NanoTerasu オープン デイ 訪問記
2024年07月30日、私はNanoTerasu オープン デイに一般客として参加し、3GeV高輝度放射光施設 NanoTerasu(以下NanoTerasu)を見学した(図01,[1])。
放射光は、加速器によりほぼ光の速さまで加速された電子・陽電子からつくられる指向性の高い光である。非常に強力なX線を含み、その明るさは医療用レントゲンの1億倍以上に達する。X線は原子の大きさとほぼ同じ長さの波長をもつため、量子の世界である原子スケール・ナノスケールでの物質の構造・性質を観測するための優れた手段となる(図02,[2])。
NanoTerasuは、線型加速器、蓄積リング、挿入光源、および、ビーム ラインの大きく分けて4つの装置により構成されている(図03,図04,図05,図06,図07,図08,[3])。
NanoTerasuでは、28本のビーム ラインを整備できる。
2024年07月時点では、量子科学技術研究開発機構(QST)が整備する3本の共用ビーム ラインと地域パートナー(代表機関:光科学イノベーションセンター)が整備する7本のコアリション ビーム ラインが設けられている(図09,[4],[5])。
QSTが整備する3本の共用ビーム ラインを以下に示す。いずれも光源性能を活かし、学術の先端を開拓するものである(図10)。
BL-02U:軟X線超高分解能共鳴非弹性散乱
BL-06U:軟X線ナノ光電子分光
BL-13U:軟X線ナノ吸収分光(図11)
地域パートナーが整備する7本のコアリション ビーム ラインを以下に示す。いずれも様々な物質の機能を可視化することで、感染症対策や脱炭素社会の実現などの社会課題の解決に向けた産学の研究開発支援の役割を担うものである(図12)。
BL-07U:軟X線電子状態解析
BL-08U:軟X線オペランド分光
BL-08W:X線構造―電子状態トータル解析
BL-09U:X線オペランド分光
BL-09W:X線階層的構造解析
BL-10U:X線コヒーレント イメージング
BL-14U:軟X線磁気イメージング(図13)
NanoTerasuを用いることで、以下のことが可能になっている(図14,[6])。
・高いコヒーレント性を用いた非破壊の品質管理:動作不良の原因となる深さ方向のナノスケールの配線の欠陥を非破壊で可視化が可能。さらにAI技術と融合して、これまで見つけることが難しかった欠陥を診ることも可能になる。
・機能に関わる電子状態の変化をリアルタイムで可視化:燃料電池内部の白金触媒の酸化還元反応を発電しながら観察可能。また、電池の材料が劣化する要因を突き止めることで、コストを下げることが可能。
・触媒の機能をナノで創る:触媒粒子の一粒一粒について、化学状態を三次元マッピングしたデータの計測が短時間で可能。多次元の大容量データを扱う情報科学との融合によって、ナノスケールでの反応機構の理解、そして機能のデザインに至る。
・軽元素の分布や状態が直接的かつリアルタイムで可視化:食品に含まれる微量の元素分布や蓄積過程の可視化、果実の通道組織の可視化が可能。食品の栄養素研究や栽培法の確立につながることが期待されている。
NanoTerasuのコア コンピタンス(他社や他の機関に真似できない核となる能力)は、世界トップクラスの性能、官民地域パートナーシップ、および、NanoTerasuエコシステムの3つである(図15,[7])。
NanoTerasuは、官民地域パートナーシップに基づき、施設設置者であり国の主体である国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構に加え、地域パートナーの代表機関である一般財団法人光科学イノベーションセンターと共用促進法に基づく利用促進業務を行う公益財団法人高輝度光科学研究センターの参画を得て運営される。
施設運営の計画、安全施設管理、情報セキュリティ・データ マネジメント、広報といった施設としての一元的な対応が求められる事項を処理するため、共通事項を審議するNanoTerasu運営会議と、共通事項の調整や共通的な事務の執行を行うNanoTerasu総括事務局が設置されている。
さらに、地域パートナーの参画機関である宮城県、仙台市、国立大学法人 東北大学と一般社団法人 東北経済連合会が連携や協力を行っている(図16,[8])。
21世紀に入り、加速器技術の発展により3GeV程度のコンパクトな加速器でも高輝度放射光を得ることができるようになり、海外で計画が進められてきた軟X線向け次世代型の放射光施設が相次いで建設された。日本には、世界に誇る8GeVの大型放射光施設であるSPring-8があるものの、3GeV程度の軟X線領域での放射光施設は多くはなく、2010年以降、世界は軟X線領域において100倍の性能差を日本につけはじめている。
NanoTerasuは、この性能差を日本の加速器技術で一気に逆転することが可能な施設である。そして、「可視化」と「コヒーレント光」を武器に、AI・ビッグデータ活用時代の研究開発との融合により、我が国の研究開発力を抜本的に強化するものである。
軟X線領域の高輝度放射光は軽元素を感度良く測定でき、従来の物質構造に加え、機能に影響を与える「電子状態」、「ダイナミクス」等の詳細な解析が可能という特徴を持つ。また、物質表面の分析では、タンパク質や触媒材料の表面で起こる化学反応の変化等の解析による創薬や新たな高活性触媒等の開発が、磁性・スピンの解析では、磁石やスピントロニクス素子等の研究開発が期待できる。
NanoTerasuの加速器エネルギーは3 GeVで、その軟X線は物質の電子の振る舞いやダイナミクスの観察に適している。一方、SPring-8の加速器エネルギーは8 GeVで、その硬X線は物質の構造の観察に適している([9])。
私はNanoTerasuを実際に見学することで、SPring-8との相違を確実に理解できた。また、異なる個性を有するこれらの放射光施設が切り拓く未来を見届けたいと思っている。それ故、NanoTerasu オープン デイには非常に感謝している。
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参考文献
[1] 国立研究開発法人 量子科学技術研究開発機構(QST) NanoTerasu総括事務局.“NanoTerasuオープンデイを開催しました”.NanoTerasu トップページ.ニュース.2024年07月31日.https://nanoterasu.jp/2024/07/nanoterasu%e3%82%aa%e3%83%bc%e3%83%97%e3%83%b3%e3%83%87%e3%82%a4%e3%82%92%e9%96%8b%e5%82%ac%e3%81%97%e3%81%be%e3%81%97%e3%81%9f/,(参照2024年08月02日).
[2] 国立研究開発法人 量子科学技術研究開発機構(QST).“放射光科学研究”.QST ホームページ.研究開発体制.研究部門.関西光量子科学研究所.https://www.qst.go.jp/site/kansai-sr/,(参照2024年08月01日).
[3] 国立研究開発法人 量子科学技術研究開発機構(QST) NanoTerasu総括事務局.“しくみ”.NanoTerasu トップページ.https://nanoterasu.jp/%e3%81%97%e3%81%8f%e3%81%bf/,(参照2024年08月02日).
[4] 国立研究開発法人 量子科学技術研究開発機構(QST).“ビーム ライン”.QST ホームページ.研究開発体制.研究部門.NanoTerasuセンター.2020年08月20日.https://www.qst.go.jp/site/3gev/41279.html,(参照2024年08月02日).
[5] 国立研究開発法人 量子科学技術研究開発機構(QST) NanoTerasu総括事務局.“国およびパートナーが整備するビーム ライン”.NanoTerasu-Poster トップページ.ビーム ライン.https://nanoterasu.jp/nanoterasu_online_poster4/index.html,(参照2024年08月02日).
[6] 国立研究開発法人 量子科学技術研究開発機構(QST) NanoTerasu総括事務局.“応用”.NanoTerasu-Poster トップページ.ビーム ライン.https://nanoterasu.jp/nanoterasu_online_poster4/index.html,(参照2024年08月02日).
[7] 国立研究開発法人 量子科学技術研究開発機構(QST) NanoTerasu総括事務局.“コア コンピタンス”.NanoTerasu トップページ.NanoTerasuを知る.https://nanoterasu.jp/%e3%82%b3%e3%82%a2%e3%82%b3%e3%83%b3%e3%83%94%e3%82%bf%e3%83%b3%e3%82%b9/,(参照2024年08月02日).
[8] 国立研究開発法人 量子科学技術研究開発機構(QST) NanoTerasu総括事務局.“組織・運営”.NanoTerasu トップページ.NanoTerasuを知る.https://nanoterasu.jp/%e7%b5%84%e7%b9%94%e3%83%bb%e9%81%8b%e5%96%b6/,(参照2024年08月02日).
[9] 国立研究開発法人 量子科学技術研究開発機構(QST).“次世代放射光施設の特徴”.QST ホームページ.研究開発体制.研究部門.NanoTerasuセンター.2021年01月21日.https://www.qst.go.jp/site/3gev/41110.html,(参照2024年08月02日).