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メジロの事
8月6日
朝、リンと散歩に行く前に、池の近くに脚立を出して板を乗せただけの簡単な台を作った。
その上に、適当な大きさに切った林檎を乗せる。昨日の鳥がまた来てくれたら、後でちゃんとした台を作ろうと思う。
蝉が朝から忙しなく鳴いている。
公園の脇を通って豆腐屋に寄ると、店の親父さんは店の前に立って空を見上げていた。
おはようございますと挨拶をしたら、親父さんは嬉しそうに僕とリンに向かって挨拶を返し、一旦店に入るとすぐに戻って来て、リンに豆腐を少し分けてくれた。
僕は自分の朝食と夕食の分に豆腐を二丁買った。
鼻の頭を満足そうに舐めているリンと家に戻って来ると、庭先から微かな鳥の声が聞こえた。
チィーという、小さな声だ。
息を殺してこっそり覗いてみると、萌黄色の小さな鳥が一羽、即席の台の上で注意深く周囲を警戒しながら林檎をつついていた。
よく見ると目の周囲にぐるりと白い縁取りがある。どうやらヨネヤの言った通り、メジロのようだった。
しばらくするとリンが庭に駆け込んで行ってしまったので、メジロは瞬時に飛び上がり、庭木の中に姿を隠してしまった。
リンは気にするふうでもなく、池の水をおいしそうに飲んでいる。僕らの姿が見えなくなったら、またメジロも戻って来るだろう。
明日は、オレンジでも出しておいてやろうと思う。
早速、会社でヨネヤにメジロのことを報告すると、なんだか得意げにやっぱりなと返された。
子供の頃、ヨネヤの父親が野鳥用の餌場を庭先に作っていたそうで、スズメやメジロ、ヒヨドリなどは毎日のように見かけたのだという。
鳥というのは意外と周囲の変化に目聡いようで、特に食べ物に関する情報収集能力はなかなかのもののようだ。
なるべく、木陰になるところに餌場を作った方が良いとかあまり台を大きくしすぎない方が良いとか、畳みかけるように色々なことを言うので、そんなに詳しいのなら手伝いにきてくれと言ってみたら、二つ返事で引き受けてくれた。
明日は、餌台を作るのと、蔵の中身の虫干しをすることにした。