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三権分立ということ

「定年延長」とだけ聞くと、長くご活躍できて結構なことだ、くらいにしか思わないのですが、事情を知るとまた違った側面がみえてきたりします。もっとやわらかいnoteを書きたかった日曜日。ですが、いまあらためて「三権分立」について確認しておきたくて自分用にメモします。

憲法に根拠あり

まずは憲法を3か所引用して、日本の三権分立の前提を確認します。

――― 日本国憲法第41条〔国会の地位〕
第四十一条 国会は、国権の最高機関であつて、国の唯一の立法機関である。
――― 日本国憲法第65条〔行政権の帰属〕
第六十五条 行政権は、内閣に属する。
――― 日本国憲法第76条〔司法権の機関と裁判官の職務上の独立〕
第七十六条 すべて司法権は、最高裁判所及び法律の定めるところにより設置する下級裁判所に属する。
2 特別裁判所は、これを設置することができない。行政機関は、終審として裁判を行ふことができない。
3 すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される。

なるほど。憲法にも、国会と内閣と裁判所がそれぞれ立法と行政と司法を担うことが、ちゃんと書いてありますね。

そもそも三権分立とは、立法は国会が、行政は内閣が、司法は裁判所がやるぞというように、権力を分散させるしくみです。ルールをつくる人と、プレイヤーと、審判をわけておかないと、ゲームがひどくつまらなくなります。だって、もしも選手と審判があんまり仲良くしていたら公正な試合にならないですからね。

法の精神という大作

「だから権力を分立させ、互いにけん制しあうべきだ。」というのですが、この考え方は、モンテスキュー(Charles-Louis de Montesquieu)というフランスの哲学者が「法の精神」という1748年に出した本に書いていたというのですから、相当に歴史があるしくみなわけです。

ちなみに「法の精神」という本のタイトル、正確には

法の精神について、あるいは法がそれぞれの政体、習俗、気候、宗教、商業などと取り結ぶべき関係について(De l'esprit des lois, ou, Du rapport que les lois doivent avoir avec la constitution de chaque gouvernement, les moeurs, le climat, la religion, le commerce, &c.)

というんだそうです。・・・長い! 実は「法の精神」は、三権分立だけじゃなくて、実は社会学の広範な分野にまたがった壮大な考察でもあったんですね。出版された1748年といえば、日本はまだ江戸時代、徳川家重さんの時代です。しかも、執筆に「20年」かかっている(Wikipedia)らしい、超大作。

検察官の独立性

さて、司法の世界には、スポーツのたとえでいうところの審判、あるいは監督さんのような、ジャッジする役割があり、そのひとつが司法的職務を担う「検察官」です。

検察庁法4条には、検察官の仕事について次のように書いてあります。

第四条 検察官は、刑事について、公訴を行い、裁判所に法の正当な適用を請求し、且つ、裁判の執行を監督し、又、裁判所の権限に属するその他の事項についても職務上必要と認めるときは、裁判所に、通知を求め、又は意見を述べ、又、公益の代表者として他の法令がその権限に属させた事務を行う。

つまり、検察官は訴追機関。簡単にいえば「人を裁判にかけるかどうかを決めるところ」ですね。これができるのは、しくみの上では検察官だけです。だからこそ独立性が必要です。スポーツでも、審判ができるのって審判だけですよね。選手にペナルティを与えたり、ときには退場させることもできる。それくらい審判の権力は強いものだし、だからこそ信頼できる人でないと困ります。

定年は検察庁法で決まっていた

ところでなぜ「検察官」の話をしだしたかというと、いま注目されているのが、この検察庁法の22条だからです。

―――検察庁法22条
第二十二条 検事総長は、年齢が六十五年に達した時に、その他の検察官は年齢が六十三年に達した時に退官する。

どういうことかというと、検察庁法の第22条には、検事総長は65歳、その他の検察官は63歳で定年だよ、と書いてあるわけですね。検察庁法には定年延長の規程はありません。検察官は例外なく63歳で定年なのです。

ところで政府は2020年1月31日に「今年の2月7日に63歳になる」東京高検検事長の勤務を「半年間延長する」と閣議決定しました。閣議決定というのは、このアイデアを国会に提出しよう、と内閣が決めることです。つまり、この検察官はほんとうはもう定年なんだけど、半年延長してもらっちゃおう、というわけ。なぜなんでしょう?

国家公務員法というテクニック

ちなみに、国家公務員法という法律には定年を延長する制度があります。なのでテクニック的には、たしかに定年であっても、半年くらいなら延長できそうにみえます。なぜなら検察官も国家公務員だからです。

勤務延長(国公法第81条の3、人事院規則11-8第6条~第10条)についての「資料」(人事院)

⑴ 定年退職予定者が従事している職務に関し、職務の特殊性又は職務遂行上の特別の事情が認められる場合に、定年退職の特例として定年退職日以降も一定期間、当該職務に引き続き従事させる制度

⑵ 勤務延長を行うことができるのは例えば次のような場合
例 定年退職予定者がいわゆる名人芸的技能等を要する職務に従事しているため、その者の後継者が直ちに得られない場合
例 定年退職予定者が離島その他のへき地官署等に勤務しているため、その者の退職による欠員を容易に補充することができず、業務の遂行に重大な支障が生ずる場合
例 定年退職予定者が大型研究プロジェクトチームの主要な構成員であるため、その者の退職により当該研究の完成が著しく遅延するなどの重大な障害が生ずる場合

⑶ 勤務延長の期限は1年以内。人事院の承認を得て1年以内で期限の延長可。(最長3年間)

落ち着いて考えてみた

ただし、先ほど引用した検察庁法22条にわざわざ、検察官の定年が(63歳までと)規定されているのですから、国家公務員法の定年退職の規定(国家公務員法第81条の2)や、勤務延長の規定(同法第81条の3)は、検察官には適用されない(特別法は一般法に優先する)、と考えるのが自然ではないでしょうか。

よって国家公務員法で検察官の勤務を延長することは、法律のしくみ上無理があるし、そもそも内閣が検察の人事に干渉できるとすれば、それはプレイヤーが審判を選べるようなもの。三権分立の趣旨に反してしまわないでしょうか。

モンテスキューさんが生きていたらどう見るのか、聞いてみたい気がします。ルールを守ってこそ、スポーツも成立します。憲法とは国家権力を制限し、人権保障をはかるもの。非常事態宣言下にあっても、この意味を落ち着いて考えたいですね。


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竹永 大 / 契約書のひな型と解説
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