しょうもない嘘をつく女
高校時代、好きな人がいた。
どういった経緯で連絡先を入手したのかは覚えてないが、毎晩LINEをしていた。
毎晩と言っても、彼女は夜の9時には返信が来なくなった。不思議に思って彼女の友達にそれとなく確認すると、「○○はおばあちゃんだから」と言われた。彼女は早寝早起きらしい。
「こんなことがあってさ」 後日その話を周囲の友人に話した。すると、その中の一人、サッカー部でボランチをしてる男が、「俺その子と深夜までLINEしてるけどなあ」と言い放った。
「残念だ」とか「悔しいな」という感情よりも、まあそうだよな、と。妙に納得した。
俺なんかと深夜までLINEしたくないよな、と。
この出来事がきっかけで、自分は「誰かの特別にはなれない側の人間」なんだと気づいた。
大学生になって初めて付き合った彼女とも、たったの数か月で別れた。
極めて短い交際期間、そして夏休みが少しだけ被っていた。僕たちが少し遠出して、藤沢の夏祭りに出かけた日のこと。
トルコアイスに翻弄されている少年の姿に笑った。ちょっと大きめのわたあめを2人で分け合った。僕のサンダルが壊れるというハプニングに、2人でまた笑いあっていた。
「春になったら、旅行にでも行こうね」
出店をひやかしながら歩いている時に、彼女が何気なく言った。
僕は、夏休みと冬休みをスルーする意味がよく分からなかったけど、彼女が春まで一緒にいるのを想定してるという事実が、何よりも嬉しかった。
結局のところ、まあその数週間後にはフラれるわけで。約束は果たされることはなかった。
そして春。彼女は地元山梨の幼なじみと付き合いだした。
「元々彼のことが好きだったんだけどね」 と、どこかで聞いた。
「旅行にでも行こうね」という彼女の言葉は、誰に向けられていたのだろうか。
似たような話がもう1つある。
横浜で出会った女の子の話。
「工学系の大学通ってます」という女の子。いい男なんて大学のどこにもいませんよ、そう息巻いていた。
鶴屋町の寂れたカラオケに行って飲んで、その後ホテルに向かった。
でも彼女は結構酔っていて、ホテルに着いた途端すぐ寝てしまい、僕が期待した通りの展開にはならなかった。
実は、僕はラブホというものを経験したのはその時が初めてだった。セックスは出来なかったくせに、ラブホ童貞と代金一万円弱を同時に失った。
明け方、僕たちは始発の電車に乗るために横浜駅に向かった。
「寝ちゃってごめん」
彼女が笑顔で謝る。
僕がいじけた態度を取ってると、「また会おうよ」と言いながら、いきなり手を握ってきた。
僕は薄暗い横浜の街を、少しだけカップルのような気持ちで歩いた。
JRの改札前で彼女と別れた。僕は京急線に向かい、ガラガラに空いた電車に乗り込んだ。
電車内には、僕と同じような朝帰りの青年もいれば、くたびれたスーツ姿のサラリーマン、派手な服装の女性もいる。みな一様に、眠そうな顔をしていた。
端の座席に座る。
ぼーっとしながら車窓を眺めている時に、
そういえば彼女と連絡先を交換したことを思い出す。
LINEではなくInstagram。今はInstagramの方が主流なんだよ、と彼女は教えてくれた。
彼女の投稿を見る。
けっこう遊んでるんだな、と初めは思った。男女数十人規模でのサークル合宿、友達との沖縄旅行。バイト先でのBBQ。大学生らしいと言えば大学生らしい。
投稿を見てるうちに、だんだん違和感が湧き上がる。
その原因はなんだろうと考え、そういや昨夜「工業系の大学に通ってます」と言ってたことを思いだす。
申し訳ないが、工業系の大学でこんなはっちゃけた生活を送れるとは、到底思えない。
画面を上にスワイプして過去の投稿を遡ると、彼女の入学式の写真が見つかった。
” 春から大学生です!” と笑顔で映る写真には、メディアリテラシー的にどうなんだろう、大学の合格証を載せていた。
その紙は、彼女が通う大学が工業系でもなければ、学部も文系であることをハッキリと示していた。
もう何も信じらんねえな、と思った。
別に嘘をつくなと言わない。
嘘をつかれたことが嫌なわけでもない。
しょうもない嘘をつかれたことが、悲しかった。
「おばあちゃんだから」
「旅にでも行こうね」
「工業系に通ってます」
すぐにバレてしまうような、しょうもない嘘たち。
でも本当に悲しかったのは、しょうもない嘘をつかれるような、しょうもない男なんだと、思い知らされたことにあった。
まあしょうがねえか。
俺なんかに、本当のこと言わないよな。
ブブブとスマホが振動する。
「楽しかったよ。また遊ぼうね」
女からの通知を見て、スマホの電源を落とした。
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