見出し画像

記憶を失った合コン

(ん?)

身体を起こし、辺りを見渡す。ロータリーが眼前に広がり、左手には駅の入り口が見える。花壇に背を預け、ゆっくりと座りなおす。歩く人がちらほら見えるだけで人通りは少ない。どうやら都会ではなさそうだ。

(どこだここは、、、、)

頭がくらくらする。リュックを抱えながら横になっていたところを見ると、防犯意識は無意識下でも健在だったらしい。財布は、、、ある。目は酷く乾いている。暫く地面に座り続け、じわじわと記憶が戻るのを感じる。まるで乾いたスポンジに少しずつ水滴を垂らされているような、何をせずとも過去の情景がゆっくりと頭を巡っていく。

「合コンしてたんじゃん!」

5分経過し、ようやく理解した。さっきまで新宿で合コンをしていた。皆で乾杯して、いつもよりテンションが上がり日本酒を勢いよく飲んで。。。

(またやらかしたか。。。)

飲み会で記憶を無くすことは珍しくない。大学時代から含めると記憶を失った回数は20回をくだらない。そして俺はその度に、友人を減らしている。酒癖が悪いからだ。良くない、のではなく、”悪い”のだ。戦隊ものに出てくる悪者もドン引きするレベルのたちの悪さである。

人の歯ブラシを勝手に使うのは当たり前。悪口を言わせたら天下一品。湯水のごとく次から次へと溢れ出てくる。後輩へのパワハラは息を吐くように行う。紙コップによそったご飯をストロングゼロに浸し、「ストロング茶漬け」と命名し、食べるよう強制する悪魔と化すのも日女茶飯事。

日頃、猫を被っているだけに、悪い方へのギャップがあり、たちが悪い。一つ願い事を叶えてくれる魔人が現れてくれたなら、僕は迷うことなく、こうお願いする。

「酒癖を良くしてください。」

酒を飲むと悪魔と化すのを承知の人たち、もしくはそれを知らない人たちが友人でいてくれるというわけだ。そうか、そういえば。。。。

「今日は来てくれてありがとう!かんぱーい!!」テンションアゲアゲである。華の看護師3人とチーズタッカルビを囲む。ビールが進む。

「今日よく揃ったね!」看護師はシフト制だから同僚との休みが被りづらいのだ。

「いや、ほんとに無いんですよ。こういうの」ゆいちゃんが答える。同い年でも敬語なのは、まだ慣れていないからだろう。

「明日は大丈夫なの?」

「私休みで、、」ゆいちゃんが横目で答えを促す。この子は周りが見えていて気が利くタイプだ。ころころとして愛想がよく、道を聞かれたら自分で調べてでも教えようとするだろう。人の為に動くことは厭わない、そんな性格の良さがにじみ出ている。女性幹事をお願いして正解だった。

「私夜勤だから。」長身のさやかさんは同い年に見えない。他人に媚びず、言いたいことはハッキリと言う。そんなタイプだ。前回ナンパをした時も、徹底的に無視をされた。ゆいちゃんがいなかったらこの会は成立していなかっただろう。前髪を上げたスレンダーな容姿からは、知性を感じさせ、食事に気を使っていることも伺える。オーガニック食材しか食べませんと言われても信じるだろう。勤務態が固定ではない環境で、この肌のきめ細かさ、容姿を保つのは並みの苦労ではないはずだ。手入れの行き届いた黒髪は異性を惹きつける。憧れの人は天海祐希と北川景子といったところか。愛想が良いゆいちゃんに、芯のあるさやかさん、相性がいいわけだ。

「私もです。」ともちゃんは2人の後輩だと先ほどの自己紹介で知った。パッと見の印象は普通の子、だ。少し茶色がかった髪色に控えめな笑顔、自分が自分が、というよりも、人を立てるのが上手いのかもしれない。席が対角線ということもあり、なかなか話せないであろうことが残念だ。

「じゃあ、今日はたくさん飲めますね!」かっさは大学時代のサークルの後輩だ。先日久々に飲み、彼女がほしいと言っており、合コンに誘ったら二つ返事でOKが来た。

(どんな風に振舞うんだ?)

普段見ない友人の一面を見ることは楽しい。男友達だけでいる時、好きな子がいる時、彼女といる時、それぞれ違う面を持っているのは当然だ。そして。男は往々にして女性の前ではかっこをつける。しかし、かっさからはそれを感じたことが全く無いのだ。

サークル時代はチームをまとめる好青年という印象だった。一癖も二癖もあるメンバーからの信頼は厚く、チーム1美少女のマドンナ的存在の女性を見事射止め、お付き合いをしていた時期もある。しかし、それを鼻にかけるわけでもなく、周囲との接し方は一切変わらない。飛びぬけて野球が上手いわけではないが、その性格や明るさが人を魅了するのだろう。だから、合コンでの立ち振る舞いには非常に興味があった。

「たけさん、次日本酒頼みます?」

かっさが悪い顔をしている。先手を取られた。一見、気が使える良い後輩だが、まだ僕のグラスのビールは半分も残っている。しかもさりげなく日本酒を勧めてくる。これが意味するところは一つ。

「いいね、飲もう!」2個下の後輩に酒を勧められて断るのは愚行だ。電車で椅子をどうぞと譲られたのに、それを断る老人くらいナンセンスだ。こうして「合コン」と同時並行で「飲み対決」がスタートした。

しかし、記憶がそこで途切れている。また頭に痛みが戻ってきた。飲みすぎた後の頭痛には毎回悩まされる。鈍器を持ったアリが脳味噌に大量に侵入し、せっせと打ち付けているような、そんな感覚を覚える。時間は深夜1時。終電はとっくに過ぎている。

(とにかく横になろう。)近くの満喫で一夜を過ごした。

翌朝、早速かっさにLINEする。

「かっさすまん!昨日のこと覚えてる?」

昼過ぎに返信が来る。

「お疲れ様です!いや、あまり覚えてないすww」

かっさも潰れており、あまり覚えていないらしい。こうなったら大浦君に聞くしかない。

「昨日はお疲れ様!かなり飲みすぎたみたいで、迷惑かけてごめん💦」とLINEする。記憶を失って、迷惑をかけていないはずがないから先に謝る。彼とは友人の繋がりで最近仲良くなった。真面目な話が好きであり、将来の日本や教育のことなどをたまに熱く語る。

「お疲れ。うん、ほんとに酷かったよ。女の子怒って帰っちゃうし。」夕方に返信が来た。そして!や顔文字が無いところを見ると本気で怒っているようだ。「だって、ずっと自己紹介してって言い続けて、話が前に進まないんだもん。」と続けてきた。

(なるほど。。。。日本酒を飲んでから記憶を失い、その間はずっと自己紹介しか促していない、カオスだな。。。。。。)

全容がある程度分かり安心する。連絡先を交換していたゆいちゃんとさやかさんに謝罪LINEを送る。「昨日はほんとにすみませんでした。飲みすぎました。。。」

2人とも既読は付いたが、返信は無い。(またやったわ。。。)こうして僕は、再び友人を失った。

24度目(?)の決意をした。もう2度と飲みすぎない、と。そして、ここから4カ月の間に2度も記憶を飛ばすことになるとはまだ夢にも思っていない。