2-6.植物プランクトン、動物プランクトン、マリンスノー、深海生態系を支える鉛直移動の生物、クジラたちのホエールポンプ、大型動物のホエールポンプ、ナガスクジラ上半身模型について、骨格について、深海平原の生物、超深海の生物、および、超深海への挑戦:特別展「海 ―生命のみなもと―」見聞録 その10
2023年08月12日、私は国立科学博物館を訪れ、一般客として、特別展「海 ―生命のみなもと―」(以下同展)に参加した([1])。
同展「第2章 海と生きもののつながり 2-6.植物プランクトン、動物プランクトン、マリンスノー、深海生態系を支える鉛直移動の生物、クジラたちのホエールポンプ、大型動物のホエールポンプ、ナガスクジラ上半身模型について、骨格について、深海平原の生物、超深海の生物、および、超深海への挑戦」では、動植物プランクトン、ナガスクジラなどの大型動物、ならびに、深海平原や超深海に棲む生物が言及されて、かつ、その標本や模型が展示された([2]のp.80-101)。
ケイソウや円石藻などの植物プランクトンは、海洋表層で浮遊しながら太陽光のエネルギーを利用して光合成を行い、二酸化炭素と水から有機物を作り出す。海洋の植物プランクトンの現存量は、陸上植物に比べてはるかに小さいが、地球全体の一次生産の約半分を担い、炭素や窒素などの生物活動と深く関わっている元素の循環を駆動する地球生態系の重要な一員である。
植物プランクトンが光合成で作り出す有機物は、浮遊性有孔虫やオキアミなどの動物プランクトンから、クラゲ、魚、鯨に至るまでの広大な海洋生態系の食物網を支えているだけでなく、その一部は死骸や糞などの形で表層から深層へ沈降し、深層水中で分解されて溶存の無機炭酸物質に変えられる。このため、植物プランクトンを起点とする海洋の生物活動は、大気から海洋に吸収された二酸化炭素を深層水中に貯蔵する役割も果たしている(図10.01,[3],[4],[5],[6],[7],[8])。
比較的大きなオキアミ類やカイアシ類などの動物プランクトンは、夜は水深50m以浅で餌を食べて、昼間は光の届かない深い場所(水深数百m)で過ごす。これは、暗い場所で捕食者から隠れる、有害な紫外線を浴びないようにするためだと考えられている。このために、毎日、早朝と夕方の2回、群れを作って鉛直移動する。種類によっては、片道で数百mの距離である。動物プランクトンの体は海水との密度差が小さいため、この移動にあまりエネルギーを必要としないようである。このように表層で餌を食べてから深い場所に移動することは、結果的に有機炭素を浅い場所から深い場所へ運ぶ。また、彼らの排泄物はマリンスノーとしても、深層に運ばれる。このように、動物プランクトンは表層から中深層への炭素の運び屋としての役割を持っている([9])。
ハダカイワシ科魚類の多くは、昼間は中・深層で生活しているが、夜間は表層に浮上する日周鉛直移動を行い、主に甲殻類動物プランクトンを捕食する。このことから、外洋生態系における三次生産者としての重要な役割を果たしているものと推測されている。その内、トドハダカは日周鉛直移動種で、コヒレハダカは半日周鉛直移動種である(図10.02,[10])。
ホタルイカは、昼は水深200~600mで生活し、夜になると水面近くに浮上する。
3~6月の産卵期のメスは水深200mの海底付近に集まり、夕方から夜中にかけて浮上し産卵する。
時には波打際に打ち上げられることもあり(「ホタルイカの身投げ」)、魚津市から富山市水橋にかけての海岸で見ることができる。
富山市の常願寺川右岸から魚津市に至る約15km、沖合い約1.3kmまでの海域は「ホタルイカ群遊海面」として国の特別天然記念物に指定されている(図10.03,[11])。
これまでの研究では、クジラは多くの場合、深海まで潜ってエサを採り、呼吸のために海面に戻ってくるが、これにより海水が縦方向にかき混ぜられることがわかっている。こうして海洋の異なる層をまたがって栄養成分や微生物が広がり、クジラ以外の生物にとっても格好の餌場が形成される(ホエール ポンプ)。さらに、クジラの尿や排泄物に含まれている物質、特に鉄分や窒素は、プランクトンの増殖に貢献する養分となる。
多くの大型クジラは繁殖のために長距離を移動するが、この際に上記のようなさまざまな栄養成分を運んでくる。また、遠く離れた繁殖海域にもたらす養分は、栄養分に乏しいことが多いこうした海域では貴重な資源となる。さらに、生物学者ジョー・ローマン(Joe Roman、以下敬称略、バーモント大学、米国バーモント州バーリントン市)によれば、クジラの胎盤も、他の生物にとっては食料源として活用できるという。ローマンはクジラの回遊を、海洋の隅々に栄養成分をもたらす「コンベヤー ベルト」に例えている(ホエール コンベア ベルト)。
クジラは死後も他の生物の役に立つ。この様な巨大な哺乳類が死ぬと、その遺体は海底に沈み、ヌタウナギやカニ類から海生の環形動物まで、独特の生態系を構成するさまざまなスカベンジャー(腐肉食動物)の餌となる。こうしたスカベンジャーの中にはこうした場所以外では存在が確認されていないものも数十種あると、ローマンは指摘する。
ローマンはクジラのポンプやコンベア ベルトとしての働きに触れ、「これははるかに複雑な話だ」と指摘する。「我々が新たに検証した複数の研究では、クジラの様な大型捕食動物が存在するほうが、生態系における魚類の個体数が多くなることが明らかになっている」。
ローマンによれば、次の段階は、これらのプロセスを検証するためにより多くの現地調査を行うことになるという。こうした調査は、プランクトンや他の生物がクジラの存在に反応する、正確なメカニズムを把握する一助になると期待できる。
ナガスクジラの様に海面から200mの深さを行き来する場合、有光層(浅海域) と無光層(深海域)の水や物質の循環役・繋ぎ役を担い、マッコウクジラの様により深く潜る鯨類では、いわば栄養塩湧昇の一端を担っているという考え方が提唱されてきた(図10.04,2のp.84-85,[12])。
なお、オニフジツボ超科に属するフジツボはウミガメやクジラに付着する(図10.05,[13])。
大型サメ類もまた、ホエールポンプの役割を担っている。
メガマウスザメは海面から水深200mほどに生息し、明るい海域と暗い海域を繋ぐホエール ポンプの役目を担っている(図10.06,2のp.86)。
ホホジロザメは好物のアザラシやアシカが生息する沿岸域を回遊しながら、250m以深まで潜って魚類や頭足類なども食べる。こうして、ホホジロザメも彼らの生活の中で、ホエール ポンプの役割を担っている(図10.07,2のp.87)。
深海帯(大陸斜面下部から大洋底に至る水深5000~6000mまでの層で、全海底面積の75%を覆う。また、深海平原を含む)や超深海帯(6,000m以深の大洋底より深い海溝生態系で、局所的で不連続)には、シンカイヨロイダラが生息している。
深海平原にはエボシナマコなどの生物が生息している(図10.08,[14],[15])。
オニナマコは全海洋の深海平原(水深724~4,820m)に生息する。
センジュナマコは深海に生息するナマコの仲間である。背中にある2対の触手のようなものが特徴的で、5~7対の足で海底を歩きながら、海底に降り積った有機物を食べて暮らしている。冷たい海では水深数百mにも出現するが、たいていはかなり深い海に生息している(図10.09,[16])。
クセノフィオフォラ(ゼノフィオフォア)は成長すると20 cmになることもある巨大有孔虫で、1つの細胞のみでできている。固いフリル状の構造を有する。また、放射性元素を含む、重金属およびレアメタルを蓄積する能力がある(図10.10,[17],[18])。
ワタゾコイソギンチャク科の仲間は日本海溝と千島海溝(水深5,573~7,139m)に生息する一方、セトモノイソギンチャク科の仲間は日本海溝と千島海溝(水深7,040~7,141m)に生息する(図10.11)。
ウミコロギスは日本海溝と千島海溝(水深4,859~6,860m)に生息する一方、ウミコロギス属の仲間は日本海溝と千島海溝(水深6,156~8,430m)に生息する。
アシナガミズムシ科の1種は千島海溝、アリューシャン海溝、および、北西太平洋の深海平原(水深6,475~9,346m)に生息する。
カイコウオオソコエビはマリアナ海溝チャレンジャー海淵の世界最深部(水深10,900 m)に生息するが、植物性多糖を分解するセルラーゼ、アミラーゼ、マンナナーゼ、および、キシラナーゼなどの酵素を保持し、それら酵素の反応生産物であるグルコース、マルトース、および、セロビオースを大量に体内に含有し、超深海において植物を分解、栄養としていることが明らかになった([19])。
ダイダラボッチは太平洋と北大西洋(水深4,000~7,000m)に生息する世界最大の端脚類(最大体長340mm)である(図10.12)。
シンカイクサウオは日本海溝(水深6,380~7,587m)に生息する。
マリアナ スネイルフィッシュはシンカイクサウオの一種で、そのゲノムには、深海への急速な適応と関連する遺伝的変化がいくつか見られる。マリアナスネイルフィッシュでは骨の硬化に必要な遺伝子が不活性化していた。また、光受容に関与する遺伝子もいくつか失っている。ただし、まだ活性のある光受容体遺伝子が5個見つかったことから、この魚類には視覚能力が残っている可能性もある([20],[21])。
キャラウシナマコは日本海溝、千島海溝、ケルマデック海溝、および、北大西洋(水深1,385~8,300m)に生息する。
オケサナマコは日本海溝、南海トラフ、マリアナ海溝、および、北東太平洋(水深3,764~7,654m)に生息する(図10.13)。
クマナマコは水深6,500mより深い海に生息しており、8本の足で海底を移動する。体の内部はほとんど水に満たされた空洞となっており、少ない筋肉と内臓があるだけである。表皮は細かい骨片が多くあり、丈夫なつくりになっている。また、見た目と違いザラザラした感触になっている([22])。
ハダロスリア属の仲間は日本海溝と千島海溝(水深6,116~8,199m)に生息する(図10.14)。
上記の展示物を視、かつ、これらから学んだ結果、動植物プランクトン、ナガスクジラなどの大型動物、ならびに、深海平原や超深海に棲む生物や生態系に関して、我々人類はその奥深さをまだ理解していないことを痛感した。
参考文献
[1] 特殊法人 日本放送協会(NHK),株式会社 NHKプロモーション,株式会社 読売新聞社.“特別展「海 ―生命のみなもと―」 ホームページ”.https://umiten2023.jp/policy.html,(参照2024年01月28日).
[2] 特別展「海 ―生命のみなもと―」公式図録,200 p.
[3] 独立行政法人 国立科学博物館.“水中の昆虫 ― 珪藻 ―”.国立科学博物館 ホームページ.研究と標本・資料.標本・資料データベース.植物 Botany.プランクトンと微化石.2.いろいろな微化石.https://www.kahaku.go.jp/research/db/botany/bikaseki/2-keiso.html,(参照2024年01月28日).
[4] 独立行政法人 国立科学博物館.“ハプト藻”.国立科学博物館 ホームページ.研究と標本・資料.標本・資料データベース.植物 Botany.プランクトンと微化石.2.いろいろな微化石.https://www.kahaku.go.jp/research/db/botany/bikaseki/2-haputo.html,(参照2024年01月28日).
[5] 学校法人 東京薬科大学.“石油のもとは植物プランクトンだったということをご存じですか?”.東京薬科大学 ホームページ.生命科学部.学科紹介.応用生命科学科.まめ知識.https://www.toyaku.ac.jp/lifescience/departments/applife/knowledge/article-020.html,(参照2024年01月28日).
[6] 国立大学法人 東京大学 大学院 農学生命科学研究科 水研生物科学専攻 水圏生物環境学研究室.“海洋生態系を支える植物プランクトン生産の制御要因を探る”.科学研究費補助金 新学術領域研究 「新海洋像:その機能と持続的利用」 トップページ.一般の方へ.研究紹介.計画研究班より.http://ocean.fs.a.u-tokyo.ac.jp/forpublic6.html,(参照2024年01月28日).
[7] 独立行政法人 国立科学博物館.“有孔虫”.国立科学博物館 ホームページ.研究と標本・資料.標本・資料データベース.植物 Botany.プランクトンと微化石.2.いろいろな微化石.https://www.kahaku.go.jp/research/db/botany/bikaseki/2-yukochu.html,(参照2024年01月28日).
[8] 独立行政法人 国立科学博物館.“植物プランクトンを食べる 動物プランクトン”.国立科学博物館 インターネット特別企画展「海に生きる-くうか・くわれるか」 ホームページ.第三章 海のベジタリアン.https://www.kahaku.go.jp/research/db/zoology/kaisei/hp-3/zoo/index.html,(参照2024年01月28日).
[9] 国立大学法人 東海国立大学機構 名古屋大学 宇宙地球環境研究所.“32. 動物プランクトンの大移動とは?”.名古屋大学 宇宙地球環境研究所 ホームページ.一般・中高生向けページ.「50のなぜ」シリーズ.海洋50のなぜ.https://www.isee.nagoya-u.ac.jp/50naze/oceanography/32.html,(参照2024年01月28日).
[10] 日本プランクトン学会.“西部北太平洋におけるハダカイワシ科魚類の生態学的研究”.日本プランクトン学会 ホームページ.更新履歴.第4回 生物海洋研究集会.2003年03月14日.http://www.plankton.jp/030314b.html,(参照2024年01月28日).
[11] 魚津市役所.“ホタルイカ”.魚津市 ホームページ.観光.https://www.city.uozu.toyama.jp/contents/kanko/hotaruika.html,(参照2024年01月28日).
[12] 株式会社 日経ナショナル ジオグラフィック.“巨大クジラ、漁業資源の増殖に貢献?”.ナショナル ジオグラフィック トップページ.ニュース.2014年07月11日.https://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/news/14/9468/,(参照2024年01月31日).
[13] 林亮太 博士(理学).“Research”.-Turtle Rider- Ryota Hayashi ホームページ.https://coronuloidea.webnode.jp/research/,(参照2024年01月31日).
[14] 環境省.“別紙1~7 [PDF 1,561KB]”.環境省 ホームページ.政策. 政策分野一覧.自然環境・生物多様性.生物多様性の観点から重要度の高い海域.平成23年度の開催結果.第2回重要海域抽出検討会.開催日:2012年02月28日.https://www.env.go.jp/nature/biodic/kaiyo-hozen/ima/conf/02/mat03_an.pdf,(参照2024年02月04日).
[15] シュプリンガー ネイチャー・ジャパン株式会社.“深海底鉱物資源開発のジレンマ”.Nature Japan ホームページ.Nature ダイジェスト.Vol. 16 No. 10.News Feature.https://www.natureasia.com/ja-jp/ndigest/v16/n10/%E6%B7%B1%E6%B5%B7%E5%BA%95%E9%89%B1%E7%89%A9%E8%B3%87%E6%BA%90%E9%96%8B%E7%99%BA%E3%81%AE%E3%82%B8%E3%83%AC%E3%83%B3%E3%83%9E/100403,(参照2024年02月04日).
[16] 川崎悟司.“センジュナマコ”.古世界の住人 トップページ.現在の世界(The world of Present).現在・深海の動物.その他の無脊椎動物.https://paleontology.sakura.ne.jp/senjyunamako.html,(参照2024年02月08日).
[17] 株式会社 日経ナショナル ジオグラフィック.“海の最深部で巨大原生動物を発見”.ナショナル ジオグラフィック トップページ.ニュース.動物.2011年10月27日.https://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/news/14/5106/,(参照2024年02月05日).
[18] 学校法人 沖縄科学技術大学院大学学園.“種を選り分ける”.沖縄科学技術大学院大学 ホームページ.研究.研究ニュース.2013年04月12日.https://www.oist.jp/ja/news-center/news/2013/4/12/splitting-species,(参照2024年02月05日).
[19] 国立研究開発法人 海洋研究開発機構(JAMSTEC).“マリアナ海溝世界最深部に生息する超深海性ヨコエビの特異な生態の解明と新規セルラーゼの発見”.JAMSTEC トップページ.JAMSTECについて.プレスリリース.2012年08月16日.https://www.jamstec.go.jp/j/about/press_release/20120816/,(参照2024年02月07日).
[20] 国立研究開発法人 海洋研究開発機構(JAMSTEC),任天堂株式会社.“深海にあるもうひとつの生態系と海底の下にすむ強者たち”.JAMSTEC×Splatoon 2『Jamsteeec』 トップページ.海と地球を学んじゃうコラム.2018年04月01日.https://www.jamstec.go.jp/sp2/column/01/,(参照2024年02月07日).
[21] シュプリンガー ネイチャー・ジャパン株式会社.“超深海にすむ動物のゲノムを初めて解読”.Nature Japan ホームページ.Nature ダイジェスト.Vol. 16 No. 6.News.https://www.natureasia.com/ja-jp/ndigest/v16/n6/%E8%B6%85%E6%B7%B1%E6%B5%B7%E3%81%AB%E3%81%99%E3%82%80%E5%8B%95%E7%89%A9%E3%81%AE%E3%82%B2%E3%83%8E%E3%83%A0%E3%82%92%E5%88%9D%E3%82%81%E3%81%A6%E8%A7%A3%E8%AA%AD/98904,(参照2024年02月08日).
[22] 川崎悟司.“クマナマコ”.古世界の住人 トップページ.現在の世界(The world of Present).現在・深海の動物.その他の無脊椎動物.https://paleontology.sakura.ne.jp/kumanamako.html,(参照2024年02月08日).