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10億ゲット作者の思う『編集者は敵なのか』

 お世話になっております。竹田人造です。主に機械学習の知ったかぶりでサラリーを貰っています。ちょっと話題になった改題の経緯と、作家の譲れるもの譲れないものについていくらか書かせて頂きます。
 当方、モーニングルーチンに言い訳が入っているタイプの会社員ですので、あくまで個人の経験だと予防線を張っておきます。

改題の衝撃

『人工知能で10億ゲットする完全犯罪マニュアル』

 このタイトルを初めて伺ったのはメールだったのですが、正直、メールで良かったと思います。困り果てる時間が必要でしたから。

 竹田人造と言えば、下手の横好き系ゴマすりエンジニアでおなじみ。職場では曖昧な褒め言葉を連発して好感度を下げ、丸亀製麺では無料のすり胡麻でだしの風味を殺すタイプ。まして相手は今後の作家生活を左右する担当編集さんです。どんなメールが来ようともゴマの嵐を振りまいてやる所存でした。
 しかし、そんな私のゴマすりムーブが止まったのです。それほど『10億ゲット』は衝撃でした。

 少々時を戻しますが、本作は元々創元SF短編賞に応募した『アドヴァーサリアル・パイパーズ あるいは最後の現金強盗』という短編小説が元になっています。(本編の一章にあたります)
 「現実のルールから魔法が生まれる愉快」をコンセプトにした作品でして、現代よりも一歩進んだAI技術で、ギーグな二人が軽口叩きながらハリウッドばりの犯罪計画をやってのけるお話です。木っ端エンジニアの知識とクライムコメディ趣味を総動員して好き放題書きました。

 新井素子先生に嵐のような勢いでお褒めいただいたといえ、短編は短編。長編化するには物語やSFとして深みを増すような、大きな軸を与えなくてはなりません。

 この作品において、軸を与えるとは半端に未来ガジェットを投入することではありません。主人公の三ノ瀬にAIの未来を望ませることでした。

 三ノ瀬は夢破れたAI技術者です。ドラえもん的な強いAIを生み出す夢を持っていたのですが、本物の才能に敗れ、会社をクビになってしまいます。しかし、その技術への拘りを買われて、アロハシャツの犯罪コンサルタント、五嶋に拾い上げられます。自暴自棄になっても捨てきれなかったAIへの希望が、三ノ瀬を前代未聞の強盗作戦に巻き込んでいくわけです。

 もう少しまとめますと……

AIは発展していく。凡人を捨てて進化していく。そして、僕らの技術はその礎にすらなれやしない。 

 上の言葉に、「それでも」をつける物語です。

 原題の『電子の泥舟に金貨を積んで』は、そんな三ノ瀬の心情に沿ったタイトルでした。やや押され気味の日本のAI事情と絡めて、自虐的なニュアンスでの電子の“泥”舟だったのですね。我ながら上手いことつけたものじゃないでしょうか。ちょっと語呂が悪いけど。

 ですが、提示されたのは『人工知能で10億ゲットする完全犯罪マニュアル』でした。もちろん、出版にあたって改題というのはよくある話ですし、意識はしていました。
 しかし、まさかゲットとは。10億ゲットとは。そもそも良いのか、ハヤカワで10億ゲットは。閻魔様が気難しい人だったら、10億ゲット出版罪で地獄にゲットされたりしないか。そんな思いが頭を過ります。

 私も地獄は嫌ですので、いくつか対案を出して抵抗を試みたのですが、編集者さんの返答は「通話しましょう」でした。コミュ障の方はご存知かと思いますが、これは我々にとって「表出ろや」と同義です。
 こうなれば、腹をくくるしかありません。いざとなれば、夜闇に紛れて、すり鉢でお命ゲットも辞さない。そんな覚悟で受話器を取りました。

 結論から言えば、私は夜闇に紛れませんでした。お天道様の下にいます。
 編集さんは原題の意図を完璧に理解されていました。何なら私以上に明確に言語化されていました。それだけではなく、三ノ瀬と五嶋の関係性、ライバルエンジニア九頭のSF的な重要性などなど、作品に込めたものをしっかりと汲み取ってくれていました。

 編集さんといえば本創りのプロ。当然と言えば当然なのかも知れませんが、感想慣れしていない私には、その打ち合わせは『10億ゲット』のタイトル以上の衝撃でした。
 その上で、「タイトルと作風の印象を近づけるため」「ダサめのヌケ感を与えるため」「諸々分析した売上のため」と理路整然と言われてしまえば、白旗を挙げる他ありません。
 いや、白旗は不適切ですね。この人の賭けに乗ってみようと思えました。

 ということで、『電子の泥舟に金貨を積んで』は編集さんの圧力ではなく理解によって『人工知能で10億ゲットする完全犯罪マニュアル』に生まれ変わりました。
 ttlさんのカバーイラストも、アフターグロウさんのデザインも、この本はみなさんの理解に溢れています。幸せ者です。
 あ、帯の宣伝文句案だけは純粋にダサかったので三時間電話して修正して貰いましたが……。あれはホント、ボロクソ言ってすいませんでした……。


編集者は敵なのか

 さて、タイトルの『編集者は敵なのか』についてですが、私の答えは「理屈で話せるならNO」です。月並みな結論で申し訳ございません。

 機械学習にはSVMという有名アルゴリズムがあるのですが、これは識別境界(判断の分かれ目)からデータを遠ざけることで精度を上げています。それだけ、AIはYES/NOの境目の判断がブレがちなのです。

 実はこれはAIに限った話ではなく、人にも言えるんじゃないかと思います。人には譲れるものと譲れないものがあるわけですが、その境界は本人が思っているより簡単に揺れ動くのかも知れません。今回の場合は、「何故この作品がSFなのか」という部分が伝わっていたと解って、タイトルは譲れるものに変わりました。10億ゲットでもいいじゃない。欲しいもの。10億。

 冒頭でも申し上げましたが、これはあくまで個人の経験則です。唯一の解だとは思っていません。別に理屈が通じなくても、編集さんの弱みを握ったり、脳をハッキングしたりすれば味方にできると思います。ただ、私はこれで良かったと思っています。……売れればね!

 落ちても折れてもまだ諦めきれない奴らの人生逆転スラップスティック。
 AIを騙し、ヤクザを騙し、カジノも騙す、前代未聞の強盗作戦。
『人工知能で10億ゲットする完全犯罪マニュアル』
 好評発売中です。どうぞお手にとって頂けますと幸いです。

 あと出来れば感想も。ゴマ握りしめて待ってます。



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