日本学術振興会特別研究員 (学振PD) 感想戦
はじめに
この記事は、日本学術振興会特別研究員 (PD)、ちまたで学振PDと呼ばれる身分に採用されるために、僕が申請書を書いたり面接に行ったりしたことの記録です。
最初はDCとPDの総まとめ的な記事を書こうと思っていましたが、PDだけで結構な分量になった上に力尽きたのでPDだけになりました。
ちなみに感想戦というタイトルは同様の学振申請関連の記事で見かけて今回の記事にぴったりだと思い、丸パクリインスパイアされてつけました。
また、この記事は、eeic Advent Calendar 2018 25日目 (最終日) の記事です。
その2の方には学振DCについての記事があるので、合わせて読むと学振特別研究員マスターになれるのではないでしょうか。
(2019/5/15追記 SPD面接結果について更新しました。)
学振PDとは?
学振の特別研究員にはいろいろと種類があります。
学振PDは (採用時に) 博士の学位を取得してから5年以内であることが条件で、要するに博士3年や、現在ポスドクとして働いている人が、就活として申請する分野です。
詳しい説明は学振の公式ページを見てください。
学振戦績
僕のこれまでの学振の戦績を記しておきます。
DC1
不採用A
スコアは紛失したが、面接候補になった研究室同期と比べてTスコアが0.1程度低かった記憶。
国際会議ポスター1件、国内口頭発表1件しかなかったので実績が足りていなかった。
DC2
採用 (面接免除)
業績は和文誌筆頭1本、国際会議口頭発表1件、ポスター発表1件 (ここまですべて査読有)、受賞1件
和文だが論文誌が間に合ったのが大きかったと思われる。
PD
採用 (SPD面接候補)
PDとしては面接免除で採用内定
面接結果は不採用 (PDとして採用)
DC1に落ちたので、結局DC1, DC2, PDのすべてにapplyしたことになります。(これって結構めずらしいのでは。)
学振PD申請について
平成31年度採用分
2018年5月に申請書提出
今年から審査区分に変更があった。
「総合」が廃止され、「情報学」が新設された。
「工学」が「工学系科学」、「生物学」が「生物系科学」となり、再編された。
僕の申請分野 (人間情報学) は「総合」から「情報学」に移動したので、情報学で申請することに。
各種情報
系別: 情報学
分科と細目: 人間情報学
申請時の業績: 英文誌筆頭1本、和文誌筆頭1本、国際会議口頭発表4件、ポスター発表2件 (ここまですべて査読有)、受賞4件
論文誌筆頭3本がボーダーと言われているPDとしては少なめと思われる。
学位: 博士3年 (学位取得見込み)
所属研究室: 東京大学
受入研究室: 大阪大学
基礎知識
まず大上先生のスライドを読むのが良いと思います。
SlideShareで公開してくださっています。2019年度申請版はこちら。
大上先生は本も出版されているので、それを買うのもよいかと思います。
僕は上記の通り学振申請が3回目だったので買いませんでしたが…
その他、僕が参考にしたページをいくつか挙げておきます。
申請書について
面接について
http://www.twitlonger.com/show/l9eov4
面接の様子がとてもリアルな上に、そもそも読み物として引き込まれた。
https://keachmurakami.github.io/2016/12/06/JSPS_SPDinterview.html
知りたい情報が短くまとまっていた。
http://palaeo-kuroneko.blogspot.com/2016/10/pd.html
こちらはSPDではなくPDの面接。
蛇足だけど、この方は学部時代に入っていたサークルの先輩だと思われる、世界は狭い。
http://analyst2016.blog.fc2.com/blog-entry-17.html
こちらもPD面接について。
タイトルはここから拝借。
申請書
フォーマットは過去に書いた学振DC1/DC2とほぼ同一だったので、そこまで違和感なく取り組めた。
一方で、全体の分量も求められるレベルも増しているので、執筆にかけた時間は過去最長だった。
PDの申請書を提出後、自分のDC2の書類を見てみると出来のひどさに唖然とした。
執筆自体は4月上旬に開始した。
具体的には4/5に受入研究室を訪問して、申請書に書く提案内容を議論し、ある程度固まったので、その後から執筆を開始した。
最終的にVer.5を提出した。
記録をたどると、Ver.1は4/20に完成、受入研究室の先生に添削を頂く。
その後、5/4、5/7、5/10にそれぞれVer.2,3,4が完成し、それぞれ受入研究室の先生や、所属研究室の先生などに添削を頂いて、最終的にVer.5となったものを5/14に提出。
受入研究室の先生には、添削の結果をメールで頂きつつも、3回ほどSkypeで相談させて頂いた。
こんなに熱心に見て頂けるケースは稀ではないかと思われる。先生には頭が上がらない。
特に意識したこと
図を豊富に入れる
論文の査読などでもそうだと思いますが、まず図だけをざっと見る人は審査員にも多いのではないかと思います。ここで、研究の内容をよく表す図を要所要所で配置することはとても大事だと感じました。
研究分野の違いもあるかと思うので一概に目安にはできないでしょうが、僕の申請書では図を16枚使っていました。
「何を明らかにする」かを明確に述べる。
提案研究において、どのようなものを作る、といったことは書きやすいのですが、結果としてどのような学術的意義のあることを明らかにするのか、ということは意識していないと抜け落ちやすかったので、意識して書くようにしました。
自分 (申請者) の強みと受入研究室の強みを明確化し、その連携の意義を述べる
DCとPDの最も大きな違いに、受入研究室の変更があります。PDでは原則として学位を取得した所属研究室と異なる機関 (僕の場合東京大学以外) で受入研究室を選定する必要があります。
ここで、自分の強みと受入研究室の強みはそれぞれ異なるが、これらが連携して組み合わさるととてつもないシナジーが起きる、ということを論理的に述べる必要があります。個人的にこれがPDの申請書執筆で最も大きな山場ではないかと思います。
違う言い方をすると、これをうまく述べることができない場合は、受入研究室の選定か提案する研究のどちらかが不適切な可能性が高いのではないかと思います。
僕の場合は、申請者と受入研究室どちらもプロジェクタを使った拡張現実感に注力しているものの、その内容に明確なコントラストがあったので、そこが際立つように申請書を書いた上で、これらが統合した時にはじめて実現できるテーマを提案研究として設定しました。
失敗した時のリカバリープランを述べる
日本の競争資金はinvestmentではなくinsuranceだ、というのは某先生のお言葉ですが、やはり審査員も「こいつに税金で研究させて大丈夫か」ということのエビデンスを求められていると思うので、失敗時のリカバリープランを書いておくと、他の申請者に差をつけられるのではないかと思います。
とは言っても、申請書の紙面は限られており、研究の本筋と関係ないリカバリープランの話を長々と書いている余裕はありませんのでバランスが大事です。
僕の場合は、(4) 年次計画 のところに、一番難しそうな開発に失敗した場合のリカバリープランについて、数行程度盛り込みました。
面接
SPD面接候補となったので面接をすることに。
面接日は12月第一週、面接場所は学振の本部 (麹町)。
面接日が博論提出〆切日の前々日だったので厳しい日程だなぁと感じた。
後にこの懸念は現実のものとなる。
面接は発表時間が8分、質疑が12分
DCとPDの面接は4分 / 6分なのでどちらも倍の時間。
面接準備
某競争資金の面接で失敗して落ちた苦い経験を踏まえて、かなりしっかり準備した。
申請書提出から選考結果の開示で面接が決まるまでに受けたもの。
スライドは10月下旬から作り始め、最終的にVer.6で発表した。
枚数はタイトルを入れて13枚。
内訳は、これまでの研究の話が3枚、これからの研究の話が6枚、実施計画とまとめで3枚。
動画やアニメーションはたくさん使用した。
比較的に理解しやすいテーマだったので、薄い印象を与えないように、技術的なチャレンジが伝わるようには意識して構成した。
受入研究室の先生、研究プロジェクトでお世話になっている先生、スライド・発表スキルの高い後輩の3人にお願いして、添削やコメントを頂いた。
特に受入研究室の先生には何度もコメントを頂いたので頭が上がらない。
質疑対策で、いくつか想定問答を準備していった。
列挙すると、
研究のいちばんの売りは?
研究の問題点と解決策は?
先行研究と何が違う? (HowとWhatの双方について)
研究の核となる手法の妥当性は?
具体的に達成する数値的な目標は?
なぜこの研究が重要なのか?
どの分野で役に立つの?
なぜあなたじゃないとこの研究はできないの?
3年でどのくらいまで行きそう?
といった質問については回答を用意していった。
面接本番
当日は11時くらいに四ツ谷に到着し、早めに昼食を食べた。
狙っていた天丼屋が混んでいたため、交差点の角にあるKFCで適当に済ませた。
食べ終わったので、下見をしておこうと徒歩で麹町の会場へ。
会場となるビルは非常に発見しづらい。1Fに自動車のディーラーが入っているビル。
最後の確認をするために、会場からすこし四ツ谷寄りにあるタリーズへ。
このタリーズは面接関連の記事やツイートには結構頻繁に登場する有名店なので、この機会に行ってみたかった。
僕が入った際も、面接候補者と思しき人達がちらほら。
面接予定時間の45分ほど前に会場入り。
PD面接とSPD面接はやはり同日に行われるらしい。
事務側の名簿はPD候補とSPD候補で分かれているらしく、名前を言うと、まずPDの名簿を見てから無いのでSPDの名簿を見る、発見という流れが入口の受付と待合の受付で2回あった。
あきらかに記載されている行数が違った。
逆に言うと名簿は2つしかなかったので、この日はPDとSPDのみで、DCは別日程だと考えられる。
待合室に仕切りなどはなく、長机が複数台置かれているので適当に座る。
テスト用のプロジェクタは3台置いてあり、すべて同じ機種だった。
この日呼ばれていたのは、情報学の他に化学、工学系科学、生物系科学で計4領域だった。
結局予定時間の20分前に、「もういけますか?」と言われ、15分前には部屋に案内されて面接開始となった。
部屋に入ってすぐ目の前にパソコン台があってすこし戸惑った
スクリーンは審査員の方を見て左側、審査員はコの字型に座っており、左側2辺は先生の席、右側1辺は学振の方々の席
先生は (おそらく) 5名
全体的にシニアの先生だった。
学振側の人が3人くらい
うちひとりがすごくうなずいていて聞いてくれていたのでうれしかった。
が、アイコンタクトは先生方と合わせるようにしていたので、発表中その人を見ることは一度もなかった。(申し訳ない…)
タイマーは名前と研究課題名を述べ終わったところからワンテンポ置いてスタート。
「ピッ」という音がなるのでわかる。
これは事前情報通りだった。
発表は7分55秒くらいで、練習通りに終えられた。
発表にはプレゼンター (手に持ってスライドのページ送りができるコントローラ的なやつ) を使用して、両手が空くようにした。
できるだけ審査員の先生とのアイコンタクトを心がけたが、発表者ツールを見てしまう場面もあったので完璧とは言えなかった。
質問は合計で7個ほど。
研究の妥当性と学術的な価値についての質問で、ほぼ想定していた内容だった。
SPD面接ではよく聞かれると噂されていた「3年間でどこまで取り組むのか?」という、研究実施の具体性を問う質問もされた。
「これが実現した時に、生活がどのように変わるかを教えてほしい。」という質問には少し戸惑ったが、実現しようと思っていた最初のアプリケーションをもう少し生活での実例に寄せて話すことで対応した。
終了したら促されるままに会場をあとにする。
暖かな気候も相まって謎の達成感に包まれていた。
タイムライン
PDはDCと違って、所属研究室≠受入研究室なので、スパンが長いです。
2017年9月: 受入研究室の先生と国内学会で知り合う
懇親会などでかなり深く議論し、研究室のページをくわしく見てみたりして、おもしろい研究をたくさんしてる研究室だなと感じる。
界隈では著名な研究室だが当時はなんとなく知っている程度だった。
2018年3月下旬: 学振PDの申請を決意
指導教員から「就活しないとヤバいぞ (意訳)」といったことを言われたため、あわてて決めた。
当時、就活に関する意識が皆無だったので感謝してます。
2018年3月下旬: 受入研究室の先生に学振PDの申請をしたいことを連絡
2018年4月上旬: 受入研究室を訪問
D2の成果輪講のスライドをもとにD論のテーマをスライドで説明した。
合わせて、付け焼き刃で考えてきた申請書に書くテーマについてもスライドで説明。
日帰りの弾丸出張だったのでけっこう疲れた。
2018年4月上旬: 申請書執筆開始
2018年5月上旬: 申請書提出
2018年10月12日: 第一次選考結果開示
PD採用内定、SPD面接候補
SPD候補になるのは想定外でかなり驚いた。
発表自体も例年より早く、通知のメールが来た時にはかなりビクッとした。
蛇足だが、メールが来たのは国際会議 (UbiComp) の出張からの帰路、チャンギ国際空港で飛行機が離陸待ちをしている時だった。
2018年11月下旬: 受入研究室を訪問 (2度目)
(受入研究室のある) 大学による模擬面接を受ける。
受入研究室でも面接練習をしてフィードバックを頂く。
2018年12月上旬: SPD面接
12月なのに最高気温が20℃くらいあるとんでもなく暑い日だった。
詳細は面接本番を参照。
2019年1月10日: 第二次選考結果開示
PDとして採用決定 (SPDとしては不採用)
僕から言えること
自分が完璧にできていたかというとあやしいですが、反省も含めて書いておきます。
受入研究室探しは早めにやる
僕は3月末にコンタクトを取り、4月頭に訪問、ミーティングというスケジュールでしたが、これは遅かったように思います。
必然的に申請書の執筆がその後から開始ということになるので、実質1ヶ月くらいで書くことになり、けっこう辛かったです。
これから申請される人は、3月を目安に訪問して提案する研究内容についてミーティング、執筆開始というのが理想的なスケジュールなのかなと思います。
申請書はたくさんリバイズする
僕は申請書はVer.5、スライドはVer.6で最終的に提出 / 発表しましたが、やはりVer.3あたりまでは完成度が上がっていく手応えがありました。
手間も時間もかかりますが、人生がかかっている申請なので、少なくとも2回修正を経たVer.3くらいのもので提出することを目指すべきだと思いました。
誰にコメントしてもらうかをよく考える
申請書について人からコメントを頂くと思うのですが、思っている以上に違うことを言われます。
これらの指摘にすべて対応していると「船頭多くして船山に登る」状態となり、かえってクオリティが落ちてしまうのではないかと思っています。
そして、見てもらうだけ見てもらって指摘事項を反映しない、というのは心象が最悪なので絶対に避けるべきで、そうなるくらいなら見せる人を絞るべきだと思っています。
僕の場合は、受入研究室の先生方 (教授・准教授) からがっつりとフィードバックを頂き、指導教員の先生を含む先生方に軽くコメントを頂く、という方針で進めました。
コメントを頂いたのは計5人で、これくらいが指摘が散ってしまわない上限なのかなと感じています。
面接練習では発表と同時に質疑も練習する
面接練習と言われて、誰でも発表は練習するかと思いますが、実は質疑の練習も重要だと思っています。
人間、緊張すると質問の途中で遮って回答してしまったり、ついつい聞かれてもいないことを長々と話してしまったりするものですので、これを練習しておくのは大事なことだと思います。
ちまたでは「100回練習しよう」と言われていますが、発表練習100回 質疑練習0回よりも、発表練習30回、質疑練習10回の方が実は面接全体のクオリティは高められているのではないかと感じています。
研究室のスタッフの先生など、競争資金の面接経験がある人に模擬質疑をしてもらえるのが理想ですが、それっぽい質問が来た前提で実際に口に出して回答をしてみるだけでも違うと思います。
おわりに
軽く書こうと思っていたら約8000文字と結構な超大作になってしまいました。
来年からはPDかSPDかはわかりませんが学振PDとして、特別研究員として新しい環境で研究をしていくことになります。
この記事が学振PDに申請する人に何かしらの助けになればうれしいです。
何かあればプロフィールのところにあるアドレスにメールしてもらえれば、対応できることであれば対応します。