2020 4.23 京都 / BO GUMBOS ダイナマイトに火をつけろ
昨日撮った写真です。
京都のお伊勢さんに行ってきました。
前回の京都も同じ神社に訪れましたね、そういえば。
何気にまた訪れたくなったもので、京都に行く予定はしていたのですが、そもそもその神社には行くつもりはなかったんだけれども、電車に乗ったら急に神社に行ってみたくなった。
京阪三条で下車して地下鉄乗って蹴上まで。
地下鉄って高いですよね。
1区間230円ですよ。
なんたらウイルスの影響で収入が途絶えているのにあまりお金を使いたくないものだ。
京阪三条から歩けばよかったのだけれども、こないだ行った京都の時も同じコースだったので今日は時間の節約も兼ねて地下鉄を利用した。
先日ここの神社を訪れた時はとても調子が悪かった。
なんしか体が重くダルく、所々で休憩しながら神社に行ったのを覚えている。
だいたいここの神社に来る時って調子が悪くなるんよね。
しかし昨日はとても清々しい気持ちで神社を訪れることができた。
ひょっとして今までは神様に受け入れられてなかったのだろうか。
ここ最近前向きな生活を送っているし、できるだけネガティブな内容のものは避けているので気持ちも穏やかだったし。
そういった行いがよかったのかもしれない。
やっぱり神社に来るとなんか落ち着くなぁ。
大体自分の撮影というのはお散歩写真なので行き当たりばったりです。
大まかな撮影コースは事前に多少が考えているのだけれども、ほとんどの場合が行き当たりばったりで、歩いている間に神社があるとだいたい手を合わせることにしている。
以前は願い事などをしていたけど叶ったことがないので、最近は手を合わせる時に「ありがとう」心の中で言うだけである。
大体こういうのって自分に対しての願い事をするより、 自分以外の人へのお願いをする方が効果があるのではないんだろうか。
自分以外の人へのお願いが自分に返ってくるとゆうか。
昨日はそんなことを思った次第です。
次に手を合わせる時は自分以外の人への願いをすることにした。
考えてみると自分はずっと一人なので 人や物への感謝というものが希薄なのだなぁ。
だからいつも自分のことばかり考えているのだけれども。
いつも一人だから 特に誰かに迷惑をかけるわけでもないし。
そうそう、昨日はいろいろ考えた。
そういえば何年もお墓参り行ってなかった。
明日くらいにはお墓参りでも行こうか。
母親のお墓のある霊園は生駒のとても辺鄙なとこにあって、通常の交通機関ではいけないのだ。
霊園が準備しているマイクロバスが定期的に出ているんだけれども、 自分は車がないので霊園に行くときはマイクロバスに乗って行くことになるのだけれども。
最近のなんたらウイルスの影響でマイクロバスが止まっていたらどうしよう。
その可能性もあるし。
後で調べてみよう。
霊園のどの場所に母親のお墓があるのかも忘れてしまった。
最後に行ったのはいつだったっけ。
ひょっとして10年前か?
確かあの時、霊園に行った時に使ったカメラはカシオのデジタルカメラだった。
発売されてそれほど間のないうちに中古で売られてたものだったから、このデジカメの ¥発売日を調べたら、おおよその時期がわかる。
で調べてみたら2012年の2013年の9月。
自分が買ったのは冬だったので2014年に購入したカメラだと思う。
ということは2014年に墓参りに行ったきりだ。
6年も行ってなかったのか。
そりゃ、バチが当たるわ。
ここ最近山に登ろうと思うと雨が降ったりして、なかなか登れなかったのは亡くなった怒っているからだろうか。
山っていうのは地元の交野山のことだ。
交野山の裏手は 生駒だしなぁ。
やっぱり墓参りとか先祖供養って大切だなぁ。
なんかここ数年、色々と自分のことにかかまけてて母親の墓参りのことも忘れてたし、前回の墓参りから6年も経ってること思うと、この6年間何をしていたのか、と自問自答してしまう。
霊園までのマイクロバスが出てなかったら、とりあえず山に登って生駒山方面に向かって手だけでも合わせたい。
ほんと親孝行もできなかったし、親不孝な息子だ。
墓参りするくらいのことを忘れるくらいだから、そりゃ自分の感情も希薄になるわけで、フラフラと街をほっつき歩いて写真ばかり撮るよりも大切なことってあるなぁ。
昨日の京都は本当に人が少なかったなぁ。
蹴上のある神社をあとにして、地下鉄に乗って今出川に向かった。
今出川で下車して北野天満宮まで歩いた。
しかし、北野天満宮は午後3時で閉門。
自分が北の天満宮に着いたのは午後3時30分頃。
閉門時間が早くなったのはなんたらウィルスの影響です。
で、北野天満宮の近くにある平野神社に行ったらここは開いてたので、平野神社で手を合わせた。
平野神社は大好きな神社でここの神社に庭があるのだ。
花が植えられていて、自分はここの庭で写真が撮るのが好きなので、昨日はなんていう花かしらないけども赤い桜みたいな花を撮った。
ここの神社の桜も見事なんよな。
桜の季節は露店も出るのだけども、今年の桜の季節はおそらく露店も自粛したんだろうな。
桜の木がある場所に露店が出ていた形跡もなかったし。
飲んで、騒いでの花見を楽しみにしてる人は残念だったとおもうけども、おかげで自分は穏やかに桜の見物ができた。
自分は咲き乱れる桜の木の下を陣取って、飲んで騒いでる花見客は好きではないので、今年はなんたらウィルスのおかげで、そういう花見客にあまり遭遇しなかったので、穏やかに桜を見物することができたけども。
平野神社から歩いて三条方面に向かう途中に、にっかつのロマンポルノを上映してる映画館がある。
北野天満宮に行った帰り道はいつもここの映画館に行って映画館の外観の写真を撮るのが習慣になってるのだけども、昨日はここの映画館はなんたらウィルスの影響でやってなかった。
ポスターさえも貼ってない状況で、ポルノ映画を上映してる映画館には見えなかった。
ここの映画館のすぐ前が住宅で、とても教育に良い環境でもある。
他に京都の五条あたりにも小さなポルノ映画館があったと思う。
ここも風情のある京都の町並みの中にある映画館だった。
最近ここの映画館も見てないので、今度京都に行った時はここの映画館の写真も撮っておこう。
三条に着いて新京極商店街を歩いたのだけども、夕方にも関わらず、ほとんどの店が閉まっていて閑散としていた。
こんな商店街を見るのも初めて。
そして錦市場にも行って見たが、ここもシャッター通り商店街になってしまっていた。
つい数ヶ月前はここの市場には観光客で溢れかえっていて、通行もままならない状態だったのに。
四条通りも車が少ないし、ほとんどの店も閉まってるし異様な光景でした。
こんな京都を見るのは初めて。
そのついでに祇園にも行ってみた。
ガラガラですわ。
どこかの飲み屋の兄ちゃんとホステスらしき女性が立ち話していた。
会話が聞こえてきた。
兄ちゃんが「今日はあそこの〇〇も閉めてしまったわぁ。」
ホステス「えー、マジかぁ?」
ホステスが少し間を置いて「がんばらなあかんわ」。
何気ないサラッと交わされた会話だったけども、とても濃密な意味を含んでるように感じた。
どこも大変なんだなぁ。
最近、街歩きしてると所々で閉店した店を見かけるようになった。
たぶんそういう店って、カスカスな状態で店を回してたんだろうな。
それとか以前から店を畳みたい思ってた経営者が、今回のなんたらウィルルスをきっかけに店を畳むきっかけになったとか。
自粛の要請がある今の時期でも店を開けてるところもちらほら。
客なんてほとんど来ない状況でも、開けないとどうしようもない状況なのだろうな。
飲食店なんかは仕入れた食品を消費してしまわないといけないし、とりあえず店を開けるわなぁ。
最近はこんな時期でも開店してるパチンコ屋が叩かれてるが、力のないパチンコ屋は死活問題だし・・・
この時期に街を歩いてるといろんなものが見えて来る。
京都、大阪の街を歩いても閑散としてるし、街歩き程度ならウィルスに感染するリスクも少ないだろう。
むしろ近所のスーパーのほうが怖いよな。
写真を撮る身としては、今のこの時期だからこそ撮らないといけないような気もするし。
写真家って言われる人って、今のこの時期でもたくさん撮ってると思うよ。
なんたらウィルスが終息後には、なんたらウィルスの影響で閑散とした街や日常の風景をとらえた写真集とか出版されるんだろうな。
東北の震災の時と同じように出版業界は一時的に活性化するんだろうけども。
自分はこういう社会性を帯びたドキュメンタリー系の写真集ってあまり見ないので、しれーっと見ずに通り過ぎるけども。
なぜなら、すでに写真集を見るほどでもなく、snsを通じてで多くの事を知ってしまっているからだ。
一般人がsnsに投稿する一枚の日常の中の非日常のほうが、とてもインパクトがあるのだな。
東北の震災の時もそうだった。
ま、いろいろあるけども、祇園のホステスらしき女性が言っていたように、がんばらなあかんのだな。
正直なところ、頑張っても仕方がないので、身を委ねるしかないけどもな。
こんな時期だからか、この曲が聞きたくなった。
ボ・ガンボス。
「ダイナマイトに火をつけろ」
このライブの演奏は最高ですわ。