秘密保持条項の真実 最近の裁判例を基に身近なリスクを分かりやすく解説
目立たない条項に潜むリスク
あなたは契約書のひな形をみて「ここはたぶん、こう書いておくものなんだろうな」のように、気軽な気持ちで読み飛ばしてしまったことはありませんか?
特に、契約書の一般条項(様々なビジネス契約書等に共通的に用いられる条項)は、かなり「定型化」していますから、あまり深く考えなくても、それなりに契約書らしく見えるものです。
しかし、実は一般条項にも大きなリスクが潜んでいるかもしれませんし、典型的な条文であっても、なぜその条項が必要なのか、どうしてこのように規定したのかが明確になれば、より自信を持って起案できるというものです。
そこで、今回はビジネス契約書で頻繁に使われる一般条項のひとつとして、「秘密保持条項」について解説します。この条項の意義と機能を深く理解すれば、誰でも適切な契約書の作成と運用ができるようになるでしょう。
家の鍵を掛け忘れたらどうなるかを想像してみてください
秘密保持条項はビジネス契約で特に重視される条項ですが、定型的な記載が多く「これでいいんだろうな」と読み流してしまいやすい条項の典型です。秘密保持条項は、いわばビジネス契約のセキュリティシステムのようなものです。家の鍵を掛け忘れたらどうなるかを想像してみてください。それと同じように、この条項を軽視すると重大なリスクが生じます。
まず、一般的な秘密保持条項の例を挙げます。
この条項の意義
秘密保持条項は、契約当事者間で開示される「秘密情報」の取り扱いについて定めており、これはビジネス上の秘密を保護し、当事者間の信頼関係を維持する上で重要です。上記のサンプル条文は、具体的には以下のことを定めています。
秘密情報を定義し、秘密保持義務を定める
第1項は、秘密情報を定義し、それに対する秘密保持義務の内容を定めています。つまり具体的には、契約当事者は、相手方から開示された秘密情報を第三者に開示・漏洩してはならず、また契約の目的以外に使用してはならない、としています。
ただし、この義務の対象から除外される情報(既に保有していた情報や、公知の情報など)を列挙することで、秘密情報の範囲を明確にしています。
秘密保持義務の例外を定義する
第2項は、秘密保持義務が適用されない場合を定めています。具体的には、法律上の守秘義務を負う者への開示、法令等に基づく開示、裁判所等の命令に基づく開示などが、義務の例外として認められています。
これにより、合理的な範囲であれば例外的に情報を開示することができるようにしています。
開示を義務付けられた場合の手続きを定める
第3項は、第2項第2号又は第3号に基づく開示を行う場合の手続きを定めています。これにより開示を義務付けられた当事者は、事前に相手方に「通知」し、可能な限り相手方の指示に従うことが求められます。これは、情報の開示に際して、相手方の利益にも配慮するための規定です。
秘密保持義務の存続期間を定める
第4項は、秘密保持義務の存続期間を定めています。契約終了後も一定期間(たとえば「3年間」など。)は義務が継続するとすることで、情報の保護をより確実なものにしています。
秘密情報明確化の3ステップ
さて、秘密保持条項において最も重要なポイントは、秘密情報の明確化です。秘密情報の範囲を曖昧にして契約してしまうと、情報の漏洩があったとき、それが秘密情報であったかどうかの判断が難しくなり、結果的に不利になる可能性があるためです。このような失敗を避けるために、秘密情報はできる限り明確に定義することが必要です。
自社の秘密情報を明確にする3ステップ
① 自社が保有する情報をリストアップする
② 相手から受け取る可能性のある情報を予測する
③ 具体的な秘密情報を契約書に記載する
秘密情報の明確化は、このように理屈上はシンプルですが、実際はなかなか難しい部分です。「何を秘密情報とすべきか」は、そもそも自社はどのような情報を保有しているのかや、相手から今後どのような情報を受領する可能性があるか、などを知り尽くしていないと検討できないためです。きちんと具体的な情報を検討したうえで秘密保持契約を締結できているのかというと、正直言って漠然と「念のために」締結しておく、といった場面の方が多いというのが実情だ思います。
そこで、せめて少しでも秘密情報の特定が容易になるように、一般的な9つの秘密情報をイメージしておきましょう。
秘密情報を具体的にイメージしよう!
一般的に秘密情報とは「公開されていない、企業にとって価値のある情報」を指します。たとえば以下のようなものです。取引の際にこれらの情報がやり取りされる可能性がないか? 確認してみてください。
情報が漏洩するとなぜ危険なのか?
さて、こうした情報が漏洩するとどうなるのでしょうか。情報漏洩のリスクをイメージしてみましょう。社内での周知や意識づけにも役立つでしょう。
秘密保持条項を起案しよう
このように秘密保持条項は「定型文」のままにせず、自社にとっての秘密情報を具体的に定義し、秘密保持義務、例外、期間、漏洩時の損害賠償、情報の返還・削除を明確にすることで、実効性のあるものにすることができます。
裁判例に学ぶ秘密保持条項のリスク対応
ここで、一つの裁判例を紹介します。ある小売店が、メーカーからの商品の仕入価格を一般に公開して安売りセールを行い、これが秘密保持義務違反にあたるなどとしてメーカーから訴えられました。この事例を通して、秘密保持条項の重要性と、実務上の対応を学びましょう。
事案の概要
「○○セール」など、安売り等の呼び掛けによって集客、販売促進するのはよくある手法ですが、本事例の販売店は、より効果的なアピールを狙ったのか、仕入価格を公開する形でセールを展開しました。
一般的に、販売店がその商品をいくらで仕入れたのかは明らかにされません。何をいくらで仕入れたかという情報は、商慣習上は秘密とされているものです。そこでこうしたセール手法を問題視したメーカー側が、仕入価格の公開が不正競争行為にあたるなどとしてこの販売店を訴えた、というケースです。
仕入価格は秘密情報か?
仕入価格はそもそも秘密情報といえるのかどうかですが、この点についてメーカー側の主張を紹介し、仕入価格が通常はオープンにされない実情を分析します。
以上のようにメーカー側は、仕入価格の公開は競争上の不利益につながるものだし、信義則や商慣習上も許されない、といった旨の主張をしています。
そして「全体として販売店の行為が不正競争行為、独占禁止法、景品表示法、不法行為、債務不履行などの規範に反する」として、メーカー側は販売店に対して、契約の解除や不正競争防止法に基づく損害賠償請求等を行いました。
平成14年(ネ)第1413号 不正競争防止法に基づく損害賠償等請求控訴事件 平成16年9月29日判決言渡,平成16年7月7日口頭弁論終結(原審・東京地方裁判所平成13年(ワ)第10472号,平成14年2月5日判決)
秘密保持義務違反なのか?
仕入価格の秘匿が重要なことはわかりましたが、では、この事例の仕入価格の開示は結局のところ、契約違反(メーカーと販売店との間の取引契約における秘密保持義務違反)にあたるのでしょうか?
結論としては、本裁判例では控訴人(原告、この場合はメーカー側)の請求を「棄却」しましたので、(あくまでもこの裁判例では、という意味ですが)「契約違反にはあたらない」と判断されています。「仕入価格については、秘密保持義務を負っていなかった」という、メーカー側にとっては不利な結果でした。
メーカー側はどうすべきだったか?
ひとつの裁判にもさまざまな要素が影響するため一概にはいえませんが、この裁判例を教訓にするとすれば、メーカー側は「仕入価格も秘密情報であり、販売店は秘密保持義務を負う」ということを契約書で明確にすべきだったといえます。もちろん、事前にそこまで見通すことはかなり困難ですが、秘密保持義務の対象となる情報を定義することの意義として一考に値します。
本事例のメーカーと販売店との間の契約書には「甲は,本契約の内容並びに本契約に基づき取得した乙データ及び乙資料を機密に保持し,理由の如何を問わず本契約内容,当該データ,資料又はそれらの複製物を第三者に開示,譲渡,貸与もしくは使用許諾してはならない。」との規定がありました。ポイントは「本契約に基づき取得した乙データ及び乙資料」という定義です。
裁判所は、この条項が規定されていたのが(仕入の取引契約とは別の)販売支援などに関する附随契約であったことに加え、守秘義務を負うのは「本契約に基づき取得した乙データ」であって、商品の仕入価格はこの条項によって守秘義務を負うものとはいえない(仕入価格は取引をすれば当然に取得できる情報であって「本契約に基づき取得したデータ」に該当しない。だから契約違反ではない)と判断しています。つまりこの事例においては少なくとも2つの理由で、仕入価格を秘密情報として保護の対象に含められなかったことになります。
本裁判例は秘密情報の「定義」が重要であることに加えて、同じ取引において複数契約を締結する場合に、目的が異なる一部の契約にのみ秘密保持義務を規定していても、全体として秘密保持義務違反が認められない可能性があることを教えてくれます。
「販売店契約と販売支援契約」「システム開発契約とシステム保守契約」のように、一連の取引に複数の契約が締結されることはよくあります。さらに「契約締結前合意書」や「NDA」のように、契約交渉からその後の締結という時系列のなかで結果的に契約書が複数になることもよくあることです。
全体の中の一部の契約書に秘密保持条項がある場合や、複数の契約書にそれぞれ秘密保持条項があり、それらの内容が矛盾している場合には、秘密情報の定義の不完全さと同様のリスクがあります。
仕入価格を秘匿すべきことは、やはり商慣習上当然という気がします。だからあえて契約書で明確にしなくても、仕入価格を開示されるなんてなかなか思わないものです。ただそのこと(商慣習上の常識であるということ)を、裁判上で充分な根拠をもって立証することは、容易ではありません。ビジネス上秘密にするのがあたりまえとされていても、具体的法的根拠をもって秘密にすべきと主張できるかは別問題だということがわかります。
よって今回の例でいえば「本契約に基づき取得したデータ」だけでなく「本製品の仕入価格が秘密情報に含まれる」ことまでも契約書で具体的に規定しておくべきことになります。
まとめ
契約書の秘密保持条項は、すでにありふれた条項に見えますが、実は取引の中で知った相手の秘密情報をしっかり守るための非常に大切なルールです。この条項には、秘密情報とは何か、どうやって守るのか、守る期間、守らなかった場合の対処法等が書かれています。秘密保持条項がちゃんとしていないと、情報が漏れて会社の競争力が落ちたり、損害賠償を求められることがあります。
たとえば、あなたが新しい取引で、製品の設計図を他社に渡さなければならない場合、この「設計図」が秘密情報に該当しうるでしょう。秘密保持条項には、この設計図をどうやって守るかや、他の誰にも見せないようにすることなどの義務を書きます。また、この情報を守る義務の有効期間なども決めます。契約が終わった後に返却する必要や、その後も継続して情報を守る必要があるなら、その旨や期間も明確にします。
競争力を守り、情報を適切に管理するためには、秘密保持条項を慎重に作成することが欠かせません。取引先との信頼関係を築き、会社の成長を支えるためにも、この条項の重要性をしっかり認識しましょう。
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