
私は腰に下げた二本の刃(やいば)に手をかける。

いち使用人が目立つのは本意ではないが、すべてはお嬢様のため。
今このときだけ、私は元国王直属の急襲部隊裏隊長『黒衣(こくい)の雷梟(らいきょう)』に戻ろう。

隠密ながら———推して参る。

私は衣服に染みひとつないことを確認し、扉のドアノッカーを握る。

何とか間に合った。
あとはディアナ様にお嬢様の手紙を直接渡せば、任務は完了だ。

屋敷から使用人が出てくる。
要件を話すと鈍い表情を浮かべる。

どうやらディアナ様は熱を出して寝込んでいるらしい。
なんでも昨日(さくじつ)雨の中で一日中、この地に降り立った使命に従い、降り注ぐ魂と共鳴する右手を天に掲げていたそうだ。

何を言っているのか微塵(みじん)も理解できなかったが、説明した相手も理解していなかった。

ただ類は友を呼ぶというか、お嬢様と近しいものは感じる。
口には出さず楽しんでほしい。

しかし弱った。
私はお嬢様から「直接手紙を渡せ」と言われたが、病人を床から起こすなど言語道断。
かといって使用人に手渡してもらうのは任務に反する。
なんとかディアナ様の部屋に赴(おもむ)く理由はないだろうか……。

手持ちの物を確認し、そういえばと助けた商人からもらった袋を開ける。
中身の説明を受けた際、病気に効く生薬(しょうやく)もあると聞いた。

ふむ、問題はない。

私は解熱に効く薬があると言って、台所と食材を借りた。
このままでは苦味が強くて服用しにくいので、温めたチョコレートに薬を混ぜた。

そして薬の説明もしたいのでと、直接お部屋にお持ちする許可をいただく。
これも家同士の親交と、以前より詰み重ねた信頼あってこそ。
誠実に仕えていてよかった。

私は部屋の扉をノックして身分を告げる。

ミネルバ様の使用人、フクロウと申します。

入室の許可をいただき、ベッドのそばに飲み物をお持ちする。
ディアナ様はしばらくお会いしない間に、一層美しくなられていた。

世辞もほどほどに、薬の説明をして預かっていた手紙を渡す。

中身を見たディアナ様はにこりと微笑み、私にも手紙を見せてくれた。

……なるほど。
これは他人に見られたくない気持ちも分かる。

そこには小さな子が一生懸命描いたような絵と、短いメッセージが添えられていた。

『ディアナちゃん お誕生日おめでとう! いつかまた一緒に遊ぼうね!』

<終>


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作者:竹乃子椎武
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竹乃子椎武(たけのこ しいたけ)
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