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2-5.親潮の生態系:特別展「海 ―生命のみなもと―」見聞録 その09

2023年08月12日、私は国立科学博物館を訪れ、一般客として、特別展「海 ―生命のみなもと―」(以下同展)に参加した([1])。

同展「第2章 海と生きもののつながり 2-5.親潮の生態系」では、日本の親潮流域や北方の海に生息する生物、特に魚類が言及されており、かつ、その標本が展示された([2]のp.72-79)。

黒潮と親潮は共に西岸境界流と言われ、北太平洋では最も速い海流である。黒潮は台湾の北東沖を流れた後に東シナ海に入り、 トカラ海峡を通って四国海盆に流入する。犬吠埼沖より下流を黒潮続流(Kuroshio Extension)と言い、 黒潮と区別している。本州南岸の黒潮はほぼ陸岸にそって流れる直進流路と、 紀伊半島沖で離岸して伊豆海嶺の西を北上する大蛇行流路がある。 安定な大蛇行流路は黒潮に特有の現象で、 本州の東西に走る陸岸と急峻で狭い陸棚斜面が岸に沿う海流の特性を小さくすることがその原因である。

黒潮の流れが強い所は永年水温(密度)躍層が水平方向から大きく傾く所で、 海水は沿岸水と比較して高温高塩分であり、 栄養塩やプランクトンが少なく透明度が高い。 有光層の栄養塩がすぐに消費され、 密度成層が大きいために鉛直混合が生じにくいためである。 このため黒潮海域の色は水の分子による光の散乱(レーリー散乱)が重要となり、 波長の短い青系統の光が多く散乱されて紺色に見え、 それが黒潮といわれる所以である。

親潮はカムチャッカ半島の東岸に沿って西岸境界流として流れた後、 千島列島に沿って南下する。

一部がオホーツク海に流入してオホーツク海水と混合して低塩分化され、 さらに北海道沖を南下する。 東北沖では岸に沿って南下する部分を親潮第一貫入と言う。 その東には黒潮の張り出しがあり、 親潮はその北を迂回した後に再度南下し、 そこを親潮第二貫入と言う。 親潮第一貫入の南限は通常仙台湾沖辺りであるが、 冬から春にかけて鹿島灘から房総半島まで異常に南下することがあり、 注目されている。

親潮は黒潮と比べて低温低塩分である。 密度成層が小さいために鉛直循環が生じやすく、 栄養塩を多く含むために動植物プランクトンや魚類も多い。 これが親潮といわれる理由である。 このため親潮海域は透明度が低く、 栄養塩や動植物プランクトンなどの色が重要となり(ミー散乱)、 紺色にはならず緑がかった色をしている。

また、親潮域や北の海にいる動物プランクトン(例.カイアシ類、サルパ類、ヤムシ類)は、黒潮域や暖かい海の動物プランクトンよりも大きい。夏には、混合域の5倍、黒潮域の20倍もの動物プランクトンが親潮域に分布している。(図09.01,図09.02,[3][4][5])。

(a)上から見る。
(b)横から見る。
図09.01.黒潮と親潮の動物プランクトン群衆の比較 Zooplankton communities of Kuroshio and Otashio regions。 向かって左から、親潮域(東北沖)と黒潮域(宮崎沖)。
同じ量の海水から採取した動物プランクトン。サイズと量が異なる。
所蔵:水産研究・教育機構 実物。
図09.02.向かって左から、動物プランクトン ヤムシ類 Chaetognatha 現生矢虫綱 東北沖(水深0~150m) 所蔵:水産研究・教育機構 実物、および、
動物プランクトン カイアシ類 Copepoda カイアシ亜綱 東北沖(水深0~150m) 所蔵:水産研究・教育機構 実物。

北海道や東北の太平洋沖で見られる魚は、沖縄県などの黒潮流域よりもその種数は少ないとはいえ、人との関わりの中で直接的な「食」という面では、親潮で育まれた魚がとても重要になっている。日本の食卓によくのぼる魚のうち、サケ・マス類、ニシン、マダラ・スケトウダラ、ホッケでは、98.5%以上が親潮の影響を受ける北海道、青森県、岩手県、宮城県で漁獲されている(輸入は除く)。サンマでは66%以上、カレイ類では62%以上がこれらの海域で採られている。また、寒流である親潮と暖流である黒潮がぶつかる東北地方の三陸沖から関東の銚子沖は多種多様の生物が集まるため豊かな漁場にもなり、イワシ類やサバ類も多く漁獲されている。こうした魚の外見は、地味な色合いのものが多い。生息する種数も黒潮流域に比べて多くない。種数や色彩に乏しいものの、その生息量が多いことが、北の海の魚の特徴と言える。

実際、こうした魚の多くは、食用の水産生物として重要なものである(図09.03,図09.04,図09.05,図09.06,図09.07,図09.08,図09.09,図09.10,2のp.74,[6]:これらの図で示される魚の種名を検索するようお勧めする)。

図09.03.上から、マダラ Gadus macrocephalus タラ目タラ科 北太平洋、 北西大西洋、北極海(水深10~1,280m) 所蔵:国立科学博物館 実物、
サケ Oncorhynchus keta サケ目サケ科 北太平洋、 北極海(水深0~250m) 所蔵:国立科学博物館 実物、および、
サンマ Cololabis saira ダツ目ダツ科(サンマ科) 北太平洋(水深0~ 230m) 所蔵:国立科学博物館 実物。  
図09.04.上から、エゾメバル Sebastes taczanowskii スズキ目メバル科 北西太平洋(水深1~350m) 所蔵:国立科学博物館 実物、
ニシン Clupea pallasii ニシン目ニシン科 北太平洋、北極海 (水深0~475 m) 所蔵:国立科学博物館 実物、および、
ナガヅカ Dinogunellus grigorjewi スズキ目タウエガジ科 北西太平洋(水深30~300m) 所蔵:ミュージアムパーク茨城県自然博物館 実物。
図09.05.向かって左から、スケトウダラ Gadus chalcogrammus タラ目タラ科 北太平洋、北大西洋、北極海(水深0~2,000m) 所蔵:国立科学博物館 実物、
クロソイ Sebastes schlegelii スズキ目メバル科 北西太平洋(水深1~100m) 所蔵:国立科学博物館 実物、および、
ホテイウオ Aptocyclus ventricosus スズキ目ダンゴウオ科 北太平洋(水深0~1,700m) 所蔵:ミュージアムパーク茨城県自然博物館 実物。 
図09.06.向かって左から、トクビレ Podothecus sachi スズキ目トクビレ科 北西太平洋(水深10~270m) 所蔵:ミュージアムパーク茨城県自然博物館 実物 、
ケムシカジカ Hemitripterus villosus スズキ目ケムシカジカ科 北西太平洋(水深1~550m) 所蔵:ミュージアムパーク茨城県自然博物館 実物、および、
ホッケ Pleurogrammus azonus スズキ目アイナメ科 北西太平洋(水深0~240m) 所蔵:国立科学博物館 実物。
図09.07.向かって左から、キタイカナゴ Ammodytes hexapterusとマツカワ Verasper moseri。 
図09.08.向かって左から、サケビクニン Careproctus rastrinusとオナガカスベ Rhinoraja longicauda。
図09.09.向かって左から、オオカミウオ Anarhichas orientalisとナガガジ Zoarces elongatus。
図09.10.向かって左から、ギスカジカ Myoxocephalus stelleri、キチジ Sebastolobus macrochir 、および、サクラマス  Oncorhynchus masou masou。

只々、寒流、および、暖流とぶつかる潮目がもたらす海の幸に感謝するのみである([7])。


参考文献

[1] 特殊法人 日本放送協会(NHK),株式会社 NHKプロモーション,株式会社 読売新聞社.“特別展「海 ―生命のみなもと―」 ホームページ”.https://umiten2023.jp/policy.html,(参照2024年01月24日).

[2] 特別展「海 ―生命のみなもと―」公式図録,200 p.

[3] 海洋深層水利用学会.“黒潮と親潮 (Kuroshio, Oyashio)”.海洋深層水利用学会 ホームページ.海洋深層水について.用語解説.http://www.dowas.net/water/yogo/11.html,(参照2024年01月24日).

[4] 国立研究開発法人 水産研究・教育機構.“おさかなセミナーくしろ1995:釧路の海の科学 豊かさのナゾを探る”.水産研究・教育機構 ホームページ.研究紹介.刊行物等.旧水研刊行物アーカイブス.北海道区水産研究所.おさかなセミナーくしろ(1992~2010)パンフレット.https://hnf.fra.affrc.go.jp/event/osakana/1995umi/umi.htm,(参照2024年01月24日).

[5] 国立大学法人 北海道大学 大学院 水産科学研究科 海洋生物学講座(プランクトン教室).“辻村優実子:秋季北海道~東北の太平洋外洋域における動物プランクトン群集の鉛直構造の解析”.北海道大学 海洋生物学講座 プランクトン教室 ホームページ.過去の卒業論文(博士・修士・学士).2007年~2012年はこちら.2007年度.【卒業論文】.http://hu-plankton.jp/study/08-02-tsujimura.pdf,(参照2024年01月24日).

[6] ぼうずコンニャク株式会社.“ぼうずコンニャクの市場魚貝類図鑑 ホームページ”.https://www.zukan-bouz.com/,(参照2024年01月24日).

[7] 株式会社 ベネッセ コーポレーション.“暖流と寒流がぶつかるところで魚が多く取れる理由”.ベネッセ教育情報 総合トップページ.学習法.定期テスト.中学.社会.【中学 社会】すべての科目学習内容.https://benesse.jp/kyouiku/teikitest/chu/social/social/c00700.html,(参照2024年01月25日).

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