デザイン思考とオーファンプロダクツの接点
最近、『augmentation(自己拡張)に関するプロジェクトに取り組みを始めて、新しい気づきはあったか?』という質問を受けることがしばしばあります。
そんなときには、
『人に向き合う覚悟が必要な分野だということがわかった』
と答えることが多いです。
「覚悟が必要」みたいに言うと、なんだか根性論みたいな感じになってしまいますが、今回は何故そう思うようになったのか?ということについて書いてみたいと思います。
ヒトに向き合った上での分析する覚悟
今回のAugmentationプロジェクトは、『人の能力や感性を拡張したり、内に秘めた状態のものを引き出す』ということを目指しています。そうなると、当然ヒトが中心になってきます。違う言い方をすると、モノありきで考えるのではなく、ヒトの行動を観察・分析し、洞察(インサイト)を導き出す。その上で、それに対する解決策をデザインしていく。いわゆる「デザイン思考」的な話に近いところになるかと思います。
ここで大事なのはヒトを分析するということです。これまでエンジニアが人を分析するとなると、身体的なデータ(位置・速度などの運動データや心拍数などの生理データ)を計測・分析することが多かったかと思います。今回のプロジェクトではそれらは不要とは言いませんし、大事なデータだと思いますが、それらを測る前に「心の内面」をしっかりと観察するということが非常に重要だと感じました。観察するというか内面に「向き合う」というイメージです。
心の内面に向き合うのが重要なのは、我々がしようとしていることが、ユーザがしたいことをできるようになる、ありたい姿に近づけるようになる、ということを目指しているからであり、そもそも「『その人』は何をしたいのか?」「どうありたいのか?」、そして「なぜそう想うのか?」という、ある種の内発的な動機を理解せずには、何も進まなくなるからです。
こんなときに『その人』が、35~39歳の東京都在住というようなデモグラフィックセグメントとして不特定多数で表現されることはなく、もっと詳細な設定をされたペルソナのような形で表現されることもありません。あるのは、『リアルに実在する特定の1人』です。
つまり、ヒトに向き合ったプロダクトを作ろうとしたときには、リアルに実在する特定の1人の内発的動機まで辿り着く必要があるのです。ここが、私が『覚悟がいる』という表現を使う本質的な理由があります。
考えてみれば当たり前のことなのですが、内発的な動機というのは、非常に人間らしいものです。モテたい、承認されたい、というようなレベルのものもあるかもしれませんが、その人の強烈な原体験やトラウマ、コンプレックス、そして欲望という、アナログでドロドロとしたものが、根っこにあることが多いのではないのでしょうか?見ず知らずの初対面の他人には、言いたくないような内容ばかりのはずです。
そのような他人の心の奥にある部分まで入っていかないと、本当のことは分かってこないと思っています。心の奥の部分には、良くも悪くもパワーが存在しています。そのパワーに触れるということは、こちらもパワーを出す必要がありますし、逆にそのパワーに触れたら中途半端に投げ出すことは難しいというか、相手方に失礼になると思っています。
その覚悟を持って、しっかりと『その人』について向き合い、理解する必要があります。
N=1を対象とするオーファンプロダクツ
私自身もそのような覚悟を十分に持たないまま、申し訳ないことをしたことがあります。
今からちょうど10年前くらいのことなのですが、オーファンプロダクツに関する研究をする機会がありました。『オーファンプロダクツ』という言葉が聞きなれない人もいるかもしれませんが、『重度の障害がある方を対象とする福祉機器』と思って頂ければと思います。オーファンプロダクツの開発は、ユーザの体の状態やライフスタイルの違いから、ほぼ一品ものの開発になります。まさしく実在する特定の1人(N=1)を対象とした研究開発です。
私たちがテーマとして研究していたのは、『重度脳性麻痺の子供が残された機能を使って、自分の意志で車いすを操作し、行きたいところへ行けるようにしよう』というものでした。研究テーマとしてみると、大変興味深く(難しく)、重度の脳性麻痺という不随意運動(意図しない動き)が混ざる中で、今ではAIと呼ばれるようになった機械学習などを使って、本人の意図を推定するというものでした。いくつかの論文も書き、研究としてはうまく行ったのかもしれません。
ただし、研究を始めてしばらく『覚悟』を持てていませんでした。むしろ、今振り返ると、覚悟を持つ必要性すら途中までは感じていなかったと思います。単純にデータを取得し、分析し、制御するという研究をしていたのです。今思うと本当に申し訳なく思います。実験に協力していくれている当事者の子供は自分の意志で移動したことが生まれて1度もありません。ご両親にとっても、もし研究がうまく行き、自分の子供が自分の意志で自由に動き回れる時が来るかもしれないと期待されたかもしれません。研究し始めの当時の私は本人やご両親の想いに全然気づけていませんでした。
そんな中、研究も中盤に差し掛かったころ、とある先生から強く言われたことがありました。怒られたというか、静かにコメントを頂いたという感じです。
『君たちのせいであの子の成長が遅れている』
自分の意志で車いすを動かせるようになるというプロジェクトを始めたのに、いっこうに意思を推定し、車いすが意思通りに動くようにはならない。実験に協力してくれている時間を他のリハビリ時間に充てることができたら、もっと子供は成長できているかもしれない。そのようなことを言われた記憶があります。
技術的な言い訳はいくらでもありました。そもそもノイズだらけのデータを扱うというレベルの高いことをやっている、機械学習を使用しているので学習時間は掛かってしまう、などなど。
でも、そんなの関係ないですよね。本人にとってもご両親にとっても意思通りに動かない車いすに乗っていること・見ていることは耐えられないことだったでしょう。
我々が本人やご家族のしたいことのコアな部分に期待を持たせて入っていったのです。最初からユーザの想いに向き合う『覚悟』をもって取り組むべきでした。覚悟を持っていたら、もっと違うアプローチや進め方・コミュニケーションを取っていたかもしれません。
コメントを頂いて以降、我々は明らかに変わったと思います。何が変わったかは明確にわかりませんが、明らかに研究に対する意識が変わりました。最後、ある程度意図を読取り、設定された目的地まで自力で車いすを制御できるようになったのは、約束した研究期間のほぼギリギリのタイミングでした。目的地まで移動できた時の、ご本人のちょっと自慢気な顔、ご両親の嬉しそうな顔は今でも鮮明に覚えています。後にも先にも研究が終わって、自然と涙が出てきたのは、このときくらいです。
デザイン思考とオーファンプロダクツの接点
オーファンプロダクツのレベルまで個人の強い想いに向き合い、モノを研究開発することは、一般の研究開発ではそうそうないかもしれません。ただし、誰にもポジティブな面でもネガティブな面でも強い想いがある事柄は存在しているはずです。デザイン思考で言うインサイトとは、そのような強い想いと向き合うことだと思っています。向き合うための、しっかりとした『覚悟』を持ち、活動を進められればと思っています。私自身がオーファンプロダクト研究の時に実現できなかったこと、それは商品化・実用化です。今回のAugmentationプロジェクトでは、今度こそは、そのフェーズまで辿り着きたいと思います。
少し長くなってしまいましたが、また来週。
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