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偶然の話
7月9日
早朝から、かなり気温が高い。
庭ではニイニイゼミが数匹鳴いている。
夏になると、この家の庭で一番最初に地上に出てくる蝉だ。
リンは蝉の音が気になるのか、しきりと庭木の方を探していた。
散歩に行った公園では、もっとたくさんの蝉が鳴いている。リンはずっときょろきょろ周囲を見回していて忙しない。
カンダさんと会ったので、少しばかり世間話をする。
リンは、低い植え込みを見上げて、何事か僕に報告するように一声吠えた。枝を見ると蝉の抜け殻がついている。それが気になるのかと手を伸ばして枝から取り、それをリンの鼻先に置いた。リンは熱心に匂いを嗅いでいる。
カンダさんは、やっぱりこの子は僕の家に貰われて良かったとしみじみ言う。どちらかといえば、僕がリンに選ばれたような気がするのだけれど。
仕事の帰りに、ヨネヤとビアガーデンに行く。
本当は真っ直ぐ帰るつもりだったのだが、駅まで歩いているうちに、暑さと喉の渇きに逆らえなくなったのだ。
お互いそれほど長居するつもりはなく、デパートの屋上のビアガーデンで枝豆をつまみに一杯空ける。
さて帰ろうかと立ち上がったら、誰かに名を呼ばれたような気がする。振り返って人で賑わっている屋上を見回すと、見知った顔がある。どうやら、今し方ここへ来たばかりのようだった。
タカハシさんは僕に、お久しぶりです、お仕事帰りですか? と言う。それからヨネヤに目礼した。ヨネヤもあわてて、どうもなどと呟いている。
タカハシさんとは以前、一人で入った狭い飲み屋で隣り合わせたのだが、気がつくと本を話題に静かに盛り上がっており、以来飲み仲間であり趣味仲間である。よく考えると、酒の場でしか会ったことがないように思う。
ヨネヤが、久しぶりなんだろ、じゃあ俺は帰ると宣言するとさっさと歩き出してしまったので止める間もなかった。喉が潤ったらチカコさんのことでも思い出したのだろう。
折角なので一杯つき合うことにして、今立ち上がった席に座る。
良かったんですか? と少し恐縮した風に言うので、どのみち彼とは明日も会うし、最初から一杯飲んで駅で別になる予定だったのだと答えた。
ジョッキをもう一杯注文して、世間話をする。世間話はいつの間にか、面白かった本の話題になり、飼い犬のことになる。
とりとめはない。小一時間ばかり盛り上がって別れた。