社会を開くツールとしてのWeb


1. はじめに
2. 繋がる世界を作る〜それはURIから始まった〜
2.1 DOI (Digital Object Identifier)
2.2 Wikipedia
2.3 Twitter
2.4 繋がる世界の確立
3. 繋がる世界を繋げる〜Linked Data〜
3.1 Semantic WebとLinked Data
3.2 DBpedia
3.3 Wikidata

3.4 Google Knowledge Graph
3.5 Schema.org
3.6 分野を超えた繋がる世界へ
4. 繋がる世界の未来

(本稿は「情報の科学と技術」70巻6号掲載予定の記事の草稿です。多様なコメントを歓迎します。)

1. はじめに
Tim Berners-LeeによるWorld Wide Web(以下、Webと呼称)の発明は1990年前後とされる。Tim Berners-Leeは当時CERN(欧州原子核研究機構)に勤務しており、研究所内での情報共有を促進する手段として提案したものであった。しかし、この発明の価値は研究所所内の情報共有に止まらず、まずは学術研究の世界の情報共有で認められ、ついで企業活動・日常活動を含むあらゆる分野での情報共有において認められ、世界のあり方を変えることになったのは周知のことである。
なぜ、Webは社会を変えるまでの力を持ち得たのだろうか。Webを単なる情報共有、情報公開技術だとみなすと本質を見失う。Web以前にも便利な情報共有技術は開発されてきたが、大きな普及に至らなかったし、ましてや社会を変える力はなかった。
Webの本質は「繋ぐ」ことである。繋がりが情報表現の本質と置いたところがTim Berners-Leeの慧眼である。もちろん、その背景には普及過程であったインターネットによって世界のコンピュータが繋がったということがあった。世界のコンピュータが繋がる、ならばそのコンピュータの中にある情報も繋がるというのは自然な発想である。が、それをインターネットの技術の中でシンプルにHTTPとHTMLで実現したということがWebの素晴らしいところである。
ただし、ここまではTim Berners-Leeが発明したWebの本質の半分しか語っていない。HTMLのルールを守っているならどれも等しくWebのコンテンツであるが、HTMLで表現した情報の中にはWebらしいものもあれば、Webらしくものもある。例えば、検索するとデータが出てくるWebのサービスの中には個別の検索結果にはリンクできないものがある。あるいは書籍などをHTML化したもので、複数のWebページに機械的に分けられてHTMLになっているが、そのコンテンツ内でしかリンクが期待されていないものがある。これらはWebらしくない。
その違いを作るのは、エンティティの存在である。「繋ぐ」前提として、繋ぐ相手、すなわち、事物や事柄がつなげるように「存在」していないといけない。Webによって作られた情報の世界の存在物として、実世界に存在するものや抽象的な概念があることを要請している。Webの世界での存在物をここではエンティティと呼ぶことにする。このエンティティが自立して(他のエンティティを前提とせずに存在)、オープンに存在することによって、多様な繋がりが可能になる。
エンティティとその関係という考え方はTim Berners-LeeのWebの発明の原点となった1989年の論文1)の図(図1参照)でも明らかである。ただ、このような多様なエンティティの種類、多様な繋がりの種類はHTMLでは実装されず、のちのSemantic Web(第3章参照)に持ち越された。
実装されたHTMLではシンプルな方法でエンティティを記述することになった。なこれを可能としたのがURI (URLはURIの一種)の発明である。URIによって誰でもユニークで世界からアクセス可能な識別子を生成することが可能になった。すなわち、Web世界にエンティティを置くことが可能になった。
ただ、URIの存在だけでは上で述べたようなWebらしさを担保できない。もちろん、自然とエンティティを表現することになっているURIも多い。しかし、この点を明確にするためにSemantic Webでは単にURIを用意するのではなく、一定のルールに従ってURIを作ることを要請した。これがLOD原則(第3章で説明)である。
本項では以下、エンティティとその繋がりというWebの本質を軸にして、時間的変化に沿ってWebの発展の経緯を見ていく。まず第2章ではURIとハイパーリンクを使った大規模なWeb上の活動を見て、いかにWeb上のエンティティが作られていったかを見る。第3章では、Linked Dataの原則に従ったWebの活動を見ていくことで、Webに新たな価値が生まれていることを示す。第4章では、これまでの発展の経緯を踏まえて、今後のWebがどのような方向に向かっていくかの議論を行う。

2. 繋がる世界を作る〜それはURIから始まった〜
Webは簡便かつ強力な情報公開手段として、社会全体に瞬く間に普及した。前述の通り、Webは元々学術の世界での情報共有のために開発されたこともあり、まず学術の世界で普及した。その後、インターネットの商用利用の普及に伴って、一般社会での情報公開手段として普及した。その間、多量かつ多様なWebを通じた情報公開が出現した。それを網羅するのは不可能なので、前章で挙げた観点からそれぞれの段階で特徴的なサービスを取り上げて、Webがどのように使われたかを見ていこう。

2.1 DOI (Digital Object Identifier)
学術の世界では、まず大学の研究室等が自身のメンバーや研究業績をWeb上に公開するようになった。一部の論文はWeb上に置かれるようになった。一方、学術出版社や学会も自らの発行する学術雑誌をオンライン化、すなわちWeb上でのアクセスに急速に舵を切った。これは研究者と出版社、双方にメリットがあった。研究者は図書館に行かないでも論文にアクセスできるようになり、出版社は出版コストや出版までの時間を減少させることができた。
一方、デメリットとしては論文への到達手段が安定しないということがあった。Web上で論文は何らかのURIでアクセスできる。しかし、このURIはずっと同じとかは限らず、出版社の都合(システムの入替等)で容易に変化する。すると、過去に参照した論文が再度アクセスできないという問題が起きる。
これを解消するため、出版社が中心となって1998年にDOI (Digital Object Identifier)を開発した。DOIの詳細は他稿に譲るが、重要な点はDOIはURIの一種であり1)、Web上にエンティティを存在させるユニークな手段であったということである。DOIは重複がないように管理され、DOIを振った論文はアクセスが永続的にできるように管理することが要請される。これまでの学術論文で必須であった学術雑誌のタイトルや巻号、ページ数は必須ではなく、それだけで自立的に存在しうる。
論文にDOIを振るということは、DOIの世界でエンティティとして存在させるということである。その結果、他の論文から引用という形でリンクしたり、業績としてリンクしたりすることが可能になった。Webの世界の中の小さな一部(それでも十分巨大なデータ量)ではあるが、エンティティとその関係が存在する世界を作っている。
惜しいことは、DOIでエンティティは表現できたが、繋がりの表現は論文中にあるDOI記述やそのURI表現であって、Webコンテンツに埋もれてしまっている点である。

2.2 Wikipedia
2001年に始まったWikipediaはWeb上に構築されたクラウドソーシングによる百科事典であるのは周知のことであろう。百科事典としてのコンテンツの豊富さやクラウドソーシングに構築という画期的な点は色々なところで議論されているが、ここではページとリンクという点に注目する。
Wikipediaでは記事(事典項目)ごとに1つのWebページ、すなわちユニークなURIが割り振られる。URIは記事のタイトルを含んだものとして生成される。名称が同一であるものは名称の後ろに括弧をつけて区別するようにして、URIが同一にならないように管理されている。Wikipedia全体の構造は付加的にカテゴリーの設定ということでなされ、各記事は独立であり、他の記事に依存することはない。記事同士はリンクすることが推奨され、多数のWikipedia記事間のリンクがある。
Wikipediaは百科事典項目という概念をWebのエンティティとして存在させたという点で画期的である。Wikipediaの記事数は十分に多く、一般社会で使われる概念の多くをカバーしている。
このエンティティとしてのWikipedia記事の特徴によって、Wikipediaの記事は単に知識を得るためのものとして使われるのではなく、概念的な事物を曖昧なく指し示すために用いられるようになった。例えば、ある人物を含む情報があった時、その人物のWikipedia内の記事をリンクさせることで、単に付加的な知識を提供するだけでなく、その人物を曖昧なく特定することができる(特に同姓同名のケースなどは顕著である)。
Web世界のエンティティの表現としてのWikipedia記事の欠点は、Wikipedia自体が言語ごとであることとURIが記事名称に依存していることである。前者は言語間でのエンティティの同一性が容易でなくことをもたらし、後者は不自然な記事タイトルをもたらしている。
その欠点があるにしろ、Wikipediaは概念的な存在をWeb上のエンティティとして確立させたという点で画期的である。

2.3 Twitter
インターネットの普及に伴い、多数のSNS(Social Networking Service)が出現した。多くは消えてしまったが、その中でも比較的長く世界で使われているものとしては、Twitter, Facebook, Instagramであろう。この中で、Web上のエンティティを作るという点では2006年に開設されたTwitterが特徴的である。
Twitterは公開型のSNSである。すなわち、原則として、ユーザとその発言(tweet)は公開されており、それぞれユニークで参照可能なURI(Twitter IDとTweet ID)が振られている。すなわち、Twitterでは人と発言をエンティティとして存在させている。
各ユーザのURIにはfollowingとfollowerという形で、自分が繋げた他ユーザ、相手から繋げられたユーザが表示されている。これは人のエンティティ間の関係に当たる。発言はその発言の主であるユーザとも関係づけられている一方、発言と発言の間はretweetという形で関係を表現でき、これは人エンティティと発言間、発言エンティティ間の関係である。
発言は外部のコンテンツからそのURIを指し示すことで、引用される。実在する著名人や企業の場合は、対応するTwitter IDが紹介されることがある。あるいはTwitter内での活動が顕著の場合は、Twitterのユーザとして参照される。
Twitterは前述のように基本的にオープンであるので、個別の発言やユーザに注目するだけでなく、発言全体の分析から特定の話題の傾向や遷移などを分析することにも使われる。
エンティティとしてみた時、発言はその存在自身をURIで特定可能にしたという点で画期的である。一方、ユーザのエンティティとしては二面性がある。実世界に存在する著名人や組織のIDの場合は実世界の事物を指し示すエンティティとして機能している。一方、仮名性の高いユーザの場合は、実世界の人物を指し示すエンティティでなく、Twitter内での活動によって特定される人物のエンティティとして機能している。

2.4 繋がる世界の確立
本章ではWebの中に作られた繋がる世界のいくつかをみてきた。これらは2000年の前後に始まっていることは注目に値する。Webの初期においてはWebは爆発的増大していった一方、混沌した世界が作られていた。多種多様なコンテンツがWeb上に存在するものの、どんなコンテンツがあるのか、何にリンクされているのかがわからない世界であった。
この混沌から脱却に、リンクの構造を利用した検索というアプローチで取り組んだのが同時期1998年に設立されたGoogleである。Googleはハイパーリンクから構成されるネットワークにおける重要度を計算することでWebページをランキングしたが、これはユーザの直感的重要度の度合いとよく合い、Googleの検索は圧倒的な支持を集めることになった。コンテンツの内容ではなく、繋がりそのものがWebにとって重要であることを示している。ただ、Google検索では、つながっているURIの先にあるものが何であるかは基本的に考慮していない。このため、Link farmなどのSpamに悩まされることになった。
一方、本章で紹介した3つのエンティティの繋がる世界はその内部では一定の秩序があるが、その外にあるWebの世界とのリンク関係は雑多であり、秩序あるエンティティの繋がる世界間も分離され、孤立していた。

3. 繋がる世界を繋げる〜Linked Data〜
前章で述べたように、Tim Berners-Leeの元々のWebの発想はエンティティとその繋がる世界であった。しかし、HTML/HTTPの設計において簡便さを基本としたため、この部分の発想は実装には反映されていなかった。そのことを踏まえ、Tim Berners-Leeは2000年に現行のWebの発展形としてSemantic Webを提唱した。

3.1 Semantic WebとLinked Data
Semantic WebではURIで指し示されるWebコンテンツにはこの種類(クラス)を明示され、リンクもリンクの種類(プロパティ)が明示される。タイプやクラスは階層的に定義することも可能で、より詳細に論理的なオントロジーとして定義されることもある。このような仕組みを導入することで、リンクで構成されたWebの情報をシステムが容易に処理できるようになる。
初期のSemantic Webの研究においては、クラスやプロパティの論理的構造や知識工学的処理に焦点が当てられ、実際、研究面では大きな進捗があったが、実際にSemantic Webが実用的な場面で使われることは少なかった。その一因は、Semantic Webを既存のWebの置き換えと考え、Webコンテンツの大半を占める文書型のWebコンテンツを対象としたことにある。元々は雑多な形でHTMLで表現していたものをSemantic Webで置き換えるのは容易ではなかった。
ところが、Webの社会への浸透が深まるにつれ、人間が書いた文書型のWebコンテンツに加えて、様々なデータベースの内容がWeb上で利用可能になった。データベースは元々構造的に情報を表現しており、むしろ、Webに公開する時は、その構造を落として表現していた。
この点に注目して、Semantic WebをデータとしてのWebコンテンツに特化して利用するという方法が提案された。これがLinked DataあるいはLinked Open Data (LOD)と呼ばれるものである。
LOD原則とは
1. あらゆる事物にURIをつけよう(データの識別子としてURIを使用)。
2. そのURIにはHTTPで参照やアクセスを可能にしよう。
3. URIにアクセスされた際には有用な情報を標準的なフォーマット(RDFなど)で提供するようにしよう。
4. その情報には他の情報源における関連情報へのリンクを含めよう。
というものである。
RDFはSemantic Webにおける基本的な情報表現であり、
<主語> <述語> <目的語>
というシンプルな3つ組で情報を表現する。主語は常にURI、述語と目的語はURIまたはリテラル(文字列)である。このRDFをHTMLのハイパーリンクに代わって利用することで、ハイパーリンクだけでは難しかった関係の種類を指し示すことができるようになった。前章で紹介したような秩序ある繋がりの世界では内部の繋がりをハイパーリンクに暗黙で関係の意味を持たせて実現していた。RDFを使うことで明示的に繋がりの種類を記述でき、繋がりをより多様かつ適切に表現できると共に、その世界の外への繋がりも自然に表現することができるようになった。

3.2 DBpedia
DBpediaはWikipediaの情報の一部を前述のLinked Dataの方式で構造化データとして公開するものである。2007年にマンハイム大学とライプツィヒ大学の研究プロジェクトから生まれたもので、最初は英語版Wikipediaを変換したものが公開され、順次、他の言語のWikipediaを変換した他言語版のDBpediaも公開されている。日本語版DBpediaは2012年に公開されている(注1)。
DBpediaにはWikipediaにある記事は基本的エンティティとして存在する。すなわち、Wikipedia記事とDBpediaのエンティティの総数はおおよそ同じである。DBpediaの各エンティティは基本的にはWikipediaのinfoboxと呼ばれている場所(Wikipediaの記事ページの右欄の部分)の情報を構造化データとして再構築して載せている。Infoboxは項目名とその値のリストであるので、RDFに容易に変換できる。この値の部分が他のWikipediaの記事を指している場合は、DBpediaの他のエンティティへのリンクとなる。また、infoboxの種別から生成されたDBpedia Ontologyのクラスもつけられている。
DBpediaはWikipediaと同じ範囲の事物をカバーして、データとして取得できう点で、それ自体、有用なデータベースである。例えば、自然言語の文章にDBpediaのエンティティをマッピングさせる(Entity Linking)の手法は文章の意味処理に有用である(DBpedia Spotlight)。
もっと重要なのは、様々なWeb上のエンティティの世界をリンクするハブとしての機能である。Web上にはすでに多くのデータベースの情報をWebページとして公開されている。個々のデータベースは有用であるものの、それぞれは独立していて、繋がっていない。データベースの情報をLinked Dataの方法で構造的に公開するとともに、DBpediaのエンティティと繋げることで、データベース相互がデータとして繋がることができる。例えば、Tim Bernres-Leeという人物のエンティティはDBpediaにあるし、BBCのデータベースにも、図書館の著者名典拠にある。それぞれのデータベースの該当するエンティティはowl:sameAsというラベルのついたリンクで相互にリンクされる。
このようにデータベース間で共通するエンティティ同士をリンクで繋げることで、データベースを繋げることができる。これがLinked Open Data Cloudである。図は2009年での状況であるが、現在では多すぎで図で示すことが難しいぐらいに増えている。DBpediaは百科事典という性格により多種多様なデータベースの情報と繋がることができるため、このLinked Open Data Cloudのハブになっていることがわかる。また、バイオサインエスなど専門分野においても多数のデータベースが同じ事物に関する情報を含んでいるため、相互に接続することが可能となっている。
このように、DBpediaはLinked Dataの方法により孤立したデータベースを繋ぐハブとして機能している。


3.3 Wikidata
Wikidataは世界中の事物・事柄に関するデータをクラウドソーシングで構築して公開するものである。Wikidataは端的に言えば、Wikipediaのデータ版である。その始まりにおいては、Wikipeidiaの記事全体を取り込んで始まっているので、Wikipediaの範囲と同じであったが、現在はWikidataにしかない項目が多数あり、Wikidataより項目の数は大きく、8000万以上の項目がある。Wikidataは2012年にWikipediaを運営するWikimedia財団のプロジェクトとして始まった。
Wikidataのデータの構造はシンプルで、あるエンティティのある属性(プロパティ)の値が何であるという形で記述する。値は文字列や数値、あるいは他のWikidataのエンティティである。これはLinked Dataでの標準的な表現であるRDFと基本的に同じである。これに加えて、Wikidataではそれぞれの記述に由来をつけることができる。このデータはいつの時点のデータであるかとかこのデータはどこから持ってきたデータなのかといったことが由来である。
WikipediaにないWikidataの特徴の一つがデータ連携である。Wikidataでは外部のデータベースとプログラム(ボット)で連携させることができる。そうするとエンティティを含む外部のデータベースの情報が自動的にWikidataに反映される。各国の中央図書館の著者名典拠のID、学術論文のDOIといった外部IDが連携している。
この機能は繋がる世界を繋げるという点では大きな役割を果たしている。DBpediaを中心とするLinked Dataでは繋がる世界同士の繋がりは別途記述する必要があったが、Wikidataではそのデータの一部に組み込まれている。

3.4 Google Knowledge Graph
Googleは2012年にGoogle Knowledge Graphを発表した。Google Knowledge では世界中のさまざまな事物・事柄をエンティティとして同定してその情報を集積し、検索の際にKnowledge Panelという形で検索対象のエンティティの情報を提示するのに用いている。
Google Knowledge Graph自身は非公開であり、どのくらいの数のエンティティがあるのは不明である。Wikipediaにあるエンティティはあるが、Wikipediaにはない人物やレストラン、企業などのエンティティも存在する。Google自身がデータから同定したエンティティもあるようであるが、外部のデータベースを使っているものもあるようである。由来が必ずしも公開されていないことには批判もある3)。しかし、これはGoogleによるWebページからエンティティへのシフトという点では特筆に値する。
データそのものが公開されていないため全貌を知ることは困難であるが、様々な分野のエンティティを多数持っており、分野を超えて繋がりを示す仕組みを提供していると言える。

3.5 Schema.org
Google Knowledge Graphは検索時に関係するエンティティを提示するという間接的な方法でWebページとエンティティを関係付けていたが、より直接的にWebページとエンティティを関連づける方法が2011年に始まったSchema.orgによるスキーマの提供である。
Schema.orgでは人物や商品、書籍等の記述において定型的な情報の記述を可能にするスキーマを提供している。スキーマは項目の名称とその値からなる。値は文字列や数値、あるいはURIである。現在、1000以上のスキーマがSchema.orgによって用意されている。
個別のWebページにこのSchema.orgのスキーマに従った情報を埋め込むと、利用者側はテキスト分析することなく、個別のデータ項目に関する情報をデータとして獲得できる。具体的にはGoogleがWebページをお収集した後に、特定の種類のWebページだけを構造的検索できる検索を用意できる。Google Dataset Searchがその例である。
多様な世界のエンティティを情報提供者が分散的に提供するとしてはWebとして理想的なアプローチである。ただ、一部の分野では成功事例があるものの、まだWebページの主流となっているわけではない(注3)。また相互にリンクされることは少ない。

3.6 分野を超えた繋がる世界へ
本章では2010年前後に始まった分野を超えた繋がる世界の流れを見てきた。Linked Dataの思想は確実にWebの世界を変えてきている。特にビジネスや学術など組織的な活動においてはエンティティを確実に提供することは重要な機能になっている。それをWikidataやGoogle Knowledge Graphのような横断的なサービスが使うという仕組みが徐々に出来てきた。ただ、現時点ではまだ標準的な方法となっているわけではない。

4. 繋がる世界の未来
ここまで、Webの登場から始まった繋がる世界の変遷を見てきた。繋がる世界の面から、最後のWebの方向性について議論する。大きな方向性としては、オープンとクローズの境界のあり方、リアルとバーチャルの関係性がある。前者はクローズな世界が多く作られ、データがサイロ化され、オープンな世界が消えてしまうと懸念する声も多い。後者はばリアル(実世界)とは離れたバーチャルの世界が発展し、実世界とバーチャルな世界が分離してしまうと考える人もいる。これらの点を繋がる世界の視点から見ていく。
デジタルで作られた繋がりが作る世界の出現は我々の社会に対する捉え方を変えた。社会学においてすでに社会ネットワークの重要性は指摘されてきたが、Webによって、繋がりの作る世界が実際に我々の社会の重要な側面を表現していることをリアルに確認することになった。
繋がる世界においては、エンティティの存在が担保されていることが重要である。エンティティの存在を担保するのは二つの方法が考えられる。一つはなんらかの別の方法でその存在を確かにする方法であり、もう一つは他のエンティティの繋がりによって存在を確かにする方法である。
外部世界から持ち込まれたエンティティの場合は前者であり、Web上のエンティティの存在は、外部の世界で担保されている。Web上のエンティティは、今のところ、実世界にあるものの反映したものがほとんどである。すなわち、すでに他の世界で確立されたエンティティを持ち込んだものにすぎない。すなわち、リアルかバーチャルか言えば、これらのエンティティはリアルであってバーチャルではない。
今回紹介した例の中では、Twitterはやや異なる。Twitterのユーザは本名で登録して実世界での存在を持ち込んでいる場合と、本人とは切り離して独自の存在として活動している場合がある。後者のケースのTwitter IDはそのTwitter上の活動や繋がりで存在を確立しようとしている。この場合は、エンティティはバーチャルと言える。
このようなバーチャルなエンティティにとって、このエンティティがオープンであることが重要である。単にそのエンティティの活動に関わるエンティティだけでなく、関与していない第3者が存在をしれないといけない。知らなければ新たな繋がりが作れないからである。すなわち、オープンにアクセスできないといけない。
そう考えると、Facebookに代表されるクローズなSNSのアプローチは中途半端である。実名という方法によって外部世界のエンティティによる存在の担保をしようとしているが、その関係性はそれほど定かではない。一方、この繋がりの世界の情報は基本的にクローズで、すでに関係したエンティティのみアクセスできる。実世界の忠実な反映でもなく、Webの上の繋がりの世界として自立しているわけでもない。
この中途半端さがFacebookの中でフェイクニュースなど誤った情報の流布を容易にしている。オープンなSNSであるTwitterではTwitter ID自身や情報の伝播のプロセスを分析することで、繋がりの世界としての情報の評価が可能であると対照的である。
人に限らず、もの、事柄全てにおいて、今後、実世界からバーチャルな世界での活動により移行していくことは間違いない。その時にWebで実践されてきた繋がりの世界という方法は、今後とも最重要な方法として使われていくであろう。
一方、社会活動がバーチャルな世界に移行が進むにつれ、リアルなエンティティの存在が希薄になるだろうし、バーチャルな世界だけのエンティティも増えていくであろう。すなわち、人を含むエンティティの存在をどう担保するかが問題になるであろう。
Webのアプローチでは、エンティティの存在を担保する方法はオープンであることであった。このため、バーチャルが主体の世界では、エンティティがオープンであることは安定的なバーチャル世界を作るには必須なことである。この点ではオープンなエンティティで作られる世界はクローズな世界を含む様々なWeb上の活動を支える基盤としてWebで必須の基盤となるであろう。
一方、リアルな世界とバーチャルな世界が混交することが当然となるであろう。この場合、両方の世界に共通するエンティティがオープンであるということが必要になってくるので、リアルの世界でも一定のオープンさが求められるであろう。それが新しい形でも社会のあり方になると考えている。

註・参 考 文 献
注1) DOIの表現は”DOI: 10.3173/air.28.143”というURN形式もあったが、現在は
https://doi.org/10.3173/air.28.143というURI形式が推奨されている。
注2) 開設時は国立情報学研究所の研究活動の一環として公開され、現在は、リンクト・オープン・データ・イニシアティブが運用を担当している。
注2) 2016年のサンプルリング調査によれ30%強のページがスキーマを使っているとされる4)。


1) Tim Berners-Lee, Information Management: A Proposal, CERN, March 1989
2) Tim Berners-Lee , Linked Data, https://www.w3.org/DesignIssues/LinkedData.html, 2006 
3) R. V. Guha, Dan Brickley, Steve Macbeth: Schema.org: evolution of structured data on the web, Communications of the ACM, Volume 59, Number 2 (2016), Pages 44-51, DOI: 10.1145/2844544
4) Dewey, Caitlin: You probably haven't even noticed Google's sketchy quest to control the world's knowledge, May 11, 2016 

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