東京芸人逃避行 ランジャタイ伊藤幸司 かわぞえあきひろ
数日前に僕はかわぞえさんとタテオさんと共に河原でバーベキューもどきをした。
その際伊藤さんも来る予定であったが、仕事の都合上それは叶わなかった。
そうなると分かっていたこと。伊藤さんからの鬼LINEである。
「どこ行く!」
「遊ぼうよ!」
僕とかわぞえさんと伊藤さんの3人のLINEグループ「くるま」。
車なんて滅多に乗って遠出しないのに、僕らはこのグループに参加させられている。
遊ぶ日を決めたものの、かわぞえさんは鬼夜勤後の参加となるためスタートは昼過ぎとなる。
その為遠出は出来ず、電車で30分圏内で行けるところを探す。
相変わらず伊藤さんはどこかに行きたい人だがどこに行きたいというのは無い人間である。
誘ってきたのに第一声のLINEは
「何しようか!」
である。
とりあえず候補を上げてみることにした。
「この間競輪に行きましたが楽しかったです。どうですか」
「いいね!アキバ行ってオタク遊びもしたいな!」
「西日暮里の谷中銀座なんかどうですか」
「いいね!最近16bitセンセーション見たばっかりでアキバもいいよね!」
「伊藤さんカメラ探してましたよね。渋谷のカメラのキタムラに色々中古が売っててそれ見に行くのどうですか」
「アキバでもいいよ!」
「アキバじゃねぇか」
そうこう(無駄な)やりとりをしてると伊藤さんが藤子・F・不二雄ミュージアムに行きたいと言い出す。
期間限定で様々な原画が展示されているという。
僕ら3人はドラえもんが好きだ。
僕は藤子・F・不二雄ミュージアムも10年ほど前に行ったきり。
今、このメンバーで行きたい。
行き先は決まりチケットを3人分予約した。
「何時に集合しますか」
「俺は夜勤明けだから昼過ぎがいいなぁ!」
「時間指定できますよ」
「じゃあ15時からはどうだいかわぞえ!」
「それでお願いします!」
「わかりました。15時からの回を予約しました」
「タケイちゃんありがとう!」
「俺はもうダメです…夜合流します…」
「ふざけんなよチケット取ったぞ」
2024年4月11日
空は薄い雲で覆われ、桜はもうだいぶ散ってしまい青々とした葉を揺らした。
厚めの上着を着るほどでもない気候は着るものを悩ませ、悩んだ結果アクリルのカーディガンに袖を通した。
待ち合わせは元々14時に新宿だった。
しかし深夜にかわぞえさんからのLINEで14時半に変更になる。
そして当日。集合時間の少し前にLINEが鳴る。
「14時半に登戸駅から出る送迎のバスには乗りたい!」
「かわぞえさん夜勤明けで14時半に新宿集合になったからその時間は無理ですね」
「それじゃ間に合わないよ!14時21分の新宿発の電車に乗ろうよ!」
「え、14時半集合ですよね」
「大丈夫です!15時〜16時のチケットなのでその時間に入れば問題ないです!」
「起きてるじゃん!21分でもいいんじゃない?」
「え、だから14時半にしかかわぞえさん新宿着けないんですよ。じゃあ僕とかわぞえさんは新宿まで行くと遠回りになるので、直接登戸に集合しましょう」
「そしたら俺は14時37分に着いちゃうよ!」
「それでいいじゃないですか」
「え!どうなってんですか!新宿集合じゃないんですか!」
「いえ、登戸にそのまま集合になりました」
「俺まだ家ですよ!」
「なんでだよ早く出ろよ」
「伊藤がメッセージの送信を取り消しました」
「何送ったんだよ」
LINEを見直してつくづく怖い。なぜこんなにも会話が成り立たないのか。
14時20分に登戸駅に着いた。
少し早めに着いた為近くのコンビニで酒を買う。
2人の分の酒も買って待つ。
伊藤さんは37分に着くと言った。もうそろそろ着くだろう。
かわぞえさんもそう遅くはならないだろう。
一本くらいなら良いよなと買った酒を飲みながら2人を待ち、15時を過ぎて2人は一緒に改札から出てきた。意味がわからん。
僕らは登戸駅からそのまま藤子・F・不二雄ミュージアムまで出ているシャトルバスに乗った。快適である。
ミュージアムに着いたがすぐには入らず、ベンチに座り残った酒を啜った。
全員来たことがあったが、記憶はもう皆薄れている。
10年ほど前来た時も登戸だったか。それさえも曖昧だ。
ミュージアム内は当たり前だがドラえもんで埋め尽くされていた。
大量の原画に、アニメーションのドラえもんが漫画の書き方を教えてくれる。
昔の大長編ドラえもんの映像が懐かしい。
当時は何も考えずに見ていたが、今しっかり見ると細かい描写が多く感動する。
1番楽しみにしていた藤本先生の仕事場は10年前に見た時と変わらず圧巻であった。
大量の資料本にミニチュア、当時聴いてたであろうカセットやそのプレーヤー。
時間が許すのならその全てをしっかりと舐めまわしたかった。
時間ギリギリで滑り込めたシアターではここでしか見れないオリジナルのアニメを流しており、僕らは1番前を陣取って楽しんだ。
シアターの前には缶バッヂが獲れるUFOキャッチャーもあり、缶バッヂ狂の僕は1000円ほど注ぎ込んだが1つしか獲れず、後に続いた伊藤さんもかわぞえさんも1つしか獲れなかった。
中庭には等身大の人形や秘密道具が配置されていて、僕らは更に童心に戻る。
日が暮れた空は思い出と相待ってとても美しく、しかしそれはミュージアムの閉館も告げる。
ミュージアムを出るとすっかり陽は沈んでいた。
少し待てば駅までのシャトルバスが来たのだが、僕らは警備員の方に駅までの方角を聞き歩いた。
20分ほどかけ駅前に着き、これはいつもの明大前のなか卯で親子丼パーティーだと意気揚々とかわぞえさんと話していると伊藤さんが帰りたくないとまた例の発作を起こす。
「やだ!帰りたくない!」
「いえ、帰ります!もう行くとこありません!」
「なんで⁈川あるよ!川!川行こうよ!」
「この間行きました!伊藤さんが来なかった日です!」
「仕方ないじゃん!行けなかったんだから!今なら行けるよ!」
「行きません!」
「なんで⁈何でそんなに行きたくないの⁈良いじゃん!行こうよ!」
「タケイニキどうする〜?行く〜?」
「(ちっ、ダリィなぁ)伊藤さん場所分かるんですか」
「駅からすぐだよ!めっちゃ近い!こっち!」
「伊藤さん駐輪場なんですけどどういうことですか」
伊藤さんは途中あった100円ローソンで酒を買い込み、僕はマクドナルドでつまみにとハンバーガーとポテトを買った。
すっかり夜になって見るデカい多摩川は少し怖かった。
これが映画であれば僕らのような野良は少年ヤンキーに金属バットでボコボコにされ、財布を盗られ中身が入ってないことにまた激怒され更に火をつけられるようなロケーションである。
川のそばには石が積まれ、僕らはそこを陣取り酒を呑んだ。
話題はもっぱら最近話題になっている芸人のファンのnoteのことであった。
芸人側、ファン側どちらのnoteも読んでいた僕はすっかり熱弁してしまい、それに呼応した伊藤さんも熱が入りどんどんと伊藤さんは酒を呑んだ。
マズイ、と思った。
風も強くなり少し寒くなってきたことと、ずっと石に座っていてケツが痛いこともあり何度も「そろそろ…」となったが「嫌だ!」という伊藤さんに阻まれ、すっかり缶は空になって帰る頃には
自分の力では立てないほどに伊藤さんは酩酊していた。
「伊藤氏!しっかりしてください!自分で立ってください!」
「ふえ〜、もうダメだ…カラオケ行こう…」
「なんでダメなのにカラオケ行くんだよ帰ろうぜ」
僕らはしっかりとカラオケに行った。
「1時間だけで良いから」と夜中の多摩川を匍匐前進しながら懇願する伊藤さんをそのまま放っといて帰りたかったが、このままだと入水して流されかねんと危惧した僕らは1時間だけ付き合うことにした。
「せっかく来たので楽しみましょう」
「ひえー!俺歌うぜ!っしっにったいっ!あっさまっだ目覚ましかけて〜♫」
「伊藤さん楽しんでますか」
「俺も歌うよ〜」
「ソ〜!サーリーキャンウェ〜イ!♫」
「かわぞえさん伊藤さん歌ってます聴いてあげてください」
そうして楽しくカラオケをしていると、僕の酒の入ったグラスをかわぞえさんがおもむろにスマフォで撮りだした。
かわぞえさんは電波人なのでよくこういった訳のわからないことを突然しだす。
「ああ、また訳のわからないことをしだして奇を衒い始めたな無意識サブカルめ」
と思い、ふと見ると僕の飲んでいるジョッキにカメラが突っ込んであった。
カメラ、が、突っ込んであったのだ。酒の入ったグラスに。
「え…何してんの…」
「タケイくん!今日頑張って撮ってたカメラを酒に漬けたんだ!今日撮ったデータはこれで全部パーだよ!めちゃくちゃロックじゃない⁈」
コイツは何を言ってるのだ。
この日のことはもしかしたら記事にして NYLONに送るかもしれないと伝えている。
今回のこのデータは命よりも大切な物なのだ。
それを酒に漬けてロックだ?僕が知っているロックとはかけ離れている。
ハイスタやグリーンデイはそんな歌を歌っていただろうか。否、歌ってなどいない。
そういえば昔かわぞえさんに借りたカセットテープには『ロックとはなんぞや』と書いたテープが貼ってあった。
それを聴き、思案し、時間をかけ考えあぐねた結果ロックとはカメラのデータを消すことだったのだろうか。
これはヤバい。ヤバすぎる。元々人とは違うと思っていたがここまでのアナーキストだとは思わなかった。
これはもうかわぞえが悪いというのを通り越してかわぞえの親が悪い。
こんなふうに育て上げた親が悪いのではないかと一瞬思ったが、一度だけ会わせてもらったかわぞえさんの母親はとても素敵な方だった。
だから親は悪くない。じゃあなんだ。どうしてこんなふうに育つのか。一体誰が悪いのか。
視界が歪んで膝から崩れ落ちそうになるのを何とか堪えると、グラスに入ったカメラを
「綺麗だね〜」
と撮る伊藤がいた。
「お前か」
すぐにグラスからカメラを取り出してTシャツで拭き、かわぞえを殴った。
「いってぇ!何すんだよ〜、ちゃんとフィルム側じゃない方を浸けたよ〜!」
「そこじゃねぇよ!殺すぞ‼︎伊藤写真撮んな‼︎」
「怒りすぎだよタケイちゃん!落ち着いて!」
「うるせぇテメェが甘やかすからだろうが‼︎」
写真に人魂のようなものが多数写っているのはこのせいである。
ちなみにこのせいで現像はよく分からない工場まで持って行かれ、1時間で済むのが2週間掛かった。
そうしてカラオケを出た僕らは電車に乗り、各々の最寄り駅まで向かった。
途中僕とかわぞえさんは最寄りが近いため一緒に電車を降り、伊藤さんは1人そのまま電車に残った。
「大丈夫か」と問うと「んん」としか返さず「あ、ダメだな」と思ったが「あとはもう彼も大人なんで」と勝手に自分達を納得させて笑顔で伊藤さんを見送った。
ややあって案の定大量に伊藤さんからのLINE通知。
「俺は今どこだ」
「ゆりかごに揺られてる」
「天国に向かっている」
と雲みたいなLINEが来たので「頑張って帰ってください」と誠意一杯のエールを送った。
そうして一人家に着き、着ていたものを洗濯機に放り込み寝巻きに着替えた。
明日の予定を見ると皆無であった。
明日だけではない、それは明後日も明明後日もだった。
自身で予定を組み動かなければならいが、それも面倒で全て後回しにしておそらく明日も何もせず過ぎるだろうと思った。
それでも仕事をし、生活を回さなければならない。
風呂に入ることも面倒だから生活をするということは更に面倒である。
10年前、こんなふうになると思って生きていただろうか。もっと希望はあっただろうか。
10年前の濃い希望は気付けば薄い願いに変わり、生活を投げ打ってまで夢を追うことが果たして正しいのかと自問するほどに信念は揺らいだ。
横を向けば同じような境遇で楽観する人に自分を照らし合わせて俺は違うという気持ちと、だから大丈夫という余裕がずっと薄ら鈍い苦痛となって自分を嫌悪させる。
テレビを点けると画面の中は華やかで、それを見る僕の部屋と僕は乱雑で、全てが掴みどころのない虚ろな日々の中で唯一届いた督促状だけが鮮明に存在感を放っていた。
夢の一つに自分の書く文章でお金を稼げたら、 自分の書く文章がお金になったらというのがあります。