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高校の卒業式で放送室をジャックした話(実話)

今から10数年前、18歳の可愛い青年であった私は兵庫県にあるスポーツで有名なT高校を卒業した。数ある思い出の中でも強く記憶に残るのは卒業式での思い出だ。

合格したらケータイを買ってあげるよ。という甘い香りに誘われた身長146cm、小6のカブトムシは私立中学を受験した。
T中学校に合格し6年間この学校へと通うことが決まった。新設校の中高一貫クラスで私たちは1期生として入学した。1クラス30人。12歳から18歳までの6年間、毎日この30人で顔を合わせていた。
6年間もたった30人の1つのコミュニティに所属すると、【もしも世界が100人の村だったら】に引けを取らない個性の強い30人が6年の歳月を経て誕生した。ここで紹介したい友人もたくさんいるが、それはまた後日書こうと思う。

T中学入学から3年が経ち、T高校へエスカレーター式で進学した。勉強が大嫌いの私からすると高校受験が無いということは、とてつもなくラッキーであった。1つ大きく変わったことは、中学までは2組しかなかったクラスが、8組にまで増えたことだ。
その8組の中でも異質な存在のクラスがある。
それはCコースと呼ばれるスポーツなどの部活に特化したクラスだ。彼らは地元の中学でスポーツにおいて名をあげた猛者共の集まりだ。モテる。
私は嫉妬した。
やはりスポーツクラスというだけあって野球部やサッカー部など目立つ存在が多い。
クソぅ!なぜ高校ではスポーツクラスがモテるのか!ただの爽やかに汗を流す筋肉質で引き締まった身体のイケメンじゃないか!
嘆いても仕方がなかった。
女の子は野球部とサッカー部が大好物なのだ。男の子にとっての唐揚げやハンバーグと同じ。どんな巧みな言葉でこっちのほうが美味しいよと説明したとしても、DNAが美味そうと判断するのだ。

しかし1つだけ優位に思っていたことがある。
Cコースのほとんどの男子が下宿をしていたのだ。社会は学校の中だけではない。彼らの知らない世界。遊び。刺激を私は知っていた。負けていない。毛先だって遊ばせている。制服の着崩し方も完璧なはずだ。


そんな事はどうでもいいのだ。

卒業式をジャックした話になぜCコースへの嫉妬がこんなにも溢れでてくるのか、、、、これはとても重要になってくる。全てはそこから始まった。

卒業式でもCコースの伝統というものが存在する。
それは担任の先生を卒業式で胴上げするという素晴らしい儀式だ。
『そんなの、君たちのクラスでもすればいいんじゃない?』こんな声が聞こえてきそうだが、そうもいかないのだ。
胴上げというのは1人ではどうしてもできない。お受験コースの引っ込み思案な中高一貫コースでは、数百人の前で胴上げをするほどの勇気も腕力も持ち合わせていないのだ。
Cコースは違う。胴上げなど朝飯前どころか前日の夜食前である。そう。説明した通り猛者共の集まりなのだ。簡単に胴上げなどこなす。
何か違う方法で私の卒業を華やかで晴れやかにしなければ、この6年間に及ぶT中学高等学校の学園生活を終える事ができない。

そこで私は思いついてしまったのだ。

卒業式をジャックしてしまおうではないか。と

思いついた瞬間、私の身体の穴という穴から水分がじんわりと出た。

まず私は学園祭で親友となった宮ちゃんに声をかけた。
宮ちゃんとの出会いは高3の学園祭だったと思う。
有志枠でライオンキングのミュージカルをした際に、とても気が合ったのが宮ちゃんなのだ。学園祭以降は私の家に泊まりに来るほどの仲になった。このミュージカルの話もしたいが、卒業式の話とは関係がないので後日しようと思う。
私はシンバ役で彼はムファサ役だった。以下宮ちゃんはムファサと呼ぶ事にする。

ムファサはとても魅力を持った生徒だった。T高校の生徒会長でもあった。
ムファサに卒業式をジャックしようと話を持ちかけると、ムファサは黙って右手を私に差し出した。シンバ役をした私には、大きくて温かい父の温もりに感じた。

そこから私とムファサは何度も何度もミーティングを重ねた。

「卒業式で、校長の長い話の間に段幕を下ろしマイクジャックしてしまおうぜ!」

若い私達は浅はかな考えを進めていく。

「卒業式は保護者の方にも迷惑がかかる。一生に一度の子供の卒業式だし。」


なんという優しい青年だろう。この短時間のミーティングの間に2匹のライオンは確実に大人へと成長している。

結局、卒業式が無事終了した後に放送室をジャックし、最後の放送を私とムファサの2人でやり遂げようと決まった。
これが2学期の終わりだった。

高校3年生は3学期に授業がないため、学校に通うのは卒業式の練習ぐらいだ。卒業式の練習が終わった日の放課後、下準備に入った。まずは放送室のカギを手に入れなければならない。元生徒会長でもあるムファサは職員室へと足を運んだ。ここで私がついていくと教師たちから不審がられてしまう。

「失礼します。」

元生徒会長という肩書は高校生活において教員たちからの最強の信頼を獲得することができる。

「放送室に忘れ物があるのでカギをもらいに来ました。」

生徒会が放送室を使っていたこともあり、いとも簡単に放送室のカギを手に入れた私たちは、急いで最寄り駅へと向かった。合鍵を作るためだ。20分ほどで合鍵は完成した。

合鍵を握りしめて私とムファサは喜びを噛み締め、少しだけ踊った。

職員室を出てから1時間程経過している。生徒会長といえど流石に怪しまれてしまう。私達は急いで学校へと戻り職員室にカギを返した。

カギが手に入った私達にはまだ考えなければならない問題があった。放送室は2階にあるのだ。
放送室をジャックした後に最後の放送をしている間、必ず教師たちは放送室の扉の前を占拠するはずだ。
つまり入る時は扉から。出る時は窓から逃げるしかないのだ。
すぐに対処法は思いついた。私達は2人の元気な男の子であり2匹のライオンの親子だ。窓にロープを括り付け、消防士のようにスルスルと降りるという計画になった。ロープは生徒会室の倉庫にある。私が生徒会長という肩書きに感謝したのはこの日が初めてだった。


〜放送室ジャック当日〜


何食わぬ顔で卒業式を終えた私たちは別々の自分のクラスへと別れた。
そしてクラスへ入ると担任が名前の順に最後の点呼と共に卒業証書を生徒に渡していく。
感動的な時間だ。
この後みんなはお互いの卒業アルバムにメッセージを書きあうのだろう。
そんな事を考えていると私の名前も呼ばれた。

「シンバ」

担任から卒業証書を受け取り熱く長い握手を交わした。
席に戻り携帯を開くとムファサからメールが入っていた。
(卒業証書授与完了)

メールに私は鼓動が高鳴った。
大事件を起こした後、卒業させてもらえない可能性を消すため、卒業証書が私達の手元に渡った時点で生徒会室に走るという約束だったのだ。

すぐに立ち上がり、私は教室を飛び出した。
事前に私の計画を知っている友人たちは目線で「頑張ってこい友よ」と言っているかのようだった。
これが青春なのだ。


私は走った。


6年間見慣れた廊下や各教室、中庭の見える窓も壁もないオープンな廊下も。

涙が溢れた。


決して立ち止まらず、ただ前に



生徒会室に到着すると、ムファサがロープと荷物を担いで待っていた。震えそうになる膝を殴り、冷静になれと自分達に言い聞かせた。

「行こか」

ほぼ同時に出た言葉だった。

2匹のライオンは生徒会室を飛び出し、2階の放送室へと一直線に走った。放送室の向かいは職員室。震える手でムファサがカギを開けた。

放送室は外に音が漏れないよう、防音設備が整っており、2重扉だ。1つ目の扉と2つ目の扉の間に素早くドラムセットを押し込む。ドラムセットがある事は事前に把握済みだ。
これで教師たちがマスターキーを使ったとしても少しの時間は稼ぐことができる。
2つ目の扉を閉めた後、窓を開けロープを括り付けてカーテンを閉めた。ロープは部屋の内側で蛇のようにうずくまり心配そうに震えていた。

「どっちからいく?」
ムファサは私に言った。

「ムファサからお願い」
シンバはムファサに言った。

怖気付きそうな私をよそにムファサはマイクをONにし、熱く語り始めた。

「Lコースのムファサです。最後の放送を始めます。
3年間みんなお疲れ様!先生たちありがとう!会えなくなっても俺は君たちの事を絶対に忘れない。ほんまにありがとう。」

そして私の番が来た。

「中高一貫コースのシンバです。先生。何度反発しても、見捨てないでくれてありがとう。そして6年間共に過ごしたみんな。出会ってくれてありがとう。これで最後の放送を終わります。」

マイクの音量を下げ、最後はOFFにした。

正直「」の中の言葉は覚えていない。でも伝えたい事なんてこんな事しかなかったと思う。

ここで2匹のライオンは拍子抜けしてしまう。
それは自分達が何度もしたシミュレーションでは、放送中に教師たちが放送室に乗り込んでくるはずだったからだ。
開けなさい!ドンドンドン!開けなさい!
という音が全く聞こえてこなかった。
放送中に、教師の「開けなさい!ドンドンドン!」をマイクが拾い、全教室のスピーカーから流れるというドラマチックな展開を予想していたからだ。

ぽかんとした私たちは窓ではなく、2重扉の方へと歩みを進めた。
ドラムセットを動かし、私はシーっと唇に人差し指をあてながら厚く重たい扉を開けた。
そこには6人ほどの屈強な教師がFBI捜査官の如く仁王立ちしていた。

ビクッッッ!!!!

1秒も無かっただろう。扉を勢いよく閉めた。
小さな頃から遊びの天才と呼ばれた私には充分過ぎる反射神経が備わっていたのだ。
呼吸と心拍が上がっていくのはお互いに言葉を交わさずとも分かった。
ドラムセットを戻し、シミュレーション通り窓に向かった。

シャッ!

カーテンを開けると中庭が広がっている。震えていたロープを勢いよく外に放り投げる。
投げられたロープはとても勇ましい表情をしている。
最高だ。

放送室の窓の真下には花壇の土がある。
垂れたロープが優しく花壇にキスをした。
何もかもが整った。
まずは私から脱出する。窓から身体を乗り出し、体重の全てがロープに乗った所で外からクラスの仲間が写メを撮る準備をしていた。
まるでヒーローではないか。この時の事を何度思い出しても自分の顔がトム・クルーズになっている。

そこからは早かった。ロープなど降りた事がない。
予想していたスルスルとは比べ物にならないほど早く落ちた。手のひらが焼けるほどの熱さに途中で手を離してしまったのだ。
スルスルではなくファルファルと落ちた。
両手のひらの火傷に目が回りそうになったが、ムファサに伝えなければ!
と思った時にはもう遅かった。
ムファサもファルファルしたのだ。
ムファサの手のひらは少し溶けていた。

花壇から10歩ほど歩いた場所には、私の母が逃走用の車に乗ってスライドドアを開けて待ち侘びていた。
母と私は峰不二子とルパンを超える親子の信頼がある。ムファサを連れて車に乗った瞬間。私たちは雄叫びをあげた。

「やった!俺たちやった!!」

2匹のライオンは火傷をおった手で握手をした。

母はとにかく車を走らせ校門を抜け、とりあえず目的地もなく進んだ。
そこから私とムファサ、母のケータイは学校からの着信音が止まらなかった。
少し恐くなった私は、友人であるゆうくんの電話にだけ出た。
「先生たちが名前叫びながら走り回っとるで!」

車の中で3人は爆笑した。極度の緊張からの解放と達成感。してやったりのあらゆる感情で笑いが止まらなかった。多分母はつられ笑いだった。

行く宛もなく走る車の窓を開け、清々しく外を眺めた。

風に揺れるタテガミを掻き分けたムファサは、どんなスポーツクラスよりカッコいいと感じた。



                〜fin〜

後日談が続くが長すぎて疲れたのでまた今度気が向いた時に書きます。


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