ステークホルダー資本主義は道徳ではない
ダボス会議を主催する世界経済フォーラムが主導しているステークホルダー資本主義に注目が集まっている。世界経済フォーラムが2019年末に発表した「ダボス・マニフェスト2020」の中でも、「企業は株主だけでなく、全てのステークホルダー(利害関係者)に報いるべきである」と高らかに宣言し、株主資本主義から、ステークホルダー資本主義への転換を企業に迫っている。
行き過ぎた資本主義に対し、国家が税金により再分配を行って福祉国家を実現するという修正資本主義は、国家の枠を超えたグローバル企業が跋扈する中で限界に達している。さらに地球温暖化など企業が社会全体に与える影響は小手先の政策で対応できなくなっている。この限界を超えるためには、企業自体を株主の利益のみを追求する生態系ではなく、地球環境を含む全ての企業の利害関係者に報いる生態系に変えていくことが必要だというのが、ステークホルダー資本主義が注目される理由である。
このステークホルダー資本主義に対して、日本では古来から(せいぜい江戸時代にすぎないが)「三方良し」という考え方があり、商道徳がある企業が多いので親和性が高い、などと言うのは認識が甘い。なぜなら、ステークホルダー資本主義は「商道徳」ではなく、会計基準のような体系的な説明責任によって成り立つからである。このような説明責任に関して、日本企業は必ずしも得意とは言えない、と思われる。「三方良し」の道徳が実践できていることを数値的に説明してくださいと言われて、必要十分な答えを返せる日本企業はほとんどないのではないか。
一方で世界経済フォーラムでは、ステークホルダー資本主義を実現するため、企業にどのような説明責任を求めていくのか、についての指標づくりが現在進められている。詳しくは前リンクのレポートは日本語訳もあるので読んでいただきたいが、「ガバナンスの原則」「地球」「人」「繁栄」の4つを大きな柱として指標化していこうという取り組みである。これは、各国政府を主な対象にしたSDGs「持続可能な開発のための2030アジェンダ」に対して、企業を主な対象とした持続可能な世界を目指すためのアジェンダといった趣である。もちろんステークホルダー資本主義の指標づくりにあたってはSDGsとの関連は強く意識されている。
SDGsの前身であるMDGs(ミレニアム開発目標)の成果として示されたことは、世界共通の目標を掲げるだけで、その達成に大きくつながるということである。国家と企業という違いはあっても、民主主義国家における有権者と国家の関係と、現代のグローバルな資本主義社会における匿名の投資家及び消費者と企業の関係はある意味似通っている。MDGsが一定の成功を収めたようにステークホルダー資本主義の試みは一定の成功を収める可能性が高いとも考えられる。
「ガバナンスの原則」「地球」「人」「繁栄」の個々の指標を見る限り、日本企業が遅れているであろう部分はかなり多い。ステイクホルダー資本主義を商道徳的なものととらえるのではなく、真摯に指標に向き合い、自社の説明責任を果たしていく努力が求められるであろう。
指標に対して継続的にPDCAサイクルを回していけば、年々少しずつでも確実に向上していくものである。PDCAの回せない「道徳」を説いて満足していたら、あっという間に取り残されることになる。