第2章 毒の博物館 2-3 動物の毒のいろいろ―フグ毒編:「特別展「毒」」見聞録 その10
2023年04月27日、私は大阪市立自然史博物館を訪れ、一般客として、「特別展「毒」」(以下同展)に参加した([1])。
同展「第2章 毒の博物館 2-4 動物の毒のいろいろ―フグ毒編」([2],[3]のp.44-45)では様々なフグなどが展示された。
フグ毒であるテトロドトキシンは骨格筋や神経の膜電位依存性ナトリウム イオン チャネルに結合し、チャネル内へのナトリウム イオンの流入を阻害して神経伝達を遮断する。
テトロドトキシンの毒性はシアン化カリウムのそれの500~1,000倍で、人間の致死量は、2~3mgといわれている。
テトロドトキシンは耐熱性があるため、通常の加熱調理では壊れない。
テトロドトキシンは、フグ科の魚類だけでなく、ツムギハゼ、ヒョウモンダコ、バイ、ヒトデ、スベスベマンジュウガニ等の海洋生物の他、イモリやカエルなどの両生類からも発見されている。
フグがなぜ毒化するかについては、まだよく分かっていないが、海洋細菌のいくつかの種類(Vibrio alginolyticus、V.damsela、Staphylococcus等)に、テトロドトキシン産生が認められ、これらの細菌が、小型巻貝などに取り込まれ、フグがこれらを食べることにより毒を蓄積すると考えられている。
一方、フグはテトロドトキシンばかりでなく、麻痺性貝毒群の主毒であるサキシトキシンとその類縁体も有する。サキシトキシンはテトロドトキシンと同じ結合部位に結合して、神経や骨格筋に存在するナトリウム イオン チャネルを阻害するため、重症の中毒の場合は死亡することもある。両毒のヒトに対する経口毒性はほぼ同じとされている。
テトロドトキシンと同様、サキシトキシンもまたフグや貝のみに存在するのではなく、広く生物界に分布する(図10.01,[4],[5],[6])。
なお、「フグ毒の化学的研究」のブレークスルーは、東京工業大学に端を発する([7])。
フグの種によって、テトロドトキシンが蓄積される臓器は異なるが、筋肉には蓄積されない(図10.02,図10.03,図10.04,[8],[9])。
フグが保有するフグ毒テトロドトキシンは、食物連鎖を通した生物濃縮でフグの体内に蓄積されるとされている。このテトロドトキシンを多量に保有する生物の一種としてオオツノヒラムシが知られている。なお、オオツノヒラムシは、成長に伴ってフグ毒の保有量を増大させている。
野生のクサフグはオオツノヒラムシを摂餌している。
無毒のクサフグ稚魚にオオツノヒラムシの幼生、そして無毒のクサフグ若魚にオオツノヒラムシの成体を与える捕食実験を行ったところ、いずれの捕食実験でもクサフグはオオツノヒラムシを積極的に摂餌した。これらオオツノヒラムシを摂餌して2日後以降にクサフグの稚魚および若魚からフグ毒を抽出して測定したところ、稚魚および若魚のいずれからもテトロドトキシンが検出された。このことから、クサフグは、その成長段階に応じたオオツノヒラムシを摂餌して迅速かつ効果的に毒化し、体内にフグ毒を蓄積していることが示唆される(図10.05,図10.06,[10],[11])。
フグの仔魚が保有するテトロドトキシンはごくごく微量で、捕食者(ヒラメ、スズキ、メジナ、イソギンポなどの稚魚)を死に至らしめることはできない。しかし、フグの仔魚は、その体表に母親由来のテトロドトキシンを局在させることで、味覚でテトロドトキシンを感知する捕食者に対して、その保有を効果的に知らせ、生残率を高めていることが示唆された([12])。
「第2章 毒の博物館 2-3 動物の毒のいろいろ―フグ毒編」から、親フグは自分の子供を守るために、フグ毒を蓄積することを知った([13],[14])。これもまた「命の繋がり」である。
参考文献
[1] 独立行政法人 国立科学博物館,株式会社 読売新聞社,株式会社 フジテレビジョン.“特別展「毒」 ホームページ”.https://www.dokuten.jp/,(参照2023年06月15日).
[2] 独立行政法人 国立科学博物館,株式会社 読売新聞社,株式会社 フジテレビジョン.“第2章 毒の博物館”.特別展「毒」 ホームページ.展示構成.https://www.dokuten.jp/exhibition02.html,(参照2023年06月15日).
[3] 特別展「毒」公式図録,180 p.
[4] 東京都福祉保健局.“ふぐとふぐ毒”.東京都福祉保健局 トップページ.東京都市場衛生検査所.百貝万魚 市場の水産物情報.https://www.fukushihoken.metro.tokyo.lg.jp/itiba/suisanbutu/fugudoku.html,(参照2023年06月15日).
[5] 厚生労働省.“自然毒のリスクプロファイル:魚類:フグ毒”.厚生労働省 ホームページ.政策について.分野別の政策一覧.健康・医療.食品.食中毒.自然毒のリスクプロファイル.https://www.mhlw.go.jp/topics/syokuchu/poison/animal_det_01.html,(参照2023年06月15日).
[6] 国立大学法人 東北大学大学院農学研究科 農芸化学専攻 食品天然物化学講座 天然物生命化学分野(旧生体物理化学).“フグ毒について”.天然物生命化学分野 ホームページ.研究概要(2023.4.9).https://www.agri.tohoku.ac.jp/bukka/HP_TTX_20180407.htm,(参照2023年06月15日).
[7] 国立大学法人 東京工業大学.“「フグ毒」解明に挑んだ東工大の研究者たち”.東京工業大学 トップページ.東工大について.東工大TOPICS.2016年06月掲載.https://www.titech.ac.jp/public-relations/about/stories/pufferfish-toxin ,(参照2023年06月17日).
[8] 独立行政法人 国立科学博物館 魚類研究室.“フグってなあに?”.UODAS トップページ.魚さまざま.https://www.kahaku.go.jp/research/db/zoology/uodas/fish_in_focus/puffer/index.html,(参照2023年06月17日).
[9] 独立行政法人 国立科学博物館 魚類研究室.“フグ毒”.UODAS トップページ.魚さまざま.https://www.kahaku.go.jp/research/db/zoology/uodas/fish_in_focus/toxin/index.html,(参照2023年06月17日).
[10] 学校法人 日本大学 生物資源科学部 海洋生物学科.“オオツノヒラムシにおけるフグ毒の季節変化【准教授 糸井史朗】”.日本大学 生物資源科学部 海洋生物学科 ホームページ.プレスリリース(研究成果発表).2017年03月12日.http://www.msr-nihon-university.org/wp-content/uploads/2018/04/84d8ce124159d7a54629f7fcf38d1440.pdf,(参照2023年06月17日).
[11] 学校法人 日本大学 生物資源科学部 海洋生物学科.“クサフグはヒラムシを食べて効果的に毒化する【准教授 糸井史朗】”.日本大学 生物資源科学部 海洋生物学科 ホームページ.プレスリリース.2018年08月19日.http://www.msr-nihon-university.org/wp-content/uploads/2018/08/edbdb70bacbc98203172ab288e00b2f7.pdf,(参照2023年06月17日).
[12] 学校法人 日本大学 生物資源科学部 海洋生物学科.“フグの赤ちゃんは母親由来のTTXによって守られている【准教授 糸井史朗】”.日本大学 生物資源科学部 海洋生物学科 ホームページ.プレスリリース(研究成果発表).2013年12月09日.http://www.msr-nihon-university.org/wp-content/uploads/2018/04/pr_131209.pdf,(参照2023年06月17日).
[13] 学校法人 日本大学.“【研究者紹介】 フグの毒の役割を解明 生物資源科学部 糸井 史朗 准教授”.NU CATCH-UP ホームページ.研究.2019年10月31日.https://www.nihon-u.ac.jp/catchup/research/52/,(参照2023年06月17日).
[14] 特殊法人 日本放送協会.“「生物の毒」が“宝の山に変わる!?驚きの最新研究!~毒の起源から生物毒の活用まで”.サイエンスZERO トップページ.読む「サイエンスZERO」.2022年08月08日.https://www.nhk.jp/p/zero/ts/XK5VKV7V98/blog/bl/pkOaDjjMay/bp/ppqn9QDqK2/,(参照2023年06月17日).