「京都大学アカデミックデイ2022」見聞録01:01.神経変性疾患の病態解明と治療にむけて
2022年06月19日、私は「京都大学アカデミックデイ2022〜創立125周年記念〜」(以下「アカデミックデイ2022」、ロームシアター京都にて開催)に一般客として参加した([1])。
「アカデミックデイ2022」内の「プロム1 神経変性疾患の病態解明と治療にむけて」で、髙橋良輔 京都大学大学院医学研究科 脳病態生理学講座 臨床神経学(脳神経内科) 教授・診療科長(以下敬称略、[2])らは、以下の研究成果を発表した(図01.01,[3],[4])。
1.2019年12月11日、筑波大学、順天堂大学、および、京都府立医科大学と共同で、パーキンソン病(Parkinson's disease:PD)前駆期のモデル マウスの作製に成功した。PD の原因であり異常に蓄積しているタンパク質であるαシヌクレインを、その本来の発現部位で増加させた遺伝子改変マウスを作製したところ、嗅覚の低下や睡眠異常(レム睡眠行動障害)などの PD の前駆症状に引き続き、ドパミン神経細胞の減少が認められた。このモデル マウスは、PD の発症予防や進行抑制を目的とした治療薬の開発のための動物モデルとして有用で、創薬における PD 発症前あるいは超早期 PD に対する治療の標的分子の発見にも貢献が期待される([5])。
2.2021年04月05日、αシヌクレイン フィブリル(αシヌクレインの単量体が多数結合したもの)を投与した培養細胞とマウスを用いた実験により、抗てんかん薬の一種であるペランパネルが、α シヌクレインの伝播を抑制することを発見した。ペランパネルは既に臨床で使用されている薬剤であるため、PDの病状進行を抑える薬としても迅速な応用が期待される([6])。
「京都大学アカデミックデイ2015」(以下「アカデミックデイ2015」)の「パーキンソン病をモデルする」で、髙橋らは、PDのモデル動物を紹介するだけでなく、PDメダカも展示した(図01.02,01.03,[7],[8])。
また、「京都大学アカデミックデイ2019」の「疾患モデルの意義とその具体例」で、髙橋らは数理モデル、細胞モデル、動物モデル、および、動物モデルの具体例を紹介した(図01.04,[9])。
「アカデミックデイ2015」~「アカデミックデイ2022」の間の、PDモデル動物の作製とドラッグ・リポジショニングによる治療薬の開発の歴史を知ったことは、私にとって非常に有意義であった。
PDの治療法の開発の進展を期待する。
ここで、京都大学による他のPD関連研究を紹介する。
国立大学法人 京都大学.“パーキンソン病の認知機能障害は鼻からはじまる?―レヴィ小体病における嗅覚系伝播経路の解明―”.京都大学 ホームページ.最新の研究成果を知る.2022年08月23日.https://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research-news/2022-08-23-0,(参照2022年08月27日).
澤村正典 医学部附属病院 特定病院助教、尾上浩隆 大学院医学研究科付属 脳機能総合研究センター 特定教授、山門穂高 医学部附属病院 脳神経内科 特定准教授、上村紀仁 医学部附属病院 特定助教、伊佐正 同教授、髙橋良輔 同教授らの研究グループは、αシヌクレインの凝集体(フィブリル)を霊長類の一種であるマーモセットの嗅球へ投与した実験により、PDなどを含むレヴィ小体病における嗅覚系伝播経路と認知機能障害の関連性について明らかにした。
PDの類縁疾患としてレヴィ小体型認知症という認知症も知られており、これらはまとめてレヴィ小体病と呼ばれる。認知症患者は急速に増加しており、介護者の負担に加え、社会的・経済的にも大きな問題となっている。最近、レヴィ小体病の病態として、αシヌクレインが脳内に異常に凝集し、神経細胞同士の間を伝播することで、脳に広く病変を形成し、病状を進行させるという仮説が注目されている。髙橋らはマーモセットを用いたレヴィ小体病モデルの作製に成功し、嗅球からの伝播が認知機能障害と関連している可能性を示した。レヴィ小体病の霊長類モデルはPDやレヴィ小体型認知症の病態解明や治療薬の開発に有用であると考えられる。
国立大学法人 京都大学.“パーキンソン病における運動習慣の長期効果を確認 -進行抑制に光明、活動の種類により異なる効果-”.京都大学 ホームページ.最新の研究成果を知る.2022年01月13日.https://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research-news/2022-01-13,(参照2022年08月27日).
月田和人 医学研究科博士課程学生(兼・帝京大学特任研究員、関西電力医学研究所特任研究員)、酒巻春日 同博士課程学生、髙橋良輔 同教授らの研究グループは、国際多施設共同観察研究のデータを用いて、PDにおいて日常的身体活動量や運動習慣の維持が、長期にわたって疾患の進行を抑制する可能性を示唆し、活動の種類により異なる長期効果を持つ可能性を示した。本研究の成果は、今後の研究において、運動介入によるPDの進行を抑制する方法論の確立の第一歩になると考えられ、また、個々の患者に合わせた運動介入の重要性も示唆するものである。
国立大学法人 京都大学.“iPS細胞:パーキンソン病 医師主導治験について”.京都大学大学院医学研究科 脳病態生理学講座 臨床神経学(脳神経内科) ホームページ.2022年01月11日.https://neurology.kuhp.kyoto-u.ac.jp/ips/,(参照2022年08月27日).
「iPS細胞由来ドパミン神経前駆細胞を用いたパーキンソン病治療に関する医師主導治験」において、2022年01月11日時点では、安全性に関する懸念は出ていない。
国立大学法人 京都大学.“パーキンソン病では前認知症段階で血中リンパ球が低下 -先制治療・病態解明の鍵-”.京都大学 ホームページ.最新の研究成果を知る.2021年10月14日.https://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research-news/2021-10-14,(参照2022年08月27日).
月田和人 医学研究科博士課程学生(兼・帝京大学特任研究員、関西電力医学研究所特任研究員)、酒巻春日 同博士課程学生、髙橋良輔 同教授らの研究グループは、国際多施設共同観察研究のデータを用いて、APOE4アレルを持つPD患者においてのみ、診断時の血中のリンパ球の減少がその後の経時的な認知機能の低下を的確に予測することを発見した。興味深いことに、診断時の血中リンパ球数の低下は、APOE4アレルを持たない患者における認知機能の低下と全く関連がなかった。パーキンソン病において、血中リンパ球数は脳内の炎症を反映して低下する可能性が高いという報告を踏まえると、「APOE4アレル」と「脳内炎症」は相補的に認知機能の低下を引き起こす可能性が示唆される。
国立大学法人 京都大学.“カルビンディン遺伝子の導入によりドーパミン細胞死の防御に成功 -パーキンソン病の発症・進行を抑える新たな治療法の開発に期待-”.京都大学 ホームページ.最新の研究成果を知る.2018年08月31日.https://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research-news/2018-08-31,(参照2022年08月27日).
井上謙一 霊長類研究所(現.ヒト行動進化研究センター)助教、高田昌彦 同教授(現.ヒト行動進化研究センター 研究員(非常勤))らの研究グループは、東京都医学総合研究所、量子科学技術研究開発機構、生理学研究所と共同で、カルシウム結合タンパク質「カルビンディン」を人為的に発現させ、PDの原因となるドーパミン神経細胞死を防御することに成功した。
国立大学法人 京都大学.“ATPを調整しパーキンソン病の進行を抑制、マウスで確認”.京都大学 ホームページ.最新の研究成果を知る.2017年08月31日.https://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research-news/2017-08-31-0,(参照2022年08月27日).
垣塚彰 生命科学研究科 教授らの研究グループは、アデノシン三リン酸(ATP)のレベルを維持することによって、PDなどの神経変性疾患で影響される脳細胞を細胞死から保護することができると考え、ATP消費を制限する化合物と、ATP生成を増加する化合物の2種類を開発した。これらのATP制御薬をPDマウス モデルに投与したところ、PDの症状が緩和されることが分かった。今回の成果は、ATPレベルを調整することでPDなどの治癒不可能な神経変性疾患を治療できる可能性があることを示すものである。今後他の神経変性疾患の治療への活用も期待できる。
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参考文献
[1] 国立大学法人 京都大学.“アカデミックデイ2022”.K.U.RESEARCH ホームページ.アカデミックデイ.https://research.kyoto-u.ac.jp/academic-day/a2022/,(参照2022年08月27日).
[2] 国立大学法人 京都大学.“スタッフ紹介”.京都大学大学院医学研究科 脳病態生理学講座 臨床神経学(脳神経内科) ホームページ.https://neurology.kuhp.kyoto-u.ac.jp/staff/,(参照2022年08月27日).
[3] 国立大学法人 京都大学.“神経変性疾患の病態解明と治療にむけて”.K.U.RESEARCH 未踏領域の挑戦 ホームページ.アカデミックデイ.アカデミックデイ2022.ポスター/展示.https://research.kyoto-u.ac.jp/academic-day/a2022/a2022-p001/,(参照2022年08月27日).
[4] 国立大学法人 京都大学.“2022_01_poster.pdf”.京都大学学術情報リポジトリ KURENAI ホームページ.900 京都大学シンポジウム・公開講座等.アカデミックデイ.アカデミックデイ2022.ポスター/展示.神経変性疾患の病態解明と治療にむけて.https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/handle/2433/275931,(参照2022年08月27日).
[5] 国立大学法人 京都大学.“パーキンソン病前駆期の動物モデルを作製 -発症予防や進行抑制に向けた治療法開発の貢献に期待-”.京都大学 ホームページ.最新の研究成果を知る.2019年12月11日.https://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research-news/2019-12-11,(参照2022年08月27日).
[6] 国立大学法人 京都大学.“パーキンソン病モデルへのペランパネルの有効性を確認 -パーキンソン病の進行抑制治療への期待-”.京都大学 ホームページ.最新の研究成果を知る.2021年04月05日.https://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research-news/2021-04-05,(参照2022年08月27日).
[7] 国立大学法人 京都大学.“53_poster.pdf”.京都大学学術情報リポジトリ KURENAI ホームページ.900 京都大学シンポジウム・公開講座等.アカデミックデイ.アカデミックデイ2015.ポスター/展示.パーキンソン病をモデルする.https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/201310/1/53_poster.pdf,(参照2022年08月27日).
[8] 国立大学法人 京都大学.“パーキンソン病の解明に役立つメダカの作製に成功 -メダカが神経変性疾患の研究に貢献できる可能性-”.京都大学 ホームページ.最新の研究成果を知る.2015年04月09日.https://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research-news/2015-04-09,(参照2022年08月27日).
[9] 国立大学法人 京都大学.“2019_13_poster.pdf”.京都大学学術情報リポジトリ KURENAI ホームページ.900 京都大学シンポジウム・公開講座等.アカデミックデイ.アカデミックデイ2019.ポスター/展示.疾患モデルの意義とその具体例.https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/244413/1/2019_13_poster.pdf,(参照2022年08月27日).