カスタマーハラスメントが許せなくて、どうしたらいいか考えてみた【ハラスメント対応ポリシー文案】
カスタマーハラスメント(カスハラ)とは、従業員さんなどに理不尽なクレームをあびせたりして精神的ダメージを与えるものです。昨日もたまたまそれらしき事例をみかけてしまい、気が滅入る思いがしました。接客業や医療介護の現場は、カスハラによって大きな被害を受けているのではないでしょうか。本当になんとかしないといけない喫緊の課題だと思います。
もちろん、すべてのクレームが悪質と言いたいわけでありません。苦情、クレームには、正当な要望やお客さんからの貴重な情報が寄せられることもあります。見方を変えれば企業経営にとってメリットがある情報であり、売上向上のヒントにもなるものです。
でも、カスハラはこうした一定範囲の「苦情」とは異なるものです。暴力的な行動や要求、暴言や度を越えた叱責のことであり、場合によって恐喝、強要などで有罪になり得る迷惑行為です。そんなことが経営にプラスになることはあり得ません。
脅迫罪とは・・・
刑法第222条
1生命、身体、自由、名誉又は財産に対し害を加える旨を告知して人を脅迫した者は、2年以下の懲役又は30万円以下の罰金に処する。
2親族の生命、身体、自由、名誉又は財産に対し害を加える旨を告知して人を脅迫した者も、前項と同様とする。
強要罪とは・・・
刑法第223条
1生命、身体、自由、名誉若しくは財産に対し害を加える旨を告知して脅迫し、又は暴行を用いて、人に義務のないことを行わせ、又は権利の行使を妨害した者は、3年以下の懲役に処する。
2親族の生命、身体、自由、名誉又は財産に対し害を加える旨を告知して脅迫し、人に義務のないことを行わせ、又は権利の行使を妨害した者も、前項と同様とする。
3前2項の罪の未遂は、罰する。
カスハラは現場の疲弊につながる
むずかしいのは、どこまでが通常のクレームでどこからがカスハラなのかは、定量的に定義しにくいことです。たとえば「バカ」と何回言ったからカスハラだ、みたいな決め方がしにくいわけです。もちろん現場の雰囲気レベルでは、明らかにカスハラならカスハラだとわかりますよね。でもそれを上司に報告しようとすると、状況説明が非常に長くなったり、ポイントや決め手がよくわからなかったり、結果的にうまく伝えられなくて現場が我慢することになったりします。
そもそもどんな会社であれ「お客様第一」で経営努力をしているものだし、細やかなホスピタリティは称賛されるべきです。
そのために、あきらかに一線を越えたお客にどう対応すべきかという視点は、これまで具体的に検討されてこなかったように思います。でもカスハラから現場の従業員を守ることは、会社が継続していくために欠かせないことだし、結果的には既存のお客様によりよいサービス環境を提供するための基礎になるもののはずです。
「それはわかったけど、具体的にどうしたらいいの?」
という話なんですが、
どうすべきか?
この手の話を少し調べると、解決策としてはたいてい次の3点が挙げられています。
とるべき対応としてネット上でよくいわれているもの
①弁護士と連携しましょう
②研修などを行いましょう
③録音や記録をとっておき、いざというとき警察とも連携しましょう
これらは正しいとは思います。
が、すぐに実践できる会社がどれくらいあるでしょうか? おそらく、そもそも弁護士を探すのに苦労したり、すぐに研修の開催まではむずかしかったり、防犯カメラはあるが録音まではうまくとれなかったりと、なかなかすぐには取り掛かれなかったりしないでしょうか。
僕はもっと、費用対効果の高い方法をおすすめしたいと思います。
カスハラに対応すべきなのは現場ではなく組織
そもそもこの問題の特徴として、カスハラが起きた時最も困るのは現場なのに、最も効果的に対応できるのは組織であるという「非対称性」があると思います。
たとえば突然営業所にやってきては、なにかしらの不手際につけこんで金を要求する者があらわれるといった事態への対応を、現場で起きていることだからといって現場任せにすると、通常業務ではないので現場は混乱し、どう対処していいかわからず、ひたすら負担になってしまうわけです。
こういうときの現場の切実さは、なかなか上に伝わっていきません。
逆にいえば、組織ぐるみで動いてくれれば、現場は助かるのです。
では組織は何ができるのでしょうか?
上記に挙げた3つの指摘ができれば、理想的でしょう。しかし繰り返してしまいますが「果たしてすぐにできるのか」という点では見劣りします。
僕が提案したいのは、「文書」による方法です。
つまり早急に「ハラスメント対応ポリシー」のような行動指針を明確に打ち立てることです。
現場ではどんなカスハラが起こりえるのか?
それをあらかじめ想定して、頭の中で避難訓練ができるようにします。
そして、そのような場合は具体的にどうするのか、予告編を描いてあらかじめ公開しておくわけです。
すごくいい先例があるのでご覧ください。
タクシー会社の運送約款です。
運送を拒絶? 約款によるハラスメントポリシー事例
あるタクシー会社の約款には、次の条項がみられます。
「旅客の当社の運転者に対する法令の規定又は公の秩序若しくは善良の風俗に反する行為(本条において、セクシャルハラスメント、モラルハラスメントその他の旅客の発言、行動等が旅客の意図には関係なく、当社の運転者を不快にさせ、尊厳を傷つけ、不利益を与え、又は脅威を与える行為(以下「ハラスメント」という。)をいう。)を差し控えていただきます。」
(日本交通株式会社 一般乗用旅客自動車運送事業運送約款 第四条の3より引用)
つまり、お客さんといえども一定のハラスメント行為をしたときは、これを「控えていただく」、つまりこのような行為は禁止ですよと明確にしています。具体的には「不快にさせ、尊厳を傷つけ、不利益を与え、又は脅威を与える行為」となっており、乗客がタクシー運転手にたいして暴言を吐いたり、シートを蹴るなどの暴力的行為や、具体的に脅すことや不当な要求をすることが想定されているものと思われます。
そして、じゃあそうなったらどうするんだ? ということ、つまりそのような行為があった場合の規範として、次の条項が続きます。
2 ハラスメントがあった場合、運転者はハラスメントの中止を求め、旅客がこの求めに応じない場合には、運送の引受け又は継続を拒絶する他、運転者又は当社の判断において警察等へ通報します。また、ハラスメントにより生じた損害の賠償および、慰謝料を請求します。
(日本交通株式会社 一般乗用旅客自動車運送事業運送約款 第四条の3より引用)
ようするにここでは、お客さんがハラスメント行為をした、中止を求めてもそれをやめなかった、というときは、もはやタクシーを停車してしまってよいし、警察へ通報してもよいといっているわけです。つまりある種の契約解除です。契約の解除事由に客のハラスメント行為が追加されているようなものですね。
大事なのは、会社が約款を改正した点です。
なぜなら約款を変えるというのは、ドライバー(現場)の判断ではできないということですよね。ドライバーさんの努力や我慢に頼るのではなく、やはりここは組織が動いて、このように決定して約款にかなり踏み込んだ表現で記載して発表してくれていることが妥当であり、効果的なわけです。
あらゆる接客業や、医療介護分野にハラスメント対応ポリシーを
カスハラが現場を疲弊させるものであることはいうまでもありません。
そしてその対応は現場任せにできるものではなく、組織側が率先して介入しなければならない問題です。だからすぐにとりかかれる対応策として、文書、つまりなんらかの公式見解としてハラスメント対応ポリシーを策定して、あらかじめオープンにしてしまうという手段が考えられます。
ホームページ等で公表することを考えると、読み手の気持ちにたった丁寧な説明が望ましく、また、誤って本来は合理的な苦情としてくみ取るべき内容を、ハラスメントと誤解してしまうことのないように、表現に気を配る必要はあるでしょう。そして当然ながらハラスメントポリシーは、復讐や特定の人物の攻撃が目的ではなく、あくまで「あらかじめ」方針を明らかにすることによって、むしろお互いの行き違いをなくし、ハラスメントが起こらないように予防効果を期待するものです。
文案を考えました
文案を考えました。たとえば次のようなポリシーが考えられます。
「カスタマーハラスメントへの対応に関する方針」
・この方針を策定した理由
私ども株式会社○○○○(以下、「弊社」といいます。)では、お客様に安心して〇〇〇〇をしていただけるよう、日々迅速で親しみやすい○○サービスの提供に尽力しています。日頃より多くのお取引をさせていただき、おかげさまで先日〇〇周年を迎えたところです。
ご愛顧に感謝し続けることはもちろんですが、より一層のサービス品質の向上を目指すために、近年の労働環境の変化や、改正労働施策総合推進法をはじめとする諸法令の規定等を受けて「職場における労働者の就業環境を害する言動に起因する問題の解決の促進」にも積極的に取り組みたい所存でございます。
そこで、この取り組みの一環として、弊社のカスタマーハラスメントへの基本的な考え方を策定し、公開させていただきます。
こうした取り組みにより、弊社がより高い理想を目指して推進できることを信じておりますし、また、決してお客様からの貴重なご意見を排除する目的ではないことを、何卒ご承知いただきたくお願い申し上げます。
・カスタマーハラスメントの想定と対応について
弊社は、お客さまからのご意見等につきましては、貴重なアドバイスとして受け入れる一方で、ごく一部の例外として、下記のような事例が見受けられましたので、これらをいわゆるカスタマーハラスメントとして想定することにより、迅速な事案の解決と従業員の保護に努めてまいります。
すなわち、カスタマーハラスメントに該当する行為は、以下の行為を想定しています。(カッコ内は例示であり、これらに限定される趣旨ではございません。)
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①身体的な攻撃
(物を投げつける、殴る、蹴る、強く押すなどの行為をいいます)
②精神的な攻撃
(大声で威圧することや、それと同時に人格を否定するような言動、罵倒、長時間の叱責、誹謗中傷などの行為をいいます)
③弊社のサービス提供に必要かつ相当な範囲を超えた過大な要求
(業務の範囲でない作業や私的な雑用をさせる、合理的レベルを超える品質を要求するなどの行為をいいます)
④個の侵害
(みだりに従業員を監視したり、撮影したり、個人情報について執拗に聞き出そうとするなどの、弊社のサービス提供に無関係の情報を引き出そうとする行為をいいます)
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上記のような行為、言動、事案が発見された場合には、弊社といたしましては残念ながらお客様との取引契約を停止または解除させていただく場合があります。また万が一を想定して、弁護士、警察等への相談、連絡、通報といった、外部機関との連携の措置もとらせていただく場合があります。予めご了承ください。
上記は現時点での取り組みの原則を示したものであり、弊社はこれらに満足することなく、これからも最善の取り組みとなるよう改善を重ねてまいります。たとえば社内においても、カスタマーハラスメントに該当する事案に対し、適切な対応判断のための相談窓口を社内に設けることや、必要な指示を仰げるような外部機関との連携を強化してまいります。さらにお客様対応のスキル自体を向上させるべく、外部講師を招いて社内研修を定期的に開催する予定です。
以上、今後ともお客様によりよい〇〇サービスを提供できますよう、鋭意努力してまいります。引き続きのご愛顧を賜りますようお願い申し上げます。
令和〇年〇月〇日
株式会社〇〇〇〇
代表取締役 〇〇〇〇
一行でも参考になれば幸いです。
まとめ
あらかじめ会社の方針を作成し、それを共有したり公開したりすることで、カスタマーハラスメントの予防につなげられ、少しでも適切な職場環境の維持に役立てばと願うばかりです。
お客と事業者とは、「対等」というのとはまた違うベクトルなのかもしれませんが、すくなくとも不当な行為をされたとき、現場がなすすべなく立ち尽くすだけになってしまっては悲劇です。
2020年、アメリカでは構造的な人種差別の撤廃運動がこれまでにないほどの規模で盛り上がり、大きな反響を呼んでいます。背景はまったく違いますが、「無理解」や「不当な扱い」など根源的には共通点があるような気がして、考えさせられます。
ハラスメントのない社会に向け、文書の力で貢献したいものです。
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