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両親が来た話
8月14日
リンと朝の散歩に行き、朝食はまた祖母の用意してくれたものを四人で食べる。なんとなく学生の頃の夏休みを思い出した。
昼頃、両親が顔を出した。一泊していくと言う。
リンと両親は初対面だったのだが、リンはいつものように訪ねてくる人間には歓迎の意を表している。父は、おう、犬。というよく分からない挨拶をしていたが、母は、リンちゃんはじめまして。まあ、可愛らしいと大喜びしていた。
昼食は、そうめんと天ぷらを僕が作った。出汁をとって、簡単なそうめんつゆも用意する。妹が、薬味を用意するのを手伝ってくれた。リンに冷ました出汁を少しあげると、大喜びであっという間に飲み干してしまった。
座敷に大きな座卓を出して、六人で食べる。
両親は、昼食後に墓参りへ出掛けて行った。祖父母も妹も、ちょっと出てくると言って出掛けて行く。午後は、カネダさんに借りた本を少し読み進める。
夕食後、抗いがたい眠気に襲われて、座敷でついうたた寝をする。すると、妙にくっきりとした夢を見た。
夢の中でもリンと、この家の座敷に居るところだった。
余所の家を訪問するには少し遅い時間に、玄関の戸を控え目に叩く音がする。
リンはちらりと玄関の方に顔を向けたが、なんだか物分かりの良さそうな顔でその場に伏せてしまう。かと思えば、僕が玄関の様子を見に行く後ろを面白そうについて来る。
玄関の外の電気を点けると、人影が二つ並んでいる。門柱と、玄関戸の横にそれぞれ呼び鈴がついているのに気がつかなかったのだろう。
僕が、どちら様ですかと尋ねると、このほど近くに越して参りました者です。夜分に失礼とは存じますが、御挨拶に伺いました。と、やけに丁重な物言いの落ち着いた男性の声が答えた。
上がり框を下りて玄関の戸を開けると、僕より頭一つ高い男性と、それに寄り添うように立っている小柄な女性の姿があった。
僕がこんばんはと言うと、二人もこんばんはと言う。
男性は精悍な印象を受ける引き締まった顔立ちで、その顔をしっかり見る間もなく深々と頭を下げ、たっぷり十秒ほどして頭を上げる。隣に立つ女性もそれに倣う。
僕が慌ててご丁寧にどうも有り難うございますと頭を下げると、二人は嬉しそうに笑う。
これは御挨拶の品です、どうぞお納め下さいと言って女性が小さな箱を差し出して来る。ほっそりとした手をしている。礼を言って受け取ると、二人はまた揃って頭を下げ、夜分に大変失礼致しましたと言い残すと帰って行った。
包みを解き、箱を開けてみると梅の花が詰まっている。
これは一体、と思ったところで目が覚めた。
目を覚ましてみると、座敷の縁側で父がリンと遊んでいる。いつの間に買って来たのか、犬が噛んでも壊れないゴム製の桃色のボールを転がしていた。