カメレオン・ガール
土偶に似てるな、とも思った。
よく世界史の資料集とかに載ってる、豊穣を願って作られたあの土偶。
「何それ?」彼女は少し怒ったような声を出した。口から漏れ出ていたようだ。彼女はぷんぷんしながら風呂場に向かって行った。
「でもあれ”縄文のビーナス”って名前らしいよ」
彼女の丸々としたお尻を追いかけながら、そうフォローすべきか迷う。困って一物に思わず目を向けると、彼は所在なくうなだれていた。さっきまでの威勢はどこに行ってしまったのだろうか。
彼女とは今年の一月末ごろにタップルで知り合った。メッセージ上では「重森さと美似(自称)」で「Hカップ(自称)」で「体重60㎏(自称)」と語っていて、こりゃとんでもない逸材とマッチングしたもんだ、と出会う前からワクワクが止まらなかった。
一週間後に予定している食事会まで待ち遠しさをこらえることが出来ず、ラインは毎晩盛況の様子を見せた。彼女は社会人にも関わらず即レスが基本で、むしろそれは彼女の精神的な高まりも感じさせた。
「寝落ち通話しない?」と彼女からお誘いのラインが来たのも、出会って2日経たないくらいだろうか。夜一人で寝る寂しさを紛らわせたいらしい。23歳のくせに夜一人で寝るのが寂しい?なんてキュートでチャーミングなんだ。
個人的に電話は好きだ。テキストのやり取りよりも、電話の方が頭を空っぽにしてコミュニケーションが取れる。彼女も同じタイプらしく、僕たちは中身のない会話を数時間楽しんだ。
気がつけば午前一時。彼女は小さな欠伸をかみころしながら、まだ寝たくないんだよね、とむにゃむにゃ呟いたかと思えば、それっきり黙り込んだ。眠りに落ちたようだった。
スゥー スゥー スゥー
寝息が微かに聞こえる。寝返りをうつ音。シーツが擦れる音。目をつむればまるで本当に隣で添い寝をしている感覚に陥った。生活音は適度な安心感を感じさせるらしい。寝落ち通話の良さを少しだけ分かったような気がした。ただ僕は寝るまでもう少しかかりそうだから、ラインをポップアップ表示にしてYouTubeでも軽く見るとするか。
スゥーーーズゥーーーズゥゴーーー
少しずつ「寝息」から「いびき」に変化している。異性にいびきを聞かれるのってちょっと恥ずかしいな。彼女の寝ている姿を思い描いて苦笑する。寝るのが後で良かったな、そう思いながらスマホの画面を消した。
ズゥーーーコォォーーゴォォーー
ヤバい、音が全然可愛くなくなってきた。いびきが気になって眠れない。軽く咳払いをしてみたところで彼女の起きる気配もない。何度も通話を終了するしようか逡巡する。でも起きたときに通話が切れて悲しんでる姿を思うと、おちおち切ることもできない。
コォォーーゴォォォ..ォ………………...........フガァッッ!!!
??!! 何が起きたいったい!!??
十数秒の静寂、そして爆弾が落ちたかのような大音量の呼吸音。あまりのことに目がパッチリ目が覚めてしまった。彼女は、ふにゃふにゃと少し寝ちゃったぁとかなんとかほざいている。ふにゃあ寝ちゃったぁじゃねえよ。いびきかくどころか途中で息止まってたぞ。
「私寝てる時変なこと言ってなかった?」
「全然、スヤスヤ眠ってたよ」
優しい嘘をついた。本当は無呼吸症候群の疑いがあるから呼吸器内科受診したほうがいいよ、そう言うこともできる。でもそしたら彼女は傷つき、二度と寝落ち通話をしなくなってしまうだろう。彼女の楽しみを赤の他人が奪ってはいけない。僕は六時間の睡眠を彼女に捧げ、何か人間として大事なものを得た気がした。
結局、僕は会うまでの三日間、計18時間の睡眠を捧げることになった。代わりに得た人間性も臨界点を突破している。眠さでふらつく身体を彼女に会える喜びが支え、なんとか寝過ごすことなく待ち合わせの駅に到着した。
「おまたせ」
駅ビルの前にいた女性に話しかける。「あんなに通話したのに、『初めまして』はなんか寂しいからナシにしようね」という事前に送られてきた西野カナの歌詞みたいな提案を受け入れ、まるで旧知の仲のように話しかけた。店に着くまで頭をフル回転させて会話を繋ぐ。初めまして感を出さないようにするのはなかなかの難易度だった。
店に着く。彼女が予約してくれた店は駅から10分ほど離れたイタリアンで、個室ベースのオシャレで静かな店内だ。彼女は行きつけらしく、大きな声で店内に呼びかけた。
「食べ飲み放題で予約した者です」
!!?? 水曜の13時だぞ!!??
華金の20時と勘違いしているのか? イタリアンが食べたいといった手前、まさかの食べ飲み放題なんだと非難はできない。驚いて彼女の顔をまじまじと見つめてしまう。その時僕は緊張して彼女をよく見ていなかったことに気が付いた。
身長は160㎝ないくらい。申し訳ないけど重盛さと美に似ているとは到底思えなかった。僕も居酒屋で知り合った女性に「鈴木亮平に似てる!」と言われたのが嬉しくてたまに自慢することがある。自戒を込めて二度と鈴木良平に似てるとは言わないようにしよう。
ニセ重盛さと美とエセ鈴木良平は2人にしては広い個室に通される。10人弱入れるような個室だ。昼飯どきにしてはガラガラの店内に、二時間の食べ飲み放題頼むような大飯喰らい達にはちょうどいいのかもしれない。
少し遠くに置かれたメニューボードを彼女が身体を精一杯伸ばして取る。右腕に彼女の胸が当たる。その柔らかさに思わず前かがみになる。違うんです。故意じゃありません。信じてください。どんなに抑え込もうとしても、出番を勘違いしたアイツは昂ってる。僕は母親の顔を必死に思い出そうと努めた。
僕が必死に生命の昂ぶりと戦っている間に、卓上には所狭しと料理が敷き詰められていった。ガーリックライスとローストビーフ、牛・豚・鴨のラグーパスタ、和風明太パスタ、浅利の漁師風、海老ときのこのアヒージョ、カキフライ……炭水化物と脂質の暴力をものともせず、彼女はアルコール片手に料理を胃に流し込む。
そして彼女がメニューを取るたびに下半身に血流が勢いよく流れ込む。ゴテゴテのジーンズの股間辺りにうっすらとシミができた辺りで、彼女が「リミッター外すね」とおもむろにワンピースをまくり上げた。
服の下にはこれでもかとキツキツに締め上げたコルセットがあった。コルセットに手をかけると、バチンっ、と勢いよく音をたててコルセットが本来の長さに戻っていく。彼女は勢いを増して料理を吸い込んでいった。ロックリーかよ、と僕は笑った。
二時間後、満腹になった僕たちはロックリーの家に向かうことで合意した。こんな楽しい一日は久しぶりだ、彼女はそう言って口を拭いながら勢いよく立ち上がった。その振動で卓上が揺れ、グラスが一つ割れた。
すみませーんと部屋を出ていくロックリーの後ろ姿を見て、全然重盛さと美に似てないじゃんと僕はもう一度大きく笑った。
後編に続く。
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