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【小説】昭和、渋谷で、恋をしたり 1-9

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#また乾杯しよう

 こうして宇田川町の交番の裏にある台湾料理の店に向かうことになった。プラネタリウムでの送別会などでは一次会の定番らしく「美味しいよ」と夏奈恵がすすめてくれたからだ。
 店に入る直前、夏奈恵に先に席についてもらい、和美に「遅くなる」と伝えるため公衆電話に駆け寄った。
 するとまだ図書館で勉強でもしていたのだろうか。家に帰っていない様子で、2度電話したが和美は出なかったので、ホッとして夏奈恵の待つ席に着いた。


 「彼女に電話してたんでしょ。じゃあ、食べたら早めに出ないとね」

 にやにやしながら夏奈恵がメニューを選び出した。

 「いや、まあ、大丈夫だけど」

 反射的に強く否定しながら、和美を疎ましく思ってしまった。そんなことを知る由もない夏奈恵は「無理しなくていいのに」とにやついて、こうつづけたのだ。


 「溝口さんの彼女、かわいいね」


 夏奈恵はプラネタリウムで私が和美を引き連れている姿を見かけたというのだ。


 「なんかお似合い。大学生って感じ。同じ年なのに私とは全然違うもん。住んでいる世界が違うなって気がした」


 そんなことを言われても興ざめするだけだったので、ビールで乾杯を済ませると、私は夢中でしゃべりだした。

 プラネタリウムの従業員のこと、カメラのこと、星に関する知識のこと、地元、福岡のこと。
 夏奈恵はときおり笑いながら、私の口を次々と回転させるように頷いていてくれた。アルバイト中とは違ってリラックスしていたのかもしれない。いつもより優しくされている気がした。そして私の天体に関する知識には感心したのか、急に真顔になって訊ねてきた。


 「ねえ、溝口さんはイルカ座って知ってる?」


 もちろん知っていた。天の川近くにある夏の星座だ。全体的に暗く、目立つ星ではないが環境さえよければ見つけやすい星座だった。


 「私ね、イルカ座なの」


 あまりに唐突に言うので驚きながらも笑っていると、気を悪くした夏奈恵が真剣な顔でつづけた。


 「私はイルカ座なの。そう決まってるの」


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▼ 公衆電話はすぐそばにあった。

 つい笑みをこぼした私に、夏奈恵は少し気を悪くした。私は言い訳を取り繕ってから、イルカ座だと言い張るその理由を訊ねると、夏奈恵は私を試すようにイルカ座の逸話について訊ねてきた。

 そして私は2つあるイルカ座の由来のうち、ロマンティックな方を選んで得意気に話した。

 昔、シチリア島であった音楽コンクールでアリオンという音楽家が琴を演奏して優勝した。しかしアリオンは故郷に帰る船の中で、優勝賞金目当ての船員たちに襲われてしまう。そこで観念したアリオンは「死ぬ前にもう一度琴を弾かせて欲しい」と懇願し、甲板で演奏を始めた。
 すると、どこからともなくやってきたイルカの群れが船を囲み、アリオンの琴の音色に耳を傾けていたのだ。
 そうしてささやかな船上コンサートが終わると、アリオンは潔く、自ら身を海に投げ、その命をまっとうした。するとイルカたちはアリオンの屍を背に、彼の故郷を目指したのだ。そして、この功績が讃えられイルカは星座になったと言われている。

 話し終わると夏奈恵は「さすが『ガリ勉くん』だね」と、初めて褒められた気がした。そして気づけばラストオーダーの時間になっており。時計が22時を差していた。夏奈恵は、ラストオーダーを断ると「楽しかった。また来ようね」といって、残りのグラスで乾杯を催促した。


「うん。また」

「うん。また乾杯しよう」


 店を出て、渋谷駅まで歩きながら、私より少しだけ背の低い夏奈恵の横顔が、今までにないほど近くに感じていた。もう和美の家には行きたくなかった。


 「他の星の話しも、もっといろいろ聞きたいな」


 「もちろん、いいよ」


 「いつならいい?」


 「いつって……いつでもいいけど」


 「本当?」


 「うん」


 「じゃあ、今からって言ったらどうする?」


 「……」


 公衆電話は、すぐそばにあった。


ーーーーー

2人が訪れた「龍の髭」は、とても美味しくて私も何度か足を運んだことがあります。noteに小説を公開するにあたり、改めて調べて閉店していることを知り、とても残念でした。


1-10へつづく
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