半導体と恋バナ【「2030半導体の地政学」レビュー】
流行りものとキュンと女子会
流行り物はあまり好きでない。
一世風靡した作品は、なぜか敬遠してしまう。
そして流行が過ぎてしばらく経った後に見返して、めちゃくちゃ面白いと膝を叩く。
だか、時すでに遅し。
世間の関心は既に別のところにある。
飲み会の場で一人、古い話題を延々と喋り周囲をうんざりさせることになる。
ちなみに、2016年に放送され流行した『逃げるは恥だが役に立つ』を2023年に視聴する今日この頃である。
きゅんきゅんするのだが、この気持ちをどこにぶつければ良いのか、誰か教えて欲しい。
(そういえば2008年放送の『とらドラ!』も最近一気見した。やはり、きゅんきゅんするするも、飲み会の話題にはいささか古すぎる)
昔読んだ小説の登場人物が、死後三十年を経ていない作家の本は手に取らない、と言っていた。僕も「時の洗礼を受けていないものを読んで貴重な時間を無駄に費やしたくないんだ。人生は短い」[1]とマティーニを片手に嘯くべきだろうか?ステアせずに、シェイクで(※1)。
とはいえ、ムラカミイズムを身につけたところで、きゅんきゅんやるかたない事には違いない。ハードボイルドはロマンスに勝てないし、飲み会の話題に困ることには変わりない。それに僕は流行していない作品であれば、直近の作品を見ることだって多い。マティーニが似合う男には程遠い。
どうやら、きゅんきゅんを適切に処理する為には流りものを毛嫌いせず、適切に時流に乗ることが肝心らしい。ミーハーといえば聞こえは悪いが、トレンドに敏感といえば、ナウでヤングな21世紀型の人材という気がする。
つまり、流行りに乗り、適宜きゅんきゅんし、飲み会で盛り上がれば良いのである。ほぼ女子会である(※2)。女子会を舐めるな、と怒られそうだが、とにかくまずは流行りものにのっかるのが良い。
そうと決まれば、流行りの本でも買いにいこうではないか。僕は意気揚々と東京駅近くの丸善に向かった。長机二脚分程度の広さにビッチリと同じ本が大量にディスプレイしてあった。バリバリ存命中の作家が最近書いた本である。ちょうどよい、これで行こう、と僕はその本を手に取った。
そんなわけで、今日はこの本についての感想戦である。流行りに乗り、適宜描写にきゅんきゅんし、飲み会で盛り上がるが如く、この記事を書いて行こうと思う。つまりは、この記事は実質、女子会の恋バナであるということである。
では、本題に入ろう。
その本のタイトルは次のようなモノであった。
2030半導体の地政学
……ではこの本できゅんきゅんしていこうと思う。
えっ?どこにきゅんポイントがあるかって?
そんなことは僕が知りたい。
本屋の入り口にやたら目立つ平積みで置かれた本がこれだったのだ(※3)。とりあえず流行しているという要件は満たしている。あとはこれにきゅん要素を足せば目的は達成だ。本末転倒な気がするが、些事は無視していこう。
とはいえ、この本は日経の新聞記者の方が書いた半導体のサプライチェーンとそれに伴う地政学的勢力図の変遷を解説したものであり、いささか、きゅん要素に乏しい事は認めざるを得ない。
そこで、この本で説明されていた半導体を介した勢力の奪い合いを、女子高生の会話風に紹介していこうと思う。登場してもらうのはユイちゃんとマキちゃんである。高2だ。女子高生は恋バナを好む傾向にある(すくなくとも三十過ぎのくたびれた男である僕よりは)。これできゅん要素を少なからず補填できそうである。
何を言っているか分からないと思うが、僕も引き返せないところまで来ているのだ(そして、引き返せるなら引き返したい)。
では、彼女らにご登場頂いて、半導体とそのサプライチェーンに関する恋バナをしていただこうではないか。
春風舞い込む教室で
マキ:「ユイー、おーい、ユイー」
ユイ:「あ、マキちゃん。どうしたの」
マキ:「どうしたの、じゃないよ。もう放課後のホームルームも終わったのにずっと寝てるから」
ユイ:「ほんとだ……みんないないね」
マキ:「ユイってほんと、手がかかるっていうか」
ユイ:「ごめんごめん」
マキ:「まったく……」
ユイ:「やっぱ、あたしマキちゃんがいないとダメダメだね。マキちゃんって運動も勉強もできて、美人だし、あたしとは全然違うよ」
マキ:「うっ……」
ユイ:「どうしたの?顔ちょっと赤くなってるよ」
マキ:「な……何でもない!」
ユイに表情を見られないように、マキは開けっ放しの教室の窓の方へ向かう。ユイに聞こえないようにひとりごちた。
マキ:「ふう、ユイって下心とかなく、あんなこと言うからなぁ……」
春風に少しふかれて落ち着いたところでユイの方を振り返る。
マキ:「ユイは今日は予定ないの?一緒帰る?」
ユイは口元を微笑ませつつも、目を伏せた。
ユイ:「ん……まあ、親がね」
それだけ言って、口を閉ざした。その様子は、人間関係に境界を引いているように見えた。マキはユイの家庭の事情はほとんど知らない。そのことに少し寂しさを感じつつ、一歩引く。
マキ:「そ。まあ、なんかあったら話してよね」
人間関係には適切な距離感が必要だ。それはその関係を大事にしていないという事ではない。その距離感が、時に救いになることもある。そう思って一歩引く。
だけど、何かあったら一足飛びでそっちに行けるように。マキは心の中でひそかに誓っていた。この危なっかしい友人を放っておくことはできない。
ユイはマキの心を知ってか知らずか、ニコッと微笑みかけた。マキはまた顔が赤くなっていないか心配になる。
どうやらユイはしばらく教室に残るようだ。マキはユイと一緒にいる口実として、ぽつぽつ世間話をすることにした。
マキ:「そういえばさ、A組(アメリカ)の学級委員長のバイデン君がさ、ホームルームでめっちゃ息巻いてた話知ってる?」
ユイ:「知らないなあ。バイデン君って結構イケメンの人だよね?」
マキ:「そうそう、アメフト部のエースで、結構頭いいみたいだね」
ユイ:「うーん、完璧すぎる男の人、ちょっと苦手だなあ」
マキ:「なんでよ、人気だよ?」
ユイ:「優しい人の方がいいじゃん」
マキ:「……ユイの好みは置いといて」
ユイ:「ひどい!」
マキ:「そのバイデン君がさ、『半導体こそ現代のインフラだー』って騒いでるんだよ」
ユイ:「そうなの?テンション高いね」
マキ:「で、T組(台湾)のTSMC君をA組に呼びたいって言ってきかないんだよね」
ユイの表情が華やいだ。
ユイ:「TSMC君!」
マキ:「え、ユイTSMC君のこと知ってるの?言ったらなんだけど結構地味な子だよ」
ユイ:「あの半導体工作部の手先が器用な子でしょ!この前、なにかの委員会で少し話したんだけど、朴訥としてるけど結構優しかったよ!」
マキ:「……」
ユイ:「でも、なんでバイデン君がTSMC君を呼びたがってるの?あんまり接点なさそうだけど」
マキ:「A組って結構、半導体技術が強くってさ。それに半導体を使う側のGoogle君とかApple君とかいるじゃん?」
ユイ:「ああ、GAFAの人たち?なんか『花より男子』のF4みたいでいけ好かないよね」
マキ:「ユイ、結構イケイケの男子に厳しいね……まあ、とにかく、A組は半導体を設計する人も使う人もいるんだけど、作る人だけが足りないんだよね」
ユイ:「それでTSMC君を呼ぶの?でもわざわざA組に呼ばなくても、TSMC君は頼まれれば半導体作ってくれるんでしょ?あんまり今までと変わらない気がするんだけど」
マキ:「A組の中で半導体を独占したいんでしょ。ほら、A組ってC組(中国)とバチバチじゃん」
ユイ:「ああ、確かに。A組の前の学級委員長のトランプ君って、C組のファーウェイ君にめちゃくちゃ当たり厳しかったもんね」
マキ:「そうそう、ファーウェイ君がスパイじみた事してるーって騒いでさ。『C組には絶対にA組が作った半導体の部品とか技術とかを渡さない』って」
ユイ:「こわあ。でも、そういえば、トランプ君がA組から技術とか部品とかを流さないようにしても、結構ファーウェイ君元気だったよね?なんでだったんだろ?」
マキ:「実はC組ってT組(台湾)の、特にTSMC君から半導体の部品貰ってたんだよ」
ユイ:「なるほど」
マキ:「でも、それをトランプ君が知って、怒っちゃってさ。T組の人達を脅して、C組へは何も渡さないようにさせたんだよね」
ユイ:「武闘派すぎるでしょ。ヤ〇ザじゃん」
マキ:「もともとTSMC君をA組に呼ぶっていうのもトランプ君が言い出したことだしねえ」
ユイ:「でも、マキちゃんは地味って言ってたけど、TSMC君って結構引っ張りだこなんだね」
マキ:「そうだね。やっぱ、半導体作れる人が他にあんまりいないからね」
ユイ:「そうなの?」
マキ:「昔はうちのクラスが結構いい感じだったじゃん?でも、なんか実際にモノ作るのってちょっとダサい、みたいな空気が流れてさ、どんどん人に押し付けようってなったんだよね」
ユイ:「確かに半導体を作る人ってあんまりクラスで見なくなったね」
マキ:「実際にモノ作るより、設計して人に任せた方が簡単でお金にもなるからね。昔はA組とかにも結構半導体作る人いたんだけど、その人たちも止めちゃったね」
ユイ:「……」
マキ:「でも今はちゃんとモノを作れる人がいなくなっちゃって、ずっと人から押し付けられていたTSMC君しかちゃんとした半導体作れなくなっちゃったんだよ」
ユイ:「やっぱりTSMC君って優しいんだね」
マキ:「いいとこだけ切り取るね」
ユイ:「うちのクラスにも来てくれるといいな……」
マキ:「いや、うちのクラスには来ないんじゃない?だって誰も交渉になんて……」
マキはそう言いかけて、口をつぐんだ。あれ、さっきユイが何か言っていたような……。
ユイはかわいらしい仕草でマキを見る。
ユイ:「ほら、この前、なにかの委員会でTSMC君と話したって言ったでしょ?その時にうちのJ組(日本)にも来てくれるように頼んだんだよ」
マキ:「ユイ……あんた、ほんと、油断ならないね……」
危なっかしい友人の、強かな一面を見て、マキは苦笑する。もしかしたら、案外助けられているのはこちらかもしれない。人間関係って一面だけじゃわからない。
少し強い春風が教室に吹いて、彼女らの頬をなでていく。
謝罪
この記事は「2030半導体の地政学」[2]という半導体のサプライチェーンにまつわる、極めて逼迫した現状を伝えた本のレビューである。……であるのだが、かなりふざけすぎてしまったきらいがあるのは認めざるを得ない。まず謝りたい。ごめんなさい。
本書[2]は、刻々と変化する昨今の地政学的情勢と連動した半導体のサプライチェーンの奪い合いを解説した優れたドキュメンタリーである。そして、それだけでなく、誤解を恐れず言えば、非常に良質なエンターテイメントのような、エキサイティングさを兼ね備えている。
この本の魅力を少しでも伝えたいと思い筆をとった次第だが、上手いこと伝わったかは分からない。恋バナ以外の切り口がまったく思いつかなかったのでこのような構成になった。やはり謝りたい。ごめんなさい。
また、ガチな謝罪としては、この記事は(必要かどうかもわからない恋バナ構成のせいで)正確性を欠いている部分がある。そのため、必要な場合は適宜、原著にあたって頂ければ幸いである。ごめんなさい。
備考
※1. ノルウェーの森の永沢さんがマティーニを嗜むシーンなど、おそらくはなかったと思う。「ステアせず…」は言うまでもなく、007のジェームズ・ボンドの台詞。僕のハードボイルドの概念と記憶力がいかにいい加減かが分かる。
※2. 僕は女子会というものの実態を知らない。なぜなら僕が連れ立って飲みに出かけるのは妻を除けば、ほぼ男であるからだ。男同士で女子会を行うのは原理上不可能である。しかし、汚い男同士でもきゅんきゅんする権利はあると主張したい。
※3. 丸の内という立地に構えられた本屋で推されているのは、エリートビジネスマン向けの書籍だという事がよくわかった。土地と文化のつながりを実感した次第である。
参考文献
1.村上春樹「ノルウェーの森」講談社
2.太田泰彦「2030半導体の地政学」日本経済新聞出版
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