第3章 毒の博物館 3-1 毒が招いた多様性と進化 1.酸素:「特別展「毒」」見聞録 その16
2023年04月27日、私は大阪市立自然史博物館を訪れ、一般客として、「特別展「毒」」(以下同展)に参加した([1])。
同展「第3章 毒の博物館 3-1 毒が招いた多様性と進化 1.酸素」では、活性酸素の毒性と生体による抑制が言及された(図16.01,[2]のp.84-87,[3],[4]のp.46-47)。
抗酸化物質は酸化されやすい物質で、活性酸素などによって人体が酸化されるよりも優先的に酸化してくれる。そのため、抗酸化物質自身が酸化されることで、体を酸化から防御してくれる。抗酸化物質によって、ヒトの細胞は無傷でいられる。
代表的な抗酸化物質には、ビタミンA、ビタミンC、ビタミンE、コエンザイムQ、フラボノイド系ポリフェノール、非フラボノイド系ポリフェノール、イオウ化合物、および、カロテノイドが含まれる。
抗酸化物質の効果は、がん抑制、動脈硬化予防、および、アンチエイジングである([5])。
大気中の酸素は、藍藻(シアノバクテリア)や植物プランクトンのような酸素発生型光合成生物によって生み出される。したがって、これら生命が誕生する以前の地球には、当然酸素はなかった。実際、さまざまな地質的証拠から地球大気に酸素が登場したのは今から23~20億年前とされる。つまり、地球史の前半には、酸素は大気中にほとんど存在しなかった。23~20億年前に上昇した大気酸素濃度は、現在の1/100程度のレベルでいったん安定する。そして、酸素が今のような大気の20%を占める主成分となったのは、2度目のジャンプが起きた6~5億年前以降である。
では、なぜ大気中の酸素濃度は、このようにある時期に急激に増加したのだろうか?単純に考えると、23~20億年前に酸素を作る光合成生物が誕生したからではないかと思うが、そう易い話でもないらしい。地質記録を見ると、シアノバクテリアのような原始的な酸素発生型光合成生物は、少なくとも27億年前には誕生していたようだ。酸素を発生する生物が誕生していたにもかかわらず、なぜ23億年以前に酸素は大気に溜まらなかったのか?なぜ23億年前と6億年前に、酸素濃度は急上昇したのだろうか?
実は、大気中の酸素濃度は、酸素を発生する生命の活動だけでは決まらない。大気や海洋に放出された酸素を消費する、還元的な物質(二価鉄やメタンなど)の供給とのバランスが肝心なのである。さらに、多くの研究者は、生成される酸素量と消費される酸素量がバランスしていても、異なる大気酸素濃度を取りうるのではないかとも考えている。このような状態を一般的に多重安定状態と呼び、地球だけでなく鉱物の結晶や連鎖化学反応、生物生態系、あるいは脳内のニューロンネットワークなど、複雑系一般に内在していると考えられている。地球の場合も、長期的に見れば太陽から一定のエネルギーを受け取り、表層で酸素の発生と消費がバランスした安定状態を保っている。しかし、現在見られる安定状態は、多くの安定状態の内の1つでしかなく、何か外因的な大きな擾乱が起きた時に、ある安定状態から別の安定状態に移り変わることも起きるのである。つまり、地球史を通じた酸素濃度の安定な時期と急激な上昇は、多重安定状態とその遷移と理解することができる。
地球大気の酸素の場合、このような安定状態の遷移を引き起こした原因は一体何であろうか?現在、これに対する明確な答えは得られていないが、関根康人(東京大学、以下敬称略)らは、全球凍結がその原因ではないかと考えている。全球凍結とは、文字通り地球全体が凍りつく地質イベントであり、地球史において23~22億年前と7~6億年前に起きたとされる。凍結状態を脱するためには、大量の二酸化炭素が大気中に蓄積する必要があり、その結果、凍結直後の地球は一時的に超温暖状態となる。このような超温室状態では、シアノバクテリアの活動が極めて活発になり、大量の酸素が放出される。このような極端な気候変動とそれに伴う酸素放出により、多重安定状態間の遷移が起きたのかもしれない。
もしそうであれば、全球凍結のような一見生命を根絶やしにするような気候大変動が、多様な生命に溢れるために不可欠な酸素大気の形成に本質的な役割を果たしたのかもしれない。さらに、現在の20%という酸素濃度の安定状態は、今後、別の安定状態に遷移することもあるのかもしれない。これらの疑問に対して答えを得る1つの方法は、太陽系外の地球型惑星の観測であろう([6])。
なお、ストロマトライトは、そのシアノバクテリアの活動によって造られた層状の堆積構造である。西オーストラリアのシャーク湾には、直径50~60cmの黒い岩体のストロマトライトの群生が存在し、20億年以上も前から変わらず、海の中で酸素を産出している([7])。
ダイズやエンドウなどマメ科植物の根には根粒という器官ができる。この根粒を形成する根粒菌は、空気中の窒素を植物が利用しやすいアンモニアに変換する重要な反応(窒素固定)を担っている。この反応は酸素濃度が高い時には行えないので、根粒菌は酸素濃度を感知するタンパク質システムを有する。澤井仁美助教(兵庫県立大学大学院生命理学研究科)を中心とした国際共同研究グループは、大型放射光施設「SPring-8」とフランスの放射光施設「SOLEIL」を利用して、この酸素感知システムを構成するタンパク質全体の形状を世界で初めて解明した([8])。
「第3章 毒の博物館 3-1 毒が招いた多様性と進化 1.酸素」を執筆したことで、酸素は毒であることを再認識した。実際、未熟児網膜症という疾患があるわけだし([9])。
参考文献
[1] 独立行政法人 国立科学博物館,株式会社 読売新聞社,株式会社 フジテレビジョン.“特別展「毒」 ホームページ”.https://www.dokuten.jp/,(参照2023年07月15日).
[2] 特別展「毒」公式図録,180 p.
[3] 厚生労働省.“活性酸素と酸化ストレス”.e-ヘルスネット ホームページ.栄養・食生活.生活習慣・生活環境と食事.https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/food/e-04-003.html,(参照2023年07月16日).
[4] 若林文高 監修.元素のすべてがわかる図鑑:世界をつくる118元素をひもとく.第6刷,株式会社 ナツメ社,2018年09月10日,256 p.
[5] 公益財団法人 長寿科学振興財団.“抗酸化による老化防止の効果”.健康長寿ネット トップページ.健康長寿とは.老化予防と生活習慣.2019年02月01日.https://www.tyojyu.or.jp/net/kenkou-tyoju/rouka-yobou/kousanka-zai.html,(参照2023年07月17日).
[6] 文部科学省 科学研究費補助金 新学術領域研究(研究領域提案型) 平成23年度~27年度.“地球に酸素が生まれた日”.太陽系外惑星の新機軸:地球型惑星へ ホームページ.研究者コラム. http://exoplanets.astron.s.u-tokyo.ac.jp/jpn/column/004.html,(参照2023年07月17日).
[7] 国立大学法人 東北大学 総合学術博物館.“地球に酸素をもたらした生き物の記録―「ストロマトライト」(Stromatolite)”.東北大学 総合学術博物館 ホームページ.展示案内.ミニ標本案内.http://www.museum.tohoku.ac.jp/exhibition_info/column/stromatolite.html,(参照2023年07月17日).
[8] 国立研究開発法人 理化学研究所,公益財団法人 高輝度光科学研究センター.“土壌中の酸素濃度を感知して植物に窒素栄養を供給するタンパク質の全体像を解明(プレスリリース)”.SPring-8 ホームページ.ニュース・刊行物.プレスリリース・トピックス.2018年.2018年04月11日.http://www.spring8.or.jp/ja/news_publications/press_release/2018/180411/,(参照2023年07月17日).
[9] 公益財団法人 難病医学研究財団.“未熟児網膜症(平成21年度)”.難病情報センター ホームページ.難治性疾患研究班情報(研究奨励分野).https://www.nanbyou.or.jp/entry/621,(参照2023年07月17日).