【小説】昭和、渋谷で、恋をしてり 2-7
前回のあらすじ(2-6)
夏奈恵に振られた泰輔は、諦めきれずにその想いを手紙にして渡す。そして1週間後、ついに、バイト先で夏奈恵から声をかけられるが、それは手紙の返事ではなく「泰輔の大学へ行きたい」というリクエストだった。
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深夜のマラソン話、面白かったよ
「溝口さんの大学遊びにいけない?」
そう言われた翌日、寮から駅の改札まで歩いて5分もかからないのに、キャンパス内で自転車をこいだ。
校門を出たところで渋谷行きの電車が到着していた。降車した人々が出口に向かっているのが見えたので、自転車を止めると階段を一段抜かしに駆け上がる。するとちょうど夏奈恵が改札を抜けるところだった。
「そんなに走ってこなくても、時間通りじゃない」
「急いでないけど、なんとなく……」
ごまかしながら、上がった呼吸を無理矢理抑えつけて、夏奈恵と並んでゆっくりと階段を降りた。
「すごい! これが大学なんだぁ。少し頭がよくなった気がする」
駅の階段を降りきると、目の前の正門の奥に時計台が見える。それを目にした夏奈恵は興奮して声をあげていた。そしてキャンパスを歩きながら夏奈恵は観光客のように首を振り「私、大学生に見えるかな?」「大学って憧れる。いいな〜」などと繰り返していた。
いつになくはしゃぐ夏奈恵の頬に、木々の隙間から強い日差しが差し込んだ。肌にささる日差しの強さこそ夏の余韻を残したが、その角度は夏の終わりを感じさせた。
キャンパス内を1周して、喉の乾きを潤そうとグラウンドのそばの自販機でジュースを買った。そして日陰になるベンチを見つけ、プルトップを開ける。
「どれくらい勉強すればここに来られるんだろうね?」
大学はまだ夏休み中ではあったが、夏奈恵の視線の先では学生が数名、グラウンドで部活動に励んでいる。
「人によって違うからわからないよ」
「溝口さんはいっぱい勉強した?」
「やっぱりしたのかなぁ」
「ふーん。みんな『ガリ勉』とか言うけど、そんな雰囲気しないもん」
夏奈恵は振り返るといたずらな表情で私の顔色を伺った。悪い気はしなかったが「これでも結構したんだぜ」と不機嫌を装う。
「ウソ。ごめんね」
夏奈恵は微笑んで、自販機で買ったジュースに口をつけた。
「勉強くらいしか取り柄なかったし。足も遅いし、野球も苦手だし、顔だって……」
弱音を言うつもりはなかったが自然と口から出ていた。
「そうなの? それなのにウチまで走ってきたんだ?」
夏奈恵に真顔で質問された。
「いや、あれは、まあ……」
頭を掻くしかない。
「マラソン得意なのかと思ってた」
「自分でもビックリしてて……。でも、やっぱり時間かかっちゃって」
夏奈恵はジュースを飲みつづけていた。
「駅で電話したとき、もう電車走ってるんだもん。始発で来ても同じことだったしね。がっかりしたよ」
夏奈恵は「ホントに?」と驚いて目を丸くしたかと思えば、ジュースをこぼしそうになったので「笑わせないでよ」と私の肩を何度か叩いた。おかげで私もやっと笑うことができ、肩からスッと力が抜け、口が動き出す。
「でも、いつも周りのみんなのことが羨ましかった。成績なんか悪くても、面白いこと言って周りを笑わせたりしている奴の方がよっぽど羨ましかった」
「深夜のマラソン話、すごい面白かったよ」
夏奈恵らしい真っ直ぐな軽口だった。
2-8へつづく
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