3-5.深海を調査する無人探査機:ハイパードルフィン、日本近海に分布する海底鉱物資源、消えていく北極海の海氷の謎にせまる、温暖化の影響を大きく受ける北極を知る:北極域研究船の建造、北極域の生物たち:ホッキヨクグマ、海の生態系サービス、および、[コラム]教えて! 藤原先生 深海調査で活躍!深海調査船大図鑑:特別展「海 ―生命のみなもと―」見聞録 その15
2023年08月12日、私は国立科学博物館を訪れ、一般客として、特別展「海 ―生命のみなもと―」(以下同展)に参加した([1])。
同展「3-5.深海を調査する無人探査機:ハイパードルフィン、日本近海に分布する海底鉱物資源、消えていく北極海の海氷の謎にせまる、温暖化の影響を大きく受ける北極を知る:北極域研究船の建造、北極域の生物たち:ホッキヨクグマ、海の生態系サービス、および、[コラム]教えて! 藤原先生 深海調査で活躍!深海調査船大図鑑」では、「ハイパードルフィン」、マンガン クラスト、レア アース泥、東青ヶ島海丘カルデラ熱水サイトの鉱石試料(チムニー)など、海氷下ドローン「COMAI」の模型、北極域研究船「みらいII(ツー)」の模型、および、ホッキョクグマの親子が展示された([2]のp.140-153)。
「ハイパードルフィン」は1999年にカナダで製造された最大深度4,500mまでの潜航が可能な無人探査機である。超高感度ハイビジョンカメラを搭載し深海の撮影や目視による調査を行えるほか、海底からサンプルを採取できるマニピュレータ(ロボット アーム)2基を備えている。
実際、平成17年度無人探査機「ハイパードルフィン」潜航調査「NT06-01 leg2航海」(平成18年01月17日~22日、首席研究者:極限環境生物圏研究センター 海洋生態・環境研究プログラム サブリーダー 藤原 義弘)では、相模湾の熱海市沖の水深900mに沈められたマッコウクジラの遺骸に棲息する生物群を詳細に観察した。その結果、マッコウクジラの遺骸肋骨には、新種の可能性が極めて高いOsedax(俗称:ゾンビ・ワーム)と呼ばれるゴカイの仲間(多毛類)が大量に付着していたことが分かった(図15.01,[3],[4])。
日本近海を含む世界の海底には、レア アース泥(でい)、マンガン ノジュール、マンガン クラスト、海底熱水鉱床と呼ばれる4種類の金属鉱物資源が存在することが知られている。
レア アース泥は、海底の泥の中に含まれる小さな魚の歯や骨の破片に、海水に溶け込んでいたレア アースが濃集することによって作られる。水深約4,000〜6,000 mの平らな海底に分布している。特に、太平洋の広大な範囲に分布することが知られており、インド洋からも報告されている。海底下10 m以内の浅い部分に分布している場所もある。ハイテク製品を作る上で必要不可欠なレア アースを供給する重要な資源として近年特に注目されており、海底から泥を引き上げて、泥からレア アースを抽出し活用するための技術開発が進められている(図15.02)。
マンガン ノジュールは、直径2~15 cm程の丸い塊で、海底に転がっている固いものの周りに、海水に溶け込んでいた鉄やマンガンが酸化物として沈着し成長したものである。水深約3,500~6,500 mの平らな海底に分布している。岩石の欠片やサメの歯・魚の骨など、あらゆる固いものがノジュールの中心核になっている。中心核から外側にかけて、古い部分から新しい部分へと年輪状に成長するが、その成長スピードは非常に遅く、100万年で数mmしか成長しない。鉄やマンガンと一緒に、コバルト、ニッケル、銅、レア アースなどが沈着し濃集するので、それらの有用金属の供給源として注目されている。
マンガン クラストは、マンガン ノジュールと同様、鉄マンガン層が海山斜面から山頂部の岩盤を覆うように層状に沈着し成長したものである。いわば「海山を核にしたノジュール」とでも表現できるだろうか。厚みは数mmから数10 cm程で、水深約400~7,000 mに広く分布している。海域によってはコバルトや白金に富むマンガン クラストが分布する海山があり、それらの有用金属の供給源として有望視されている(図15.03)。
海底熱水鉱床は、海底火山の下に存在するマグマによって熱せられた熱水が、海底面から噴出することで形成される。熱水に含まれる様々な金属成分が、硫化物として析出し沈殿してできたもので、特に銅、鉛、亜鉛、金、および銀といった有用金属の供給源である。中央海嶺や背弧海盆に沿って活動する水深約700~2,000 mの火山の近傍で、幾つもの熱水噴出域が発見されている([5],[6])。
東京都青ヶ島沖の水深700 mの深海では、270℃ほどの熱水が噴き出す熱水噴出孔が見つかっていて、周辺の岩石には高濃度の金が含まれていることが分かっている。
海洋研究開発機構と株式会社IHIの研究グループは、この熱水から金を回収しようと金を吸着する特殊な藻を加工したシートを開発した。
研究グループは2021年08月、青ヶ島沖の熱水噴出孔の周辺にこのシートを設置し、2年近く経過した2023年06月に引き揚げた。
分析の結果、シートには最大でおよそ20 ppm=1 tあたり20 g相当の金が吸着していて、これは世界の主要な金山の鉱石に含まれる金の濃度の約5倍にあたる。
さらに、金だけでなく銀も最大で約7,000 ppmと、金の300倍以上の濃度で吸着できていたことが明らかになった。
研究グループによると、深海の熱水に含まれる金を藻のシートに吸着させて回収に成功したのは世界で初めてだということである。
海洋研究開発機構の野崎達生主任研究員は「想定以上の金を吸着させることに成功し安心した一方で、銀がこれほど吸着していたのは予想外で驚きだ。深海というハードルからすぐに商業化に結びつく話ではないが、この技術は温泉や下水など、熱水以外でも応用でき、新たな金の採取方法となる可能性がある」と話していた(図15.04,[7])。
氷下魚(コマイ)は主に北海道で漁獲されるタラ科の魚類であるが、氷を割って捕まえたことからこの名前がついているそうである。海洋研究開発機構 地球環境部門 北極環境変動総合研究センター 北極観測技術開発グループは、多くのデータが眠っている、北極海氷下の調査を行うためのツールとして、COMAIと名付けた水中ドローンを開発している。名前の由来・意味は「Challenge of Observation and Measurement under Arctic Ice」、つまりCOMAIのCはChallenge を意味する。
COMAIのチャレンジの1つは、これまで面的に定期観測ができていなかった海氷下の観測を実現することである。北極域研究船が停泊または微速で航行している場所から出発して、海氷の下を調査して戻ってくる。標準観測装置として、CTD(塩分濃度、水温、深度)計、蛍光・濁度計、海氷下を撮影するカメラとソナーを搭載しているので、氷の下を航行しながら、環境パラメータの測定と、通常では見ることのできない氷の下部の形状を視覚画像と音響画像で知ることができる。北極船を起点とした周辺の海氷下をジグザグ航行することで、これまでブイや係留系で計測していた点のデータを、面のデータに拡張することができる(図15.05,[8])。
北極域は、海氷の減少などの急激な環境変化が進み、その変化が経済活動の活発化をもたらしている。また、北極域の環境変化は、地球全体の気候・気象にも大きく影響を及ぼしており、北極域が抱える課題はグローバルな視点でとらえる必要がある。
日本は、北極域に隣接し、その影響を受ける国として、さらには世界のリーダーの一員として、北極域が抱えている諸課題の解決に科学的根拠をもって貢献していく使命がある。
このような状況を踏まえ、日本では、国際的な研究プラットフォームとして活用可能な、十分な砕氷機能と世界レベルの観測機能を備える北極域研究船の建造を決定した。
北極域研究船によって、国際連携のもとで北極域に存在する諸課題の解決に資するための研究活動を促進し、持続可能な北極域の実現を目指すとともに、研究者や技術者などの人材育成に貢献していく。
この北極域研究船は「みらいII」と命名され、2026年11月に竣工予定である(図15.06,[9])。
ホッキョクグマは地上最大の肉食動物である。
現在の推定個体数は26,000頭。そのうち約60%がカナダに生息している。ホッキョクグマは一時、狩猟などにより絶滅が心配されたが、その後、国際的な保護活動により、危機を脱した。しかし、現在は新たに、地球温暖化や北極圏の環境悪化などの影響を受け、個体数が減っていると見られている(図15.07,[10])。
原始生命体の誕生以来、地球の様々な環境の変化とともに、生命は適応と進化、あるいは絶滅を繰り返し、現在の3,000万種ともいわれる多様さとその繫がりを作り上げてきた。「生物多様性」とは、長い進化の歴史を経て形づくられてきた生命の「個性」と「繫がり」であるといえる。ヒトも生物多様性を構成する生物種の1つであり、生物多様性は、人間が生存のために依存している基盤でもある。
生物多様性条約において、「生物多様性」はすべての生物の間に違いがあることと定義され、そのなかには多様な動植物種が存在しているという「種間(種)の多様性」だけではなく、同じ種であっても地域等によって違いが生じる「種内(遺伝子)の多様性」や、多様な動植物のつながりによって形成される森林や河川、干潟、サンゴ礁などの「生態系の多様性」も含まれる。
また、こうした多様な生物が関わりあう生態系から人類が得ることのできる恵みを「生態系サービス(ecosystem service)」といい、魚介類等の食料や薬品などに使われる遺伝資源等の資源の「供給サービス」、気候の安定や水質の浄化などの「調整サービス」、海水浴等のレクリエーションや精神的な恩恵を与えるなどの「文化的サービス」、および、栄養塩の循環や光合成などの「基盤サービス」が挙げられる。
生物多様性条約の目標である生物多様性の保全と持続可能な利用を進めていくためには、生物多様性に前述のような幅広いレベルがあること、どれか1つのレベルだけを考えるのではなく全てのレベルを念頭におくことが重要である([11])。
本記事を書くことで、私はわずかとはいえ、海洋研究の最前線を知ることができた。また、私たち人類は海などの自然によって生かされていることを改めて痛感した。
参考文献
[1] 特殊法人 日本放送協会(NHK),株式会社 NHKプロモーション,株式会社 読売新聞社.“特別展「海 ―生命のみなもと―」 ホームページ”.https://umiten2023.jp/policy.html,(参照2024年03月23日).
[2] 特別展「海 ―生命のみなもと―」公式図録,200 p.
[3] 国立研究開発法人 海洋研究開発機構(JAMSTEC).“4500m級無人探査機「ハイパードルフィン」”.JAMSTEC トップページ.組織情報.研究船・施設・設備.研究船・探査機.https://www.jamstec.go.jp/j/about/equipment/ships/hyperdolphin.html,(参照2024年03月28日).
[4] 国立研究開発法人 海洋研究開発機構(JAMSTEC).“相模湾で新種の生物の採集に成功〜相模湾鯨骨生物群集の調査結果について〜”.JAMSTEC トップページ.組織情報.研究船・施設・設備.研究船・探査機.4500m級無人探査機「ハイパードルフィン」.2006年02月 プレスリリース 相模湾で新種の生物の採集に成功.2006年02月22日.https://www.jamstec.go.jp/j/about/press_release/archive/2006/20060222/,(参照2024年03月28日).
[5] 株式会社 フロムページ 夢ナビ編集部.“海底の鉱物資源・エネルギー資源を、どのように採掘するか”.夢ナビ ホームページ.船舶・海洋工学,資源・エネルギー工学.https://yumenavi.info/vue/lecture.html?gnkcd=g008809,(参照2024年03月31日).
[6] 学校法人 千葉工業大学 次世代海洋資源研究センター ORCeNG.“海底鉱物資源とは?”.千葉工業大学 次世代海洋資源研究センター ORCeNG ホームページ.解説.https://orceng-cit.jp/page/explanation/resource,(参照2024年03月31日).
[7] 特殊法人 日本放送協会(NHK).“高濃度の「金」 藻のシートで回収成功 東京 青ヶ島沖の深海”.NHK NEWS WEB ホームページ.首都圏 NEWS WEB.2023年10月19日.https://www3.nhk.or.jp/shutoken-news/20231019/1000098321.html,(参照2024年03月31日).
[8] 国立研究開発法人 海洋研究開発機構(JAMSTEC)北極域研究船プロジェクト.“北極域研究船の分身となりたい「海氷下ドローン」のチャレンジ”.JAMSTEC北極域研究船プロジェクト ホームページ.ブログ.2023年02月09日.https://www.jamstec.go.jp/parv/j/blog/202302.09.html,(参照2024年03月31日).
[9] 国立研究開発法人 海洋研究開発機構(JAMSTEC)北極域研究船プロジェクト.“北極域研究船概要”.JAMSTEC北極域研究船プロジェクト ホームページ.https://www.jamstec.go.jp/parv/j/overview/,(参照2024年03月31日).
[10] 公益財団法人 世界自然保護基金(World Wide Fund for Nature:WWF)ジャパン.“ホッキョクグマの生態と、迫る危機”.WWFジャパン ホームページ.WWFの活動.2009年09月14日.https://www.wwf.or.jp/activities/basicinfo/3565.html,(参照2024年03月31日).
[11] 環境省.“第3章 海洋の生物多様性及び生態系サービス”.環境省 ホームページ.海洋生物多様性保全戦略公式サイト トップページ.海洋生物多様性保全戦略目次.https://www.env.go.jp/nature/biodic/kaiyo-hozen/guideline/05-1.html,(参照2024年03月31日).
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