【小説】ぼくたちのこれから

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「そろそろ来る頃だと思ったよ」
 まるで僕が池袋に来ることを予見していたかのように話しかけてきた白髪の老人。僕は彼の事を知らない。
 そもそも外出自粛が言われる中なんで池袋に出てきたかというと、依頼された小説のネタ探しのためだ。快諾したものの何も浮かばず、締め切りが近い事もあって焦っていた。
 西武口を出て南池袋方面からぶらぶら歩いた。きれいになった公園や新しい文化施設などを見て回った。池袋は僕にとって一番身近な都市だ。家族との買い物も初デートも池袋だった。そんな池袋は再開発で大きく生まれ変わった。きれいになったのは良いのだが、僕は昔のどこか垢抜けない池袋が好きだった。
 老人と出会ったのは散歩の終着点に選んだ中池袋公園だった。急に雲が晴れて強い日差しが僕の目を襲った。気がつくと誰もいない中池袋公園に僕と老人だけがいた。
「腰掛けて話そう。私もすっかり老いてしまってね」
 僕は困惑していたが促されるままベンチに腰掛けた。彼はしばらく僕の顔を懐かしそうに見つめていた。「何がなんだか解らないだろうけど」と前置きをして彼は語り始めた。誰もいない池袋で奇妙な対談が始まった。

 ─状況がつかめていないのですが、ここはどこで、あなたは誰なんですか
「君が今いるのは二〇五〇年の池袋。中池袋公園だよ。私は八十一歳の君だ」
 ─普通そんなこと信じられると思いますか。
「まあ信じなくてもいい。ただ君が今日来るのは分かっていた。というか私が呼んだ。君と話がしたかったからね」
 ─からかわれている気がする…。じゃあ折角なので聞きますけど来年二〇二一年にオリンピックは開催されますか?
「そういう事には答えられない。それはルール違反だからね。それにそんな話はつまらない」
 ─なるほど。じゃあザックリと未来はどうなっていますか
「君、つまり私が想像した通りの未来になってる。先見の明があったな」
 ─ありがとうございます。ところでこうして敬語で話すのもなんとなく不思議な感じですね。
「自分と話しているんだもんな。自分自身とはいえ年上に敬意を示す姿勢は良いのではないか」
 ─恐縮です。
「話を戻そう。私が想像した通り人間は他人を怖がるようになった。アフターコロナでもその感覚は残ったね。リモートワークは進歩し人と直接会うことは敬遠されるようになった。健康志向が強くなり、酒の飲み方まで医者に細かく指導されている。深夜営業の店も減った。辛い事もあった。コロナで疎遠になった親友は四三歳の時事故で死んだよ。誰とは言わないよ。とにかく悲しかった。もう一度しこたま飲んで朝までバカ話をしたかった」
 ─そんな未来が待っているのかと思うと絶望します。
「間違えないで欲しい。目の前の私は君の可能性の束のうちの一つでしかない。この池袋は君たちの可能性の一つ。なので私は君であって君ではない。いずれ君が過去に語りかける事が同じとは限らない。君次第という事だね」
 ─頭が混乱します。僕はどうすれば良いのですか。
「思うように生きるといい。私もそのようにしてきた。ただ私は戦う事はしなかった。音楽はやめてしまった。演奏する場所が無くなってしまったからね。それでもただのらりくらりやってきた。さて君はどうする?戦うのか。戦って欲しい気もする。勝手な言い分だけどね。さてそろそろお別れの時間だ」
 ─最後に一つ。私は幸せでしたか。
「もちろん幸せだよ。幸せとはそういうものだ。君は私と違う道を辿っても幸せになれるよ。他の誰でもない私が保障する」

【掲載データ】

ワンコインランチ東京 池袋vol.27
https://onecoinlunch.shopselect.net/items/376087

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