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豆腐の事
7月27日
朝の通勤電車でまた座る事ができた。
学生が夏休みになってからはラッシュが緩和されているので、座っていても向かいの窓から外の景色を眺められる。外は良く晴れていて、このまま海か山にでも遊びに行きたくなるような天気だった。
しばらく外を眺めていたが、鞄に入れた文庫本の存在を思い出し読み進める。読んでいるうちに少し眠くなったのでうたた寝をした。
頭の上で、ねえ!と大きな声がして目が覚める。
驚いて顔を上げると、降りる駅に着くところだった。
つい先日も同じようなことがあったのだが、僕の気のせいなのか、やはりそんな声を出した人物も見当たらないし誰も気にしていなかった。夢にしても、乗り過ごさずに済むので少し有り難い気がする。
どうも僕は、電車で座っていると眠くなってしまう。話し相手がいればそうでもないが、あの振動が眠りを誘うらしい。帰りの電車はそれなりに混んでいて、大抵はドアの所に立って外を眺めながら帰るので寝てしまうことはない。
夕方、朝と同じ道を辿ってリンと散歩に行く。公園の中をぐるりと一周すると、出口の脇に豆腐屋がいた。
「とうふ」とひらがなで書かれた小さなのぼりが立っている。頑丈で重そうな自転車の荷台に、大きな箱がついていた。
見ると、カンダさんのお母さんが豆腐を買いつつ、豆腐屋の親父さんと世間話をしている。
僕に気がついたカンダさんのお母さんが、気さくに手を振ってくれる。会釈を返すと手招きをするのでそちらに向かった。
ここのお豆腐はとてもおいしいので、もしお豆腐が嫌いじゃなかったら、一度食べてみるといいと薦めてくれる。
それならと、一丁買って帰ることにする。豆腐屋の親父さんは、油揚げを一枚オマケにつけてくれた。
もし早起きしたら、朝は店の方で売っているからと店の場所を教えてくれた。カンダさんの家からそう離れていない住宅街の一角にあるそうだ。
僕が道順を聞いている間、リンはカンダさんのお母さんに頭を撫でられて、嬉しそうに目を細めている。
家に戻ってから、すぐに夕飯の支度をする。早速豆腐を食べてみた。
表面は木綿豆腐のようにしっかりしているが、中はとても柔らかかった。何もつけなくてもおいしい。
リンがじっと見ているので、ちょっと待ってと制して調べてみる。豆アレルギーや疾患がなければ、味をつけずに食べさせても良いとある。一口あげてみると、あっという間に食べてしまった。それから顔を上げて、もっと欲しいという表情で僕を見る。
一般的に犬は豆腐が好きなのだろうか。それとも、リンの好みが変わっているのだろうか。結局、リンに三分の一ほど分けてしまった。
リンは満足した顔で、あとは自分のドッグフードを食べている。
サカエダさんが面白そうに僕とリンを眺めていた。