
熱の事
7月19日
昨日の朝目が覚めないと思っていたら、熱が出ていた。特に風邪をひいたわけでもないし、熱以外に自覚症状もなかった。
疲れが出たのだとキスミは言うが、疲れるようなことをした憶えはない。何かいつもと違うことをしたかと聞かれたので、最近庭の池を掘り返した事と、昨夜の達磨の話をした。
携帯電話の着信履歴を見ると、やはり奇妙な番号は残っていて、キスミはそれを見るなり、変なものは消しておくに限ると言いながらその履歴を削除した。
まあ、とにかく寝ていろと言う。言われるまでもなく、寝ているより他に仕方がない。折角の休日だというのに、ほとんど部屋から出なかった。
たまに目を覚ますと、リンが僕の顔をのぞき込んだり足元で行儀良く座っていたりした。
リンの散歩はキスミが行ってくれたらしい。
昨日の日記は、今日になって記憶していることを書いたものだ。
今朝は普通に目が覚めた。
熱はすっかり下がっていて、昨日一日横になって過ごしていたのが嘘のようだった。リンは、いつもの場所で仰向けになって寝ている。
起き上がって座敷を覗いたら、知らない間に人間が増えていた。
キスミの他に、大学の時からの友人のモチヅキと、それから同僚のヨネヤがいる。
座敷の隅に、空の缶ビールが七本几帳面に並べてあった。これはおそらくモチヅキが並べたのだろう。
ふと見ると、蔵から持ち出した達磨は座敷の箪笥の上で小さな朱色の縮緬の座布団に乗っている。何年も前からそこにあったように、しっくりと収まっていた。
三人とも起きる気配がないので、リンと散歩に行くことにした。体調はすっかり良くなっていて、身体が軽く気分が良かった。
散歩から戻っても、三人はまだ寝ている。風呂に入ってから、四人分の朝飯を作り始める頃にようやく起き出してきた。
モチヅキが、おはようと言いながら、作るのを手伝ってくれた。
キスミによると昨日の夕方、電話を掛けてきた二人がモチヅキとヨネヤだったのだそうだ。勝手知ったる他人の家で、しょっちゅう入り浸っているキスミらしい対応だ。
モチヅキとキスミは同じ大学だが、ヨネヤは二人とは初対面だった。家の主が高熱で寝込んでいるというので、見舞いがてらに家まで来たのだが、あまりに平和に眠っているのを見て拍子抜けしたらしい。涼しげな顔をしていたそうだ。
たぶん、気温より体温の方が高かったので、状態としては快適だったのだろう。
なんとなく三人で座敷で話し込んでいるうち、そのまま何故か飲み会になったらしい。見舞いの品が、座敷に並んでいたビールだったのだというから少しばかり呆れた。
縮緬の座布団は、玄関先に落ちていたのだとキスミが言った。蔵から達磨を持ってくる途中で落としたのだろうと言われたが、座布団など持ち出した憶えはない。
夜中で、眠かったこともあるから気がつかないうちにつかんでいたのかも知れない。
ヨネヤが池を見たいと言うので、座敷の縁側から眺める。すっかり雀の憩いの場所になっている。池を掘った顛末を話した。
そのうち、何か水生植物を植えてみてもいいかも知れない。