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今の仕事を辞める勇気も根性もない、不安だらけの僕が考える踏み出す勇気のもらい方
楽しく働くって、何だろう。
これが僕がずっと考えていることなんですが、当の本人は、本業のエンジニア業においては「楽しく働く」とは程遠い状態にいるのが現状です。だからこそ、楽しく働くを渇望し、本業と並行して自分で事業を生み出す=起業という選択をしているのかもしれません。
現状、起業に関しては、実際にサービスを提供するプロトタイプを作り、さらにはパイロットテストに協力してくれるお客さんまでいて、ちょっとずつですが前進してます。
ですが、そうやって自己実現しようとしている一方で、今の仕事を辞める勇気も根性も未だになく(言いすぎ)、本当に今の仕事を続けるべきか不安を感じているのも事実です。そういう風に感じている僕は「働く環境の変化」ということに対し、これまで極端なほどに慎重になっていました。つまり
環境を変えるのが怖い
+
未知の世界でやっていける自信ない
↓
現状維持
というところから抜け出せないでいました。その裏側をもう少し深堀すると、エンジニアとして働くのは楽しくはない、だけど仕事はそれなりに出来ている、だったらとりあえずは今のままでいいじゃん。生活もできてるのに、わざわざリスク取って失敗したらどうすんの?というマインドが根底にあります。悪魔のささやきですね。
この考え方に対して「そんな人生でいいの?」と異論を唱える人は多いと思いますが、全くもってロジックが通らない話ではないと思います。だけど一方で「一回だけの人生なのに、そんな楽しくない状況を延々と続けて、一体何が残るんだろう」と思っている僕もいて、自分の中での処理しきれない葛藤がある感じです。
そんな勇気も根性もなく(言いすぎだって)日々何かしらの不安を抱えながら働いている僕であっても、いや、むしろそんな僕だからこそ、キャリアについて考えたりすることがあります。
飛び込む不安
今の仕事から環境を変えるというのは、それはまさに未知の世界に飛び込むことになると思います。知らない世界に、自分の身一つで飛び込む。なんかちょっと怖いですよね、一人だと不安になっちゃうというか。
今の日本は、昔に比べて働き方は多様化しており、転職や副業、あるいは起業と言ったことも以前より活発に行われるようになっていると思います。何なら「転職しない人は自分の市場価値の認知および価値向上の努力を怠っている」ということまで言われる始末です(ぐさっ)
そんな社会になってきていることは理解してますが、でもやっぱり怖いものは怖いんです。この”怖い”という感覚と上手く付き合うのは、そんなに簡単なことではないと思います。一人で考えていると、余計な考えまでもがぐるぐる回ってきて、余計に怖くなってくるのかなと思います。恐怖が恐怖を呼び、不安が不安を呼ぶ、みたいな。
だけど、僕みたいに怖くて飛び込めない、踏み出せない人がいる一方で、勇気を持って飛び込んだり踏み出したりしている人も、世の中には大勢います。だから転職市場も盛んになってくるわけですね。中には最初から一切の迷いもなく飛び込んだ人もいますからね。
だけど実際は多くの人が「最初は怖かった、躊躇や葛藤があった」ってのがほとんどなのかなと(個人的には)思っています。
ずっと誰かに話していた
これまでの人生を振り返ってみると、僕はありとあらゆる場面において、自分で決断することに対して慎重でした。迷ったり、葛藤したり、躊躇したり。平たく言うと、いつもビビって不安になってました。
どうしよ、どうすればいいんだろ。そうやって自分で何とかしようと考えれば考えるほど、見事なまでに事態は悪化する。つまり、迷い・葛藤・躊躇はどんどん増幅する一方で、全く着地点が見えなくなってくる。
そんな状況に出くわすたびに、僕は自分の心境=迷い・葛藤・躊躇を誰かに話していました。そうやって誰かに自分の心境を聞いてもらい、自分の過度な慎重さを緩めることをしていました。話を聞いてくれた人は、自分の上司やリーダーだったり、あるいは自分の母親やおばあちゃん、学校の先生など。
あくまで僕の主観でしかないけど「この人なら話を聞いてくれる」という信頼がある人に、僕はよく話をしていました。そうやって自分のことを話をしたり、あるいは僕の話に対する質問に答えるうちに、僕の頭の中は整理されていったり、気持ちが落ち着いたり、不安が解消されていったりしていました。
話を聞いてもらう。それは結果的に、僕の背中を強く押してくれることになっていて、次に向かって踏み出す小さな勇気をもらうような感覚でした。
不安なのは僕だけじゃなかった
少し自分の事業の話になるんだですが、僕は自分の事業のプロトタイプ=試作品を作るにあたって、自分の中にターゲット顧客を思い描き、ターゲットと思われる人たちにインタビューをしていきました。
その時に感じたのは、
みんなやりたいことはあるんだけど
踏み出したり飛び込んだりするのが不安
実はインタビューする前は「こういう不安を抱えているのって僕だけだったらどうしよ?」とか思ってたんです。僕自身が何かと不安になりすぎてるだけ、みたいなね。でも違った、結構みんな不安を抱えていた。
この時にはじめて「あ、僕だけじゃないんだ」と感じたし、自分自身の体験と重なる部分もあって「その不安、ちょっと辛いんだろうな」とも感じたました。いずれにせよ、不安を抱えたままの状態では、仮にやりたいことがあっても実際にやるための一歩を踏み出すことができず、その人の「楽しく働く」の機会に出会えない。
そう思った時に、その不安を解消してあげたい、と考えるようになってきました(余計なお世話かもだけど。。)
話を聞く=背中を押す
インタビューの時、僕はひたすら聞いていました。1時間半から2時間、場合によってはそれ以上の長時間に渡って聞かせてもらった後に、みんな色んな言葉をかけてくれました。
こんなに話を聞いてくれる人いない
押し付けない姿勢だから考えられる
聞かれると考える機会になる
自分の何気ない行動の原点を知れる
背中を押してもらえた
信頼できる人だと思った
点だった経験が網目状に繋がる
とにかく前向きになれる
重ねて申し上げますが、僕はただただ話を聞いてただけです。これは「俺の聞く力すごくね?」ということが言いたいのではなく、本質的に
誰かに話を聞いてもらうことは
その人にとってエネルギーになる
ということが言いたいです。今回はたまたま聞いてたのが僕だった。だけど、僕以外にも「ちゃんと話を聞いてくれる誰か」がいて、かつその人と定期的に話ができるということは、結果的に背中を押してもらえることになる。
不安の解消はその人のキャリアの支えになる
キャリアの定義は色々あるみたいだけど、一つの考え方として以下のような考え方があるようです。
就職・出世・現在の仕事等の点や結果を指す言葉ではなく、働くことに関わる「継続的なプロセス(過程)」と、働くことにまつわる「生き方」そのものを指す
https://www.manpowergroup.jp/column/career/140620_01.html
点や結果ではなく、継続的なプロセスであり、生き方そのもの。この考え方面白いなと感じました。これは僕の個人的かつ主観に基づいた解釈ですが、キャリアが継続的&生き方そのものなのだとすれば、それは「自己実現」ということのように感じました。
だけど仮に、自分が抱えている不安によって身動きが取れなくなっているのであれば、それは結果的に「働くを通した自己実現の機会が減る」ってことに繋がってしまうように感じました。それに、そもそも不安な気持ちを抱えていること自体が辛いだろうし、僕はその不安を解消してあげたいなと思います。その時に、僕が考えている
話を聞く
が不安の解消と背中を押すことに繋がるのであれば、こんなに嬉しいことはないな、と思います。
人生って一回だけですが、その一回を人生の中で”働く”という時間は大半を占めると思います。その大半の時間を、楽しく働くのか、そうじゃないのか。それはその人の人生の幸福度や充実度に直接影響していくと考えています。
楽しく働いて、幸せな人生になれるように、話を聞いて背中を押す。そういう事業を提供できるように少しずつ前進したいと思うし、僕自身も自分の不安を誰かに話していきながら、自分のキャリア=自己実現に向かって進んでいきたいなと思います。
なんか自分の事業の話になっちゃったな。。
今日はここまで。