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社員を意のままに従わせる、たった一つの考え方:ブラック企業をつくる方法 How to make your employees obedient using psychological techniques.

※この記事は逆説的な警句(皮肉)として書いています。加えて、ブラック企業側の思考回路を読み解くと同時に、そのような環境を避けたりそこから離れるのに役に立つことを目的としています。決してブラック企業を推奨しているわけではないことをご承知おきください。現在このような問題の渦中にいる方で、精神的に良くない状態が続いている方については、<注意>と<参考文献>の欄を読んでいただければ、何かしらの手助けになるかもしれません。

文責:早雲

どこかに低賃金で、長時間働けて、なんでも言う事を聞く都合のいい人材はいないかな?

 会社経営をしている皆さん、雇っている社員について、以下の悩みはありませんか?

給料が高い、定時に来て定時で帰る、上の意見に反発する……

 皆さんのような経営者は自分で会社を立ち上げたり、経営を切り盛りしたりして、非常に忙しいはず。誰もあなたの代わりにはなれないのです。いわば、あなたはあなたの会社で一番偉い人間です。

 そんなあなたの意向に沿わない社員というのは、少し考えれば理屈に合わないはずですよね?(※1)

 ですが、さあ大変です。世の中では働き方改革などと言って、社員が怠けるような制度がどんどん整備されているではありませんか。自分達の若い頃は一所懸命いつ何時も会社にいて働くのが当然だったのに、最近の人達は甘やかされすぎていますね。

 無理矢理何かを強要すれば訴えられかねない世の中になってきました。こんな時はどうすれば良いのでしょうか?

 答えは簡単。社員が自主的に、こちらの意向を汲んで、低賃金長時間働くように教育すればいいのです。こちらが強要すると訴えられかねませんが、あくまで社員の一存と言い張れば、きっとなんとかなるでしょう(証拠を集められれば普通にパクられたり、社会的に再起不能になることもありますが、多分大丈夫でしょう)。 

 この記事では都合の良い人材を増やすためのノウハウを①採用、②教育、③文化形成の3つのステップに分けて説明します。

 これらのステップに共通している、たった一つの考え方。それは"社員の自己肯定感を低くすることで、思考力と行動力を奪うこと"です。コストはかかりますが、投資に見合った効果が期待できるはずです

 さあ、ギンギンにブラックな会社を作って、あなたの言うことを聞く人間を育てましょう。

 それはあなたに与えられた当然の権利です(※2)。

第1ステップ: 採用

 このステップではまず、あなたの会社に入ってくれる忠実な社員たちを集めます。あなたは自分の会社の不都合な部分を隠し、あたかも素晴らしい会社であるように喧伝する必要があります。あなたに絶対服従するポテンシャルを持つ候補者を見つけましょう。

● 具体的な制度や内情はぼかし、抽象的なビジョンは断言しましょう

 あなたの会社が目指す方向性は、労働環境としては最悪のブラック企業です。実情をすべて話してしまっては応募者が集まらないのが道理です

 そのため、就活生に会社説明をする際は、具体的な制度や内情はぼかして説明することをお勧めします。有給制度、残業時間、シフト勤務、社内の風土、あなたの人柄など、不都合なことはどんどんごまかしていきましょう。

 しかし、ただごまかすだけでは就活生に不信感を与えてしまいます。そのときに有効なのは、潜在的攻撃性パーソナリティーに分類される人々が好んで使う対人操作戦略です[1]。

 その中でも、”矮小化”と呼ばれるテクニックは、本来は大問題である事柄やあなたが悪意もって取った行動を、取るに足らないことに見せかける技術です。

 例えば、あなたの会社の平均残業時間が月に20時間で且つ、サービス残業の平均時間が月40時間だったとします。その時は、「うちの会社は残業時間は多くありませんが、忙しい時期は月20時間の残業をする事があります」「ただ、ちょっと追加で、有志の社員に仕事のちょっとした手伝いをお願いしている事もあります」などと言いましょう。長時間の残業時間をあなたが無理矢理やらせているという事実を過小に評価させ、問題を”矮小化”していきます。

 また、”選択的不注意”というテクニックの併用もとても役立ちます。これは自分の目的の妨げになる不都合な事実をわざと無視することです。上記の例でも、平均残業時間が月20時間なのですが、あたかも20時間以上の残業がたまにしかないように言っています。また、「月40時間のサービス残業を社員にさせている」、というのは就活生を応募する上では都合の悪い事実なので、その事柄に注意を払うことを拒否し、「有志の社員に仕事のちょっとした手伝いをお願いしている」と言い換えましょう。

 え?それは嘘ではないかって?いいえ違います。あなたは社員が”月40時間のサービス残業をさせられている”、という事実を”正しく認識していない”ようにするのです。そうすれば、”嘘”はついていませんよね。どんな人間でも、あなたが何を認識して何を認識していないかは分かりませんし、証明できません。そして認識が確認出来ない以上は、あなたが言った事柄が悪意を以てついた嘘ということにはなりません。あなたはその事実を”正しく認識していなかった”のですから。

 一方で、断言できることはどんどん断言していきましょう。あなたの会社の抽象的なヴィジョンはその際に最も適したものです。はっきりと、意味のないきれいごとを宣言しましょう;「弊社は、優しい社会のために、まごころを込めて一生懸命働きます」

● 同業種の他社を貶め、自社の良い部分のみを断言しましょう

 同業他社を貶める、というのは非常に重要なタスクです。なぜなら、あなたの会社はブラック企業なので、労働条件の要素を同業他社と真っ当から比較された場合、圧倒的に不利だからです。

 そのため、まずは同業他社や業界全体の不信感をあおるような噂を就活生に伝えましょう。少々頭が回る就活生であれば、裏を取ったり情報を精査したりするので、できるだけ曖昧な、しかし不安をあおる噂であることが好ましいでしょう。基本的に人間は否定的な評価を広めやすいので[2][3]、あいまいな悪い噂を話すだけで十分です。

 十分に同業他社の不安を煽ったあとは、自社の数少ない良い部分をアピールしましょう。希少性をアピールする、というのは効果的かつ簡単な手法の一つです[4]。つまり、「ほとんどの会社は○○という欠点を持っているが、ウチの会社は問題ない」といった自社がいかに希少で価値があるかを主張するのです。先に同業他社や業界全体を貶めておけば、より効果的です。○○の部分は都度都合の良いものを考えましょう。

 そして、極めつけは”権威”を使いましょう[5]。あなたに何かしらの肩書があればベストです。例えば、医師や弁護士であるとか、有名大学を出ているなど、役に立つ肩書きを持っている場合は前面にそれを押し出しましょう

 あなたが何かしらの肩書きを実際には持っていなくてもOKです。人間の知覚はいい加減なので、服装、装飾品からその人の肩書きや経歴を推測するのです。そのため、例えば、高級スーツを着ていく、高級時計をする、身長を高く見せるためにシークレットブーツを履く、などであたかも権威があるように演出できます(あなたの恰幅がよければ尚のこと効果的です)。

 これらの方法を使って応募者を集めましょう。

● 初任給の話は早々に切り上げ、給料の成長率の可能性を断言しましょう

 あなたは安月給で使える社員を探していますが、通常の人々は高い給与で働くことを望んでいます。そこには大きなミスマッチがあります。

 あなたは社員の給与は基本的に無駄な出費だと考えているはずなので、あなたの会社の初任給は非常に低く、ほとんどの社員の給与は初任給から上がらないはずです。しかし、その事実をそのまま伝えてしまうと、応募者は集まりません

 そこでミスマッチの解決策として、給与をごまかすという作戦をとりましょう。「初任給については少々低いが、給与の上がり幅は大きい(という可能性もある)」と伝えるのです。ここでも、先ほど出てきた”矮小化”と”選択的不注意”を有効活用しましょう。

 さらに、”合理化”[6]も効果的に使っていきましょう。これも潜在的攻撃性パーソナリティが好んで使う戦法です。正当化とも言い換えられます。例えば「初任給が低いのは、後の給与の上がり幅が大きいから」など、一見それっぽく聞こえる理屈を並べることです(理屈と膏薬はどこにでもくっつきます)。

 このようなテクニックを効果的に組み合わせて、給与のミスマッチをカバーしましょう。

● 自信のなさそうな応募者を見つけましょう;自立心が強い人や法的知識などを持つ面倒な人は避けましょう

 あなたの会社はブラック企業なので、基本的に人材が大量に辞めていくと言うことを念頭に置いておきましょう。そのため、採用の際はできるだけ間口を広く取るべきです。有り体に言えば、基本的には誰でも採用した方がよいと言うことです。

 ですが一方で、あなたの会社に適した人材とそうでない人材がいるのも事実です。

 あなたが求めるべき人材は、あなたに絶対服従するポテンシャルを持つ人達です。そのため、選考の基本戦略としては、自信のなさそうな人を選ぶ、というものです。

 逆に、自分に自信がある自立心の強い人は、あなたの会社に入っても教育に苦労する可能性があります。事あるごとに口ごたえし、社内の秩序を乱すことでしょう。このような性質がある人は避けるのが無難です

 また、法的知識を持つ人も選考の際にはじきましょう。後に訴えられたりするリスクは可能な限り避けるのが賢明です。

● 応募者をおだてつつ、脅しましょう

 さて、選考が進んだ段階では、応募者と面談する機会も増えることでしょう。その際にあなたの会社に入ってもらうようにするためのテクニックを紹介します。

 まずは、候補者をおだてることです。人がお世辞に弱いのは何となく皆理解していますが、適切に使用すれば、我々が思っている以上にその威力はすさまじいものになります[7]。

 コツとしては、お世辞を言う際に「○○さんはしっかりしている」とあなたの言葉として言うのではなく、「○○さんはしっかりしていると××さんがほめていたよ」等と伝聞として言うことです。もちろん、応募者と共通の知り合いがいることは稀だと思うので、応募者の経歴等をみてアレンジしてみましょう;「○○さんの出身大学の学生は優秀な人が多いって、××会社の社長から聞いたよ」

 さて、一方で応募者を脅すことも忘れてはなりません。応募者を褒めただけでは彼らに自信をつけさせてしまいます。せっかく自信のなさそうな人材を選んだのにそれでは意味がありません。他社に行かれる可能性を防ぐためにも、ここで応募者の自信を喪失させましょう

 相手の自信を喪失させる、いわば自己肯定感を奪うのに効果的なのは、”相手の羞恥心を刺激する”というテクニックです。これはさりげない皮肉やあてこすりを使って不安を煽り、相手の自信を奪う戦略です[8]。これは相手の劣等感を煽るのに重きをおいたものです(これも潜在的攻撃性パーソナリティが好む手法です)。

 例えば「社会人経験がないから」とか「ちょっと学歴が」とか「浪人してるんだね」などの経歴から読み取れる事柄を使い、相手の劣等感をくすぐることができます。コツはぼやかしつつ否定的なニュアンスをこめることです。さらに、見た目や態度に難癖付けることも可能です。「社会人になるならその服はね」「社会人としての姿勢は」などが汎用性があるでしょう。

 相手の”羞恥心を刺激する”際に注意しなければならないのは、「社会人として」や「会社の一員として」「ウチの会社に入るのなら」といった大儀名分に結びつける必要があるという事です。大儀があると人は中々反論できませんし、あなたの難癖を間違ったものだと判断することも難しくなります。大義と結びつけるというのは、先ほど出てきた”合理化”のテクニックの応用例でもあります。

 大義名分と結び付けられた批判は応募者の心を不安にします。「自分は社会人としてだめなのかな」「他の会社に行ってもだめかもしれない」。こうなれば、しめたものです。甘い言葉を使ってあなたの会社に入社させましょう;「君は色々な面で他の会社だと厳しいかもしれないけど、ウチの会社でなら見捨てずに育ててあげられるよ」

● 書面に何かしら約束事を書かせましょう;法的に無効でも構いません

 さて、応募者は自信を喪失し、あなたの会社に入るような雰囲気を出しています。あなたの会社はブラック企業なので、できるだけ多くの人を採用する方が良いと先ほど述べました。当然、採用ステップは短くしなければなりません。

 ですが、もし余裕があればここでもうひと手間をかける事をお勧めします。

 それは相手に何かしらの約束事を書かせる事です。出来ればあなたの会社に入社する、などの覚書が望ましいですが、難しければ内容は多少マイルドなものでも構いません。

 この書かせた内容は法的な根拠を必ずしも必要としません何か約束事を書かせられる、という行為それ自体が、相手への強力な足かせとなるのです[9]。

 かつてある国が捕虜に対して実行していた洗脳プログラムの中には、その国やその国の主義が素晴らしいという内容や捕虜の自国を非難する内容を、捕虜自身に書かせるというものでした[9]。整合性は人間の心理を強く規制する要素の一つです。自分が行った事と矛盾する事を行うのは、かなりのストレスを伴うのです。そのため、何か約束を書かせるという事は、たとえ書いた本人が本心ではないと思っていたしていたとしても、強烈な束縛力を持ちます

 また、書いたものを人に見られるという事も、その内容と矛盾した行動が出来ないと思わせる強い要因です。他人から、「○○さんは一貫性がない」と言われるのは、「○○さんはその時々で言っていることとやっていることが異なる」と言われているのと同じです。一貫性がないというのは信用できないという評価を免れないことに他なりません。そのため人は矛盾することを嫌います。

 実はこの約束事を書かせるというテクニックは「フット・イン・ザ・ドア」というテクニックと本質的に同じです。小さなお願いを聞いてもらい、その小さなお願いと矛盾しない大きなお願いを後から言うのです。人は矛盾するという事を嫌いますので、大きなお願い事も聞いてくれる確率が高くなります

 そのため、応募者が気変わりして他社に入社しないよう、約束事を書面で書かせましょう。あまり難しい事でなくても大丈夫です。「フット・イン・ザ・ドア」の要領でいきましょう。例えばこんな具合に頼んでみてはいかがでしょうか;「次の面接はウチの本社に来てほしいから、ここにサインだけもらえるかな」

第2ステップ: 教育

 無事、何人かの応募者があなたの会社に入ってくれることになりました。大変喜ばしいことですが、浮かれている暇はあなたにはありません。新入社員を低賃金で長時間働き、あなたに絶対服従するように教育する必要があります。<第1ステップ:採用>でも述べたようなノウハウを使い、都合の良い人材を育てます。大枠としては、”羞恥心を刺激し”、”罪悪感を抱かせ”、”学習性無力感を覚えさせる”という流れをとります。

● 社員の能力を否定しましょう;羞恥心を刺激しましょう

 まずは相手の自主性や思考力を奪うために、社員の自己肯定感を極限まで低くしましょう。そのためには、何かにつけ社員の仕事を否定する必要があります。その際、<第1ステップ:採用>の<応募者をおだてつつ、脅しましょう>で登場した”相手の羞恥心を刺激する”というテクニックが有効です[8]。

 例えばペーパーワークなどは手軽でうってつけな方法です。社員が作成した書類の文言の一言一句に赤を入れましょう。そして、相手の羞恥心を刺激するために「こんな事もできないのか」や「幼稚園生でもまともな文章を書けるよ」や「ぜんぜん論理性がないよな」等と言いましょう(論理性がないのは社員の心を折るために無駄に赤を入れているあなたの行動の方ですが、気にせずにいきましょう)。それによって社員は徐々に自己肯定感を下げていきます。

 何度も違う角度から難癖を繰り返すことで、社員は次第に士気を下げ、”学習性無力感”を覚えます[10]。この状態は「なにか行動してもどうせ無駄だ」と思い無力感・無気力に陥るものです。この状態になると、社員はあなたのいう事を聞きやすくなります。

 しかし個人差があるので、やりすぎには注意しましょう。経過を見ながらフレキシブルに教育を続けることをお勧めします。

● 自己正当化と他責を忘れず、常に社員に罪悪感を抱かせましょう

社員に常に”罪悪感を抱かせる”ことで、あなたのコントロール下に置きやすくなります[8]。これは上のセクションの内容と似ていますが、社員に「正しいのはあなたで、悪いのは自分だ」と思わせる事が肝となります。

 この”罪悪感を抱かせる”という戦略の基本的なコンセプトは相手の良心につけこむことです。そのためにはあなたはある種被害者のような立場を取る必要があります。「俺が厳しくするのはお前らがしっかりしていないからだ」だとか「ああ、もっと仕事ができる部下がいればこんなに忙しくないのにな」だとか「わがままな社員を雇っている身になれ」などと言うわけです。あなたは自分よりずっと道徳的に長けている社員に対して、配慮が足りない、自分勝手だ、などと皮肉をいうことになります(もちろん配慮が足りないのも自分勝手なのもあなたの方です)。

 自己正当化と他責により、抱かせられた罪悪感は強い束縛となります。是非積極的に使いましょう。

● 定期的に社員のちょっとした言動にキレましょう

 感情的になりキレる、というのは基本的に社会人にあるまじき所業です。人間というのは言語でコミュニケーションをとることが可能な理性的な生き物であるはずなので、感情的にキレる必要はまったくありません。感情的にキレるのは暴力を示唆するための威嚇行動です。そのため、キレるというのは人間社会においてまったくの不合理であると言わざるを得ません。

 ですが、あなたはブラック会社の経営者なので、部下をコントロールするために定期的にキレましょう

 キレるタイミングとしては本ステップの<社員の能力を否定しましょう>で社員の仕事に難癖をつけている時や、<自己正当化と他責を忘れず、常に社員に罪悪感を抱かせましょう>で被害者ヅラして社員にあてこすりをしているときがベストです。

● 他の会社でその社員が通用しないということをあらゆる方法で伝えましょう

 通常、社員が辞めて他社へ転職するのを防ぐためには、福利厚生の充実や給与のアップ、労働環境の改善などが考えられます。これらは、きわめて真っ当な戦略と言えます。

 しかし、あなたが経営するブラック企業では、そのような複雑で費用がかかる施策は取りません。社員に「自分は他の会社では活躍できない」と思わせる事がコストが簡単で安く済む方法です。こちらも<第1ステップ:採用>の<応募者をおだてつつ、脅しましょう>で述べた他社へ行かせないための考え方と共通しています。

 基本的には今まで出てきたテクニックを活用することでこちらは達成できます。”羞恥心を刺激し”、”罪悪感を抱かせ”、”学習性無力感”を覚えさせた状態にすれば、主体的な行動力を奪うことが可能です。つまり自己肯定感をそいで思考力と行動力を奪うという事です。

 そうなれば転職しようという思考とやる気を根こそぎ除くことができるでしょう。

● 社員に与える裁量はミニマムに設定しましょう

 職場の自由度の低さほど社員の健康を害するものはありません[11]。不自由な職場はタバコを吸うよりも身体を壊しやすく、慢性病にかかる可能性を上げてしまいます。ですので、社員の健康を考えるのであれば、基本的にはできるだけ社員の仕事に裁量を与えることが大事です。

 しかしながら、あなたの会社はブラック企業なので、社員の健康などを考える必要はまったくありません。本ステップの<社員の能力を否定しましょう>と<自己正当化と他責を忘れず、常に社員に罪悪感を抱かせましょう>の方針で示した通り、社員の自己肯定感を低くさせておくのがコントロールする鍵です。

 下手に社員に仕事の自由を与えて、自信を持たせないようにしましょう。基本的には社員に与える裁量はミニマムに設定します。自己裁量という言葉を認識すらさせないようにしましょう。

● 長時間労働を常態化させましょう

長時間労働も、当然のことながら、社員の健康を害します[12]。週の労働時間が55時間を超えると、あらゆる生活習慣病のリスクが跳ね上がります。厚生労働省が定めている「過労死ライン」の残業時間は週に80時間ですが、そのずっと手前で策を講じる必要があります。

 しかしそれは通常の企業の場合です。あなたが経営しているブラック企業はそのような残業時間の規制など無視しているでしょうし、そもそもサービス残業が常態化していると思いますので、誰も正確な残業時間を把握していないでしょう。

 そのような状態が当然であるという事を社員にも教育しましょう。今までの教育、つまり”羞恥心を刺激し”、”罪悪感を抱かせ”、”学習性無力感”を覚えさせるという手順で社員は十分あなたに服従しているはずですので、難なく言い聞かせることができるでしょう。

 また、長時間労働を常態化させるメリットとしては、可処分時間を奪う事で、社員が社外の人間と交流したり、情報収集を行うことで、自社の労働環境がおかしい、という事を気付きにくくするということが挙げられます。あなたの会社の労働環境は現代日本ではありえないようなひどいものなので、しっかり社員の可処分時間を奪い、情報を集めさせないようにしましょう。

第3ステップ: 文化形成

 ここまでのステップで、あなたの都合の良い人材を集め、教育してきました。今度は集団としての社員を、しっかりコントロールする術を学びましょう。ここで大事になるのは、やはり今まで繰り返し登場した”社員の自己肯定感を低くすることで、思考力と行動力を奪うこと”です。そしてその状態を集団内で保つために”権威”を上手く活用します。

 このステップを越えれば、あなたの目指すブラック企業の完成が見えてきます。ラストスパートです、頑張りましょう!

● 立場をはっきりさせましょう

 権威は相手に影響を与えるための有効なツールです。上手く使えば、善良な市民が嫌がる他人に電気ショックを与えるという状況すら作り出すことができます[13]。これを使わない手はありません。

 <第1ステップ:採用>の<同業種の他社を貶め、自社の良い部分のみを断言しましょう>で出てきた権威付けに必要な要素は”肩書き”、”服装”、”装飾品”でしたね。しかし、それらは第一印象での話です。組織の文化形成においてはもう少し別の工夫が必要です。

基本的なコンセプトとしては、社内にあなたを頂点としたヒエラルキーを作ることです[14]。これは通常の企業や官僚組織でも使われている組織構造です。

 しかしあなたの会社はブラック企業です。そんな生ぬるい施策にとどまりません。あなたはあなたの部下にパワハラ(主に”羞恥心”、”罪悪感”、”学習性無力感”の話です)をしますが、その部下にはさらに下の立場の社員へのパワハラをさせるのです。これであなたがかけた圧力がまんべんなく社内へ広まることになります。

 そのために最も効果的なのは、社員に罰を与える際には、別の社員に罰の実行をさせることです。パワハラが上から下へ流れる構造をきちんと作りましょう。

● 社員に不明瞭な理由で優劣をつけましょう

 社内にヒエラルキー構造を作るためには、社員のだれかを上の立場に引き上げる必要があります。その際の選定基準は極めて不明瞭な理由にするべきです。

 能力や実力主義では、社員個人が力を持ってしまい増長を許す結果になるでしょう。社員の能力が高いのは通常の企業であれば歓迎すべき事ですが、あなたの会社では避けるべき事態です。

 社員の立場はあなたの気分一つで変わることを、しっかり分からせてあげましょう。

● 社員同士の結託を防ぎ、力を持たせないようにしましょう

権威というのは絶対ではありません。いつでも革命を起こされ、その覇権を失うリスクが存在します。

 特にあなたの会社はブラック企業です。そのリスクは通常企業の何倍も高いと考えたほうが良いでしょう。そのため、対策は十分にしておくべきです。

 さて、徒党を組ませると権威に歯向かう[14]、というのはあなたが最も警戒するべき事柄です。”権威への服従”は人間の心に刻まれたものではありますが、”同調”というのもまた、本能に深く根ざしているものです。つまり、ヒエラルキーを無視し、社員同士で結託して、社長であるあなたへ反旗を翻す可能性があるのです。

 それを防ぐためには、密告制度を有効活用しましょう[15]。先述のある国が実施していた捕虜の管理方法は、もし脱獄しようとするものが現れたらすぐに他の捕虜に密告させるというものでした。それにより、捕虜同士の結託を防ぎ、協力して脱獄される等の事態を防いだのです。

 会社の雰囲気は悪くなりますが、安定したブラック企業経営のためには重要なことです。

● 社員を辞めさせるときは、別の社員を使って追い込み、辞めさせた後も、去った社員を悪く言いましょう

 どんなに良い会社であっても辞めてしまう社員は少なからずいます。いわんやブラック企業をや

 その会社を去る人がいる、というのはそれだけでマイナスな情報となります。同僚が沢山転職していったとしたら、不安になるのは人情でしょう。

 しかし、そのマイナスなイメージを打ち消す方法があります。それは「辞めた社員の方が悪かった」と言いふらすことです。それであれば、あなたの会社ではなく辞めた側に問題があるという事になります。そのようなネガティブキャンペーンを有効活用してください。

 また、教育が効きすぎて無気力になった社員や尚も反抗的な社員もいるかもしれません。彼らを追い出して辞めさせるには、<立場をはっきりさせましょう>のセクションで語ったように別の社員を使って彼らを追い込みましょう

 これらの事を実施することで、「辞めた人の方が悪かった」と言いふらす社員や辞めていく人を追い込んだ社員は罪悪感を覚えると同時に優越感も覚えます。すなわち、残された社員は「自分たちは辞めていったやつより優秀であり、いい立場にいる」と思えるのです(もちろん、実際はそんなことありません)。

 そうすることで、社内での結束力が高まることでしょう。前のセクションの<社員同士の結託を防ぎ、力を持たせないようにしましょう>とは少々矛盾するように思えるかもしれません。ですが、この結束力は会社のヒエラルキーに迎合するための結束力であり、ひいてはヒエラルキーの頂点にいるあなたに服従するための結束力です。

おめでとうございます!これであなたが望んだ、ギンギンのブラック企業が完成しました

 いかがでしたか?これらのステップを踏まえることで、あなたの会社には、あなたに都合の良い人材であふれているはずです。

 あなたは会社ないで絶対的な権力者として威勢を振るうことができるようになりました。まあ、当然のことですよね。

 おや?なにやらあなた宛の郵便物が届いたではありませんか。よく見ると昔辞めた根性なしの使えない社員の名前が見えます。どうやらその社員の代理人の弁護士からの手紙のようです。

 「法的処置を検討しています

 程なくして、別の郵便物が届きます。その郵便物も、昔辞めた別の社員の弁護士から……。

 あれ?今度はインターネットに何か書かれています。

 「このブラック企業に要注意!!

 あなたの会社と取引をしていた企業は、クモの子を散らすようにいなくなっています

 むむ?今度は取引を続けてくれた数少ない会社から、支払いを今月中に行うよう要求されました。あなたの会社の評判が悪く倒産するといううわさが流れているようです。誰かが取引先の会社にあなたの会社の悪評を流しているようです

 おかしい……なぜこんなことに。

 この記事はここで一旦終わりますが、あなたの物語は終わりません

 あなたが”教育”した元社員は、まだまだ、たくさんいるのですから……。

注意;この記事はブラック企業を推奨するものではありません

● 本記事の主旨と作成経緯

 今回の記事は、主に学術書や一般書を参考に今までの経験による所感を交えて構成した。本記事がブラック企業側の思考回路を読み解くと同時に、そのような環境を避けたり、そこから離れるのに役に立てば幸いである。

 まず、誤解のないように一言添えておきたいのだが、僕はブラック企業というものが大嫌いだ。ブラック企業の経営者のような、他人の自己肯定感を奪って思うがままにコントロールしようとする人達が嫌いである。

 自身や他人の自由を尊重し、自由の範囲を巡り競合があれば話し合い、そして、その際の交渉において人間関係はすべて対等であるのが望ましい、というのが僕の基本的なスタンスである。そのため、他人を見下し、脅し、けなし、自己肯定感を奪い、思考や行動の自由を奪うというのは僕の方針と真逆にある。

 幸いにも僕自身はブラックといわれる会社や研究室に勤めたことはない。大学で所属した二つの研究室のどちらも、とても良いボスに恵まれた。また、働いていた民間企業においても、就労体系や給与、福利厚生面はとても良い条件だったように思う。

 だが、かつて所属していた会社の上司がブラック企業的なメンタリティを持った人物だった経験があり、辟易としたのを覚えている。前々職の話だ。また、博士課程を修了した後の転職活動において、明らかにブラック企業的思考回路を持った面接官に出会ったこともある。そのときの経験を何とか役立てたいと思い、今回筆をとった次第だ。

 この記事には多くの心理学的テクニックが登場する。これらのテクニックは書籍から引用したものがほとんどである。だが、机上の空論ではない。悪意ある人間が無意識に習得し使っているパターンは少なくない

 特に、本記事で引用した「他人を支配したがる人たち」に描かれているのは、特に心理学を学んでいない人たちが、家族や同僚、友人をコントロールする様子である。僕の体感としても、ブラック企業的メンタリティの人たちは心理学を学んでいないにもかかわらず、無意識にそれらのテクニックを使っているように見える。

 もしあなたが就職活動をしていて、あるいは就業していて、本文のような言動をしてくる会社の経営層や面接官、上司がいたら要注意である。特に”羞恥心を刺激する”と”罪悪感を抱かせる”ような言動には注意してほしい。参考にしていただければ幸いである。

● 本記事の情報についての取り扱い

 書籍と自分の経験を基に本記事を書いたが、僕は心理学の専門家ではない(専門は微生物学である)。そのため、情報の引用が不適切であったり、心理学的知見の解釈を間違っている可能性がある。

 もし今回出てきた心理学の知見を深く知りたい、あるいは自衛のために情報を得たい、という方がいれば、引用元の参考文献にあたることをお勧めする

● もしブラック企業に勤めている人がいたら

 前々職の会社はわりとホワイト企業だったが、上司がブラック企業的メンタリティを持つ人物だった。そのような経験を経ても、何とか僕は深刻なダメージを受ける前に別の道(進学)を選択できた(それでも心療内科には行ったが)。だが、今現在所属している場所から離れることすら考えられない人もいるだろう。先述の通り、僕は臨床心理学や労働法の専門家ではないので、簡単且つ当たり前のアドバイスしかできないが、次の事を実行してみてほしい;

①まずはその場所から物理的に離れる
無断欠勤だろうが何だろうがよい。あなたの健康を最優先にしよう

②しかるべき機関、人に相談する
労働に関する相談を受ける弁護士もいるが、お金がなければ行政にも相談口はある。厚生労働省のページ等を参考にしてほしい。また、心療内科に行くことに抵抗がある人もいるかもしれないが、まったく恥ずかしいことではない。僕も実際に行った。さらに、親でも友達でもあなたの事を本当に大切に思っているであろう人に相談することが望ましい

③決して自分の存在を軽く見ない
自己肯定感を奪おうとする人間からは距離をとろう

 この記事で見てきた通り、他人の自己肯定感を低くさせ、思考力を奪う方法はいくらでもある。どんなにメンタルが強い人間でも、これらの方法を実行されたら心が折れてしまうだろう。

 逆説的ではあるが、それゆえに、このような方法により自分の価値が低いと感じさせられたとしても、それは真ではない。まずは一度落ち着いて、その環境から無理にでも離れてほしい。これからどうするか、冷静に行動できるようになるまで、考える時間を作るのが先決である。

 ひとつの参考になれば幸いだ。

● 経営者について

 蛇足かもしれないが、今回私が批判対象としたのはブラック企業の経営者であるが、経営者という役職自体には敬意を払っている。会社を経営している方の中には本当に立派な方が多くいる。本文中に出てくる「会社を立ち上げ、切り盛りしている」という部分に関しては誰にでも簡単にできることではないし、誇りにして然るべきものだと思う。

 ただし、本文中のように、それを理由に"社員より偉い"とか、"社員の権利を好きにしてよい"と考えるのは断じて間違っている

 皆で平和でフェアな社会を実現できることを願う。

備考

※1. 経営者と労働者の関係は雇用契約において明記されているもの以上の何ものでも無い。そして、法律を破った働き方や契約は、当然ながら違法である。

※2. それは誰にも与えられていない有り得ない権利である。

参考文献

※同じ文献を複数回引用したものについては、二度目以降の引用の際の表記を簡略化し書名とページの情報のみを記載した。

1. ジョージ・サイモン著, 秋山勝訳「他人を支配したがる人たち 身近にいる「マニピュレータ」の脅威」草思社文庫. 草思社. p.163

2. 公益社団法人 日本心理学会HP「なぜ悪いうわさは広まりやすいのでしょう?」
https://psych.or.jp/interest/ff-13/

3. Eder, D.,& Enke, J. L.(1991). The structure of gossip: Opportunities and constraints on collective expression among adolescents. American Sociological Review, 56(4),494-508.

4. ロバート・B・チャルディーニ著, 岩田佳代子訳「影響力の正体 説得の正体を心理学が暴く」SB Creative. SB クリエイティブ株式会社. p.336

5. 「影響力の正体」p.313

6. 「他人を支配したがる人たち」p.172

7. 「影響力の正体」p.248

8. 「他人を支配したがる人たち」p.180

9. 「影響力の正体」p.111

10. 鹿取廣人, 杉本敏夫, 鳥居修晃, 河内十郎 編「心理学 第5版補訂版」東京大学出版会. p.71

11. 鈴木祐「科学的な適職」クロスメディア・パブリッシング. p.104

12. 「科学的な適職」p.158

13. スタンレー・ミルグラム著, 山形浩生訳「服従の心理」河出文庫. 河出書房新社

14. 「服従の心理」p.176

15. 「影響力の正体」p.104


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