第2章 毒の博物館 2-5 鉱物に由来する毒:「特別展「毒」」見聞録 その13
2023年04月27日、私は大阪市立自然史博物館を訪れ、一般客として、「特別展「毒」」(以下同展)に参加した([1])。
同展「第2章 毒の博物館 2-5 鉱物に由来する毒」([2],[3]のp.70-73)では、砒素(As)、鉛(Pb)、カドミウム(Cd)、および、水銀(Hg)(図13.01)を含む鉱石が展示された。
なお、これらの金属に関する詳細を知りたければ、「chemi COCO(ケミココ)」の利用をお勧めする([4])。
また、「元素のすべてがわかる図鑑―世界をつくる118元素をひもとく」([5])や「最新図解 元素のすべてがわかる本―レアメタルから放射能まで」([6])などの元素に言及する書籍もお勧めする。
砒素(As)を含む鉱石として、硫砒鉄鉱と自然砒が展示された。また、水銀(Hg)を含む鉱石として、辰砂が展示された(図13.02)。
砒素中毒では、土呂久公害問題([7],[8])や森永ひ素ミルク中毒事件([9])が有名である。
2023年06月29日午前11時30分頃に蘭越町交流促進センター雪秩父、大湯沼から北東に約300m進んだ地点において、地熱発電の掘削調査中に蒸気が噴出する事案が発生した。
湯里地域における蒸気の噴出に関する対応として、三井石油開発株式会社が実施した河川の水質検査において砒素の含有が判明した。
06月29日に発生した湯里地域における蒸気の噴出に伴う農業用水の取水制限において、07月05日、三井石油開発株式会社の水質検査の結果や農林水産省の農業用水基準なども踏まえて、蘭越町・ニセコ町・事業者・国土交通省小樽開発建設部俱知安開発事務所・後志総合振興局小樽建設管理部および農務課・JAようていなどの関係各位と協議した結果、三井石油開発株式会社が水試料を採取したE地点より下流に関しては、農業用水の取水制限が解除されることとなった([10])。
水銀中毒では、水俣病が有名である([11])一方、水銀汚染は世界各地で問題になっている([12])。
鉛(Pb)を含む鉱石として、方鉛鉱が展示された。また、カドミウム(Cd)を含む鉱石として、閃亜鉛鉱と硫カドミウム鉱が展示された(図13.03)。
カドミウム中毒では、イタイイタイ病が有名である([13])。ちなみに、カドミウムで汚染された富山県神通川流域の農地約1,500 haが1979~2012年にかけて復元された([14])。
鉛中毒では、2023年06月02日、バングラデシュで発生した集団鉛中毒の原因が、世界中で広く使われているスパイス「ターメリック」に混入されたクロム酸鉛(II)であったことが分かった。バングラデシュでは1980年代に洪水が原因でウコンの色が悪くなった時期を境に、ターメリックに着色料であるクロム酸鉛(II)を混ぜる慣行が広がったことが判明した。この慣行は40年間にわたり続けられており、ほとんどの加工業者はクロム酸鉛が有毒であることを認識していなかったそうであった([15])。
北海道ではエゾシカ猟が盛んに行われている。以前は、射止められたシカは猟場で解体され、被弾部や内臓など獲物の一部がそのまま山野に放置されることがあった。これらに残った鉛ライフル弾の破片などを猛禽類が肉とともに食べることで、重篤な鉛中毒が引き起こされる。鉛中毒に陥った猛禽類は、激しい貧血と神経症状による運動機能の低下が見られ、やがて衰弱し死亡する。北海道では、1996年に初めてオオワシが鉛中毒と診断され、これまでに200羽近くのオオワシやオジロワシが、鉛中毒で命を落としている([16])。
古代ローマにはまだ砂糖が伝わっておらず、一方ハチミツは非常に高価であった。代わりに、ブドウ果汁を鉛でできた容器に入れて煮詰めたシロップが甘味料として使われていた。この甘味料には、煮詰める度合によって3つの種類があり、濃度の低いものから順にそれぞれカロエヌム(caroenum)、デフルタム(defrutum)、および、サパ(sapa)と呼ばれていた。
デフルタムは、ワインの甘味を高めるために添加された他、様々な高級料理の味付けに用いられ、古代ローマのグルメたちにとって欠かせない調味料となった。しかし、当時の文献に「デフルタムを煮詰めるときは、青銅ではなく鉛の容器に入れなくてはならない」と記述されたことが示すように、その味の秘密は鉛にあった。酸度の高い果汁を煮詰める過程で、容器の鉛が溶け出して酢酸鉛(II)を生じる。この酢酸鉛(II)は鉛糖(sugar of lead)とも呼ばれ、甘味をもつ化合物として知られている。
しかし、鉛には毒性があり、体内に摂取すると鉛中毒を引き起こす。酢酸鉛(II)も例にもれず有毒物質である([17])。
「元素の体内でのはたらき 「毒」も量による?」で、9種類の微量元素である鉄(Fe)、亜鉛(Zn)、銅(Cu)、セレン(Se)、クロム(Cr)、マンガン(Mn)、モリブデン(Mo)、コバルト(Co)、および、ヨウ素(I)が言及された。これらの微量成分の「最適範囲」は広くはない(図13.04,[18],[19])。
「第2章 毒の博物館 2-5 鉱物に由来する毒」の執筆のために参考文献を調べたとき、僅かとはいえ、日本の環境(公害)問題の歴史を知ることができた([20])。この件に関しては、「第2章 毒の博物館 2-5 鉱物に由来する毒」に非常に感謝している。
参考文献
[1] 独立行政法人 国立科学博物館,株式会社 読売新聞社,株式会社 フジテレビジョン.“特別展「毒」 ホームページ”.https://www.dokuten.jp/,(参照2023年07月07日).
[2] 独立行政法人 国立科学博物館,株式会社 読売新聞社,株式会社 フジテレビジョン.“第2章 毒の博物館”.特別展「毒」 ホームページ.展示構成.https://www.dokuten.jp/exhibition02.html,(参照2023年07月07日).
[3] 特別展「毒」公式図録,180 p.
[4] 環境省,一般社団法人 環境情報科学センター.“chemi COCO(ケミココ) ホームページ”.https://www.chemicoco.env.go.jp/,(参照2023年07月07日).
[5] 若林文高 監修.元素のすべてがわかる図鑑:世界をつくる118元素をひもとく.第6刷,株式会社 ナツメ社,2018年09月10日,256 p.
[6] 山本喜一 監修.最新図解 元素のすべてがわかる本:レアメタルから放射能まで.初版,株式会社 ナツメ社,2011年12月06日,303 p.
[7] 宮崎県.“高千穂町土呂久地区における公害健康被害(慢性砒素中毒症)について”.宮崎県 トップページ.くらし・健康・福祉.自然・環境.公害健康被害.2023年05月09日.https://www.pref.miyazaki.lg.jp/kankyokanri/kurashi/shizen/toroku.html,(参照2023年07月08日).
[8] 特定非営利活動法人 アジア砒素ネットワーク.“土呂久・松尾について”.アジア砒素ネットワーク ホームページ.土呂久・松尾(AANの原点).https://www.asia-arsenic.jp/starting-point/toroku-matsuo,(参照2023年07月08日).
[9] 森永ひ素ミルク中毒の被害者を守る会.“森永ひ素ミルク中毒事件の発生”.森永ひ素ミルク中毒の被害者を守る会 ホームページ.事件と被害者救済.https://www.mhhm.jp/cont5/13.html,(参照2023年07月08日).
[10] 蘭越町.“【7月7日情報更新】ニセコ地域地熱発電の資源量調査事業における蒸気噴出について”.蘭越町 ホームページ.お知らせ.2023年07月07日.https://www.town.rankoshi.hokkaido.jp/administration/news/detail.html?news=528,(参照2023年07月08日).
[11] 環境省 水俣病情報センター.“水俣病とは”.環境省 水俣病情報センター ホームページ.水俣病と水銀について.http://nimd.env.go.jp/archives/minamata_disease_in_depth/,(参照2023年07月08日).
[12] 環境省 水俣病情報センター.“世界の水銀汚染問題”.環境省 水俣病情報センター ホームページ.水俣病と水銀について.http://nimd.env.go.jp/archives/minamata_disease_in_depth/mercury_pollution_in_the_world/,(参照2023年07月08日).
[13] 富山県.“公害病となったイタイイタイ病”.富山県 トップページ.くらし・健康・教育.健康・医療・福祉.医療.イタイイタイ病資料館.バーチャル展示室.バーチャル展示室(HTML版).原因究明、健康と暮らしを守る動き.2021年03月25日.https://www.pref.toyama.jp/1291/kurashi/kenkou/iryou/1291/100035/virtual/virtual03/virtual03-1.html,(参照2023年07月09日).
[14] 農林水産省 北陸農政局.“富山県神通川流域カドミウム汚染農地の復元(PDF:512KB)”.北陸農政局 ホームページ.報道・広報.北陸農政局の刊行物.北陸農業50年のあゆみ.https://www.maff.go.jp/hokuriku/news/print/50nen_ayumi/pdf/13_17-18_50ayumi.pdf,(参照2023年07月09日).
[15] 株式会社OSA.“集団鉛中毒の原因が「色の悪いウコンを隠すため40年間ターメリックに混入され続けていた化学物質」だと科学者が突き止めるまでの物語”.Gigazine ホームページ.2023年06月27日.https://gigazine.net/news/20230627-turmeric-lead-risk-detect-bangladesh/,(参照2023年07月09日).
[16] 環境省 釧路湿原野生生物保護センター 猛禽類医学研究所.“鉛中毒とは”.猛禽類医学研究所 トップページ.猛禽類医学研究所の活動.原因究明.疾病.非感染症.http://www.irbj.net/activity/cause04.html,(参照2023年07月09日).
[17] ワイリー・パブリッシング・ジャパン株式会社.“Chemistry Viewsの連載エッセイ「サッカリンの物語」第4話 / 古代ローマで珍重された甘味料の危険な甘さ”.ワイリー・サイエンスカフェ ホームページ.化学・物理・工学.2016年01月07日.https://www.wiley.co.jp/blog/pse/p_33841/,(参照2023年07月09日).
[18] 公益財団法人 長寿科学振興財団.“微量元素の働きと1日の摂取量”.健康長寿ネット トップページ.栄養素.2021年10月20日.https://www.tyojyu.or.jp/net/kenkou-tyoju/eiyouso/mineral-biryou.html,(参照2023年07月09日).
[19] ニュートリー株式会社.“2-6:微量元素”.ニュートリー トップページ.医療従事者お役立ち情報.キーワードでわかる臨床栄養.第2章 栄養素とその代謝.https://www.nutri.co.jp/nutrition/keywords/ch2-6/,(参照2023年07月09日).
[20] 国立研究開発法人 国立環境研究所.“環境(公害)問題の歴史と研究所のおいたち”.いま地球がたいへん!―環境を守るNIESのかつやく― トップページ.https://www.nies.go.jp/nieskids/oitachi/index.html,(参照2023年07月09日).